逃さない
アルゼルside
そ、と掛けたマントの中を覗くと熟睡しているウタが見えた。
「アルゼルー顔赤い」
今までにないくらいのニヤけ顔のフレイがクツクツ笑う。
「お前、あんまりからかうなよ」
「だって今まで女性の影すらなかったアルゼルの胸にこんな簡単に収まる女の子が現れたんだよ。いやー僕は嬉しいね、元恋人として」
「それはやめろ」
貴族の女が苦手で、夜会での誘いを断り続けたら同性愛者ではないかとの噂がたった。
どう思われようと勝手なので放置していたら、それがパートナーのフレイと関係を持っているという噂に変わり、一部貴族の間で創作小説が流行ってしまった。
さらにその小説は城下町へと広まり、フレイと街中を歩くだけでキャアキャアと今までにない気持ち悪い声が聞こえるようになった。
流石にマズイ、と団長に相談し目立つように娼館へ通い、かなりの人数を相手して自分の相手は女性である、と見せ付けた。
やりたくもない相手と連日夜を共にするのはとても苦痛でもう思い出したくなかった。
「もうあの手の噂は懲りてる。変な発言するとまたぶり返しそうだ」
「もうシノちゃんがいるからいいじゃない」
「会って3日の女に手を出す様な軽率な行動も立派に嫌な噂の部類だろ。それに、いずれ帰るんだ」
視線を落とすとマントの隙間からウタの目元が見える。
そう、いずれウタは自分の世界に帰る。
胸の奥が傷んだ気がしたが、遠くを見てから目を瞑り、ため息をついたら落ち着いた。
俺は国家騎士で、彼女は保護対象者。
それだけだ。
「……なんて顔してんの、絶対零度の騎士サン」
昼過ぎ、目的の村に着きウタを起こして馬を降りると村長が駆け寄ってきた。
「お待ちしておりました、お早い到着で!」
待たせた記憶はなく、フレイを見ると首を横に振った。
「騎士の派遣の要請をしたのですか?僕らは今別の任務の帰路でして、休憩で寄らせてもらったのですが」
胸元の階級バッヂに視線を移した村長は、失礼しました!どうぞごゆるりと、と駆け足で村に隣接した森林の方へ戻っていった。
「…話聞いてあげたら?」
斜め後ろで服の裾をつまんでいるウタが言う。
「俺らには俺らの任務がある。城から飛ばせば半日の距離だ、依頼された奴らに任せる。休憩しよう」
でも、と心配そうな彼女に
「あのね、僕達は特別任務にしか出向かないような等級なんだよ。偉そうに思うかもしれないけど、僕達が手を出したことによって他村から苦情がくるんだよ、ズルいって」
あとあまりにも適切なレベルの任務じゃなかった場合依頼者に料金が発生しちゃうんだ、とフレイが言うとウタも納得したらしい。
休憩が取れるような長椅子を見つけ、フレイが軽食を購入してくるのをウタと座って待っていた。
「…人が群がってきたね」
村の女性が距離を保って円を描くように囲み始めた。
「…悪い。居心地悪いだろ」
黄色い声があちらこちらから聞こえる。自分でさえ居心地が悪い。
「人気なんだね、そりゃそうか。強くて外見も良ければこうなるよね。私の兄もそうだったから少し慣れてる」
へぇ、とウタを見ると少し切なそうだった。
「双子だったの。いつも傍にいて、いつも比べられてた」
双子の兄を亡くしたのか…。兄弟とはまた違う繋がりだと聞く。その心情は計り知れない。
「もう5年たってるから変に気使わなくていいよ。私より母のが立ち直らなくてさ」
とニコッと笑う。徐々に体が弱くなっていく病気だったらしい。それを看護していたのは母で、ウタは弱る兄を見たくなくてあまり見舞いに行かなかったと言う。
「ごめん、暗い話だったね」
「いや、」
大丈夫だ、と続けて言ったが新たな黄色い歓声に打ち消された。フレイが戻ったのだろう。
フレイが俺の横に座ると、取り巻いてた連中もそのまま近寄りキャアキャアと喋りかけてくる。
「ごめんねアルゼル、軽食のおすすめ聞いたら離れなくなっちゃってー」
そりゃ第一騎士団員に話し掛けられたチャンスを逃す女はなかなかいないだろうと呆れ、ため息をつくと突っ張っていた服の裾がふわりと元に戻る感覚があった。
いつの間にかウタとの間に割り込んでいた女の隙間から、離れるウタの手が見えた。
それを咄嗟に追いかけて女を押し退け手首を掴むと驚いたウタと無言で見つめ合う形になった。
退けた女に対して無意識に敵意を発したらしく触れた服の一部分が凍り、周囲に冷風が吹いたらしく静かになった場にチラホラと冷たい、寒いと声が聞こえる。
「…離すな」
口をあんぐりさせ、瞬きが多くなった黒い目を見つめ静かな声でそう言うと彼女は湯気が見えそうなほど真っ赤に染まった。