兄の過去
「いい?私は転生先の人間までは指定できないわ。戦争のある地域かもわからないの」
「いいよ。魔法のある国に飛ばしてくれればそれで」
出来るだけ小さい声で話す。妹にも話したことがない、母親と俺の秘め事。
初めてそれを自覚したのは、習い事の剣道で相手が痙攣した時だ。
お前に討たれると痺れるとはよく言われていたが、まさか痙攣して倒れるとは。相手は幸い無傷だったが、見ていた母は家に帰り妹が寝付くと成り立ちを話してくれた。
その日から俺は魔法を知り、制御する方法を母から学び始めた。
だが高校生活が始まると、どうも体が怠い日が続いた。母が妹の折り鶴をかき集め、俺に注ぐ毎日。俺は魔力不足に陥っている事を察した。
魔法が空になるのと、補充が追い付かなくて尽きてしまうのは違う。魔力が少ないこの世界には、俺の体を補えないみたいだ。
母は、魂を魔法に溢れた地元に飛ばす提案をしてくれた。
私のもとからは離れるけど、生きてほしいから、と。
俺はすぐにお願いした。妹が心配ではあるが、まぁ周りの男子には彼女に近付きにくいほど脅し倒してるからしばらくは平気だろう。
母も妹も、綺麗目な外見をしてるからガードやら色々大変だった。
「詩子に何か言うことはある?」
「…ないよ」
しばらく見てない妹を頭に思い浮かべる。
多分自分も同じ姿になるのが怖くて俺に近付かないんだろう。
お前には魔力がないからこうなる心配はないんだよ。
「やっぱある。お前バカだなって伝えておいて」
「…んもぅ」
母の掌から光が溢れ出す。
それが奏の最後の記憶。
ディギにリュードとの繋がりを疑われた俺は咄嗟に魔石を作り出す記憶の中の妹の話をして、こちらの世界に呼び出す提案をしてしまう。
私的な花嫁召喚が許される筈もなく、それは無許可になってしまう。
「詩子、おいで」
数人の魔術士に魔力を借りて召喚してみると、妹は濃い魔法の繭で包まれ解除出来るレベルではなかった。母だ。すぐに気付いた。
トゥーダナのフレイとアルゼルが繭を解除して彼女を保護した、とディギに報告するとすぐに奪還する、と付いてきた。ディギは大量の魔具を積んだが、俺はその荷物の紐に切れ目を入れた。
途中、一行が休憩している村のそばにいた魔獣を刺激して騒ぎを起こした。予想通りアルゼルは妹を連れて現場に来た。
久々に、と言っていいのか。
彼女を目にしてみると少し胸がドキリとした。記憶の中で笑っていた少女は、垢抜けた大人の女性になっていた。
ソウエンからして見れば彼女はよく知る他人。恋愛対象ではある。
だが目を閉じて奏としての記憶を呼び起こすと、彼女はやはり妹だった。
下着で家を歩き回る姿も覚えてるし、彼女のおねしょを肩代わりした嫌な記憶もある。
目を開けて再び視界に入れた彼女はわたわたと慌てる変わらない詩子だった。少しホッとする。
無事にディギに彼女の魔力を吸う力を見せ付けることに成功した。ディギは目を輝かせ、早く魔石生成に取り掛かりたいと胸を踊らせる。
襲撃を行う場所までに魔具を入れた布袋は上手く千切れてくれて、ディギは魔具なしで噂の二人に挑むことになった。勝ち目はないだろう。
妹はアルゼルに寄り添い、完全に彼に頼っている様子だった。言語が通じない、と聞いて申し訳ない気持ちになる。呼んだだけでも巻き込んだ罪悪感に襲われているのに、そんな不便な事になっていたとは。
簡単にフレイに捩じ伏せられたディギを救出して場を去る。
「…ソウエン、魔具の入った袋に何かしたか」
「するわけないだろう。疑うならこれから荷物の点検は自分でしてくれ」
そうだな、悪い、と疑うのをやめてくれた。実際来た特殊能力を持った異世界の女を見て俺を信用しきったみたいだ。
ごめんな詩子。呼んだ責任は取る。お前を出来るだけ、不幸にはさせないからな。
ありがとうございました。




