暖かい彼
しばらくするとアルゼルさんが帰ってきた。
ベッド横の小さな椅子に座ると何か話し掛けてきたがまだ触れていなかったのでわからなかった。
布団から手を出しヒラヒラさせると、あぁ、と気付きその手を握ってくれた。
「体調はどうだ?平気そうなら住民登録の書類の書き込みをしようと思う」
「少し怠いですが良くなってます。大丈夫です」
「まず家名なんだが」
篠谷です、と言うとアルゼルさんが書類に書き込んだ。覗いてみると見たことのない文字だった。手を繋いでいても文字はわからないんだな…
「名は詩子といいます」
「ウタ…コ。不思議な響きだな。歳は?」
「23です。」
しばらく黙ったアルゼルさんはややあってから
「ウタ、敬語なしにしてくれ。俺の事も呼び捨てで構わない。俺もフレイも27でそんなに離れてない」
4つ年上はしっかり敬語を使う相手な気もするがせっかくの申し出なので受けることにする。それにこの世界に友達が出来たようで少し安心した。
「わかった。お城まで色々よろしく、アルゼル」
その後も色々聞かれた。
世界名、国名、病歴から使用言語を書く欄もあった。そこには書ききれないから、ひらがな50音のみを記入した。
「家族は母だけ。」
「父親は?」
「生きてるみたいだけどお母さんとは結婚しなかったみたい。今でも大好きだってのろけるくらいなんだけど私は会った事ないんだ」
そうか、と家族構成欄にアルゼルが書き込む。ドアを叩く音がして、フレイさんが入ってきた。
「シノちゃん、具合はどう?消化の良さそうな食べ物持ってきたよ~」
「フレイさんありがとうございます。もう大分熱も下がったと思います…あ、アルゼル家族なんだけど四年前に死んだ兄がいる」
「了解」
「あ、なんか打ち解けてるでしょ。僕も敬語とかいらないから!…っと、家族は誰か不思議な力を使えたり?」
「まさか!普通の…魔法とかとは本当に無縁の世界だから」
やっぱ家族の線はないんだね、と買ってきてくれたものを机に広げてくれた。
ゼリーのようなものがあったのでそれを開けてもらう。食べ物に大差がなさそうで安心した。
住民登録の書き込みが全て完了し、少し談笑した後明日に備えて早めに寝ることにした。
アルゼルとフレイがいなくなった部屋は寂しく、外から聞こえる子供の声は異国語だ。どっと孤独感が押し寄せ落ち着かなくなる。
フレイが食べ物を広げたテーブルに視線を移すと宿の備品の小さな四角いメモ用紙があった。
兄は何かある事に鶴でも折ってろって四角い紙を持ち歩いてた。
おかげですっかり癖になり、兄が病で亡くなった後もテレビを見ながらチラシで、ファミレスなら紙ナフキンで、手持ちぶさたになると気づけば折っていた。
すっと羽を広げて、小さな鶴が完成。もとの世界にもあった形のものをみて少し涙が出そうになる。帰れるのだろうか、唯一の家族の母は私がいなくなり寂しくないだろうか。
ぼーっと鶴を見ていると鶴が淡く光り、青い結晶のような固いものになった。
おぉ、これは魔法の紙だったのか!なんて綺麗な。
コンコン、と鶴で机を叩いてみたが簡単には壊れそうにない。メモ用紙はかなり分厚く残っていたので、次は何色になるだろう、と作り始める。
結局五羽折って全て青だったのだが、とても綺麗だったので作り貯めようと決める。
フレイが乱雑に置いていった買い物袋に鶴を入れて、ここで生きていく楽しみを一つ見付けたことに喜びを覚えベッドに入った。
物音や異国語が聞こえると目が開いてしまうくらい浅い睡眠だったが、熱が上がり始めてた昨夜よりは楽に寝れたと思う。
翌朝、体調も良くなり出発することになった。
この世界で移動の際に使われるのだという二廻りほどでかい馬に驚きながらもアルゼルが一緒に乗ってくれるというので安心した。
「じゃあ雷の魔法が使える人は離れた人と話す通信手段があるってこと?」
「もちろん雷の魔法が使えない人用のもあるが制限がかなりある」
道中、アルゼルに魔法の事を少しずつ教えてもらう。
電線などがないのは、魔法があるから作らない為で進歩をしてない訳ではなさそうだ。
どうやらテレビのような物も、冷蔵庫のような物もあるらしい。泊まった宿にもお湯が出るシャワーがあった。不便はなさそうだ。
「…ウタ、昨日は寝れたのか?」
「え、酷い顔してる?」
アルゼルからは見えても横顔だけなのだが思わず手で顔を隠すと、ふっと優しく笑った声がした。
「もう少し掛かるから寝てていい。」
「否定はしないのねー…寄っ掛かってもいい?」
あぁ、と聞こえたのを確認して寄っ掛かる。
兄に厳しく交際を制限されていた私は男性に身を預けるなんてしたことがなかったが、抵抗なく出来た。
「寒くないか?」
思わず見上げて何故か問う。
「アルゼルは水系の…主に氷の魔法が得意で、魔力が普通の人より高いから冷気が駄々漏れなんだよ。
近付く女性はみんな上着を羽織りだすんだよー」
隣を走るフレイがニコニコしてこちらを見ていた。
「シノちゃんは寒くないの?」
「全然…寄っ掛かってるから暖かくて心地いいです」
と視線をアルゼルに戻すと片手で口元を押さえながら全然違う方向を見ていた。少し耳が赤い。
その様子を見て自分も赤くなるのを感じ慌てて、いや、翻訳機的な意味で触れていないと安心できないですし!と言うと
触れてると安心出来るんだねーもうすっかりなついちゃって!とどんどん冷やかしてくる。
わたわたと返す言葉を探しているとグィッと額を引き寄せられ、もう寝ろ、と布を被せられた。
…その布もアルゼルの香りがして、すごく安心してしまった。多分私の顔は今真っ赤。布を被せてもらって良かった、本当に。