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甘い悪戯と、未来の騎士2

「こんにちわ」


アルゼルが見えなくなった頃にベンチの後ろの狭い路地に向かって声を掛けた。


「…なんだよ」


声変わりのしてない、ちょっと小生意気な男の子の声がする。


「私の帽子、高く売れた?」

「返さねぇからな。もうとっくに使いきった」


やっぱり、この前ガーティスさんと町にきた時に私の帽子を盗んだ子だった。アルゼルより少し濃い水色の瞳が印象的だったのだ。


「この帽子もあげる」

「前は頭隠すのに必死だった癖に」

「もう隠す必要はなくなったの。これからは堂々としなきゃ。はい」


帽子に焼き菓子の詰め合わせを一袋入れて少年に渡すと、少年は焼き菓子の数を数え始めた。


「あと2つ…」

「ん?」

「あと2つないと取り合いになる」


そっか、仲間がいっぱいいるんだ。

本当はこんな事するのは間違いなのかもしれない。でも手の届く範囲の子供くらい、少しでいいから助けてあげたい。

紙袋から2つ焼き菓子を取り出して少年に渡すと、ありがとう、と小さい声が聞こえたような気がした。ズリズリと服と壁の擦れる音が遠ざかり少年の気配は消えた。


一息ついてアルゼルを待っていると、通りかかる人に黒髪が珍しいのか二度見される。

私もせめて、魔力が溜まってる時くらいその色に染まればいいのになぁと髪をクルクルといじっていると目の前が急に暗くなった。

視線をあげると少し太ったおじさんがニコニコとこちらを見ていた。


「待ち合わせですか?お嬢さん」

「…はい」

「その印と同じ色の瞳をした男性があちらの方で人を探していましたが、ご案内しましょうか?」


そんなはずない。アルゼルは私がここにいるのを知ってる筈だ。


「ここを動かない約束なので結構です」


そう言うとおじさんの表情が明らかに曇る。


「そうですか。しかしお嬢さん、珍しい色をお持ちですね。少し見せていただけませんか」


髪の毛に手を伸ばされたが、おじさんの目が笑ってない笑顔が気持ち悪くてつい避けてしまった。

するとついに男性から笑顔は消えて凶悪な顔付きになり髪の毛を引っ張ってきた。


「痛い!」

「珍しい色は愛好家から高く値が付くんだ。お前の髪と目玉は高く売れる」


目玉愛好家って何よ悪趣味!

髪を引っ張られ、踏ん張りながらも体が持っていかれてしまう。それを見た人が、人さらい、騎士に連絡して、と叫んでくれてるがおじさんは怯まない。

やがて馬車が到着しておじさんはそこに乗り込もうとしたが、パキッと足下が凍りついていた。

アルゼル、と顔を向けたがそこにいたのはさっきの裏路地に消えた少年だった。


「手を離せ」

「なんだ小僧。正義のヒーローごっこなら他所でやれ」


おじさんが少し力を入れるとアルゼルの物とは違い、氷は簡単に砕けてなくなる。グイッと髪を引っ張られ、つい痛みを叫ぶと少年がおじさんのお腹に突進して吹っ飛ばした。


「このガキッ!」


おじさんが魔法を発動しようとしたので、今度は私が少年に駆け寄り抱きしめる。


「馬鹿、姉ちゃん逃げろよ!」

「私魔法効かないから大丈夫!」


はぁ?!と少年は私の言うことは信じず、腕の中で何か魔法を発動しているようだった。


[アルゼル!]


頭の中で念じると、怒った声で[遅い]と聞こえた。


おじさんが発動した魔法で周囲が一瞬赤く染まったが、瞬く間に辺り一面氷の世界になる。


「氷と水で魔法を反射する鏡を作ったのか。面白い使い方だな」


愛しの人の声に振り向くと、私の回りが薄い鏡で覆われていた。少しするとそれは私の体内に吸収されて消える。少年はそれにも驚いていたが、凍った景色を見渡して言葉を失っていた。


第二騎士団の人達が規制線を張りながら集まり始めた。アルゼルに礼を言いながら馬車と男性の回収をしている。


「第二が追ってた奴だ。戻ろうとしたらお前が声を掛けられていたから驚いた」

「あー、私を囮に使った訳ねフーン?」

「現行犯で捕まえる必要があったんだ。お前こそ連絡が遅すぎる。俺が駆け付ける時間を考慮しろ。本当にのんびり買い物してたら間に合わなかった」


まるで怒ってる風に言っているが声色は優しくて、引っ張られていた髪を丁寧に撫でて整えてくれているので全然説得力がない。


そんな私たちの横で、少年が凍った地面や石の感触を確かめていた。


「…すげぇ」

「少年。俺の婚約者を助けてくれて感謝する」

「いいんだ。借りがあったから」


借り?とアルゼルに尋ねられたが、私は適当に笑って誤魔化した。

アルゼルが話し掛けても少年は凍った景色を触るのに夢中で全然聞く耳を持たない。

しゃがんだ少年のズボンのお尻にあるポケットから私が渡した帽子が見えると、アルゼルが「なるほど」と呟いて私を睨み付けた。


「少年」

「…」

「こら坊主」


首根っこを掴んで持ち上げると、少年がバタバタと暴れて抵抗した。


「なんだよ!」

「お前を俺の推薦で騎士団に入隊させる」

「は?」「えっ!」


少年と私の驚きの声が重なった。


「お前の勇気を称えて騎士団に入れるが、魔法のコントロールも上手そうだから騎士が合わなければ魔術士か幻術士になれ」

「何言ってんだ?」

「任務が成功すれば報酬もある。基本城内の寮で稽古をしながら暮らすようになるが休みの日の行動は縛られないから町に出られる」


少年は信じられないといった表情だが、目には輝きが増していく。

少年を地面に降ろし、アルゼルが第二の人を呼んでメモとペンを借りてサラサラと何かを書き始めた。


「名前は?」

「ワズート」

「じゃあワズート。準備が出来たらこの紙を持って城門に来い。あぁ、これで風呂に入って服を買ってからにしてくれ。そのままじゃ偽造を疑われる」


ぽん、とメモと札束を渡す。


「…こんなに?」

「城に来るのはお前だけだろうが、風呂と服としばらくの食事代は家族分いるだろ。給料の前借りだ。その分沢山の任務をこなしてくれ」


涙目になったワズートは大きい声でありがとうございます!と叫んで私の渡した帽子にくるんで大切に抱えながら走って行った。


「アルゼル素敵」

「そりゃどうも。で、ワズートの抱き心地はどうだった」


何の事かわからず首を傾げるがアルゼルは私を睨み付けたままだ。


「自分から抱き付きやがって」

「…え。いや、あれは魔法から守るために…ってか子供じゃん!」

「子供だって男だ。お前の柔らかさを知ってていいのは俺だけだったんだぞ」


ぐに、と両頬を引っ張られる。アルゼルの私に対する独占欲は嬉しいような恐ろしいような。

「ふみまへんでひた」

「以後気を付けろ」


頬が解放されると腕をとられ城の方向へと足を向けた。慌てて足下の焼き菓子の紙袋を拾い上げて付いていく。


「今日は俺がお前を洗う」

「はい?」

「汚い男に触られた髪を俺が洗ってやると言ったんだ」

「いや、自分で洗います!」

「それじゃ俺の気が済まないだろ」


知らないよ!と近道らしいこの小さな路地に私の声がこだまする。


あぁ、この焼き菓子を今日は口に出来るのだろうか…。










「シノちゃん見て~!今城下町で話題の新作のお菓子!やっと手に入ったの!」


「あっそれ、ジュリナさんのお店の」


「商品名知ってる?"騎士の甘い悪戯"ですって。誰の悪戯なのかなぁ~?」


「リアーナ…」


「うふふ~」

これで完結です。

ご愛読頂き、ありがとうございました。

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