黄金の夜明け。世界はまた一つ、未来へ歩き出す
大晦日。除夜の鐘が鳴り始め、葵は事務所の屋上へ夜空を仰いでいた。
一年を振り返る――なんてことはしない。葵は、振り返らないのだ。
常に己は未来にある。
過去の葵は過去の葵。
「今の俺は、ここにしかいないからな」
雪がパラパラと降り始めた。
手のひらに落ち、溶け出す。
雨が世界の涙なら、雪とはなんなのだろう。葵は長年考え続けていた。
「嬉しい時は晴れ……悲しい時は雨……雪は……なぁ、世界。お前は今、どんなことを思っているんだ?」
返答はない。
そう簡単に意思は交わせないようだ。
「……俺が自分で見つけなきゃダメだよな。自分の手で掴んでこそ、天宮葵――トップアイドル一葵だから」
ならば、考え続けよう。
「……寂しい、かな。雪は儚く溶けて、消えていく。世界は寂しがっているのかもしれないな……。
だとしたら、俺になにができる?
俺は、世界の寂しさを和らげることができるのか?
世界一つ救えないで……なにがトップアイドルだよ……くそッ」
アイドルの仕事は人々を笑顔にすること。
それは世界とて同じだ。人が暮らしている世界。最も苦労をかけている世界には、誰よりも笑顔になってほしい。
「俺は、世界を笑顔にするために生まれたのかもしれない。だったら、俺が世界の友達にやってやらねぇとな……」
年越しが近い。
世界に寂しい想いを抱かせたまま、新たな年を迎えるのは嫌だ。
どうすればいい。
歌うか?それだけじゃ足りない。
もっと、寄り添わねば。
もっと、抱きしめてやらねば。
共に、夢を語り合う親友のように。
「――これで、いいか?」
事務所の外に出た葵は、地面に大の字になって寝転がった。
「声は聞こえない。でも感じるよ。お前の鼓動が。お前の温かさが」
ひんやりと肌を刺す寒風。
だが体の中を満たすのは温かさ。
悠久の時、人を守り続けた世界の心が、葵の中に流れてくる。
「ったく、寂しいなら寂しいって言いやがれ。わかんねぇだろ……っ!」
涙が頬を伝う。
「でもまあ……、気付いてやるのも親友の役目だよな。今日くらい、泣いていいんだぜ――世界」
ぽつりと、一滴、雨が頬に落ちる。
それは涙だったのかもしれないが、葵は世界の答えだと思った。
「可愛い奴め。強がるのもたいがいにしろよな。モテないぜ?」
あ、と葵は苦笑する。
「モテたら俺が嫉妬する。……だからそのままでいろ。ばーか」
そうして、年は明けていく。




