謎の声との接触
「ただいまー」
そう静かな空間で俺の声が発せられたのは、それから10分後の事だった。帰ってくる筈も無い返事。それもそうだ、両親が帰るのは俺が寝た深夜辺りでそのまま俺が起きてくる頃には朝ごはんがぽつんと用意されている、それが俺のいつもどうりの家庭だ。
俺は2階に上がると鞄を無造作に床に置きベッドへダイブした。と同時に帰り道で脳内で組み立てていた「帰ったらすぐに勉強をする」という思いはどこへやら、ゲーム機を取り出した。
(後でやればいいか)
そう心の中でやらない人の典型的な言い訳をしながら寝返りを打ち、暫く俺の視線はゲーム画面へと向き続けていた。…が。
およそ1時間後、ゲームが一段落ついた所でゲーム機を閉じると、急に現実に引き戻されたような気がした。勉強は嫌いだが、俺の成績だとやらないと最悪留年という可能性だってある。重い腰を上げてベットから降り、その体を勉強机へと持っていった。
数学……高次方程式やら、円の軌跡やらを求めるのが今回の範囲だが、数学なんてからっきしな俺は開始2、3ページ辺りで脳内がハテナマークで埋め尽くされる。なんとか萎えずに教科書を見てゆっくりと…気づけば1問に5分程の時間をかけてしまってした。
(…大丈夫か俺)
今日中に終われるだろうか、数学ワークの残りページを確認した俺は小さく呟いた。
(…ん……もうこんな時間か)
気づけば外の世界はすっかり暗くなっていた。雨は相変わらず振ったり止んだり、たまに凄く激しい勢いで短期間に降ったり……まるで誰かが操作しているみたいな、不思議な降り方だ。意識の戻った俺は顔を上げて両手を頭の上に組みながら伸びをした後、椅子から降りた。時計を見れば21時を少し過ぎている。そして机の上には既にやり終わった提出物のワークが置いてある。どうやら提出物をやり終わったそのすぐ後に寝てしまっていたらしい。
1階へと降り、寝起きで回らない頭のままポットの電源を入れる。普段なら出来るだけインスタントに頼らず自分で料理しているが、今日は何故かそんな気が起こらない。戸棚からインスタント麺を取り出し、お湯が沸くのをただぼんやりと眺めていた。
程なくしてお湯が沸き、沸騰したお湯を麺の中へと投入する。取り敢えずさっさとこれを食べた後、風呂入って寝よ。その思いからか出来上がったカップ麺はいつもより硬めに出来てしまった。
大きなあくびを1つ吐きながら再び自室へと戻ってきたのは、それから約1時間後の事だ。俺は自室へと足を踏み入れるなり真っ直ぐとベットへと体を横たえた。
どうしてだか21時に起きた時から起こっている眠気と無気力感、それに耳鳴りを気にしながら俺は目を瞑った。寝てしまえばそんな症状は無くなる。寝てしまえば現実というつまらなくて残酷な日々から一時的ではあるが逃避できる……五月蝿い耳鳴りだな。
その耳鳴りは執拗に寝ようとする俺を邪魔し、意識が落ちる寸前まで………。
お兄ちゃん、ゆうまお兄ちゃん……。
(え……っ!?)
落ちようとしていた意識へ飛び込んでくるように聞こえてきたそれは、中学生くらいの少女の声。この声は確かに聞き覚えがある。これは……昼に聞いた、まさに俺を呼びかけた気がした声と同じものだ。
俺は恐怖を感じ起き上がろうとする。だが体は自分が思うようには一向に動かない。これはもしかすると金縛りという奴…なのかもしれない。
あまりの突然な自体に半分パニックになっている俺の意識の中で、また先程の声が響いた。
怖がらないで、お兄ちゃん…私……待ってる
明るくも寂しげなその声を聞く限り、イメージしていたような怨霊などでは無いようだ。
待ってる?どこに??
金縛りにより口で言えない俺は心で直接語りかけるようにその存在へ質問する。
いつもの場所、いつもの、バス停前で待ってるね
声だけの少女は元気に答えると、次の発言では打って変わって悲しい話し方へと転換された。
お兄ちゃん……雨、後いつまで…………すか…?
(え?……なんだ??)
少女が何か質問したようだが、どうしても聞き取れない。雨と言ったのは聞こえたからそこから広げていっている最中に、俺の意識がだんだんと薄くなっていった。
待って、お兄……こたえ…
必死に叫ぶ少女の声を最後に、俺の意識は完全に閉ざされた。