傷付く覚悟
「出産前最後の仕事なの。任せてね、シノ」
そろそろお昼かな、という頃にすっかりお腹の大きくなったリアーナが迎えに来た。
今日は例の闘技場で行われる1日稽古の日でアルゼルは早朝からいない。私が稽古を見たい、と言うとリアーナから離れない条件で許可が出た。
『お腹、パンパンだ』
「ここまで来ればあとは産まれてくるだけね~」
『女の子?男の子?』
「****~*!」
わからない言葉だったのでダリアを見ると「ご想像にお任せしまぁす、です」と教えてくれた。だいぶ聞き取りは出来るようになったが時々わからないし、喋りはまだ片言でしか話せない。
それでもアルゼルやダリアがいなくても意志疎通がだいたい出来るようになったので自分でも上出来だと思っている。
用意してくれた馬車に乗り、早速闘技場に向かう。窓には布貼りがされていて外が全く見えないが、動き出すとなんとなく視線を窓に向けてしまった。
「早く誓いを立てて婚約発表しちゃいなさいよ。そうすれば堂々としてられるのよ」
「アルゼル様が、回復魔法が効かないシノに出血させるのが怖い、と」
「えー、まだそんなこと言ってんの?」
『…ごめん』
以前ダリアから包丁を借りて自分の指先に向けた事がある。プルプルと震える手先を見て、覚悟を決めようと深呼吸をしているとたまたま部屋を訪ねたアルゼルが青い顔をして止めに入った。
お願いだからそんなことしないで欲しい、誓いを立てなくても結婚は出来るから、と。
でもこうやって発表まで行けない様子を見るとやはり難しいんだろうなと感じる。私としてもこちらのルールに従って誓い合いたい気持ちはあるので、大丈夫だと言っているのだが…
馬車がガタガタと揺れて扉が開いた。どうやら到着したらしい。
リアーナが先に周囲を確認した後ダリアと私が馬車から降りた。関係者入り口なのか既に闘技場内らしく、日の光はなく暗かった。
こっちよ、とリアーナに付いていった先は小さな部屋で、ロフトのような階段の先に細長いガラス窓がついていた。登ってみて、とリアーナに急かされダリアと登り外を見ると騎士の背中が砂埃を立てながらこちらへ滑ってきて窓に衝突した。
どうやら闘技場の地面スレスレに窓がある観戦部屋らしく、立ち上がった騎士の先にアルゼルとガーティスが見えた。
「ここなら結婚相手探しの貴族には見えないから安心して観戦出来るわよ」
そう言うとリアーナはロフト下のソファーに座った。大きいお腹を擦りながら、ふぅ…とため息をついている。
『リアーナ、平気?』
「大丈夫よ~妊婦は疲れやすいの。ゆっくりアルゼル眺めてなさい」
手を振る姿はこちらに構うな、という様子だったので遠慮なく窓へ視線を戻す。ダリアは逆にロフトを降りてお昼を用意し始めてくれた。
いつか見た稽古用の鎧とはまた違う騎士の格好で剣を振るうアルゼルは最高に格好良い。何人かの騎士がまとめてアルゼルに斬りかかろうとしたが、氷の魔法が宙を舞って彼らを襲い、それは叶わない。魔法に気を取られた一人がガーティスによって文字通りぶっ飛ばされ、魔法をうまく凌いだ数名も動きの素早いアルゼルの峰打ちに体を折った。
わぁ、と見惚れていると遠くで笛の音が響いてそれを合図に騎士達は剣を鞘に収めアルゼル達の元へフラフラになりながら駆け寄る。
ガーティスが一人一人に何かを言って、頭を撫でたり額を小突いたり…騎士達は礼をして脇に下がった。
フレイが二人に回復魔法を施していると場内に昼休憩のアナウンスが流れ、アルゼル達もグラウンドから消えた。
「すごいね、こんなの一日中してるんだ」
「知恵と技術の国ミミダナにはない光景です。迫力ありましたね」
おにぎりと軽いおかずを詰めたお弁当を用意しながら、ダリアも興味津々といった様子だった。
コンコンとドアがノックされ、リアーナが返事をするとアルゼルとフレイが入ってきた。
「おはよう、ウタ」
『おはよ、アルゼル。ケガ、平気?』
「大丈夫だよ~僕が綺麗に治してるんだから!」
そういうことだ、と颯爽と階段を登り私の頭にキスを落としてから手を繋ぎ、おにぎりを頬張る。
ダリアご飯ご飯!とフレイはリアーナの横に座った。フレイは今まで和食に触れたことがなかったらしく、ダリアの作るご飯が大好きみたいだ。ダリアは大皿におにぎりとおかずを並べてフレイにフォークを渡した。
「ダリア、私は?」
「担当医師から体重制限を出していると聞きました。こちらをどうぞ」
リアーナに渡した容器には、葉もの野菜の入ったお粥が入っていた。
「食べた気しないわよ!」
「沢山噛んで食べた気になってください」
ダリアの鬼姑!意地悪!と文句を言いながらもスプーンでチビチビ、モグモグと食べ始めた。
しばらくするとガーティスも部屋に加わり、いつも自室やアルゼルの部屋で過ごすような雰囲気になった。
「いや~今回は豊作だ。毎月教え子達の力がついていってるのを感じれて幸せだ、俺は」
「18組目の奴らはあのまま第五まで昇級してもいいと思う」
「そう!そうなんだ。いや~、お前から血飛沫が舞うとは珍しい」
え?!とアルゼルを見ると、治ってる、と気にした様子はない。この世界の人達は瞬時に治る方法があるので怪我をするのを全く恐れない。
なのでその分、瞬時に治らない私の怪我をアルゼルは最も恐れる。誓いが成立しないのはそのせいだ。仕方ないのかもしれない。
「私、少ししたら城に戻るね」
「早いな」
「覚悟して来たけど…やっぱりアルゼルが怪我するところを見るのが怖い」
少し驚いた顔をしたアルゼルが微笑み頭を撫でた。僕が治してるから平気だよ、とフレイが言うが、理解してくれたダリアがそれを止めた。
「では、次の組を見たら帰りましょう。ぜひとも華麗な剣術を見せつけてくださいませ」
ガーティスが次の組の奴等が可哀想だ、と豪快に笑った。




