僕と彼女の話
最初は、少し困らせたいだけだった。
いつも冷静で落ち着いている彼女に、少し悪戯をしたい。そんな軽い気持ち。
シノちゃんがアルゼルとお忍びデートに出掛けたある日、こたつで寛いでいるとダリアが掃除をしに入室した。
「ヤッホーダリアちゃん」
「こんにちはフレイ様。今日はソフィアさんのサポートはよろしいのですか?」
カッポウギ、という日本型エプロンを身に付けた彼女は自分に構わず窓を開けて箒を動かす。
一通り掃き終わると雑巾掛けをやり、その後風呂の掃除もしていた。
一息ついたのか僕にお茶とお煎餅を出してくれた。
「ねぇ、ダリアちゃんって婚約者っているの?」
「随分急な質問ですね」
「いい奥さんになりそうだなぁって思ってさ」
僕がこんなに褒めても顔色一つ変えない。
「婚約者、いますよ」
その一言に顔色が変わったのは僕だ。
「ミミダナに?」
「はい。母の紹介で断る理由もなかったので。この派遣が終わったら話が進むのではないでしょうか」
こんな事にまで無表情でさらりと言われるとなんだか悲しくなった。
こたつの中で魔法で指を傷つけて出血させ、おもむろに彼女の右腕を取り血を塗った。すかさず誓いの魔法を展開する。一瞬何かと僕の顔を見たが、腕についた血と魔力の雰囲気を察し、グッと体を離そうと後ろに下がる。
一応騎士の僕に、彼女の力一杯の抵抗は無力に等しかった。
右腕に白い誓いが刻まれ、手を解放する。思ったより細くて細かい印だった。
「…何をっ!」
「ん~。なんだろうね」
「もうフレイ様は二度と発動出来なくなるんですよ?!」
さすがに彼女は慌てふためいて、おろおろしている。その様子に満足してしまい、帰るね、と声を掛けて部屋を出た。
しばらくしても彼女は印を解除することはしなかった。何故かと聞くと、もう二度とあなたの印が見れることはないので目に刻んでおこうと思ったのです、と静かに答えた。
普段からミミダナ産の模様の細かい太めの腕輪をつけてるので、白い印は気にしないと見えやしない。
シノちゃんがいなくて時間がある時、僕も僕の印を目に刻みにこたつへお邪魔した。
性欲が皆無で結婚する気もない僕に、この魔法は縁のないものだと思ってた。興味はあったのでいつか誰かにお願いして発動はしようと思ってたけど、ダリアちゃんに掛けるとはね。
思い付きだったとはいえ、面白いことしたな。
もういいですか?と迷惑そうな彼女に、もうちょっと見せて、と優しく手首を包む。
ある日アルゼルに、ダリアはお前をよくわかってるな、と言われた。
例のイ・ダナに設置された魔具に興奮して、報告すべき事も話さずミリィデリア様の元に直行した僕のフォローをしたのが彼女だった。
恨まれることが多かった僕をフォローしてくれるのはアルゼルくらいだったからビックリした。
任務ではシノちゃんの指示でダリアちゃんと共にすることになり、胸が踊る。
胸が踊る…彼女に好意を持ってるかもしれない。でも彼女には婚約者がいるし、僕も世継ぎは期待出来ない体だ。全然反応しない。これは未熟な子供の淡い恋心と変わらない。
印をつける最低な悪戯をした男だ。印象最悪だろうな。
そう思っていたが、ソウエンに連れていかれたシノちゃんを見て取り乱した彼女を収められたのは誰でもない、僕だった。
僕の胸に抱き付きワンワン泣く彼女は破壊的に可愛かった。
ソウエンに指示されたミッションを離れなかった彼女と城に向かいこなすと、魔法が空っぽになり脱力感が襲う。
ふらついて膝をつくと彼女もしゃがんで支えてくれた。近距離で見るダリアちゃんの顔に体が熱くなるのを感じた。
あぁ、魔法が空になった時は性欲も人並みに戻るんだっけ…
無心に彼女の唇を貪りながらそんなことを思っていた。
「イ・ダナに派遣ですか?」
「魔具に興味があったろう。復興や魔具の調整を頼みたいとリュードから依頼があった」
団長からのその話は嬉しかった。知識も増えるし、活かせる。だがダリアちゃんに会えなくなるし、恐らくこのタイミングでミミダナに帰るんだろうと感じていた。
彼女を中庭に呼び出し、自分の派遣の話をしてみた。
「そうですか。行ってらっしゃいませ」
予想通りの返事だった。
「…僕、あっちで美味しいご飯が食べたいし話し相手も欲しいんだよねー…」
「私はミミダナに帰らなくてはなりません」
「…そっか…そだよねぇ」
「婚約破棄を申請しなければ。印も刻まれて口付けもされました。許される行為ではありません」
「…えっとそれは」
「その後で宜しければお供致します。侍女として」
ペコリ、と場を去ろうとする彼女を引き留める。
「妻として、がいいんだけど」
彼女の嬉し涙を流す顔は、破壊的に美しかった。
ありがとうございました。




