イ・ダナの希望
「トゥーダナの国王が息子により討たれ、引き継ぎと同時に平和条約にサインしたようだ」
父が俺の目をじっと見つめる。
「色々片付いたら、お前もそうやって平和条約にサインするんだ。これ以上国民を悲しませてはならないよ。…だが、私は殺さないでくれよ。平和になったイ・ダナが見たい」
そんなことはしない。するわけないだろ。真の悪はトゥーダナ国王だった。それに対抗するために父も心を鬼にして戦争を続けてきた。
側近のジジイどもには戦いの闇に堕ちてる危ない奴もいるが、父は違う。
「リュード。お前はイ・ダナの希望の光なんだよ」
数ヶ月後、トゥーダナを父と訪問すると新しい国王が迎えてくれた。多分俺より20近く年上だ。
大切な話があるから、と父は俺をジークフリードという男に預けて行ってしまった。
「稽古場を見るか?坊や」
「リュードです。稽古ですか?平和条約にサインしたのでは」
「まだお前の国のサインがまだだろう。対抗組織として位置付けられたんだ」
それではまるでイ・ダナが悪者じゃないか!拳を握り締めると男は慌てて弁明した。
「いや、俺らの国のが酷かったのはみんな認めてるんだ。形だけだ。早くそっちもお偉いのと話を進めてサインしてくれよ」
男は俺の背中を叩いて城の裏側に案内した。
そこには騎士や魔術師の稽古場があって、みんなしっかり素振りなどをしている。
「リュード君と同い年くらいのですごいのがいるんだ。少し手合わせしてみるかい?」
アルゼル!と男が名を呼ぶと、同い年というか年下の10歳くらいに見える少年が来た。
腕には自信があったので、舐められたと思い怒りが込み上げる。
だが、手合わせが始まってみるとどうにもこうにも勝負がつかない。
剣の使い方は勿論、魔法の使い所が絶妙でジークフリードがそこまで、と声を掛けなければ体力勝負になって俺が負けていたかもしれない。
「強いなアルゼル」
「リュードも強い。楽しかった」
その後、ジークフリードから許可をもらって父が来るまで城の中庭でアルゼルと話をした。
俺が国王になったら平和条約にサインするから、その後一緒に大陸を冒険してみないか、とかそんな夢物語だった。
話を進めるとアルゼルはやっぱり子供で、ドラゴン退治をしてみたい!とキラキラ目を輝かせていた。
その後合流したフレイという子供も、僕は異世界に冒険に行きたいと語り始めて話は大盛り上がりだった。
父に呼ばれ、別れは惜しかったがまた会おうと約束した。あんなに憎かったトゥーダナも、国王が代わりサインしただけで明るく良い国へと進んだ。思いがけず友達も出来た。
「父さん、俺早く条約にサインしたいよ」
「参ったな、もう少し準備が必要だよ」
ははは、と困ってなさそうに父が笑う。俺はまだ14歳だ。もう少し、実績を積まなければ。
吹っ飛んだ片腕はもう見付からないだろう。
追っ手を撒きながら回復を行うがなかなか傷は塞がらない。
父に愛人がいるのは知っていた。母は俺を産んで体調を崩して寝込んでいたし、だからと言って俺や母を邪険にはせず大切に育ててくれていた。
だから愛人の一人くらいなんとも思っていなかった。
だがその息子がイカれた奴だった。父の正式後継者だ、とお偉いジジイ共を引き連れて実質乗っ取りに来たようなものだった。母さんの首を持ったディギという男は、平和思想の俺を殺すように部下達に命令した。
荒い呼吸を抑えながら木陰に隠れて腕の回復を続ける。
ガサッと傍の草むらが揺れたが、もう逃げる体力もないので諦めようと目を瞑り息を吐いた。
「馬鹿、こんな所じゃ見付かるだろ」
聞こえたのは幼なじみのソウエンの声だ。
「ソウエン…!父さんはっ」
「国王から伝言。従うフリをするからお前は逃げろ、トゥーダナを見習いチャンスを伺えって」
ソウエンが回復を手伝ってくれて自宅へと匿ってくれた。
「俺には父さんは討てない!」
「落ち着け、ディギを討つんだ。あんな歪んだ奴が国王になって堪るか!俺もディギの部下になるフリをするから。お前はイ・ダナの希望だ。チャンスを伺うんだよ」
「…幼なじみのお前が自宅に俺を匿うなんてすぐ検討のつく事だ。いずれ見付かる」
見付からないさ、と雷の最上級魔法の瞬身を使い暗い部屋へと移動した。
「…なんだここは」
「俺の秘密の思い出部屋だよ。俺の魔法を使わないと入れないように色々呪いが掛かってる。本棚のは読んでも良いが、笑うなよ」
ドアも窓もないが、息苦しさはない。六畳程のスペースには棚があり、ノートが沢山詰め込まれている。
「一度城に戻ってディギに忠誠でも誓ってくる。ちゃんと食事も後から持ってくるからさ」
「ソウエン…ありがとう」
「照れるからやめろ」
バチッと電流が流れてソウエンが消える。
追っ手から逃れ緊張感がほぐれたのか腰が抜けると本棚にぶつかりノートが数冊落ちた。
一冊拾い、中を見てみると書いたのはどうやら子供の頃のソウエンですごく字が汚い。
《うたこはふたごのいもうと←母さんはミサト。》
《おれとかあさんはまほうつかいだけどうたこはつかえない》
《うたこはかみをおるとませきになる←ツルと言う名の鳥を折る場合のみ。オリヅルという》
所々大人になってから書き足した文がある。これは一体なんだろうか。ソウエンには妄想癖でもあって設定を作って遊んでいたのだろうか。少し意外だった。
だが数冊読み漁るうちに設定にしてはリアルな所や、あの時は痛かった、など感想が書いてある所もある。
《魔力不足で俺は死亡寸前だったが、母の提案で魔力に満ち溢れた世界へ転生してもらい今に至る》
この一文を見つけ、全て理解した。ここにあるノートは全て前世の記憶を書き記したもので、ソウエンは転生者だったのだ。
そんなこと知らなかったし、教えてもらっても信じなかったろう。
俺はソウエンが再び部屋に戻るまでノートを読み漁った。
「詩子ちゃんの事を話した?」
「…最近反逆者狩りにディギがハマっててな。俺にも疑いの目が掛かってると聞いて、情報提供して気を紛らわすしか方法を思い付かなかった」
「それで?」
「召喚するってさ」
はぁ、とため息をつく。
彼女が本当にこちらに来てしまった場合、無限に魔石を作れる機械として最大限に利用されるに違いない。
「ディギに渡る前にここに連れてこれるか?」
「そんな行動したら一発で殺されるだろうな…けどそれしか方法はないか。ここで詩子に魔石を作らせて"チャンス"を作るか」
毎日考え抜いたが良い方法は思い付かなかった。
しかし事態は予想もしない方向へ向かった。詩子ちゃんはイ・ダナには解除できない魔法に包まれていて、それを見事にやってみせたフレイとアルゼルが保護したというのだ。
詩子ちゃんがイ・ダナに渡らなかった事と懐かしい名前が聞けて俺は大いに喜んだ。
ディギはかなり怒り心頭といった様子で、冷静さを欠いてるとソウエンが話す。
"チャンス"はここから産まれるのかもしれない。
俺とソウエンは、毎日作戦を練った。
俺が希望として輝けるその日に向かって。
ありがとうございました。




