彼の音色は世界を潤す
街を歩いていると思わぬ出来事に遭遇する事がある。
例えば、そう、カップルの喧嘩。
現在、昼時。
カフェで優雅なひと時を過ごしていた一葵の前の席でそれは起こっており、喧嘩はヒートアップし始めていた。
「なんでだよ!昨日までは何も言わなかったのに!」
「我慢してたの!コウジ君のために何も言わなかったのよ!それなのに!」
「俺にだって色々あんだよ!それぐらいわかってくれよ!!」
「勝手だよ!コウジ君こそ私の事わかってくれてないじゃない!」
何を理由に喧嘩しているのかはわからないが、一葵は優雅なひと時を邪魔されているようで気分を害していた。
はやく仲直りしてくれないものか。
そんな兆しはない。このままでは店側に迷惑がかかるほどの大喧嘩になる。
「……仕方ないか」
一葵はたまたま傍らにあったアコースティックギターを装備し、まるで店内BGMの如く自然な音色を奏で始めた。
カップルや他客の視線が一葵へ集中する。
「〈幸せな日々は人を強くする。でも勘違いしてはいけない。不幸もまた、人を強くするんだから〉」
一葵2thシングル《Happy=World》
「〈世界は幸せと不幸。悲しい現実だけど、それは紛れもない現実で。人はそんな世界を歩き続ける〉」
誰しも嬉しい時、悲しい時もある。
それを乗り越えて、強くなれるのが人であるという一葵の想いの結晶だ。
「〈忘れないで。嬉しい時も悲しい時も君は一人じゃないってことを〉」
人は支え合って生きている。
人は支え合って生きていく。
喧嘩する時もあるだろう。
でもそこで諦めてはいけない。
「〈互いを見つめて。互いの手を握り合って。互いに歩みあって。この先、後悔しないように〉」
店内を包む温かな空気。
彼らは気付いたことだろう。
己がどれほど理解っていなかったのかを。
この少年の歌が、心は染み渡る。
「〈本当の幸せは、目の前にあるってことを、忘れないで〉」
「アカリ……」
「コウジ君……」
喧嘩していたカップルは互いの手を取り合い、涙を流しながら和解する。
よかった。黙って頷いた一葵はギターを傍らに置いて、コーヒーを含む。
「人を笑顔にする……それがアイドルの務め。今日も大切な笑顔を二つも記憶できて、僕は幸せだよ」
するとそこで、一葵は声を聞く。
『……とても良い音色だったのじゃ。また、ウチを演奏してくれるかの?』
「……アコギちゃんか。はは、当然だよ。いつまでもずっと、君を抱いて弾き続けてあげるから。だからアコギちゃんも、僕に笑顔を見せてね」
『ウチも当然じゃ。もう主以外には弾かれたくないのぉ。何せ、主に惹かれてしもうたからの』
「上手いこと言っちゃって。でも、君のご主人様は他にいるだろう?」
「あの、それ私のギター……」
持ち主だろう可愛らしい女の子が申し訳なさげに声をかけてくる。
一葵は立ち上がると、彼女の手の甲へ、優しく唇を押し付けた。
「素晴らしい出会いをありがとう。いつか再開したその時は、僕に君のギターを聴かせておくれ。じゃあね、ハッピープリンセス」
「っ〜〜♡(なにこれ……ぱんつが濡れちゃってるよぉ……)」
一葵はハンカチは渡して仕事へ向かった。




