食事会1
「食事会…」
「夜会に比べれば何てことない。飯を食えば終わる」
「そうだけど、礼儀とか作法とか私全然知らないよ」
「俺もダリアも常に傍にいる」
これは私に拒否権はないんだろうなぁ、とおろしソース味のチキンステーキを口に運ぶ。
ちょん、と触れていた足先を弾かれたので目線を合わせると、アルゼルが少し意地悪な笑みを浮かべていた。
「お前のドレスが楽しみだ」
「…胸元を見て言わないで下さる?」
貧乳を代表して少し強めに足先を蹴り返した。
きっと私しか知らないこの意地悪顔でくつくつと笑うが、あぁそうだ、と何か思い出し私を見つめた。
「イ・ダナも含まれているから来国中は絶対に俺から離れるな」
「イ・ダナはディギが来るの?」
「次期国王が花嫁候補に会いに来ないわけがない」
それもそうか。五日後か、やだなぁ…
夕食を済まし自室に帰ると、この世界に来たとき着ていたジャージを引っ張り出した。
唯一地球から持ち込んだこのジャージを、私は勇気をもらうアイテムと位置付けて何かと握り締めている。この前アルゼルに夜這いを仕掛ける前も握った…かなり長い時間。
ふぅ、と一息ついて立ち上がる。ダリアに目一杯のドレスアップを頼もう!
当日、着物を着せたがるダリアをリアーナが長時間説得して普通の派手すぎないエメラルドグリーンのドレスにしてもらった。
照れ屋なアルゼルからのプレゼントよ、とリアーナが箱を取り出した。中身はアルゼルの瞳と同じアイスブルーの透けたショールだった。
「ね?これで着物にされちゃったらアルゼル泣いちゃうわよ」
「シノ、異性に瞳の色を贈られ、それを身に付けることはこちらの世界ではとても…なんていうんでしょう。ラブラブって事です」
「わ、私も何か贈った方がいいのかな」
「この場合、それを身に付けて見せびらかすのが最大のお返しと言えます。今日は印も隠さない様にアルゼル様から指示を頂きました」
ドアがノックされアルゼルが入室してきた。白い軍服のような衣装に表地が白で裏地が青のマントがなびく。
おとぎ話に出てきそうな騎士の姿に鼻血が出そうなほど顔が熱くなる。私の反応に満足そうな顔で見つめてくるので余計に熱くなりショールで顔を隠す。
片手を引かれ、慣れないヒールのある靴によろめくと抱き留められ顔が迫る。
「じゃあ行こうか?詩子」
夜の二人の時間の時にだけ呼ぶ愛称で呼び、また意地悪な笑みを浮かべてくるので固まる。
リアーナが笑いながら早く行きなさい、と急かし、ダリアが扉を開けると盗み聞きしようとしてた侍女達が倒れ込んできた。
アルゼルがいつものしかめっ面になって侍女を叱ったが、おかげで落ち着きを取り戻せたので私は感謝した。
会場の前に国王様とソフィアさん、団長さんがいた。国王様と会うのは初めてなので挨拶をすると、緊張しなくていい、と和ませてくれた。入室してアルゼルの左に座り、他の方を待つ。
「聞いてはいたが、お前本当に誓いを立てたんだな」
団長さんがアルゼルに話しかけた。はい、と返事をすると少し呆れた感じに溜め息を吐いた。
「親御さんになんて言えばいいんだ、俺は…」
団長さんがボソリと呟いた言葉が少し引っ掛かった。
「…会う予定があるのですか?」
「あー、変な期待を持たせたなら悪いがそういう事じゃない。アルゼルは俺の息子みたいなもんだから、もし君の親が目の前にいたら婚約やらを無許可で進めて申し訳ないと思っただけだよ」
確かにこの状況は母にとって予想はしていないだろう。知ったらどうなるかな。でも温厚な母だから怒りはしない…気がする。
ギィ、と大きな扉が開き大きな耳が生えた女性が入室した。両脇にも獣の一部が生えた人がいて、ミミダナ国の人だと容易に予測できる。皆で立ち上がり、国王とミミダナの主が挨拶を交わすと着席した。
「ソフィア、変わりはないか?」
「はい。お久しぶりです、母上」
そういえばミミダナの主であるミヤコ様はソフィアさんの母親だとダリアが言っていた。
「そなたが日本人の篠谷詩子だな。我はミヤコと申す。ダリアが世話になってるな」
「世話になってるのは私の方です。ダリアを派遣していただいて心から感謝しています。ありがとうございます、ミヤコ様」
座らずに私の背後の壁際にいるダリアも頭を下げていた。
その後ダナの国王と王女、イ・ダナの国王とディギ、ソウエンが入室したので、トゥーダナ国王がまず私を紹介した。
例の能力で生成した魔石がそろそろ配れる量に達したので、平和条約にサインしていないイ・ダナ以外の国にブランド「オリヅル」として配布。日用品、アクセサリーとして販売を許可、製作者は極秘とする話をしてもらった。イ・ダナの国王とディギはつまらない、という顔をして他国の方は了承してくれた。
食事会が始まり、運ばれてきた料理が地球でいう何の味に近いか、などをダリアに耳打ちしてもらい、どう食すかをアルゼルが隣で教えてもらった。
「のぉ、アルゼル。篠谷詩子の右手首の誓いはお前のものか?」
しばらく各国の状況報告などをしていたのに、ミヤコ様が急に話題を変えた。
「はい」
「篠谷詩子、誓いの意味を知っておるのか?」
「存じ上げております」
ミヤコ様は私の背後にいるダリアを睨み付けた。
「…私がトゥーダナに到着した頃には既に誓いは刻まれており、二人は想いあっていると感じました」
「会って数日ではないか。それにアルゼルの右手にはないが」
「回復魔法の効かないシノ様に過保護なんです」
「ほぉ…我の記憶する絶対零度の騎士とは随分かけ離れておるな」
「私には無知な彼女に付け入っただけにしか聞こえませんがね」
ダリアとミヤコ様の会話に入ったのはディギだ。冷たい声色とは裏腹に顔はニヤついていて、目の前にある料理を口に運んだ。
「…召還して無理矢理縛り付けようとしていた貴様の言えることではないだろう。過程はどうであれ篠谷詩子が今幸せなら我は良いのだ。のぉ、篠谷詩子。おめでとう」
ありがとうございます、と言うが明らかに場の空気は凍り、カチャカチャと食器の音だけが響く。
「縛り付けようなんて、私は詩子をちゃんと幸せにしようとしていましたよ。その為に色々準備だってしました。なぁ、詩子。兄としてはそいつはオススメ出来ないぞ」
ディギが放った言葉の意味がわからず、思わず顔をしかめて見つめる。
「おや、誰もディギの事を彼女に伝えていないのか?篠谷さん、ディギはあなたの兄の記憶を持った転生者なのだよ」
「…意味がわからないのですが」
「失礼ですがそれは証拠を示せないものですよね。彼女を不安にさせる発言は控えていただきたいのです、イ・ダナ国王」
ソフィアさんが珍しく声を荒げて反論した。兄の転生者?なんだそれは。アルゼルを見ると、確証のない事だから黙っていた、と小声で言う。
フレイが言ってたのはこの事か。繭を作ったのは兄だと疑ったけど、ディギの言う通り彼が兄だとするとそれは成り立たない。イ・ダナは繭の解除を諦めて繭を置いて隠れたのだから。
「詩子、ぜひこの場で私がお前の兄の転生者だと証明したい。なんでもいいから質問してくれないか」
自信に満ちた生意気な態度にミヤコ様もソフィアさんもかなり苛ついた雰囲気を醸し出している。それは私も一緒だ。
「…今日は食事会なのでまたの機会でもいいですか?それまでに質問を考えておきます」
「なんでもいいんだ、好きな食べ物、色、学校名だっていい。あぁそうだ、思い出なんてどうだろう。二人で母にプレゼントした物を答えようか」
「篠谷さん、ぜひディギの疑いを晴らしてやってくれないか」
「…兄は無口で自分の利益を優先したり、私の嫌がる事を強引に進めるような自分勝手な人間ではありませんでした。転生者かどうかなんてどうでもいいです。あなたの中には兄を感じない」
あまりに自分勝手なイ・ダナの国王とディギに、つい本音が出てしまった。
恥をかかされたという顔のディギと、顔を真っ赤にして怒りに震える国王。…国王!国王になんて無礼を…!
「す、すみませんっあのっ」
「よいよい、篠谷詩子。それがそなたの本音なんじゃろ。国王、小僧諦めろ」
「そうですね、彼女自身が答えはいらないという事なのですから。食事の場です、戴きましょう」
今まで静かに事を見守っていたダナの国王が上手く場を納めててくれた。アルゼルを見ると、よく言った、と小さく笑った。
また食器の音が響き始め、一刻も早くこの食事会が終わることを祈って出された食事を無我夢中で食べまくる。




