氷の嫉妬
どうやら魔法が効かない私にアルゼルは別の魔法を試すと言う。
了承すると、アルゼルは自分の指先を小刀で斬り、私の右手首にブレスレットのように線を描いた。
アルゼルが小さく何かを呟くと血がアルゼルの瞳の色になり、タトゥーの様に手首に馴染む。
「結界の様に効果は一瞬かもしれない。後日また確認させてくれ」
そう言うと慣れた手つきで包帯を巻いてくれた。
これがどんな魔法でどんな効果があるかは説明がなかった。
「アルゼル、ちょっと」
戻ってきたフレイの顔は少し険しかった。きっと何かあったんだろうと思いアルゼルに行ってらっしゃいと声を掛けると、少し目を見開き、優しく「あぁ」と手を離し席を立った。
途端に異国語が飛び交い、誰が何を話しているかまったくわからなくなる。
近くにあった小さな椅子に腰掛けて救護所を見渡す。団員さんの様子を見ると大怪我をした人はいなさそうだ。みんな自分の仕事を冷静にこなしていてすごい。
きっとこういう訓練もしてるんだろうな。第八でこの動きなんだから、第一がまとまって動いたらどんな感じなんだろうか。
…さっきのフレイにはすごい言われようだったが。
アルゼルを見るとフレイと共にブレスレットに向かって喋っている。誰かと通信してるみたい。団長さんかな。
全体に視線を戻すと、一人男性団員さんが近寄ってきた。
「***?*****?」
うぅんサッパリわからない。救護所にいるわけだから怪我の具合でも聞かれてるのかな、と思ってとりあえず人差し指と親指で丸を作りコクコク頷いてみた。
すると何故か頭を撫でられ顔を近付け妖艶な笑みで何か囁いてくる。
が、次の瞬間男性がビクッとしたと思ったら叫び声をあげた。
後ろには眉間に皺を寄せ怒り心頭な面持ちのアルゼルがいて、叫んだ男性は背中や後頭部を気にしながらアワアワしてる。
よく見ると後ろ半身が凍っている。
何やってんの!と言おうと腕を掴むと
「何言ってるかわからないのに適当に返事をするな。"何見てるの?今夜の相手探しかな?゛ ゛なら僕が今夜迎えに行くよ、黒猫ちゃん。楽しみにしててね"と言っていた」
凍った男性に他の団員が駆け寄り、アルゼルさん怪我人増やさないで下さい!今日一番の重症ですよ!と肩を貸して移動していった。
「…えーっと、ありがとうゴザイマス…」
はぁ、と怒気を放出するかのような溜め息をついたアルゼルは服の裾で私の頭をガシガシ拭きだした。
「あいたたたた!」
「あんな下っ端のだらしないやつに触られやがって」
「ゴメンゴメン!」
「アルゼル~、通信機まだ繋がってること忘れてない?」
だんちょー、すごいでしょアルゼルの変わり様!とヘラヘラ笑うフレイの声にハッとして私から離れてまた何か話し始めた。
ややあってから二人が戻ってきてアルゼルと手を繋ぐと、言いにくいんだけど、とフレイが話し始めた。
「今日はシノちゃんが怪我しちゃったし本当はこの村に泊まりたかったんだけど、団長の命令で至急帰城しなくちゃいけなくて。このまま出発したいんだけど…」
いいですよ、と言うと早速村を出ることになった。
馬小屋へ向かう途中、フレイがところで…と切り出す。
「シノちゃん、目の色が青くない?」
え?とアルゼルを見ると少しな、と否定しない。
「魔法使えるとか?」
フレイの真似をして手を前につき出してみる。
「それで出来たら学校や訓練所はいらないな」
「なんとも言えないけど…こちらの世界に馴染んで魔法が扱える事もあるんじゃないかなぁ」
この世界に馴染む、か…
両手をじっと見つめていると、城で魔力の計測器があるから試してみようね、と背中をポンポン叩かれる。
馬小屋につき、荷物のチェックをすると私はまたアルゼルに寄りかかり夢の中に落ちた。
どのくらい寝たか、目を覚ましてもまだ馬は走っている。もぞもぞ動くとアルゼルがもう少しだと教えてくれた。
ひた走る平原の奥にテレビでしか見たことないような城が見える。
「大きいね」
「このダナ大陸には四つの国があるが、トゥーダナ城は一番大きいな。今は見えないが城の麓には城下町があり、とても賑やかだ」
せっかくだから自分の世界に帰る前に色々店巡りをしてみたいものだ。
「ねぇ、異世界人でもお金を稼げる方法ってある?」
「異世界人としての登録をすれば国から一時金が降りる。住民登録をすれば家を借りられるから仕事が出来る」
なるほど、異世界人にお優しい。そうなるとしばらく滞在になってしまうが地球との時間差とか大丈夫なのかな。それも城に着けば教えてもらえるのかな。
ポケットに入れておいたメモ用紙を取り出し、色々考えながら鶴を折る。
それをアルゼルが覗いてきた。
「へぇ、器用なもんだな。面白い」
「折り鶴っていうの。こちらの世界の紙のお陰ですごく綺麗になるんだよ」
紙?と不思議そうな声が聞こえる。
「紙にも魔法がかかってるでしょ?」
ほら、と折り終わった鶴をアルゼルに見せる。みるみると青色に結晶化しキラキラと輝く。
「私の国の紙はこんな風にならないよ。綺麗だね」
アルゼルを見るとかなり驚いた顔をしていた。
「これは…」
アルゼル?と様子を伺っていると少し前を走っていたフレイの馬が鳴いた。
前に振り返ると同時にアルゼルは馬を止めた。フレイも止まっている。
前方には二人男性が立っている。
「危ないですよ、イ・ダナのお方。怪我をします。退いて頂けますか?」
馬から降りて注意するフレイの声は冷たい。
「そちらこそ私達の姫を返していただけますか」
背が高く怪しい雰囲気の緑髪の男が言う。姫って私か?そんな風に呼ばれたことがなくてキョロキョロした。…黒猫ちゃんももちろんないが。
「無許可の召喚は規定違反だ。他国と対象者の管理をさせてもらう」
アルゼルはいつもの声色だが、手綱を離して私を抱き寄せた。甘い雰囲気などではなく、ピリピリと張り詰めた空気だ。
明らかに緑髪は不機嫌になったが、隣の金髪は動じない。
「お前ら三ヵ国の馴れ合いはイ・ダナには関係ないんだよなぁ」