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名も無き侍女の話

私はアルゼル様の部屋の侍女。

数年前より担当しております。


アルゼル様は氷の魔力が高い為、侍女もある程度氷の魔法を扱える者でないと寒さに凍えてすぐ体調を崩します。

私は侍女歴はあまり長くはありませんでしたが、氷の魔力だけはありましたので担当となりました。


最初は飛び跳ねて喜んだものです。当時まだ第四騎士団所属だったアルゼル様は、フレイ様と共に期待の若手として貴族の間でも噂になっていましたから。

お顔も非常に整っていて、こんな方の侍女になれるなんて、もしかしたら…と淡い期待を持ってお部屋に向かいました。


しかしアルゼル様は笑顔一つ見せない、とても厳しく真面目なお方で女性に群がられるのを極端に嫌っておいででした。

男色の噂が立つほどに女性に目を向けず、稽古や任務に精力を向ける日々。

私の淡い期待などすぐに消え、主人の健康と快適、そして無事を祈る侍女として精一杯仕えて参りました。




ある日、掃除をしているとアルゼル様は女性を連れて任務から戻ってまいりました。しかも大切そうに視線を送り、優しく抱きながら。

あの時ほど驚いたことはありませんでした。

アルゼル様は私と目が合うとクィ、と顎で退室を命じられたので、頭を下げてその通りに部屋を出るとそこにはもう他の侍女達が群がっていました。


「今の誰?貴族にあんな子いたかしら?」

「髪の毛が黒かったわよ。異世界人じゃない?」

「アルゼル様、すごい大切そうにしてたわね」

「もしかして、もしかする?」

「アルゼル様も遂に?!」


小さい声でキャイキャイ盛り上がっている所に、フレイ様が通りかかります。


「あの子、アルゼルのお嫁さん候補。守ってあげてね」


にこっと笑いフレイ様は会議室へと楽しそうに消えて行きました。

侍女達は大興奮。私もその中の一人でした。




女性の名はウタコ・シノヤ様とお聞きしました。言語が通じるアルゼル様にだけ、ウタと愛称で呼ぶことが許されているとリアーナ様が仰っていたそうです。

シノヤ様が来てからアルゼル様はすっかり変わられました。

お部屋の中からは聞いたことのないアルゼル様の笑い声が聞こえ、眉間に皺を寄せる回数も日に日に少なくなっていってる様な気がします。

シノヤ様はアルゼル様だけではなく、私にとっても主人を支えていてくれる大切な存在になりました。



二人の仲がすっかり周知されたある日、ダリアが「シノ様にフルーツでも差し入れした?」と聞いてきました。

シノヤ様は知らない食べ物には手をつけないので、私から差し入れをする事はありません。


「してないわ。何故?」

「さっき食べ物を切りたいから包丁を貸して欲しい。自分でやるから待っててと部屋を追い出されてしまいました。変な気は起こさないだろうから貸したのですが…」


少し嫌な予感がしたのでアルゼル様にすぐ報告へ行きました。シノヤ様が食べ物を切ると言って包丁を借りたようですが何か心当りはありますか?と。

最初はその報告に瞬きしか返って来なかった。

何故そんな事俺に言う?整ったお顔がそう物語っている。


「滑って手でも切ったらと心配で」


そう付け足すと、座っていた椅子が後ろに倒れる程勢い良く立ち上がり、隣の部屋へと早足で向かいノックすると返事は待たずに開けてしまいました。


「ウタ」

「ギャアっ******!」

「お前何やってんだ!」

「****、*****」

「お願いだからこういう事はしないで欲しい…誓いは立てなくても結婚は出来るから」

「でもちょこっと指先切るくらいなら私平気だよ」

「そのちょこっとが調節出来るのか?もし大出血になったらどうするんだ」


シノヤ様を宥めるアルゼル様の声はとても優しく朗らかでした。誓いを立てたいけど、傷を治す手段がないシノヤ様に血を流させるのはアルゼル様には耐え難い様です。


しばらくするとアルゼル様が包丁を持って部屋に戻ってまいりました。包丁をタオルでくるみ私に渡すと、珍しくアルゼル様と目線が交わる。


「ありがとう。助かった」


それはアルゼル様から聞いた初めての感謝の言葉でした。

私がどんなミスをしても「以後気を付けろ」しか言わないお方でしたが、特別に何かご用意してもお褒めの言葉などは頂いた事はありませんでした。毎日黙々と世話をする侍女、されるのが当たり前の主人といった関係だったと思います。


「シノヤ様は私にとっても大切なお方です。お役に立てて心から嬉しく思います」


深々とお辞儀をしてそう言うと、これからもよろしく頼む、と頭上から返って来ました。

それは他の誰にでもない、私という存在にだけ頼まれた仕事だと感じました。アルゼル様にとってはただの社交辞令だったのかもしれません。

けれど私にとっては【城の侍女】から【アルゼル様の侍女】へと正式に昇格した気分でした。

涙が出るのを必死に抑え部屋を後にし、夕飯の支度をするダリアに今しがた起こった事を伝えにいくとアルゼル様より顔を青くして飛んでいきました。







「詩子は?」

「少しお腹が張るようなので横になっています」


そうか、と書類に落とした横顔はあの頃よりも整っているように感じます。色々な責任を背負う男性となった逞しいお顔の眉間に皺はありません。


派遣に行ったダリアの代わりに、私はアルゼル様と共にシノヤ様も担当する事になりました。後二ヶ月もしたら、もう一人増えていることでしょう。


「お子は女の子な気がします」


ぽつりと呟くとアルゼル様がお顔を上げました。


「…何故そう思う」

「勘です」


本当は色々あります。つわりが重めだったり、お腹が丸みを帯びていたり、シノヤ様のお顔が柔らかい雰囲気になったり。

どれも確実な証拠にはなりませんが、割りと女の子説に当てはまる例が多いと感じています。


「…お前の勘は当たるからな。女の名を考えておくか」


見ていた書類はどこへやら、アルゼル様は窓の外を見て考え始めてしまいました。


今の私の中にあるのは、またアルゼル様の新しい一面を見れるのではという淡い期待。

父親になったアルゼル様はどんなお顔になるのでしょう。


これからも私は、あなた様に仕えて行きます。

主人の健康と快適、無事と幸せを願って。

ありがとうございました。

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