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アレスの過去

【アレス】


誓いの始まりの物語の主人公。

かつてこの大陸を作り上げた女神ダナの騎士の名だ。






「アレス」





俺の名だ。





「…いつ…から…考えて…いた」


目の前で俺を呼ぶのは女神ダナではない。血塗れになった父だ。

もう放って置いても絶命するだろう。息も絶え絶え、身動きは出来ない。


「あなたにこの偉大な名前を戴いた時からです」




父の最期の言葉は聞き取れなかった。










ダナレスの誓いの話を教えてくれたのは、俺がまだ十歳の頃にミミダナから婚約者という名の人質として来た、六歳の猫の獣人ソフィアだった。

結婚したら誓いを結ぶ事は知っていたがダナとアレスの物語は知らなかった。

それを頬を赤くしながら語るソフィアは夢見る少女そのままだったのに、俺に視線を戻すと獣の鋭い眼差しに変わる。


「ソフィアは政略結婚なんて認めない。アレスとなんて絶対誓わないんだから」


子供ながらにとてもショックを受けたのを覚えている。


物語の中のアレスは、大陸にとってはなんら功績は残していない。ただの強い騎士だ。

だが自分の幸せを望めなかった女神ダナにとって彼は輪廻転生という女神の呪いを撃ち破った救世主だったという。


「父上、僕に何故アレスと名付けたのですか?」

「私に添い遂げる最強の騎士になって欲しいという願いを込めた。稽古は怠るなよ」


父は俺に目もくれず、薄くて硬い肉を頬張った。








「この教科書、な~んにも思わないの?アレス」


僕の部屋に突然来たソフィアは、机に置きっぱなしだった教科書を一通り見てそう言った。

どういう意味?と聞くと、返って来たのはまず溜め息だった。


「ダナとミミダナは邪悪な共戦関係を結び、トゥーダナに立ち塞がるが勝てたことはない。イ・ダナは強力な魔法で何度も死の戦を巻き起こす悪魔の国で、トゥーダナは勇敢に立ち向かい、戦い続ける」


スラスラとソフィアは教科書を読み上げる。さっき習った所だ。


「それがどうしたの?」

「それがどうしたの?ですって!」


何が可笑しいのか、ソフィアはケラケラと笑い始める。


「ミミダナではこう習うわよ。

平和主義のダナとミミダナは、建国後すぐに戦には参加しない平和協定を結ぶ。

武力に満ち溢れたトゥーダナはそれを振りかざして大陸統一を目指す独裁国。

イ・ダナはそれを阻止する盾の役割としての地位を確立し、トゥーダナの動きを牽制している」

「それじゃあ、トゥーダナが悪者じゃないか!」


あまりに違う内容に腹が立った。大陸統一を目指すのは周辺の国が戦を仕掛けてくるからであって、トゥーダナこそ平和の象徴だ。僕はそう教えられてきた。


「そうよ。トゥーダナが悪者よ。将来あなたの物になる国だっていうのに何も知らないのね。もう少し勉強したらどうなの?お坊っちゃま」


勝ち誇った顔でソフィアは本を数冊置いて部屋を出ていった。

僕は怒りでしばらくソフィアが閉めたドアを睨み付けていた。こんな屈辱受けたことがなかった。


ソフィアが置いて行った本はどれもミミダナが発行した歴史書で、ソフィアが使っていたのか物凄く読み込まれている。

そして一番下の本には一枚手紙が挟まっていた。






ソフィアへ


この様な政略結婚に持ち込まれてしまって我は情けない。

知恵と技術と、平和条約では護りきれない物が今回の話にはあった。

大事な水源を守る為の引き換え条件が魔力も地位も高いお前だった。国民と娘を天秤に賭けられた我の気持ちは伝わるであろうか。


お前は賢い。もし平和へと導けるミミダナの知恵と技術を活かせる場があったら思いっきり行ってほしい。お前の責任は我が取る。それを負担に思わず、今回の人質にされた件を我への大きな借りと思うて、大胆に行け。




娘を取られた悲痛な想いを語られた手紙は何枚にも続いていた。ソフィアの発言やミミダナ発行の本だけなら、それこそミミダナの方が偽造だと疑っただろう。しかしこの手紙に嘘はないと感じる。

ミミダナの主の物なのか、ソフィアの物なのか、所々涙で滲んだインク。

何度も読み返しているのか端がくしゃくしゃになっている紙。

僕は思考停止しかかる頭にミミダナの歴史書を朝まで叩き込んだ。





この日俺の中の全てが崩れ、それは幼なじみのジークフリードと恋人ミリィデリア、そしてソフィアによって正しい物へと再構築されていった。


父を、国王を討つ。


俺達は密かに計画を立てていく。








「ミリィデリアがいない?何故?」

「わからない。一昨日は普通だったんだ、むしろいつもより幸せそうに話をして別れた」

「実家にも、城下町にも?」

「いない」


まさか反逆が見つかり国王に…とも思ったが魔力の強い彼女に拘束などの手は通用しない。

ジークは愛する恋人の喪失感に呑まれていたが、それは俺も同じだった。彼女はかなりの戦力になるので、計画には欠かせない存在だった。ミリィデリアがいないとなると、国王の元まで辿り着けるかどうか…

ソフィアも鼻と魔力で行方を追うがわからない。この世界から消えてしまったとしか説明がつかない事態に、ジークは誘いの滝に向かい異世界にでさえ手掛かりを求めたが駄目だった。


二週間ほどたって、計画はしばらく辞めようか、と話をした。ミリィデリアのいない戦力、ジークの精神的ダメージ。これはどうしようもない。

だがジークは、それに反論した。


「いつかミリィが帰って来た時に、平和な国として迎えてやりたい。私がいないと何も出来ないのね、なんて言われたくない」


計画は練り直しにはなったが、ジークはいつか彼女が戻ると信じて前向きに取り組んでくれた。


結果、三年は掛かったが計画は成功した。


俺は国王に就任と同時に平和条約にサインをした。

あんなに嫌がられていたソフィアとの誓いも結べる事になった。

最初から私好みに調教する予定だったのよ、なんて言われてみろ。どっちが獣なんだか、とお互い照れ隠し合戦をしあった。


ミリィデリアも、そして予想もしてなかったジークとの子供まで俺が新しくしたこの国に帰って来た。

イ・ダナも平和条約にサインをした。これから国は少しずつ変わって行けるだろう。

トゥーダナがサインしてから二十年。長いようで短かったな。




ソフィアは婚前、子育てに夢中になってこの国の動向に目を逸らしたくないから、と子供は作らないと宣言した。世継ぎのいないこの国は、何処かに吸収され無くなるかもしれない。

それでもソフィアと一緒になれて後悔はないし、見下ろす中庭を走り回る部下の子供達を見ると幸せになれる。



「アレス、会議が始まります」



俺は夢物語のアレスとは違う。だがソフィアという女神に導かれ行動した事によって誰かの救世主にはなれたのではないだろうか。

例えば隣で共に中庭を見下ろす、すっかり覇気のなくなった眼差しで孫を見つめるジークとか。



「今行くよ」




今日も何かがいい方向に行くと信じて会議に向かう。




トゥーダナは、今日も平和だ。

ありがとうございました。

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