離れない
「…離すな。」
黄色い歓声に呆れ、内容を聞きたくもなかったので裾から手を引くと手首を掴まれてアルゼルに見つめられた。
少し怒った顔をしていたが…それは優しさなんだろうと思う。優しさと眼差しの強さに顔が熱くなる。
「えーっとね、僕らこの子をトゥーダナ城まで保護するのが任務なんだ。」
フレイの声がしてハッと周りを見渡すとものすごい視線を浴びてることに気付いた。
やばい、女の嫉妬は超怖いんだって!と慌てて手を引っ込めようと力を入れるがビクともしない。
「任務の邪魔をする事はしないでもらいたい」
そういうとアルゼルは女性の凍った服を治して私を引っ張って馬小屋の方へ歩き出した。後ろで「怪我した人いるー?」とフレイが残って相手をしているが、構わずアルゼルは歩き続ける。
私の心臓はドキドキしっぱなしだ。23にもなって中学生みたいにドキドキしてる。
任務任務、私に優しいのは任務、と言い聞かすが体と顔は言うことを聞かない。ニヤけちゃう、任務任務任務任務!
「ウタ」
「任務!あ、はい!?」
少し間を置いて、アルゼルがクッと顔を崩し、耐えきれないと言わんばかりに笑い出した。
「…ははは、あぁ久しぶりに笑った。」
いつもしかめっ面で眉間に皺が寄るアルゼルが、目を細めて声を出して笑った。
「悪かった。怪我とか、ないか?」
「それ、さっきの人達に言わなきゃ駄目でしょ。魔法使ったの?」
一度崩れた顔は戻らないのか、何処か意地悪そうな笑顔で使ってない、と言う。
「あれがフレイが言ってた冷気だ。魔力を高めると漏れる魔力も多くなって凍ることがある。お前は…大丈夫だったんだな」
「…うん。離してごめん、私保護される身なのに」
そう言うとアルゼルの眉間に皺が少し寄った。戻っちゃった、かな。
アルゼルが何か言おうとしたのか口を開けた瞬間、ドォン、と地響きが鳴った。
先ほど村長が入っていった森林から鳥が飛び立っていく。
アルゼルの左手首についたブレスレットのようなものが光り[アルゼル、森林で魔獣が暴走したようだ。先に向かう]とフレイの声がした。
舌打ちが聞こえたと思ったら全身に軽くタックルされたような衝撃が走り、思わず う゛っ と呻き声が出た。
「急ぐ」
以前のように肩に担がれ、アルゼルが走り出す。村からは悲鳴が聞こえ、通信機からはフレイの報告が聞こえた。
[さっきの女の子達の話だと子育て中で気性が荒くなった魔獣がいたらしい。村長はその親子を村から離れた所へ移動させてほしくて騎士団を要請したみたいだ。]
少し焦げ臭い匂いがする。
「火の魔獣か。誰が刺激したんだ…」
[着いたよ。あーっと…村人の避難と放水開始。アルゼルの到着を待つ、以上]
通信機の光が消えた。瞬時に空が暗くなり、ゴロゴロと雷音が鳴る。
「今まで晴れてたのに…」
「フレイだよ。広範囲を濡らすには雨雲を発生させる方が魔力の消費が少ない。降るぞ」
ザァッと雨が降りだす。こんなに雨に降られるのは何年ぶりだろうか。アルゼルの足音がバチャバチャし始めた頃、森林に到着した。
黒い煙があがり、ゴォッと熱風が巻き起こっている。
「アルゼルさん!第八騎士団です!」
その第八騎士団の方々だろうか、ワァワァと混乱している村人を誘導している。
「すみません、自分達の到着が遅かったせいでこんな…」
「刺激するなとは伝えていたんだろう。お前達のせいではない。誘導頼む」
「はっ!…あの、その女性預かりますか?救護所を設けます」
この様な混乱の場に慣れてないのでぜひよろしく頼みます、と言いたかったのだがアルゼルが「いい」と即答しフレイの待つ現場へと走り出した。
「巻き込んで悪い。お前への追手の可能性も捨てきれない場合に離れるわけにはいかない」
なるほど、納得しておとなしく背中にしがみつく。アルゼルの冷気は感じなかったのに熱風の熱さはジリジリと感じ、濡れた服も温まる。熱風の波がくると雨は地面には届かない。
「フレイ!」
私からは見えないがフレイの待つ現場に着いたのだろう。
「シノちゃんも来たんだねー!僕の活躍見てねー!」
いつものフレイの声色だ。
地面に降ろされ振り返ると容姿はライオンに似ているが目が赤く、尾が三本の獣がグルルと威嚇してフレイと睨みあっていた。
思わず後退りすると、濡れた髪を掻き上げたアルゼルが両手で私の手首を持ち、目を閉じた。
「手を離すことになるから結界を張ったが俺から出来るだけ離れるな」
熱を感じなくなり何かに守られた感じがした。言われたように背後に続くが、アルゼルの手にはいつの間にか剣が握られていて少し怖かった。
「フレイ、行くぞ」
はいよ、とフレイが手をかざすと周囲に水で出来た龍のような生き物が数匹出現して獣を翻弄し始める。
獣は苛立ち始め、あちらこちらに火の玉が飛ぶ。怖い怖い!とアルゼルの背中に抱き付く。
それを見たのかフレイが、えーずるい!僕にも抱き付いて!と笑いながら叫んでるが正直私は構う余裕はない。
少し離れる、と優しく手をほどかれ物凄い早さで獣に斬りかかっていった。
獣はアルゼルが放ったものなのか、四本すべての足元が凍り動けない状態になっていた。水の龍に体を縛られ、もう戦意がなくなったのか赤い目でアルゼルを追っていた。
斬る瞬間はやはり見たくなくて両手で顔を覆い後ろ向きにしゃがんだ。
断末魔が聞こえたと思ったらアルゼルとフレイがほぼ同時に何か叫んだ。
顔をあげると辺り一面真っ赤だった。結界の効果が切れたのか一気に熱さを感じ、パキパキと不穏な音がして見上げると真っ黒な木の枝が既に目の前にあった。
「ぅあ゛!!っづ…ッッ」
庇った右手首に焼けた痛みが走りそのままプチン、と意識が途絶えた。