九話 義務と善行
「ハァァ―――!!」
一直線に振るわれるヴァルキリーの槍がゴブリンを纏めて八匹程貫き殺す。それに漏れだす様に横に出てきたゴブリンが次の瞬間には首から血を流し倒れて行く。洞窟の闇の中、目を凝らせば残像を生み出しながらひたすら一撃で首を狩り、そして離脱するニグレドの姿が見える。残像そのものにも殺傷力が備わっており、ニグレドの攻撃を避けたところで残像が追いつく様に狩り、確実に撃ち漏らしを殺している。それに合わせる様に一切の躊躇や遠慮をする事なく、なだれ込んでくるゴブリンの集団に向かって印を組み、そして召喚術を発動させる。
「袁天君―――寒、氷ォォジィンッ!!」
力が、レベルが圧倒的に足りない為、出現したほぼ透明な袁天君が笑い声を上げながら陣を三メートルの距離広げ、そこに出現したゴブリン達を纏めて二つの巨大な氷山で押しつぶす。ゴブリン達が侵入に使う通路は狭く、長い。氷山から逃れる片道はヴァルキリーが槍と盾で完全に封殺し、そしてその逆側は新たに雪崩込もうとしているゴブリン達によって封じられている。故に逃げ場などなく、次々と飛び込んでくるゴブリン達と、そして逃げようとするゴブリン達がもみくちゃになりながら自分から寒氷陣の中へと飛び込んで自殺して行く。陣の中へと入ってしまえば、自動で殺す為の氷山が生み出され、ひたすらゴブリンを処理する機械の様に動き続ける。
ゴブリンの腕が、足が、内臓がぶちまけられるように宙に舞う。それに一切頓着する事無く呼吸を整え、低い声で呟く。
「オォォン!」
「主、無念だが時間だ―――!」
ヴァルキリーが消えるが、その前に印は完了している。小鬼がゴブリンを三体、噛み殺しながらその肉に埋もれ、潰れて行くのを見届けながら、【陰陽道】との組み合わせでの新たな召喚獣を呼び出す。
「木端天狗招来ィィ!!」
完了と共に召喚される身長一メートル程の仮面をかぶった天狗は、その手に握った団扇を大きく振るい、陣を抜けて此方へと攻め込もうとしていたゴブリン達を一気に押し返す。その動きに合わせる様に前へと踏み出しながら、正面のゴブリンに拳を叩きつける。【マントラ】を含めた様々なスキルの強化を付与してある拳は一撃目と違い、容易くゴブリンの顔面を陥没させ、そして吹き飛ばしながら顔面に穴を穿つ。技術の欠片もない、能力任せの暴力。
拳がその行動に痛みを訴える―――が、それでいい。それでこそ生きているということではないか。
「そう、俺は生きている! 貴様と、そして俺は今、対等の境地にある!」
だからどうしたと言わんばかりにゴブリンは悲鳴を上げながら突撃して来る。事情など知った事ではない。成程、それは理解できる。なら殺し尽くさなくてはならない。魔石を消費し、狭い通路をサラマンダーの炎で生み出しつつ、ついに寒氷陣の効果が切れる。だがそれに合わせる様に【マントラ】との組み合わせが完了する。呼吸を通し力を練り、古の奥義を動きへと宿す。
力そのものを召喚し、付与して放つという基本のスタイル。
「ブラフマーストラァッ!」
拳と共に放った古代インドの奥義がその直線状の全てを貫通しながら薙ぎ払う。今の一撃で魔力が尽きかけるのを感じながら、ゴブリンの血肉が生んだ道の先で、一つの巨体が出現するのが見える。ゴブリンとは違い、巨大で、屈強な体を持つ個体。【鑑定】スキルが発動して判明するその存在は、
”オーク”だった。
人間を巨大にし、強靭にし、そして極限まで醜悪にする。全長はおそらくニメートル程、そんな怪物だった。片手に握っているのは人が両手で握る様なバスターブレイドであり、その姿だけでどれだけ凶悪な存在であるかを理解できる。まともに戦えば苦戦する事は必須であるのは眼に見えている。故に、前へと、ゴブリンの屍を踏み潰しながら前へと進む。恐怖はなく、代わりに怒りが胸にある。それが体を突き動かす。
「数手で終わらせる」
宣言するのと同時に、バスターブレイドが高速で振るわれる。的確にそれを回避しながら、それが振るう事の出来ない、更に近くへとオークの傍へと踏み込み、その手首を掴み、握り潰しながら腕を捻りあげて巨体を転ばせる。その動作の最中に、魔力を体に滾らせ、そして拳に込めて全力でオークの顔面を殴りつけ、その姿を殴り飛ばす。
壁に叩きつけられたオークが反応し、動き出す前に、
「おしまい」
黒い影が一瞬で接近する。即座に残像と共に六を超える斬撃を刻み、両目、首、心臓を的確に切り抉る。
ゲームであれば普通、HPが存在する。その為、こんな攻撃を受けても死ぬ事はないだろう。
だがNPCが蹂躙され、殺され、そしてHPという概念が存在しないこの世界であれば、そんなものは関係ない。急所に攻撃を叩き込めば、人は死ぬ事が出来る。それは勿論、敵にも通用する概念でもある。故にボスであるはずのオークは、
あまりにもあっけない斬殺死体として完成され、他のゴブリン達と同様、ただの屍としてその身を晒す事になった。
死臭や異臭よりも物凄い血の臭いで溢れかえる洞窟の中、漸く数時間にわたるゴブリンの鏖殺劇は幕を閉じ、ここにゴブリンの巣の終わりが決定された。明らかに百を超えるゴブリン―――おそらくは途中から洞窟外のゴブリンも血の臭いに惹かれてやってきたのであろう、それらが全て集結し、屍を証明していた。
「はぁ……はぁ……殺しきった……か」
息を整える様に吐くと、刃をオークの腰布で拭いたニグレドが軽く汗を振り払いつつ頷く。ニグレドもかなり疲労している様子があるが、ここに長居する事は出来ない。ここに長くとどまれば、血の臭いを嗅ぎつけたモンスターが襲い掛かってくる可能性が高いからだ。その前に早く脱出し、街へと戻らないと此方が危ない。理想としてはどこかで一回臭い消しを使用する事だろうが、
「まずはトーテムを破壊せにゃあならんか」
「うん。まだ破壊……していない」
戦闘中に結構動き回ったりしたが、結局は通路の中で戦闘は終結してしまった。おかげで現在位置の把握は出来ていない。が、ニグレドは違う様で、辺りを見渡すとこっち、と明確に解っているかのように進み始める。
その先の無人の部屋でゴブリンのトーテムを発見し、それらを全て粉砕し、証拠となる大きな破片をインベントリの中へと収集する。これにて依頼は完全に完了した。血だらけの姿から早く血を落としたく、川の中に飛び込む必要があるだろう。そんな事を思いながら液体状の臭い消しを取り出し、それをニグレドと自分に頭からぶっかけ、簡易的に臭いを殺そうと試みる。流石に戦っていた場所と時間の影響で、そう簡単に血の臭いは落ちない。だから目的を達成した所で即座に離脱を始める。既に【マントラ】を使用し、体力の回復は開始している。消費されている魔力も体力を【仙術】スキルで魔力へと変換する事で回復させているが、それでも底をついている事実に変わりはない。
おそらく今の状態だと召喚術を一発放つ程度の余裕しかない。割とピンチである。
「いそご」
「おう」
返答はそれだけにし、走り出すニグレドの後を追って、全速力で疾走する。明らかに自分の前を疾走するニグレドは自分よりも早いが、此方を気遣ってか、ギリギリ追いつける速度で走ってくれている。それに追いすがる様に走り続ければ、ゴブリンなどに構う必要もなく、直ぐに巣の外へと飛び出せる。飛び出した所でそのまま足を止める事無く、ニグレドの後を追う様に森の中へと入り込む。地図を開かなくては自分は全く通り道などが解らないが、それでもニグレドは道を理解しているらしく、するすると木々の合間を抜けて進んで行く。
その最中に、遠吠えが聞こえる。
「見つかった」
「迎撃しろヴァルキリー!」
振り返る事なくヴァルキリーを召喚し、そのまま疾走を続ける。濃密な血の臭いに引き寄せられた獣たちが追いかけてくるが、それよりも早く魔法陣から飛び出したヴァルキリーが後方で破砕音を響かせながら迎撃を開始する。今ので完全に魔力を使い果たしたため、軽い倦怠感が体に襲い掛かる。しかしそれを精神力で振り払いながらニグレドを追いかけ、
そして森から抜ける様に開けた場所へと出る。その先に見えるのは川だった。明らかに一直線にそこへと向かっているニグレドは一切速度を落とす事無く、そのまま跳躍して、川の中央へと飛び込む。それを追いかける様に一気に力を入れ、可能な限り跳躍し、そしてそのまま川の中へと飛び込む。
「ぷはぁ!」
「ぶくぶく……」
川の中央当たりで浮かび上がり、そして足がつかないのを確認する。幸い泳ぎは出来るから問題ない。それはニグレドも同じようで、染みついた血の臭いを洗い流す様に、川の流れに任せて流されつつニグレドの傍へと泳いで近づく。
「ここからどうするんだよ」
「森の外……まで続いてるから……このまま……ぷかぷか」
「さいですかぁ……」
はぁ、と息を吐きながらぷかぷかと浮かび、森の外を目指し血の臭いを抜き取りながら泳いで移動を始めた。
◆
「びしょ濡れ」
「そりゃあそうなるわ」
三十分後、川から岸に上がる。そのころには完全に血の臭いが抜けており、【瞑想】スキルである程度魔力も回復している感触があった。だから川から上がって岸に上がると、まずは印を結んで召喚術を発動させ、幻狐を召喚する。ついでに小鬼と木端天狗も召喚し、薪集めを小鬼と木端天狗に、その間に狐火で此方の姿を乾かす事を幻狐に任せる。川辺に腰を下ろしながら、ニグレドと横に並び、幻狐の狐火の暖かさに当てられる。
「ふぅ……結構ギリギリだったな」
「凄いテンション……だった」
「そりゃあ酷い目にあっている、ってのはある程度予想できたけどあそこまでとは思ってなかったからなぁ……まぁ、そのおかげで見えてきたものがあるし。今回は経験値以上に得るものがあったと思う、ぶっちゃけ。今迄ゲームだからって余裕をもって見てたけど、良く考えると、この世界のNPCは死んじまえばそれで終わりなんだよなぁ……」
ファーレンやミリィ、ゲル婆さんの姿を思い出す。彼、彼女たちはNPCであり、厳密には生きていないと言える存在だ。だが、この世界では間違いなく生きていし、生活している。その快活さ、人間らしさは自分が知っている現実と同じ様なものだ。この世界が彼らにとっての現実であるなら、それは本当に生きている事と何の違いがあるのだろうか? ゲームだから、AIだから、NPCだから、所詮はデータの塊でしかない。そう言って切り捨てるのは簡単だ。
だけど設定された部分だけではなく、彼らはこの世界絵時を過ごし、生きてきたのだ。
「彼らが本当にこの世界で時を過ごしたのかは解らないけど、アレを見た思ったよ。必死に生きているのであれば、プレイヤーだからって上から目線で見下すのは違っている。我は人である。そして彼や彼女も、また人である。だとしたら我らは対等であるべき。そう思うとなんか腹が立ってなぁ……痛覚設定をオンにして殴ってたわ」
半分、衝動的なものだった。だけど頭で考えた結果でもあったのだ。まぁ、人によってはゲームと現実混同お疲れ様、と言ってしまうかもしれないが、お前がそう思うならそれでいいよ、で乗り切る覚悟は出来ているので、それだけの話だ。ニグレドに言った所でもしょうがない話だ。変な話をしてごめん、と謝ろうとしたところで、
「生きてる」
「……?」
「サービス開始前に……ゲームクロックを加速させて……内部時間を進めさせてる。だから……外の一時間が中の一年で……そうやって世界を……世界の住人達に……私達の歴史みたいに……作らせた」
「はぁ、なるほどぉ……っていや、ちょっと待てよ。それ確実に開発側の話だろ。なんで知ってるんだよ」
「パパが開発」
納得する答えだった。そりゃあ身内に情報をリークしちゃうよな、と。まぁ、それが良い悪いという話は別として、開発者の娘と一緒に冒険できるというのは実にレアな事なんだろうなぁ、と思う。そして今まで、ニグレドが持っていた豊富な知識に対する疑問も解消された。おそらく開発チームに参加している父から事前にゲームの情報やらなんやらを教えて貰っていたに違いない。だとすれば、ちょくちょく知っている様に動くその動作に関して納得が行く。
まぁ、あんまり興味はない。それよりも重要なのはステータスとスキルレベルの上昇だ。
名前:フォウル
ステータス
筋力:17
体力:18
敏捷:20
器用:22
魔力:32
幸運:14
装備スキル
【召喚術:23】【精霊魔術:20】【陰陽道:20】【ルーン魔術:25】【仙術:20】
【マントラ:20】【錬金術:11】【瞑想:16】【索敵:17】【鑑定:17】
【投げ:15】【格闘:17】【身体強化:15】【見切り:16】【召喚師の心得:10】
SP:8
予想していたことだが、レベルが15になってから一気にスキルが上がりづらくなっている。今回もかなりゴブリンを虐殺したのだが、物量で消耗戦を強いられていたというだけで、実際の苦戦は一切なかった。その為、経験値も比較的に少ないのかもしれない。【召喚術】も3レベしか上昇しなかった。それを考えると、寒氷陣で大活躍と大虐殺をした成果【仙術】のレベルが大幅に上がっている。ただこれも、少々上がりにくい領域に入ってきた。まぁ、我慢だ我慢。
30からは完全に新しい召喚獣等が召喚解禁されると聞いている。おそらくはそれがスキルにとっての節目と言える部分なのかもしれない。そうなればもっと派手に活躍できる。もっと強敵と戦う事が出来る。それまで我慢するしかないのだ。とりあえず、消耗している感じはあるが、実は魔石とルーン石に余裕はある。その理由は簡単だ―――【仙術】や【陰陽道】との組み合わせでの召喚が強力であり、持続時間が増えてきているからだ。問題は【精霊魔術】の方だが、これはこれのみを使用してレベリングする方法を取る必要があるかもしれない。まぁ、間違いなく【召喚師の心得】による影響だろう。召喚をしていて、コストや運用が楽になっているのは実感できる。
しかし、【仙術】【精霊魔術】【陰陽道】【マントラ】と綺麗な数字で並んでいる。これを崩すのはちょっと勿体ない気がするが、そろそろ30レベルをめざし、重点的に鍛える事を考えてもいいかもしれない。
「うっし! これが終わったらまた大量虐殺でレベリングだな! 寧ろこの方法しか思いつかない! この後、廃坑でゴブリンの時みたいにひたすら呼んで殺しての無限ループ続けようぜ。戦い足りなくはない。だけど明らかに敵が軽すぎる。もっと強い敵じゃないと血肉にならないな」
そう言うと、ニグレドは首を傾げる。
「いいの……?」
「立場とか特に気にする必要ないんじゃねぇか。チートでもしていない限り」
「してない」
「じゃあ問題ないな」
「うん」
ふぅ、と息を吐いて体から冷気を吐きだす様にする。幻狐のおかげで大分体と服が渇いた気がする。この世界で病気にかかるかどうかはまだ知らないが、まぁ、それは経験してみればいいだろうという話になる。ともあれ、とりあえずは街へと戻らないと、何をするにしたってどうにもならない。寒気はない。若干濡れている場所もあるが、この程度は歩いているうちに乾いてしまうだろうと判断する。もう装備に血の臭いはないし、準備は完了している。立ち上がり、軽く体を伸ばす。【瞑想】と【マントラ】で体力と魔力の回復も完了した。
これなら問題なく街へと帰れる。そう思いながら森の外から真っ直ぐ正面、ティニアの街へと向けて歩き始める。気付けば大分お腹が空いていた。
「……報告と換金する前にメシ食おうぜメシ」
「……」
コクリ、と頷くニグレドの姿を了承と捉え、真っ先に希望の酒場へと向かう。
◆
「―――つまり簡単に説明すると、ゴブリンの巣の殲滅を行ったのはいいけど、途中からテンションが上がってしまって皆殺しモードに入ったため、巣の中のみならず周辺一帯のゴブリンを皆殺しにしたうえでボスのオークを殺害し、そして完膚なきにトーテムを破壊して帰還してきたと。良く生きていましたね」
「空間と戦い方がマッチした結果かなぁ」
実際、広い空間で同じようにゴブリンとの物量、消耗戦を強いられたら、間違いなく死んでいた。というのも、あの狭い空間だからこそ敵の方向を制限し、そして寒氷陣を利用して鏖殺する事が出来たのだ。広い空間であれば、流石に数が多すぎて圧殺されて終わりだ。そう考えるなら、環境に救われていたと言えなくもない。だから同じ様な事をする場合、まず間違いなく草原や平原、そう言う広い所でやろうとは思わない。洞窟、或いは森の様に相手の数が動きを制限できる環境でやらないと数の暴力に蹂躙される可能性がデカイ。それを考慮し、やはり挑むべき修行の地は廃坑だろう。自分の召喚術を方向性を決めやすく、尚且つアサシンであるニグレドにとっても身を隠す闇の多い環境。
攪乱と火力が揃っていて、バランス的には結構いい感じで出来上がっていると思う。何気にニグレドも一撃必殺で仕留めるロマンタイプだし。
ともあれ、ギルドの受付嬢から大量の報酬と情報を貰い、ついに総資産が金貨一枚を超えるレベルに突入した。現状、ファーレンのおさがり装備が優秀すぎる為、他に装備を購入しようという気分が湧かない。まだまだこの防具を使い続けようと考えつつ、ニグレドと並んでギルドから出る。
「んじゃ廃坑向かう前にそれっぽい道具を」
「ん」
話している最中にニグレドが此方をギルド側へと引き寄せる。その動作におっとと、と声を漏らしながら後ろを下がった瞬間、目の前の光景を大男が吹き飛んで行くのが見える。自分の前髪が揺れるのを見つつ、視線を左へ、飛んで行った方向へと視線を向ければ、そこには鎧を着こみ大剣を右手で握る大柄な男の姿が見える。まだ綺麗な事から、おそらくはまだ新しい鎧なのだろうがその胸の部分は大きくへこんでいる。立ち上がるその姿は身長が百九十を超える。オークに近い体格の持ち主だが、ヘルムを装着しないその素顔は純人種ではなく、頭から角を生やした魔族のものであった。
なんだなんだ、と騒がしくなってくる大通りで、人が中央に場所を作る様に壁の端に沿って立って争いごとを観察する。
「ヘイヘイヘイ、それはないでしょ。大の男が脅して支払い拒否とか王国法で裁くよ? マジに裁くよ?」
そんな事を言いながら挑発的な言葉を放つのは、自分から見て右側にいる存在だった。道路の中央で腕を組み、不動に立つのは身長が百七十に届きそうな赤髪の長いポニーテールの女だった。そのキリっとした顔立ちは今、不敵な笑みを浮かべており、デニムの様なホットパンツに白のタンクトップ、その上から髪色と同じ赤いハーフジャケットを装着している女だった。
両腕を組んで立っている姿がその大きな胸を主張していて、実に眼福だった。心の中でありがたや、と拝んでおく。
「アァ? 何言ってんだよ! 俺は後で払うっつってんだよ! つか鎧がへこんじまったじゃねーかメスガキが」
「店主は思いっきり泥棒だって主張しているけど?」
そう言って赤髪が指差し方向へと視線を向けると、ドワーフの老人がコクコク、と扉から頭だけを出して頷く。その動作に対して魔族の男が刃を振り上げて脅し、店主が店の中へと逃げ込む。それを咎める様に女が大地を強く踏む。
「チ……うるせぇな! 証人を連れてくればいいんだろ! 今つれてくるからよ」
「じゃあ逸れ脱ぎなさいよ。着させたまま行かせるわけないでしょ。それすら解んない? マジ? 頭が残念なのね……ごめんね……もうちょっと解りやすい言葉で話す努力するわぁ。あ、努力だけね。通じなかったらごめん」
「こんなメスガキがぁ―――!!」
「やっぱキレるよなぁ……」
明らかに挑発しているのが目に見えていたが、最初からイライラしていたせいか、魔族の男は吠えながら大剣を片手で握り、それを握って一気に飛びかかる様に女の方へと向かって行く。その姿はかなり早い。少なくとも今の自分よりは早いのは確実だった。その動作で、相手がただの雑魚ではなく、それなりに鍛えられた冒険者である事が見て取れる。だがその存在に対して女はかもん、という風に手をクイクイ、と二度動かし、
逆に踏み込んだ。
最初の一歩で相手が着地し、刃を振り下ろすよりも早く蹴りを顎に叩き込み、それで体を蹴りあげながらホットパンツの裏ポケットにしまってあった革のオープンフィンガーグローブを取り出し、それを装着している。その間、堕ちてくる巨体をまるでお手玉の様に何度も蹴り上げ、
「これに!」
拳を叩き込むのと同時にそれを抉り、鎧を投げ剥がす。
「懲りたら!」
それを素早く蹴りとのコンビネーションを組み合わせて、地面に触れない様に蹴り上げ、殴りあげながら体からドンドン鎧を殴り、そして蹴り剥がして行く。
「法律を守って楽しくショッピングしよう! ありがとう!」
完全に鎧を剥がし終わったところで、右ストレートが顔面に叩き込まれ、魔族の男が完全に気絶して道路を転がる。爆発する歓声と共にそこで今まで事件の推移を見守っていた警備兵が現れ、さっさと魔族の男を回収して行く。また派手にやりすぎだと怒られる赤髪の女から視線を外す。心の中でもう一度だけ拝んでおく。
「いやぁ、いいもんを見た」
「おっぱい?」
「おっぱい」
「屑」
「そこは男の性だから許して欲しいかなぁ……」
脛に叩き込まれるローキックが地味に痛い。しかし、それにしても今の女―――おそらく年齢は自分と同じぐらいだろうが、その動きは実に洗練されていて素晴らしかった。パフォーマンスに目を奪われがちだったが、彼女と同じように殴りながら鎧を剥がすなんてこと、自分が真似しようとしても絶対にできる事はないだろう。自分の様にスキルと能力に任せた暴力的な動きではなく、訓練されて、技術として獲得した存在特有の感じがする。正直、そういう技術は羨ましい所がある。
対人で戦う場合、真っ先に必要になってくるのはそういう技術なのだろうから。まぁ、今の所は正直関係ないであろうとは思う。積極的に人と敵対する訳ではないし。ただ今回のオークの様に、人型のモンスターがこの際多く出現する様であれば、間違いなく対人戦闘を想定した技術の獲得が重要になってくるだろう。
「ま、それはそれとして廃坑へと向かいますか。今のが原因じゃないけど、ゴブリンの時以来なんというか、体がウズウズして戦いを求めている気がする」
「戦闘本能?」
「うむ、何か目覚めたみたいだな!」
この世界の住人として考えるなら、それもまたアリでいいんだろう。ともあれ、まずは廃坑内の探索の為の道具をそろえる所から始めないとならない。とりあえず、思いつく限りはランタンとロープ、それにマスクは必要そうだ。予め聞いている話では下へ行けば行くほど瘴気が出現するらしいのだが―――おそらくこれ、毒ガスみたいなものだろう。だからやはりマスクとゴーグル、後は毒消しやこの瘴気を中和する為のアイテム、存在するのであればそれも、という感じだろう。
基本的にそこまで深く行くつもりはないが、居座る予定ではある。何故かはわからないが、ニグレドはついてくる気が満々の様だし、置いて行くつもりはない。戦力としてカウントしてガンガン利用させてもらう。
「さて、ととりあえず―――」
「すいません、いいでしょうか?」
道具屋へ行こうか、そう言おうとした瞬間、言葉に割り込んでくる様に声がする。声のした方へと視線を向ければ、そこには茶の短髪の青年の姿がいた。顔立ちが東洋系で、その服装が統一感のない姿から、一瞬で彼がこの世界の住人ではなく、プレイヤーである事に気づかされる。ただ、どう見ても軽装と言える姿であり、冒険者らしくないとも言える。装備をしまっていると言われてしまえばそれだけなのだが。
「聞き耳しちゃってる感じで悪いんですけど、これから廃坑に行くんですよね?」
「あ、うん。まぁ、その予定なんだけど」
「それ、一緒に行ってもいいですか? 廃坑の方じゃないと取れない鉱石があるんですけど、実は戦闘の方が全然だめで……こうやって廃坑に向かう冒険者に護衛をお願いしてるんですけど。あ、勿論報酬は出しますけど」
「あぁ、そういう事か。俺としては問題ないけど。ニグレドちゃんは?」
「問題ない」
ローキックを叩き込みながらの返答だった。そろそろ痛くなってきたのでやめてほしい。痛みを緩和する為に先程から【マントラ】を使用しているのだから。これがもし嫉妬だとしたら手放しで喜ぶところなのだが。こんな短い時間でそんな事はありえないだろうし、純粋な制裁だろう、これ。
ともあれ、
「では、宜しくお願いします」
「おう、宜しく」
「……」
パーティーに臨時の追加人員を増やしつつ、廃坑へと向かう準備の為に歩き始める。
ニグレドちゃんかわかわ。
段々と修羅道へとズブズブはまって行く感じ。なおメインスト-リーが普通にあるので、地域変えてレベリングだけってこたぁないのでご安心を。それにしても偶にいるんだよな、開発者の身内で遊んでるっての
なおストーリーも何もないレベリングだけの苦行系ネトゲが存在するらしい(小声