漆黒の誓い
午後の部一組目はダリアがお願いした通りにアルゼルが物凄い派手な魔法を繰り出していた。
地面を凍らせ氷の柱を空から降らしてオブジェの様に突き刺したかと思えば、それを剣で粉砕し、キラキラと氷の粒を舞わしてみたり。騎士達は今までにないアルゼルの戦い方に明らかに戸惑っていた。
張りきりすぎ!と大笑いするリアーナとダリアを余所に、私は未だに見慣れない魔法を何かのショーのように食い入り、目に焼き付けていた。
この組の騎士はおろおろと立ち尽くした形で時間切れとなった。ガーティスもそれは同じで、凍った地面を一気に蒸発させて湯気を発し、私の方に手を上げ合図するアルゼルの脇腹を思いっきり殴った。それには私も笑って手を振り返し、帰る支度をした。
馬車の安全確認をする、と先に部屋を出たリアーナがなかなか戻って来なかったので、ダリアが様子を見てきます、と扉を開けた。
開けたのに、瞬時に思いっきり閉めて扉に背を付け冷や汗をかいたダリアに驚き、どうしたのか問う。
「シノ、頭の中でアルゼル様を呼んでください」
「え?」
「いいから早く!」
普段感情を露にしないダリアが物凄い形相で叫んだのに驚き慌て、言われたようにアルゼルを呼ぶ。
右手がチリチリして、部屋にいろ!と言われてる感覚がする。
何が起こってるの、と必死に頭の中で会話をしようとした瞬間、目の前のダリアの肩から槍のような先端部分が飛び出してきた。
あぁ!とダリアの悲痛な叫びが部屋に響き渡り、槍が扉の向こうに戻ると肩から血が流れ、ダリアはミミズクの姿になって崩れ落ちた。
ダリア!と駆け寄ると羽を思い切り広げ私を押し倒して覆い被さった。
何かが扉を開けた。その気配に息も止まり自分の胸の鼓動がやけに大きく聞こえる。右手がチリチリするが、会話なんて出来る心境じゃなかった。
ダリアの下半身が蹴られたのか揺れる感覚があり、スンスン、と部屋の匂いを嗅ぐ音がする。
バサッと羽音が部屋を一周するとそのまま廊下へ出たらしく遠くで悲鳴が聞こえた。
ダリア、と小さく呼ぶとハァ、と緊張から解放されたのかダリアの体が重くのし掛かった。
「アルゼル様が来るまで私の下に隠れていてください、絶対に一人では、」
そこまで言うと傷が痛んだのか呻き、私の知っているミミズクの大きさにまで小さくなってしまった。羽の付け根から出血し、とても辛そうに呼吸している。
「ダリア!どうしよう…リアーナ…リアーナは?」
ミミズクの羽に対して縛ったりしていいのかわからず、とりあえずハンカチを傷口に当てて廊下を覗き見ると、馬車のある方からは物音はなく、反対側から悲鳴と魔獣のような雄叫びが聞こえた。
お腹に赤ちゃんのいるリアーナの無事を確認したい一心で馬車の方へとダリアを抱いて向かう。廊下の先、馬車がある開けた空間は赤色や水色に発光している。リアーナの目がその色だったはずなので彼女の魔法だ。生きてる!良かった…
ギャァ、と槍を持ちごつごつしい羽の生えた魔獣が火の魔法を纏いながらこちらに向かって倒れた。血を流し、急速に目の色が濁り絶命した事を告げる。
う、と血ではない腐った匂いがして思わずダリアを抱いていない手で鼻と口を塞ぐ。
そこに生死の確認をしにきたリアーナと目が合う。
「シノ!部屋から出ては駄目!」
『でも、ダリア、怪我!』
嘘!?と魔獣の死体を避け私に駆け寄る。
「体力を消耗しないように本能で獣化したのね。回復するわ」
魔法を吸収してしまうのでダリアをリアーナに託して少し離れる。
「馬車の出入口から暴走した魔獣が侵入してきたみたいなの。危ないからどこか別の部屋に…アルゼル!」
私の後方にアルゼルが見えたらしい。アルゼルが私とリアーナの名を呼ぶが、私は振り向けなかった。リアーナの足下にいた死んだはずの魔獣の目の色が濁ってなかったからだ。怪しく魔法を操って手を揺らす、足下の死体と同じ姿の魔獣が馬車の後ろに隠れていた。
足下の魔獣が瞬きをしたのを確認して、思わずリアーナの腕を思いっきり引っ張る。いきなりの事に驚いたリアーナはダリアを落とさない様必死に姿勢を持ち直していた。
魔獣が槍を手にしたのを視界に捉えてからは、無我夢中でリアーナとそのお腹を庇うことしか考えていなかった。
右脇腹に衝撃が走り、顔をしかめ視界が一瞬白く弾けたが痛みは来ない。だが残念ながら確実に魔獣の槍は私の体にのめり込んでいた。
遠くでアルゼルが私を呼ぶ声がする。聞いたことのない、掠れた声だ。
目の前で嬉しそうな顔をしていた魔獣が一瞬にして凍り、馬車に隠れていた魔獣は肉片を撒いて砕け散る。アルゼルが倒れかかった私の体を支えてくれた。
「シノどうして!」
涙を流しながらリアーナがしゃがみこむ。アルゼルは通信機で色んな部署に連絡を入れている。
「リアーナは…第一騎士団員の前に…お母さんなんだよ…守るのは私じゃない…」
「そうよ、お腹の子は私が守るの。それはあなたの仕事じゃないのよ!」
「友達の赤ちゃんくらい、私にも守らせてよ…」
「ウタ、喋るな」
わぁっ、とダリアを抱いていない手で顔を覆いリアーナは泣き崩れた。
「リアーナしっかりしろ、お前はダリアの回復に専念するんだ」
アルゼルはフレイに侵入経路を塞ぐ事、ガーティスには侵入した魔獣の討伐を通信機で命じた。
少し頭が朦朧としてきた時、そうだと傷口を触る。生ぬるい感触がして手が血で濡れる。傷口を触るな、というアルゼルの腕を引っ張り手首に塗りつけた。
アルゼルがはっとする。私には魔力がないのでせめて、と
私はいかなる時もあなたを愛し、共に生きることを誓います。
精一杯気持ちを込めて願った。
すると血はタトゥーのようにアルゼルの手首に馴染む。その色は漆黒だった。
出来た、と安心すると急激に寒くなり頭がぼーっとする。
「アル…ゼ…ル…」
「誓いをありがとう…少し休め。だが必ず目を覚ませよ」
うん、と返事が出来たかはわからなかった。




