正式就任
アルゼルside
夜になり、今回の報告書を書いているとウタの部屋からノックが聞こえた。
火照った顔で隙間から覗く様子を見るに入浴後なのであろう。会話が出来ないのでおいで、と手招きするとペコッとお辞儀をして近付いてくる。
どちらともなく手を差し出し繋ぐ。
「仕事邪魔してごめん。おやすみって言おうとしたんだけど通じないんだったね」
少し赤い顔で申し訳なさそうに笑う。
「いや、俺もそろそろ行こうかと思っていた。今行われている国際会議の終盤に呼ばれることになるから今夜は俺は部屋にいない。城内は安全だが外には警備がいるから異常があったらすぐ声をあげろ」
「うん、わかった。行ってらっしゃい」
「おやすみ、ウタ」
俺がそう言うとウタが手を離し、人差し指をたてる。…もう一回という意味か?
「おやすみ、ウタ」
『おや、しみ、アルゼル』
ゆっくりと片言でこちらの言葉で挨拶をして、少し恥ずかしそうに早足で自室に戻っていった。
こちらで生きることになった以上、言葉は必要不可欠だ。覚えようと行動を始めてくれた事がとても嬉しい。自分もなるべく教えてやりたい。
第一騎士団用通信機が光り、団長から会議室に来るよう言われる。
呼ばれるということは承認された上で紹介されるという事だろう。これで晴れて正式にウタと傍に居れる存在になれる。空気の重い場に行くというのに足取りは軽かった。
会議室の扉の前にはソフィアさんとその護衛のガーティスとリアーナがいた。よぅ、と手をあげるガーティスに比べてリアーナはニヤニヤと何か言いたげだ。
「イ・ダナの召喚申請の書類を見ましたが、理由は花嫁として、でした。」
花嫁?と眉間に皺がよる。
「彼女の能力の事なぞ知らぬ、ディギが花嫁として彼女を呼びたがったのだ、と。その想いは変わらぬそうよ。全く白々しい」
ソフィアさんはかなり怒っているようだ。目がつり上がり、獣耳の毛が逆立っている。
「…ディギは彼女の兄の転生者だと主張している。全てではないが、数年前過去の記憶を思い出し彼女を想う様になったと」
「…転生者?証拠はありましたか?」
「彼女と話をさせてもらえればわかりますよ、いくらでも思い出話を致しましょう、ですって。もちろん各国の王は納得してない。能力と言語の問題もあって保護はうちで、あなたにお願いする事が正式に決まったわ」
ディギの悔しそうな顔ったら、と悪戯な顔をして笑う。本当に兄の転生者だとしても無許可でウタを召喚していい理由にはならない。ウタの泣き顔を思い出し、心の底から怒りが込み上げてくる。
「一応うちが彼女を利用しないかも監視が必要だからミミダナが侍女を派遣するって。中で詳しく聞いてちょうだい」
ガーティスとリアーナが明日のお披露目楽しみにしてる、とニヤニヤしながら扉を開ける。無言で冷気を放出すると、寒いから!怖いから!とリアーナが露出していた足を擦った。
中に入ると椅子に座る国王と隣に立つ団長がいた。正面には各国の王と側近の立体画像が投影されていた。
団長とは反対側に立ち、礼をして一歩踏み出し自己紹介をする。
ソフィアさんの報告からしてほぼ話し合いは終了していたのだろう。各国の王からよろしく頼むと声を掛けられ、すんなり後ろに下がることが出来た。
ミミダナの王妃が口を開いた。ミミダナはこの狐耳を持った王妃が主だ。
「先程そちらに侍女を出発させた。チキュウに詳しい者だ、役に立つであろう。本来なら我の国に置いてほしいのだがの」
ミミダナは積極的に異世界から文化を取り入れる国だ。チキュウも知っているのだろう、醤油などあまりトゥーダナでは聞いたことのない食材も届くよう手配をしてくれたらしい。
侍女はミミダナ特有の獣人であるらしく、ウタに会うのを楽しみにしている彼女の到着は食材より早いと思われるらしい。門番に伝えなければ。
「ぜひシノヤには直接会って話がしたいのぅ。よろしく伝えておけ、アルゼル」
はい、と答えると国王が会議の終了を宣言した。
部屋から立体画像が消える。国王が椅子から立ち、こちらを向いた。
「私も会いたいのだが執務が立て込んでいてな。ソフィアに聞いたよ、可愛い娘さんだそうだなぁアルゼル」
「そりゃあもう溺愛してるくらいだもんなぁ」
やっとこいつに春が来たな!と二人が笑い合う。国王と団長は幼なじみで仲が良い。仲が良いのでこの二人がセットの時に絡まれると面倒くさいのだ。はぁ、とため息をつき二人に礼をし、部屋を出ようと扉へ向かう。
「アルゼル、あの子をちゃんと守れよ。」
国家騎士としても、男としても、だ。と国王の低音が部屋に響く。
今一度深く礼をし、部屋を出た。