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Rainy right

作者: 浜島理湖

私はあきらめが、悪いのだ。


携帯の小さな画面に照らされたアドレスを見て、私はため息をついた。


メールを送ろうと思っているわけでも、電話をしようと思っているわけでもないのに、


「切る」ボタンを押すことができないでいる。




携帯をテーブルの上に置くと、しゃりん、とストラップの音が鳴る。


買ったばかりのカフェモカが入ったカップを包むように持つと、


雨で冷えた指に熱が伝わって、少し落ち着いた気がした。


そのまま飲むと火傷しそうで、だけど早く体をあたためたくて、唇をカップにつける。


そうだ、雨だから。


雨だからこんなに気持ちがゆれたのだし、


そもそも雨が降りだしたことが、


招いた偶然だったのだ。




「お疲れさまでした!」


にっこり笑って、ポロシャツを着たスポーツジムの受付の女の子は私に会員証を差し出した。


「あ、雨が降ってますねー」


会員証を財布に仕舞って自動ドアの外を見ると、


小雨だけれど傘をささなければ確実に濡れてしまうくらいの雨が、


ガラスに水滴を作り始めていた。


「自転車でお越しでしたよね・・傘、持ってます??」


私より5cmくらい背の高い受付の女の子が、「傘、貸しましょう」と、


スポーツジムのロゴがついたピンクの傘を差し出した。




最近切った前髪をなでつけながら、傘を「ありがとうございます」と受け取ると、


女の子は「どうぞ」とほほ笑んだ。



3月なのに少し肌寒く、ピンクの傘の下で、私は肩をすくめて歩き始める。


切ったばかりの前髪が気になって、通りのウインドウに映しながら、


指で何度もなでつけた。


(自転車はまた取りにくればいいや)


バスで帰るか、地下鉄か迷っているときだった。


バス停に、見なれた姿が見えた。




あの人はこちらの背を向けて、バス停に立っていた。


少し伸びたやわらかそうな髪、顎まで隠れるブルゾン、


形が気に入って買ったデニムのパンツ、


汚くなって古くなったから買い換えたほうがいいって言ったのに、


履きやすいからって履き続けたスニーカー。



付き合っていたのは夏から冬の始まりまでだったから、


春の出で立ちを見ることなんてなかったのに、


ひとつひとつの服が、


どうしてそれを選んだのか、彼が語るところまで


浮かんでくるくらい、彼の姿は「リアル」だった。




そして、横には私の知らない同世代の男の子がいて、


派手なピンクの傘につられるように、男の子は私に視線をすべらせ、


それにつられて、彼も、私を見た。




前髪に置いていた指を離すことができなくて、


何か話すべきか、目で挨拶すべきか、


実際は考える間もなく、


彼は私から眼を離すと、また連れの男の子に向き合い、


こちらから見ても不自然に、顔をこちらに向けないように、


彼の背中を叩くようにして、


バスを待たずに歩いて行ってしまった。




あれは、やっぱり、避けてたんだろうか。


私に話しかけられるのを避けていた。


私と会いたくなかったみたいだ。


私は、・・・ずっと、会いたかった。


頭の中がぐちゃぐちゃして、「なんで会うの・・」とつい呟いた。


追いかけて行って、「ひさしぶりやん」と、何もなかったころのように


話しかけるべきなのか?


そう、わたしのそういう気さくなところを彼は好きになったのだから。


でも、今、完全に避けてたじゃない?




そんなことを思いながら、私は、とりあえずバスに乗り、


駅で降り、コーヒーショップで心を落ち着けようと思ったのだった。


でも、してることと言ったら、


消せなかった彼の電話番号とアドレスを見つめるだけ。




別れの前、一度離れた時期があって、


お互い、それはやっぱりさみしかったり、なんとなしに気になって、


もう一度、一緒にいることにした。



だけど、やっぱりだめで、


別れてから、


友達も気を使って消息を伝えることもなく、


お互いが、本当にお互いの道を歩いて行ってることだけがわかってて、


この道は、もう、交わらないのかな、と思っていたときだった。



でも、また、会ってしまった。




私は、諦めが悪いのだ。


普通に考えたら、もう終わりなのだ。


喉に熱いカフェモカが、甘さを持って、私を現実に引き戻そうとしてくれる。


指もだんだん、感覚をとりもどす。


また、前髪をなでると、


揃った毛先が指につんつんとあたり、


それでまた、彼の髪の手触りや、大きな手の感触を思い出してしまう。


雨だから、こんな気分になるのだし、


雨だから、こんな偶然が起こったのだ。


でも、


世の中に偶然はなくて、


必然なのかもしれないじゃない?



それでも私は、ボタンを押す勇気はなくて、


それでも私は、考えをやめることもできなくて、


少しずつ温度が冷めてくカフェモカを唇につけながら、


携帯の画面を見つめてる。

*作者より*

読んで下さってありがとうございます。

また短編など書いてみたいと思っています。

よろしくお願いします^^  浜島理湖

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