天使の祝福
「じゃあ、始めるわよ」
私の頭に手をのせたお母さんがそう言うと、ぶわ、と髪の毛が一瞬逆立つ。
「試してみて、フレイ君」
「シノちゃんアルゼルに毎晩夜這いを仕掛けてるってホント~?」
「そんな訳ないじゃない!……あ」
私は今アルゼルに触れていない。フレイと話せたという事は…
「言語登録完了ね」
「すっげー!ミリィデリアさん尊敬です!今の詳しく教えてほしいです!」
「…教えてもいいけど、使う場面ないでしょう?」
興味です、興味!とフレイは目をキラキラさせてお母さんに迫っている。団長さんはそれを足で食い止めていた。
「変換にしてもいいのだけど、ダリアちゃんがそれはやめてほしいって」
「うん。私も日本語を忘れるのは悲しいからこれがいい。…なんで学生の時に英語の登録してくんなかったのよ」
するわけないでしょ、とケラケラ笑う。しかし兄が英語のテストの点数がやけに良かったのはもしかして…なんてズルい事を!
「もう俺がいなくても誰とも会話出来るな」
「あのね、これ喜ばしい事でしょ。そんな冷気漏らして言うことじゃないよアルゼル」
「会話が出来るのすごく嬉しいけど、私アルゼルの側から離れる気ないからね。私の専属騎士でしょ」
思った事を言うとアルゼルが耳を赤くしてそっぽを向いた。お母さんがアラアラと口元を覆って楽しそうに団長さんの肩をバシバシ叩いた。
「アルゼル、私リアーナの所に行きたい。昨日産まれたって言ってたよね」
「産後いきなり行くのは迷惑かもしれないぞ」
「ディギが来たらあんまり無用に出歩けないでしょ、その前に」
わかった、と通信機でリアーナの侍女に連絡を取ってくれた。お母さんにじゃあね、と手を振ると団長さんも振り返してくれた。どうしたらいいかわからなくて、頭をペコッと下げると団長さんは少し落胆した表情を見せた。
きっと私を娘として扱いたいのだろうけどお互いどう接したらいいかわからない、といった所だ。
車椅子を押してもらいドアをノックした。中から「入って!」とリアーナの元気な声がした。
ドアを開けてくれたのはリアーナの旦那さんで、初めましての挨拶をするとリアーナが早く来るよう急かした。
「主人はいいから!見て、シノ。私の子供」
リアーナの腕に抱かれているのは金髪の男の子だった。いかにも外国人の赤ちゃんといった感じでまるでお人形さんだ。
「可愛い…可愛い天使みたい!頑張ったね、おめでとうリアーナ!」
「あなたのお陰なのよ…ありがとう。ねぇシノ、この子の名前付けてくれない?」
いきなりのお願いに言葉を失って固まる。そ、それはちょっと…
アルゼルと話していた旦那さんがこちらに来て赤ちゃんの頭を撫でた。
「リアーナに聞きました。あなたがいなかったら妻も子もどうなっていた事か。あなたに救われた命です。どうかつけてもらえませんか?」
「で、でも…」
「私もうシノに名付け親になってもらうって決めたの。シノが付けてくれるまでこの子をいつまでも“赤ちゃん”と呼ぶわ」
「ウタ、諦めろ。こうなったリアーナは誰にも止められん」
「うー…少し考えさせて。そんな簡単には決められないもの」
リアーナは納得したように笑い、この子と待ってるわ、と赤ちゃんに頬を擦り寄せた。
その時ドアがノックされ助産師さんが入室し、経過観察の時間ですので、と退室を仄めかされたのでそのまま別れを言って部屋を出た。
「…どうするんだ?」
「どうしよう!名付けの本とかある?わぁ、もうこんな責任重大な事を任されるなんて思ってもなかった…ディギなんてどうでもよくなってきた」
それは困るんだが、と呟かれたがいっぱいいっぱいだったのでスルーした。
「お前がつけた名前ならなんでも喜ぶだろ。あんまり深く考えるな」
「考える事案でしょう…うーん」
金髪天使に“太郎”なんてつけられないから日本名は却下だな…だからといって外国の名前なんて詳しくないし…
「アルゼルはなんでアルゼル?」
「知らん。小さい頃に親は死んだからな」
「あ、ごめん」
「いや。俺らの世代にはよくあることだ。平和条約にサインする前の話だからな。お前はなんで詩子なんだ?」
「確か…恩人の方が歌が上手で、とかだった気がする」
「へぇ。お前自身は歌どうなんだ?」
「…それで小さい頃からかわれたからノーコメントでお願いします…」
なるほど、とくつくつ笑われた。エレベーターに乗って部屋に戻ろうとすると、ちょうどフレイが執務室に入るところだった。腕にはたんまり報告書が抱かれている。
「やぁ、お帰り。第二の溜まってた報告書預かってきたよ」
「その都度提出しろと言ってるんだがな…」
「まぁまぁ。ちょっと読みたい報告書があるから僕も処理していい?」
アルゼルが了承してドアを開けるとフレイが中に入ってソファーの前のテーブルに報告書をドサッと投げ出した。アルゼルは私の部屋をノックして、ダリアを呼んだ。
「じゃあまたな」
「うん、行ってらっしゃい」
中は繋がっている隣の部屋に見送るのも変だが他に言葉が思い付かなかったのでそう言うと、微笑みながらふわりと髪を触られた。
ダリアと共に部屋に入ると早速リアーナに名付けを頼まれたことを相談した。ダリアは彼女らしいですねぇと苦笑いした。
「何がいいと思う?」
「それでは私が考えた事になってしまいます。案を出していただければ、それがこちらの国で相応しい名前かどうかくらいは意見を出しますよ」
「うーん…」
「まずは赤ん坊を見て何を感じたかなどを紙に書き出してみては?」
ペンと紙を差し出され、とりあえず書いてみる。
金髪、天使、小さい、可愛い、儚い…
どれも名前には結び付かない。あぁぁぁ、どうすればいいんだろう…




