初めての買い物2
熊男の大股についていくのが必死だった詩子は、城を出たところで急に止まった大きな背中に顔から思いっきり突っ込んだ。
『ガーティスさんごめんよ!』
「ハッハッハ、悪い悪い。んで、嬢ちゃんは何を買いたいんだ?」
『アルゼル、嬉しい物、ダリア、嬉しい物』
「あぁ、プレゼントか。」
なるほど、と今度は詩子に歩幅を合わせ先導して歩く。
だが門を出ると早速道歩く町人から挨拶され、後ろの女性は誰か問われた。変な噂が広がる前に何としても先に妻に事情を話しておきたいガーティスは、詩子を担ぎ上げて早足で大通りにある店へ急いだ。
「ジュリナ!」
ガーティスが思いっきり開けた扉は彼とは縁の無さそうな甘い匂いの漂うスイーツ店だった。
「ガーティス?!」
奥から顔を覗かせたのはピンク色の髪が特徴的な可愛らしい女性、ジュリナだ。カウンターを飛び出すとそのままの勢いで跳び蹴りをかましガーティスをよろけさせることに成功する。
「あんた何処の娘さん拐ってきたのよ!」
「馬鹿野郎そんなことするか!例の異世界人の嬢ちゃんだ。これから買い物で町を回るから変な疑い持たれないように挨拶にきた」
「あんたみたいな大男が女の子担いでるだけで町中変な噂が立つわよ」
「いいんだ、俺はお前に誤解されなきゃそれで」
もう、と腰に手を当てて強気な態度で怒るジュリナの顔は少し赤い。ガーティスが詩子を下ろしそれと目が合うと、営業スマイルでいらっしゃいませ、と挨拶して手を握った。
「私、ガーティスの妻ジュリナ。この大男に乱暴されたらすぐ言ってね。」
「ガーティスさん野菜よ!」
「優しい、ね。クスクス、ありがとう」
じゃあ、ちょいとぶらついてくるから、と店を出ようとしたガーティスに詩子が待って、と声を掛けた。
『ダリアにあげる!ジュリナさんオススメ、下さい』
あら、ありがとう!と詩子の給料袋を覗いたガーティスにだいたいの希望価格を聞き、ジュリナはパタパタと店内の焼き菓子を見繕って包んだ。
まだお金のやりとりに自信のない詩子はガーティスに支払いをお願いして、商品を受けとる。
ありがとう、と詩子がジュリナに手を振り店を出るとガーティスが焼き菓子をひとつ差し出した。
「ジュリナからのおまけだってよ」
『わぁ、ありがとう』
「次はアルゼルのだな…何を買うんだ?あいつの好きなものなんてわからんぞ」
『…難しい』
まぁ嬢ちゃんからもらえればなんでも嬉しいんだろうがな、と男性用の店が並ぶ方へズンズン歩き出した。
歩幅を合わせることを忘れたガーティスは早く、詩子が焦りながら付いていくとドンッと小さい子供がぶつかってきて思わず尻餅をついてしまった。手に持っていた焼き菓子をものすごい勢いで取られ、それを追いかけようと立ち上がる寸前に今度は違う子供に帽子を取られてしまった。
「待って!」
つい異国語で叫んでしまった詩子に物珍しげな視線が集まる。晒された頭を必死に隠すが、黒髪だ、と周りがざわめき始めた頃やっと先行くガーティスが気付いた。
「嬢ちゃん!」
足音を鳴らしながら駆け寄るとすでに人々の輪が出来ており、どいてくれ、と掻き分けると詩子がいた場所にガーティスには見覚えのあるマントが掛けられていた。
中身をマントごと包む腕の持ち主は言わずもがなアルゼルだった。きゃあと黄色い歓声が飛ぶが、すぐに彼のせいで凍えた空気を嫌がる叫び声に変わる。
「ガーティス…」
怒りに満ちた副団長の声と目力に、大男が一歩下がった。足元に薄い氷の膜が出来ていたらしく、パシッと割れる音がした。
「あー…言い訳はしねぇ。悪かった」
「詩子帰るぞ」
マントの中身はぴくりともせずアルゼルの腕の中に大人しく収まり城へと連れていかれてしまった。




