永遠の距離
アルゼルside
午後の部二組目が始まった頃、リアーナから第一騎士団用の通信機が入る。
[裏口から大量の魔獣が…侵入してきているから!っく…シノをお願い…!まだ部屋に!]
例の部屋の窓にはもうウタの姿は見えない。
「行け、アルゼル!」
同じく通信機を聞いていたガーティスは稽古の中止と観客の避難誘導を教え子に指示する。
走って建物内に向かうとフレイが並走しながら回復魔法を行ってくれた。頭の中でウタが俺を呼ぶ声が聞こえたので部屋に留まるように言うが、既に侵入していた魔獣に鉢合わせて気が散った。
フレイが魔法でねじ伏せると周囲に腐敗臭が漂い、居合わせた騎士たちが声をあげた。
「ガーゴイルだね。こいつらは魔法の扱いは上手だけど、そいつらより高い魔力をぶつければ呆気なく死ぬよ」
先程までいた部屋がどこまでも遠く感じた。辿り着くまでに数匹倒し時間が掛かった。
ウタがいるはずの部屋の扉は槍が刺さったのか穴が空き、開いている。室内には血溜まりが出来ていて誰のものか想像しただけで冷や汗が出た。
「羽根が不自然に抜け落ちてる。怪我したのはダリアちゃんだ。きっとシノちゃんは助けを求めてダリアちゃんを抱いてリアーナの元へ向かった」
俺より冷静に物事を判断したフレイの言う通りに裏口の方へ急ぐ。
角を曲がるとウタの背が見えてその向こうのリアーナと目が合う。ウタを呼ぶが何故か振り向かず俯いたままだった。ダリアがそんなに重傷なのかと思ったが、足下にある魔獣の死体がピクリと動いた気がした。
「こっちへ早く来い!」
そう言いながらフレイと駆け寄る。リアーナだけが何事かと反応し、ウタは少し顔をあげたと思ったら体制を崩したリアーナと動き出した魔獣の間に体を入り込ませ、槍を体で受け止めてしまう。
「ウタァ!!!」
魔獣に怒りを込めて叫ぶと多少ウタに吸収されたが凍らせることが出来た。奥にもう一匹いたのをフレイは見逃さず仕留め、そのまま裏口へと走る。
崩れ掛かったウタを支えると同時に凍死した魔獣の槍が消えた。槍が消えた傷口からは血が流れ出る。反射的に回復魔法を発するが渦を巻いて消え失せる。
予想に反して頭はフル回転した。通信機で団長に怪我の具合と医師の派遣を要請し、城に残っているフォルクスにダリア用の回復魔法を込めた魔石の用意を命じる。槍を引き抜かれた様子の傷口はかなり酷い。リアーナだけでは無理だと判断した。
ウタはリアーナにこの期に及んで説教をしていた。自分ではなく子を宿した己の身を守れと。
泣き崩れるリアーナに傷を負ったダリアの回復を指示し、フレイとガーティスにも改めて指令を下す。
あまり感覚がないのか俺がタオルで塞いでいる傷口付近を触ったウタに注意すると腕を引かれる。何を、と口を開いたが手首に塗られた血を見てはっとした。
目を瞑り、腕を握ったまま何かを願っている様だった。
どうか、ウタの誓いが俺に届きます様に
右手から全身に暖かい波動が伝わり、ウタの血は彼女の瞳と同じ漆黒の印となって俺の手首に刻まれた。
ほっとしたのか、ウタの体が重くなり目が少し虚ろになった。
「アル…ゼ…ル…」
「誓いをありがとう…少し休め。だが必ず目を覚ませよ」
少し口角が上がったが、すぐに意識を手離したようで腕が解放されウタが更に重くなる。
バチバチ、と電流の音がして団長が医師を連れて瞬身の魔法で飛んできた。
「団長!」
「今解析班が魔獣の森へ向かった。ガーゴイルが暴走して人を襲うなんて異例だ。…医師長、どうだ」
「急所は外してますが出血がありますから。急いで城で手当てしましょう」
医師長は俺と目が合うと、長い髭を触りにこりと笑った。
「この傷では死にません、時間は掛かりますがね。そんな顔をしなさんな」
死なない。そこが一番知りたかった。ほっと肩を撫で下ろすと団長がくすりと笑った。
「いい顔だな、アルゼル」
「からかわないで下さい」
「さ、残りは俺がやる。お前は皆と馬車で城に帰れ」
はい、と返事をすると団長はフレイの元へ現状を聞き出しにいった。
ウタ、リアーナ、ダリアを医務室へ運ぶと医師長が外で待つように言われる。廊下の壁にもたれ、血に染まった自分の鎧を見るとそのままスルスルと床に滑り落ちた。
怖かった。このままウタを失うのではないかと。
誰かを失うというのはこんなにも恐ろしいことだったのか。
カツカツ、とヒールの音がこちらに迫り俯いている俺の前で止まる。
「魔獣の巣穴に産まれたばかりのガーゴイルの子供の死体とトゥーダナ産のショールがあったそうよ」
「…ショール?」
「先日の食事会でウタが紛失したのは青色のショールだったわね」
顔を上げるとしゃがんだソフィアさんと目が合う。
「イ・ダナですか」
「自分達で使えない道具はさっさと破棄しようという動きに出始めたのかも。彼女の行動、しばらくは制限する事になりそうよ」
ガッカリするウタの顔が浮かび、そうですね、と再び俯こうとする顎を人差し指でクィッと持ち上げられた。
「素敵な色の印が刻まれてるじゃない。これであなたも彼女から逃げられないわよ。こんな場面が度々起こるかもしれない。今度こそ助けられないかもしれない。それを覚悟して永遠を誓ったんでしょ?せいぜいその永遠が短くならないよう努力することね、アルゼル」
「…ソフィアさん、喉が鳴ってます」
あらやだ!と立ち上がり喉を撫でる。
「あなたが落ち込んでる所を初めて見たから楽しくてつい」
「早くダリアの治療に手を貸してあげてください」
ソフィアさんはクスクス笑いながら医務室に入っていった。
しかしその後医務室から出てくる人はなく、闘技場から帰ってきたフレイ達に部屋に戻る様団長から指示があったとだけ知らされたのだった。




