羽ばたく侍女
運ばれてきた朝食は大量のサンドイッチだった。しかもほとんどがお肉が挟まったもの。サンドイッチ、食べれるんだよね?とフレイにニコニコされては何も言い返せなかった。
「この世界に召喚される異世界人ってさ、何かしら理由があるんだよね」
フレイがガツガツとサンドイッチを食べながら喋りだした。
「つい最近だと異世界から仕入れた果物の不作が酷くなってね。それの対処をするために二年前、果物の輸入元から1人召喚された。
あと、祭事を行う際に何かいい案がないかとシノちゃんの国から花火師が召喚された事もあったみたいだよ」
サンドイッチをそこそこに紅茶のような飲み物をチビチビと飲んで聞き入る。花火師さんが来たのか…じゃあこの世界にも花火が上がるってことかな。それは少し楽しみだ。
「シノちゃんの召喚される理由に許可が降りた場合、シノちゃんのこの世界での任務はディギと結婚するって事だったんだって」
え?とフレイを見つめる。私の召喚理由は魔石生成だったはず…そう言うと、それじゃ戦争始めたいって言ってるものだからね、と苦笑いする。
「正式に召喚された所で任務達成しないと帰れない。ディギは結婚なんてせずにシノちゃんに魔石生成を命じ続けたと思うよ、永遠に」
すぅ…とアルゼルの寝息が耳に入る。
「そう考えると、無許可で召喚されて良かったって思えない?」
アルゼルとも出会えたし良かったでしょ?と付け足してニコニコ笑う。
「そうだね、私の魔石でアルゼルやフレイが傷付かなくて良かった。私を助けてくれてありがとう」
「礼ならアルゼルを幸せにして欲しいな。僕はともかくアルゼルにはそろそろ結婚して欲しいと思ってたんだ」
ディギとの結婚避けたのにアルゼルとしろって変な話だけどね、と笑う。
そんな事言うとまた怒られるよ、とこちらも笑って誤魔化す。結婚だなんだは今は考えられないし、アルゼルだって望んではいないだろう。
それに本当に感謝なきゃいけないのは私を繭に包んだ誰かさんだ。
フレイは、まだ調査中だけどダナ大陸に僕を越える魔力を持った人がいるとは思えない、と言っていた。他の大陸から人が来ることは稀だし、そんな魔力が高い人は危険だということで入国出来ないらしい。
だから、特別な能力のある私の兄をフレイ達は疑っていたらしい。双子だというなら尚更、兄にも何か能力があった説が有力だ。亡くなった後、何らかの方法でこの世界に来て私を呼び繭を作ったのではないかと。
けれどその仮説は違ってたみたい、とフレイは言う。なんで?と聞くと、それは不確かな情報だからあまり教えたくないと言われてしまった。それは兄に関わる何かだという事だろうか…
兄が入る墓を思い浮かべていると、あれ、もう食べないの?と粗方食べ終わったフレイに聞かれて朝はあまり食べれなくて、と流す。本当は朝ガッツリ食べる方なのだが、流石にカツサンドのような重い物は食べれない。和食プリーズ…
侍女さんが片付けをし終わるとフレイは机に向かい早速書類に取り掛かった。私はすっかり深い眠りに入ったアルゼルの腕からそっと抜け出して毛布を掛け、自室に戻った。
戻った所でやることがないので、以前のメモ帳の残りを折り鶴にすることにした。折っても折ってもアルゼルの青色。それが少し嬉しい。
しかし数羽折ると結晶化しなくなってしまった。私の中の魔法がからっぽになってしまったらしい。そうすると完全に暇だ、困った。
城内は安全と言っていたし、少しなら出ても平気かな…
初めてアルゼルの部屋に通ずるドアではなく、廊下へ出るドアを開けて外へ出る。忙しなく歩いている侍女さん達がニコッと軽く会釈してくれる。
あまり遠くへ行くと迷子になるのは目に見えているのでとりあえず廊下の端まで歩くことにした。すれ違う侍女さん達は目が合うと暖かい笑顔をくれる。
途中、下る階段があり少し下を覗きこんで見ると下の階の侍女さんが私に気付き、腕を交差しバツを作って首を左右に振った。
下には行っちゃダメって事みたいだ。侍女さんに頭の上で大きな丸を作ってお辞儀し廊下に戻る。
話し掛けずにジェスチャー対応してくれたって事はもう私が言葉の通じない異世界人として知れ渡っているのかもしれない。
ようやく廊下の端が見えたところで右手首がチリチリした。ん?と何気なく振り向くとそこにしかめっ面アルゼルが立っていた。
今の、アルゼルが私の事呼んだのかな?チリチリした右手首をツンツンしてみせると、アルゼルは顔を緩ませて歩みよりふわりと頭を撫でてきた。
「楽しかったか?」
「ごめん、暇だったからつい。呼んだ?」
あぁ呼んだ、と優しい手が頭から右手首に移動していつものように手が繋がる。
「もう少し冒険させてやりたかったんだが、ミミダナの侍女が来たので紹介したい。部屋に戻る」
手を繋いで戻る廊下は先程とは少し違った。侍女さんは皆笑顔ではなく真顔で、アルゼルとすれ違う時頭を少し下げる。しかし振り返ってみると口に手を添えて微笑む人や指先で音の鳴らない拍手をしてる人がいた。
アルゼルの部屋に戻ると、窓際に大きなミミズクがいた。大きな目と視線が合うとそれはみるみると羽角のある女性の姿に変わり、くりっとした茶色の目をきらきら輝かせている。
「初めまして。ミミダナから侍女として派遣されたダリアと申します」
「篠谷詩子です。よろしくお願いします」
お近づきの印に、と布袋から笹のような長い草に巻かれた何かを差し出した。草をほどくとそこには
「おにぎり!!」
ついアルゼルから手を離して駆け寄りおにぎりの存在を確かめる。会いたかった!米!
「中身は焼鮭と昆布を入れてます」
「最高です!!…あれ?」
私の左手にあるのはおにぎり。
右手にあるのもおにぎり。
「事情は主より聞いています。私は地球の日本が好きで勉強していました。役に立てる場を頂いて幸せです」
ぽん、とアルゼルの手が私の背中を軽く叩く。あ、と見上げるといつものしかめっ面が私を軽く睨み、ダリアさんを見る。
「驚いたな、こいつの母国語が喋れるのか」
「祖母が日本出身でした。祖母の影響で日本語と日本の料理に関心を」
そう言って布袋から出てきたのは醤油、米、茶葉、魚の干物、お漬物…
「トゥーダナの食事は恐らく合わないのではないかと思って。国から送った荷物にはこたつも積みましたよ」
天使だ、天使がいる!
「ダリアさん素敵すぎます!来てくれてありがとうございます!」
「こちらこそ。いっぱい日本の話を聞かせてもらえると嬉しいです」
ソファーに座り、アルゼルとダリアさんが仕事内容などを話し込む。休憩させて、と机に張り付いていたフレイも一緒に座りおにぎりを食べながら二人の話を聞いていた。着替えや湯浴みの手伝いはしない代わりに私の為に料理を作るので自室にキッチンが欲しい、と提案するダリアさんに二人がかなり驚いていた。
私もその二つの手伝いはいらない、というと侍女がつくんだから楽をしろと迫る二人にダリアさんがこれが日本人の特性なんですよ、と場を収めてくれた。
「明日は騎士の稽古に俺とフレイも参加する日で休めない。昼前に第二から一人呼ぶから城内の案内をしてもらってくれ。ウタへの通訳が出来る人間が現れて安心した」
このまま一生有給使って翻訳機として生活しそうだったもんね、とフレイが笑うと真顔で「あぁ」と返すアルゼルにダリアさんがくすくす笑った。
「仕事の件はまだわかりませんが、空き時間があるようなら語学の勉強も致しましょう。私もアルゼル様もいるのですから、少しずつ負担にならないようにしましょうね」
優しい笑顔のダリアさんにとても安心感を覚えた。この人がいれば、アルゼルが仕事でも話が通じるし和食も作ってくれる!
侍女長に挨拶に行くダリアさんを送り届けにフレイが一緒に部屋を出た。静かになった部屋でアルゼルが私の両手を取り、向き合ってじっと見つめてきた。
「食事が合わなかったとは聞いていなかった。他に困ったことはないか」
「まともに食事したの今日が初めてだったから…まだ合わないとは思ってなかったよ」
困ってることも今はないよ、と言うが、本当か?となかなか手も目線も外さない。薄い青色の瞳に吸い込まれそうになる。
「…アルゼルの目、綺麗だよね」
「ウタの瞳の方が綺麗だ」
真っ黒なんてつまらないじゃない、と笑うと頬に手を添えられ顔が近付いてきた。
「もっと見せろ」
近付く唇の存在を感じ、待って、と言う直前にバタバタと足音がしてバァン!と扉が開き「ペン忘れたー!」とフレイの声が響き渡る。
窓の外を見るアルゼルとソファーに顔を沈める私に、何してんの?と不思議そうに訪ねるフレイに少しだけ感謝して、もうちょっと遅かったらな、と惜しい気持ちにもなった。
夕方、戻ってきたダリアさんは机にある折り鶴を見て驚いていた。
手持ちぶさたになると折る癖がある事を話すと、わかりましたとノートを取り出して、今日の日付と折った数を記入した。
ついでに今まで折った数と、一個はリアーナ、他は団長さんに渡した旨を話すとそれも記入した。
ミミダナからの監視とはこの事らしい。数を把握し、その魔石の使い道を知りたいのだという。
「こんな簡単に生成出来てしまうのですね。数が多いと他国に分け合わないといけません」
作らないようにした方がいいか問うと、魔石の供給が潤うのは非常に良いことですので大丈夫です、と金庫のようなものに折り鶴を入れた。
「あの、ダリアさんはおいくつですか?」
テキパキと仕事をこなすダリアさんを見て思わず聞いてしまった。
「今度24になります」
「じゃあ同い年だ!良かったら敬語なしで、友達感覚でいて欲しいんだけど…」
うーん、としばらくダリアさんは悩み
「私、これが素なんですよね」
とあっさり言いはなった。
祖母から教えてもらった日本語は敬語中心だったというのもあるらしい。なのでせめてお互いさん付けはやめようという事になった。