結末
「じゃあな、ウタ」
最後にみたウタの顔は驚きと不安の入り交じった…少し情けない顔だった。別れを惜しむ様子を見せれば、こちらがディギの作戦に気付いてることがバレるかもしれない。ソウエンがさっさと移動してくれた事に感謝した。
移動先は以前ウタを城に送るときにディギ達に襲撃された場所とほぼ同じだった。
遠くに城や森が見えるくらいで辺りは一面草原だ。
「素直に決闘を受けてくれるとは思わなかったよ、アルゼル」
「親族が婚約者の腕調べをするのはよくあることだからな。お前の場合は自称親族だが」
それを聞いてディギは鼻をフン、と鳴らした。
「二対一になっても困る。ソウエンには退席願おうか」
「…わかった。ソウエン、去れ」
ペコッと頭を下げてソウエンが閃光を放って消える。
「始めようか」
ディギがジャラジャラと魔具を手先や手首に装着すると、一気に色んな魔法が押し寄せてくる。剣や魔法でそれを弾くと、水蒸気や煙に紛れたディギが短刀で斬りかかってきた。
足に草やツタが絡み付き上手く身動きが取れず頬にかすり傷をもらう。
「…魔具に頼りきった戦法だな」
「悔しかったら反撃しないとねぇ。負け犬の嫌味にしか聞こえないからな」
氷を体に纏って絡み付いていた草を粉砕する。ディギはともかく魔具をどうにかしなければ。
魔法を練って行動に移そうとした瞬間、地面が光る。気付いた時には爆発に巻き込まれていた。
爆風に体が浮き上がった所に風の魔法で舞い上がったディギが両手で握り締めた短刀を俺の胸元目掛けて降り下ろすが、纏っていた氷に弾かれ刃が欠ける。
そこを蹴り飛ばし左手首についた魔具を凍らせて思い切り剣で叩くとバラバラと砕け散る。
胸ぐらを掴み地面に叩きつけると痛みにディギの顔が歪む。
「もう腕はわかったろ、やめるか?」
「っ冗談…もう気付いてるんだろ。俺は今日お前らの城を落としに来た。戦力を少しでも削るためにお前を城から離してる」
「じゃあお前らも気付いてるんだろ。俺達はお前を落とすために引っ掛かってるフリをしている。装置も大方解除が終わってる」
「…軍は進めている。ここで俺は死ぬわけには行かない。トゥーダナを手に入れて大陸を制するのが俺の夢だっ」
魔具から電流が走り、思わずディギから離れる。
「随分壮大な夢をお持ちで。大体お前は誰なんだ。リュードをどこへやった」
「あんな平和思想な男はイ・ダナの国王には相応しくない。殺したよ。もういない」
「少なくとも他国からは待望視されてた優秀な男だった。お前より何倍もな。現国王も平和思想に納得していたようだったがな」
「そんな訳ないさ。俺の理想を話すと喜んで時期国王に指名してくれた。俺と国王は正式に親子になれるんだ」
完全に瞳孔が開き、ヤバい顔になっている。どこからどこまで事実かわからないが、最後の発言でディギが恐らく国王の愛人の子だというのが見てとれた。
母親に今のイ・ダナを継ぐ危険な思想を植え付けられながら育てられ、父親に認められる為に色んな事をしたのだろう。
ウタからもらった折り鶴を一羽取り出し手に握ると全身の傷が和らぐ。
「その奇妙な形の魔石が詩子の作ったものか…」
「奇妙、か。日本では馴染みのある形の様なのだが」
ディギが言葉に詰まったのか黙る。
「…お前も詩子も本当に俺の思い通りにならない。腹の立つ存在だ」
火柱が所々から上がる。
地面の下に埋め込まれている炎系の魔具はやっかいだ。氷が溶かされる。
「お前の氷、全て溶かしつくしてやる」
「挑むところだ」
お互いに血を流し息が切れ始めた頃、城から地響きが鳴り黒煙が立つ。
12時だ。ディギが黒煙が上がる城を見て狂った笑い声をあげるが、時間がたっても城は崩れ落ちない。あの巨大な魔具はウタが上手く処理し、発動しなかったのだろう。
そう安心した途端、城が先程とは比べ物にならない程の凄い音を立てて黒煙に包まれた。
「…なっ」
「成功だ!城は崩れた!」
ディギの裏返った声の笑いが辺りに響く。
ウタに頭の中で状況を聞こうとした瞬間光が走りディギの後ろにソウエンと、ソウエンの腕に捕まっているウタが現れた。
「ウタ!」
「アルゼル!……城が、なんで?!」
黒煙ですっかり見えなくなった城を見てウタが言葉を失う。その様子から処理はしたはずなのだろう。別の場所にまだ装置があったのだろうか。
「城がなくなった今、後は戦力を削ぐだけだ。まずはお前だアルゼル。少しでも動いたら婚約者をソウエンが殺すぞ。さぁ、愛する者の前で死ね」
新しい魔具をジャラリと出してふらふらと近付いてくる。ウタからもらった折り鶴はもうない。城もなくなり、俺が負けたらトゥーダナはどうなる…
「アルゼル!!私はいいから!」
そんなこと出来るわけない。お前の血は二度と見たくないんだよ。
[アルゼル、私があげた布袋持ってるよね?]
視界に移るウタとは正反対の落ち着いた声が頭に響く。
[あぁ、持ってる]
[なら大丈夫。私の想いをのせた折り鶴があなたを守るから]
どういう意味だ、と聞こうとしたが目の前のディギに肩を押さえ込まれ地面に倒れた。ウタが俺の名を叫ぶがもう体力も魔力も残っていなかった。
ディギが短刀を上げて「じゃあな」と達成感に満ちた顔で笑う。
短刀が俺の心臓一直線に降り下ろされたのが見えて目を閉じる。
衝撃は来ないが何かが首に滴り落ちてきた。目を開けるとそれはディギの口から流れ出た血だった。
ディギの右手首に小さくて色のない折り鶴が嘴を添えている。それが腕の動きを封じてるように見えた。
「ッハァ…ッハァ…何故だ…ソウエン…」
ディギの背後には電流を纏った剣を背中に刺すソウエンがいた。
ウタが必死に目を瞑ったままディギの魔具を手探りで触り、魔力を吸いとっている。
「アルゼル、詩子の手伝いを頼む。服を剥いで魔具からディギを離すんだ」
「ソ…エン…!」
恐ろしい目付きで振り向こうと顔を動かすが、剣に力を込められたらしく呻いて血を吐いた。
ソウエンに言われた通りにディギの懐から抜け出して服を切り刻んで剥ぎ、魔具が出てきたら背を向かせたウタに渡した。
ソウエンが下着一枚になったディギから剣を引き抜く。
「裏切っ…たな」
「まさか。そもそも俺はお前に仕えてなんかいない。俺はリュードの部下だ」
ディギの目が力なく見開く。
「そしてリュードの部下以前に俺は詩子の兄だ。妹の幸せを壊すやつは俺は許さない」
今度は俺が目を見開いてウタを見た。ウタがこくん、と頷く。
「アルゼル、生け捕りにするなら凍結させた方がいい。放っておけば死ぬ」
「…あぁ」
ディギを凍らせてから城を見ると、煙が徐々に掃けていつもの変わりない姿が見えてきた。
「俺は戦場に戻る。イ・ダナの騎士を退却させなければ」
「…説明はしてくれるんだろうな」
「勿論だ。後日リュードと訪問させてもらう」
ソウエンに魔石よこせ、と言われた詩子が慌てて折り鶴を折って渡した。それを吸収すると、バチッと閃光が走って消えた。
「…アルゼル、これ回復の魔石」
「…ありがとう」
粗方回復したのを感じてウタを抱き締める。
「お互い生きてて良かった」
「うん。…うんっ」
緊張が溶けたのか泣き出したウタの背をポンポン叩く。通信機で回収班を頼むと、まず団長が飛んできた。
「アルゼル、詩子、大丈夫か」
はい、と二人で答えると団長はほっと胸を撫で下ろした。
「アルゼル、よくやったな」
「いえ、ソウエンがやりました。俺は負けてたんです」
「何言ってるんだ。こんな大量の魔具を備えた騎士に一人でここまで耐え抜いただけでも奇跡だぞ」
ウタの足元にある脱け殻の魔具を見て団長が言った。
「フレイが今馬車で迎えに来るから少し待ってろ。ディギは俺が回収する。詩子も頑張ったな」
団長は、くしゃ、とウタの髪の毛を崩しながら撫でた。
「…お父さん、ありがとね」
そう言うと団長は少し顔を赤くしてからディギの身体を持って消えた。
「ソウエンがお前の兄だったんだな」
「うん、そうみたい」
「しっかり兄を感じたか?」
「感じたよ。間違いないよ」
そうか、と二人で黙る。なんだか色々ありすぎて何を話していいかわからない。
「ねぇアルゼル」
「ん?」
「私、ジュリナさんのお店行きたい」
声もなく涙を流していたウタを優しく抱き締めた。




