六話 戦女神無双
たっぷり時間をかけてファーレンから色々と聞きだす事に成功した。【マントラ】での組み合わせや【仙術】の組み合わせ、媒体や代償の質を上げた場合どうなるか等、初級では全く話題に上がらなかった部分を補完しつつ、更に召喚できる上位や組み合わせの召喚獣、召喚物のリストを貰った。意外と召喚できる存在の多さに驚きつつ、自分が踏み込んだのはまだまだ入口である事に気づかされた。やれることは、まだまだたくさんある。召喚術の道は奥が深い。それを気付かされる時間だった。
名前:フォウル
ステータス
筋力:9
体力:12
敏捷:15
器用:17
魔力:23
幸運:10
装備スキル
【召喚術:15】【精霊魔術:11】【陰陽道:12】【ルーン魔術:12】【仙術:4】
【マントラ:6】【錬金術:8】【瞑想:9】【索敵:9】【鑑定:10】
【投げ:3】【格闘:3】【身体強化:1】【見切り:1】
SP:0
その結果、更に肉体的に強化する道を選んだ。何かがおかしいかもしれないが、ファーレン自身は特化型自体がキワモノみたいなものだから、その道を極める事に関しては盛大に賛成してくれた。同時に笑顔で頭がおかしいとも評価されたのは褒め言葉なのだろう、キワモノ的に考えて。
取得した【身体強化】は純粋に身体に関わるスペックを上昇させるパッシブ系のスキルであり、【見切り】は攻撃を回避しやすくなるスキルだ。どちらも前衛として出張るなら是非とも欲しいと思えるスキルであり、SPが比較的に低かったので纏めて入手した。これで完全にSPに関してはからっけつ。もうどうしようもない。レベリングと金策を兼ねた行動を始めないと本当にどうしようもない。
ファーレンの家から離れ、ランケルの中央噴水広場に戻ってくる。まだ時間は昼過ぎぐらいだ。ファーレンと話し合った後で一回ログアウトして昼食を取っている為、このまま活動を続けられる。ただ今日はもう、生産活動をする気にはなれなかった。だからアドバイス通りの行動を取ろうと思う。そう決断し、この街でまだ向かっていなかった最後のギルドへ、
つまりは戦士ギルドへと向かう。
場所自体は他の二つのギルドからそう遠くはない。斧と剣を交差させたようなエンブレムに”Muscle”と正気を疑う名前が書いてあるギルドだった。俺、登録先が魔術ギルドで良かったなぁ、と心の底から思い、ギルドの中へと通じる木の扉を開ける。
「ようこそ戦士ギルドへ! 歓迎の舞、肉!」
即行で扉を閉めて後ろへと下がった。
「今、気のせいじゃなきゃブーメランパンツしか履いてない変態が筋肉テカテカさせながら言葉で語るも冒涜的過ぎる異次元の舞を踊っていた気がする」
「現実だから諦めようぜ」
パン、と通りすがりのプレイヤーが目を若干濁らせながらそう言うとギルドの中へと消えて行った。折角だから戦士ギルドで依頼を探してみようかと思ったが、その発想が間違いだったらしい。ここは何もかも見なかったふりにし、そーっと戦士ギルドに背を向けて、自分の所属である魔術師ギルドへ帰ろう。静かにそう決意して歩き出そうとしたら、肩にまた感触を感じる。振り返るのが恐ろしく、出来ない。だが声は聞こえてくる。
「やあ、ようこそ戦士ギルドへ。お仕事を探してるのかな? ん? フンッ! ハッ!」
「さようならァ!」
問答無用で逃げ出した。
◆
「やべぇよアレ、絶対やべぇよ」
もう二度と戦士ギルドへと行かない事を誓いつつ、魔術ギルドまでダッシュで向かい、到着する。普段は少し静かすぎないかと思うこの魔術ギルドだが、今はこの暗い、落ち着いた雰囲気が癒しだった。あの戦士ギルドの様な異次元空間ではないのだ。それだけでいい。嫌な事件だったと頭の中から出来事を忘れる様に処理しつつ、ギルドホールの端にある掲示板を確認する。これもファーレンに教えて貰ったことだが、ここには依頼や欲しいもの等が張られている掲示板であり、気になったものは受付へと持って行くことで受注できるらしい。
掲示板の前には軽い人混みがあり、その隙間を通りながら掲示板にかかっている依頼をチェックする。やはり基本的には後衛魔術師を対象とした戦力の募集が多い。それ以外は魔術を使って何かをしてほしいという依頼、そしてポーション等の薬品の納品依頼だ。依頼を抜きにすればパーティーの募集まで張ってある。それらを見渡しながらどうするかを静かに考える。
まず自分が欲しいのはレベリングできる環境、戦闘経験、そしてお金だ。生産活動を金策から外すなら、必然的に依頼を通してお金を貰うしか方法がなくなってくる。だからここで、何か自分の肌に合う依頼を見つければいいと思うが、どんなもんだろうか。そんな事を考えつつ依頼を確認していると、街道の方に野犬が出没する為、それを討伐して欲しいという依頼を発見する。
「野犬一匹に対して銅貨二十枚か。これ五匹でも狩れれば銀貨一枚になってそれなりに美味しいな」
野犬の動きは素早い為魔術師は前衛必須と注意書きに書いてある。まぁ、確かに後衛である魔術がソロで相手をするものではない、こういう足の速そうな相手は。だが逆に考えると、これは良い訓練相手になるのではないかと思う。足が速く、そして動き回る敵。それは間違いなく攻撃回避と命中のいい練習になるだろう。召喚術だって範囲を指定して爆撃する訳だが、それに関しては自分で目標を捉えなくてはならない。
回避と隙を生み出す事と攻撃。この三つを練習するにはちょうどいい相手かもしれない。だったらやるか、と決めて掲示板から野犬討伐の依頼書を剥がす。それを受付へと―――やる気なさそうなメイド服姿のミリィへと持って行き、そしてこの依頼を受けるという意思を伝える。寸前までやる気がなさそうにしていたミリィは顔を持ち上げると、だるそうに依頼書をひったくり、そして確認を始める。
「前金で銀貨一枚……ん、よろしい。これは基本的に仕事ほっぽりだして逃げない為のだからね。あー……あとあれだ、相手は普段は隠れていたりするから餌を持って行くといいよ。んじゃいってらっしゃい」
それだけ告げると、ミリィは受付に突っ伏す。本当にこいつやる気がないなぁ、というのが全身を通して伝わってくる。ミリィの横の受付へと視線を向けると、長いピンク髪の彼女は苦笑する様な笑みを浮かべる。なんだか彼女からは苦労人の気配を感じるが、知った事ではないので依頼の為の準備を始める。確かミリィは餌を用意しておくといい、等と言っていた。
「……餌か。生肉でいっか」
そんな事を考えつつ、とりあえずは生肉を入手する為、食材屋へと向かう。
◆
生肉を適当に買ってからラッケルを北から抜け、街道へと出る。真っ直ぐ北へと延びる固められた土の道は唯一、次の街へと繋がる道であり、途中で村を二つほど、そして街を一つ経由する事によって王都へと向かう事が出来るらしい。今更ながらこの国、ランケルが所属する場所は完全な王政であり、王都へ行けばその王が住む王城が見られるらしい。そっち方面はモンスターが割と強く、まだ行くのはオススメできないらしい。
そもそも、モンスターも抵抗進化の様なものをするらしく、環境が険しければ険しいほど、人による脅威が強ければ強いほど、そうやって強く進化して行くらしい。そんな訳で年中モンスターが狩り殺されている王都周辺はそれに合わせた強さのモンスターが出現するらしく、騎士団などが警備を行っているそうだ。こういう世界観に関する話は正直な話、もうちょっと聞きたかったことだが、街道に到着してしまった。そろそろ依頼を遂行する為の作業に入ろう。そう決め、インベントリから購入したばかりの生肉を取り出し、
「そぉい!」
それを全力で前方へと投げつける。肉がふわり、と宙を舞いながらべちゃり、と音を立てて街道横の草地へと落ちた。その光景を無感情に眺める。数歩、後ろに下がってその肉を眺める。が、やはり変化はない。そりゃそうだ。ただの肉に変化はない。あるわけがない。お肉無駄にしたかなぁ、と思いつつ、もう少し離れ、近くの木の裏に隠れるように身を下げる。隠蔽系のスキルがないから木の影にインバネスコートの黒色を利用して馴染むぐらいしか出来ないが、これで十分だろうか。
そんな事を考えながら肉を半分レイプ目になりつつ眺めていると、寄ってくる姿が見える。
犬の姿だ。黒い毛で、血走ったような眼を持つ犬の姿。これがおそらく野犬なのだろう。そう思いながら無言で隠れたまま眺めていると、犬が辺りを見渡しながら鼻で嗅いでいる。直感的にこれ絶対バレるわ、と確信する。そう言えば匂いに対する対策に関しては何も一切決めていなかった―――サベージベアの時に学習しておけよ、と心の中で叫びながら、木の裏から飛び出す。瞬間此方を臭いで捕捉していた野犬が此方を睨みながら吠え、走って飛びかかってくる。
パッシブで発動する【身体強化】と【マントラ】の呼吸のおかげでその動きに反応が、追いつく事が出来る。また【見切り】も勝手に発動し、連動する様に飛びかかってくる野犬の軌道を認識させ、【格闘】で純粋に体の動きを強化する様に動かしつつ、【投げ】が投げる動作を強化する。これらのスキルには発動スキルと言えるものが存在する。しかし、それは使用しない。発動した時に受ける体の強制的な動きが気持ち悪いと感じる体。だから効果はパッシブ部分、つまりはそれぞれの担当する種別の行動に対する能力強化に抑えておき、
飛びかかってくる野犬の顔を掴み、それを上へと投げる。そのまま投げるのに使った左手を大きく広げながら宣言する。
「刃の精霊!」
無色の斬撃が頭上で野犬を分割し、頭上で血の雨を振らせる。出来た事に満足しながら息を吐こうとしたところで、遠吠えが響いてくるのが聞こえる。そして次の瞬間、何時の間にか野犬の姿が一気に増え、六匹程の数が一気に走ってくるのが見える。その原因は先程の出来事を合わせれば答えがすぐに出てくる。
「血の臭いかぁ―――!」
かっこつけて頭の上で殺さなければ良かった、と激しく後悔しながら一番前に噛みついてくる野犬の顎を蹴りあげながら両手で印を結び、その合間に襲い掛かってくる野犬をタックルで潰しながら印結びを完成させ、小鬼を召喚する。野犬に噛みつかれる小鬼を盾にしつつ、【仙術】スキルを発動させ、自身の半径三メートル以内の存在の敏捷を下げる陣を展開し、自身の有利な空間を形成しつつ、
飛びかかってきた野犬の顔面を殴り飛ばす。それが他の三体にぶつかるのを確認しながら、隙が出来た瞬間になんとかサラマンダーを召喚し、焼き払わせる。
肉の焦げたような臭いがあたりに充満し、風に乗って引き払われる。そして更に野犬の遠吠えが周囲から響いてくる。小鬼が鉈で野犬をミンチに変えて行くのを視界の端で確認しつつ、別方向からお代わりと言える速度で野犬が迫ってくるのが見える。その光景に顔を蒼くしつつも、今、ここに、逃げ場はないのだ。
「だぁぁ! 俺も男だ! 皆殺しにするまで焼き払い続けるのみ! 人間は! 諦めなければ! やり切れるのだ! 幻狐招来!」
ワンワンパニック、ただし即死アリという物騒なフレーズが脳内に浮かび上がるのを認識しつつ、迷う事無く自分が持っている切り札を切る。何処からどう見ても自分の処理能力を上回るだけの数が出現していた。こんなに数が出るとか聞いてないぞ、と心の中で叫ぶ。
「汝、英霊を引きし死の選定者! 来い、ヴァルキリー……!」
ルーン石が一気に五個消費される。
それと引き換えに多重に重ねられた魔法陣が出現し、それを突き破る様に魔法陣という平面から長い白髪の戦乙女が出現する、布の服装に少量の白銀の鎧は体のスタイルを主張する様な恰好ながら、握られている左手の銀の盾と右手の銀の槍は素早く動き、盾で殴りながら野犬を二匹、槍の薙ぎ払いで野犬を四匹纏めて水平に両断していた。明らかに卓越した、否、超越した技巧の持ち主であるのがその一瞬だけで理解できる。本来は戦女神という格を保有しながら技量と触媒の品質故に戦乙女という格に落とされて召喚され様とも、その強さには一切陰りが見える事はない。
「契約の名の下に召喚された。我が主の敵よ、滅せよ」
そう言って更に踏み込み、目の追いつかない速度で放たれる突きが野犬に突き刺さる事なく、その体の上部に抉れた様な穴を穿っていた。ルーン石を五個も消費する事で召喚が出来る戦乙女、その存在は恐ろしい程に高性能ではあるが―――彼女が敵を倒してしまうと、【召喚術】と【ルーン魔術】にしかスキルの経験値が入らない。故にある意味困ったものでもあるが、
現状、二十を超える野犬が援軍として登場しつつワンワンパニックを開催していた。
どう足掻いても殺しきれない数である為、召喚するしか無かった。とはいえ、自分も負けているつもりはない。ヴァルキリーが相手をしていない野犬へと接近しながら隙を作る様に蹴り、或いは拳、それとも掴んで投げながらすれ違いざまに素早く繰り出す事の出来る精霊系の召喚術を叩き込み、殺す。
敵が一か所に固まっている様であれば、そのままサラマンダー等の大技を叩き込んで一気に殲滅する。そうやって野犬を始末しながら自分の動きをこの大群の中で確かに確かめて行く。しかし、
―――この野犬、ゲームの様なリポップ式だったら一体何時終わりが来るのだろうか……。
◆
「これで終わりだっ!」
サイドステップで野犬の攻撃を回避しながら、横を飛びぬけそうな野犬の尻尾を掴み、それを振り回す様に前方に投げる。それに合わせる様に小鬼が鉈を投擲し、野犬の頭に突き刺す。しかしそれで満足する訳がなく、そのまま魔石を消費しサラマンダーを召喚師、転がっている死体共々完全に殺す事を確認する為に、纏めて焼き払う。その姿を確認しつつ横へ視線を向ければ、投擲した槍が飛んで帰ってくるのをヴァルキリーが掴んでいた。良く見れば槍にはルーンが刻まれている―――きっと、ルーン魔術はそんな風に装備にも刻印が出来るのかもしれない、
そんな事を考えながら野犬の殲滅作業を完了させる。
荒い息を口から吐きだしながら、一体何時間戦い続けて、一体何個魔石とルーン石を消費したのか。それを考える。とりあえず、
頭が痛くなるぐらい消費したのは解っていた。
何せ、自分ひとりでは間違いなく手数不足であり、召喚獣をこれでもか、というぐらいに召喚していた記憶だけはあるのだ。ダメージも結構食らっているし、消耗も激しい。未だに無傷な上に返り血すら浴びていないヴァルキリーの存在を凄まじく思う。こういう時、ずっと召喚していられるテイマーの存在が羨ましく思うが、テイマーでは彼女の様な上位存在を呼び出したり使役する事は出来ないのだろう。そう思うと一長一短だな、と思える。
ふぅ、と息を吐きながら草地に座り込むと、ヴァルキリーが歩いて近づいてくる。
「主よ、力を求めて戦うのはいいが、これは余り褒められたものではない。私がいるならまだしも、一人でこの鍛錬をこなすというのであれば少々考え物だ。ここら一帯の野犬が完全に絶滅してしまっている」
「途中から槍投げしたり、落雷落としたりで大量に引き寄せてたのヴァルキリーさんだよね」
その言葉にヴァルキリーが振り返りながら歩き始めた。
「では私は宮殿へ帰ろう」
「ヴァルキリーさーん! おーい! ヴァルキリーさーん! なんで焦ってるんですかねぇ、ヴァルキリーさーん! ……おい、アイツマジで帰りやがったぞ。今度意味もなく召喚してやるぞてめぇ」
ヴァルキリーは出現した時の様に、また魔法陣の平面の中へと消えて行く。ヴァルキリーの召喚に関してはクールタイムが存在しない代わりに、そのコストが非常に重い。しかも召喚の契約に関しては非常に几帳面らしく、野犬と戦っている間に召喚時間が切れるとお、時間だ、とか言いつつそそくさと帰還を始めるお茶目さんだったりする。クソ真面目だとも評価できるかもしれないが、アレは彼女なりの冗談だと信じていたい。
信じさせて。戦闘中に定時退社とかホントやめて。そこまで真面目であるのを求めていないから。
現状、彼女だけが自分の扱える上位存在の召喚だ。一発だけの撃ち逃げだったらルーン石ももっと少なくて済むらしいが、今の様な戦闘を考えるとどうしても本体召喚を考慮してしまう。まぁ、今回に関しては完全に自分が悪い部分があるから、これ以上心の中で愚痴るのは止めておこう。ヴァルキリーの戦犯っぷりはまた今度、召喚した時に苛めよう。
とりあえずはステータスの確認を行う。
名前:フォウル
ステータス
筋力:14
体力:15
敏捷:18
器用:19
魔力:28
幸運:12
装備スキル
【召喚術:20】【精霊魔術:15】【陰陽道:15】【ルーン魔術:18】【仙術:10】
【マントラ:10】【錬金術:8】【瞑想:11】【索敵:14】【鑑定:13】
【投げ:8】【格闘:10】【身体強化:8】【見切り:11】
SP:10
かなりガッツリ上がってた。インベントリを確認すれば野犬のドロップが七十を余裕で超えているのだ、何時間も戦い続けた成果がこれだと考えればいい事だろう。実際、空を見上げれば空は大分暗くなってきている。何時の間にか夕暮れも終わりが近い時間となっている。何だかんだで【召喚術】もついにレベル20へと到達していたり、実りのある時間だったと思う。これぐらいの強さであれば、そろそろ次の街ぐらいまでは目指してもいいかもしれない。そんな事を考え始める。
「あー……それにしても酷い乱戦だった。でもレベリングつったらやっぱりこんな感じだし、大体のネトゲってのはレベルがカンストしてからが本番だったりするしな。これぐらいのレベルの上昇はまだ普通の範囲なのかな……? うーん、レベリングガチ勢と比べて明らかにレベリングは少ないだろうし、まだまだの範囲か」
そして思いつく。
「そっか、受付で見習いや合格レベルの冒険者の実力がどんなもんかを聞けばいいんだ」
簡単な話だったな、と結論付けながら立ち上がり、歩き出す。何時の間にか召喚時間が切れていたのか、小鬼はいなくなっていた。一人でそのまま帰るのも寂しいため、ランケルへと歩きながら両手を合わせ、素早く印を組んで幻狐を召喚する。ぼふっ、という白い煙と共にその中から白い狐の姿が現れた。
「あれ」
が、その姿は自分が知っているものよりも少し大きくなっていた。今まではかなり小さい、子供サイズの子狐と呼べるものが一回り大きくなり、尻尾も一本か二本へと増えていた。この様子だと次回小鬼を召喚したときは小鬼の方も姿が変わっていそうだな、と思いつつ歩き出すと、幻狐が足に飛びつき、そこから駆け上がって頭の上へと昇る。その上で満足そうに座り込む姿に、多少の呆れを感じつつ歩きだす。
「お前の力をもうちょっと引き出せるようになったのかな?」
「こん」
「そうかそうか、こりゃあ精進しないとな」
頭の上の幻狐を軽く撫でて、長く召喚していられない事を残念に思う。きっと召喚師としての技量が、レベルが上昇すればもっと長く一緒にいられるのだろう。それまではテイマー連中を羨ましく思うが、もう一度、彼らには出来ない事が自分にはあるのだ。それでいいじゃないかと言い聞かせる。
たとえば超火力とか、超火力とか、超火力とか、超火力とか。やはり男は火力に限る。
そんな事を考えつつランケルの街へと戻ってくる。実際、街道で殲滅戦を行っていた場所からここまで、そんなに距離はないのだ。ほどなくして街へと戻ってくる事が出来た。多少視線を感じるのは頭の上の幻狐がペットの様に見えるからだろうか。そんな事を考えながら道なりに進むと、噴水広場へと到着する。そこから魔術ギルドへと向かい、中に入る。何時も通り静かなギルド内に安心感を感じつつ、何時も通りならんでいる人が全くいない、ミリィの受付へと向かう。
「生きて帰ってきたか」
「なんで死んだとおもってるんですかねぇ」
「野犬相手に駆け出しがソロで挑めば自殺だとでも思うよ……ほら、さっさと討伐証明を出して」
正論なので何も言い返す事が出来ない。野犬の討伐照明はその歯だ。ドロップとして取得したそれをインベントリから取り出し、全部纏めてカウンターの上に乗せる。出来上がった牙の山は今にも崩れ落ちそうな姿をしているが、それをミリィは素早くインベントリの中に収納すると数える。
「露店で買ってない?」
「買ってないです。狩ってはきたけど」
「別に上手くないから。……はぁ、計算とか報告書だるいなぁ……」
そういうが、ミリィは素早く起算を行い、そして討伐した数を銅貨へと変えて行く。その作業は数分しかかからず。それが完了する頃には大量の銀貨が詰まった革袋が用意されていた。討伐された野犬の数は全部で百二十。故に一匹銅貨二十で二千四百銅貨、銀貨にすれば銀貨二十四枚の価値になる。大量の銀貨である事に間違いはない。間違いではないのだが、
正直に言えば若干拍子抜けと言っていいかもしれなかった。
「……拍子抜けって表情してるわね」
「あ、いや」
「遠慮する必要ないわ。面倒だし。ぶっちゃけ野犬を殲滅する勢いで殺しまわっても、生産品の方が需要高いのよ。依頼なんか出さなくても邪魔だって思った奴が野犬とかの外敵を殺すしね。だからそれを期待して討伐依頼の金額は少なめ。逆に盗賊や山賊とかの討伐は緊急性が高いから報酬が高くなるってか人が関わってくる依頼全般が若干高めよ」
「なる、ほど」
「つまり需要を考えろって事よ。金が欲しけりゃあ需要に対して供給すればいいのよ」
身もふたもない言い方だが、ルーン石を売った事はまさに需要に対して供給を満たす、という行動だったに違いない。だからこそあんなにスムーズに売れたのだ。それに比べて今回のは特に緊急性の高い依頼ではなく、それなりに鍛えた初級の冒険者でもこのように、対応出来てしまう依頼なのだ―――やっぱり金額の差が出てしまうのしょうがないという事だ。これを考えると、やはりランケルにいる間は本格的な金策が難しいように思える。
「……すいません、次の街で活動するにはどれぐらいの実力があればいいんですかね」
「メインになるスキルが20もあれば火力としては合格ライン。ソロでなら25は欲しい。王都は30から35」
そう言うとミリィが掲示板を指差す。その指をさす方向に視線を向け、辿ってみる。その先にあるのは一つの依頼だった。商人の護衛という内容で、次の村を通り越し、そのまま次の街である”ティニア”まで護衛して欲しいという依頼の内容だった。期限は明日の朝までとなっており、明日の昼頃にはティニアへと向けて出発する予定、馬車は一台で護衛の数は二人まで、という内容だった。それを掲示板からはがし、受付の下へと持って行く。
「これは」
「定員二名なのは街道が割と平和だから。偶に盗賊は出る。あとモンスターは大体馬と馬車を嫌って出てこない。ステータスは……あぁ、これならコンビでなら大丈夫だろ。んじゃ登録して依頼主に連絡入れておくね。集合場所は明日の昼、十二時にランケルの北街道入口前にて。あ、受諾金も貰っとくな。はい、お疲れ終了ー」
何時も通り嵐の様にシュバババ、と仕事を終わらせるとだるそうにカウンターに突っ伏す。そうやってカウンターに突っ伏している間は何だかんだで幸せそうな表情を浮かべている。そんな彼女の姿を眺めていると、隣のカウンターからこっちこっち、と手招きする手の動きが見える。それに従い、隣のカウンターへ移動する。そこにはピンク髪のメイド受付嬢が存在する。近づいてくると彼女は頭を下げてくる。
「同僚が本当に申し訳ありません。たぶん伝わる事も伝わり切っていないので、捕捉説明をさせていただきます」
「受付嬢の鏡ッスな」
「いえ、それほどです」
前言撤回をする必要があった。
「私の名前はエミリヤです、宜しくお願いしますフォウルさん。では、貴方の依頼に関する事ですが、基本的には依頼主である商人のポルコさんと、その馬車を護衛する内容となります。主な活動はモンスターの迎撃、そして盗賊等の略奪者が出現した場合の迎撃です。実力に関しては野犬の群れを完膚無きにまで殲滅する程の実力がアレば間違いなく問題ないと思います」
それ、ヴァルキリーさんが大半を処理したんですよとは言えない。しかしヴァルキリー無双はホント酷かった。定時退社とか止めて欲しい。主に命の為に。
「ティニアへと向かう途中にヨラン村とアシヤ村がありますが、補給などの理由で立ち止まる事はありません。そのままヨラン村とアシヤ村を無視し、ティニアへと向かいます。昼食、そして長引いた場合の夕食に関しては依頼主が提供する事はない、と言っている為に自己責任であらかじめ用意しておいてください。計画通りであれば夕食頃に到着できるはずですから。それを抜きにすれば一人目の同行者の方が戦士ギルドで登録した剣士の方なので、後衛火力と前衛火力で相性はいいと思いますが……あの、大丈夫ですか……?」
悪夢を思い出し、頭を抱えるのを見られてしまった。が、それも仕方がないと思いたい。
「あ、う、うん、ちょっと戦士ギルドでの奇行を思い出しちゃって……」
あぁ、と同情する様な視線を向けられる。流石受付嬢、アレが一体どういう生物なのか知っているのだろう。となるとアレが一体どういう生物なのか、気になってる所だが、
「アレっていったい何なんですか?」
「数週間前にこの街へやって来て”GMごろー”って名乗っている筋肉愛好家ですね。害がないどころか名物になり始めてますけど」
「GMかよぉぉ―――!!」
そりゃあゲームなのだからGMが存在しているのは当たり前なんだろうが、一体戦士ギルドで歓迎の舞とか正気か。
正気だったら出来ないから答えは出ていた。
「まぁ、アレに関しては自然災害だと思って諦めた方がいいと思いますよ。ともあれ、集合場所はランケル北街道前に十二時、そこで依頼人と合流する事になっています。理想で言えば一時間、或いは三十分前に到着し、もう一人の同行者と面識を通しておくことをお勧めします。こういう同行するタイプの依頼では咄嗟に連携が取れる様にする事が重要ですので。報酬に関しましては後払いで銀貨五枚となっておりますので、しっかり覚えておいてください」
「了解です、ありがとうございました」
「いえいえ、ティニアへと移動するようですが、ここへ来てから数日でもう移動できるようになるのはかなりのハイペースです。ファーレンさんも寂しがるでしょうが、共にここから活躍をお祈りしています。頑張ってください」
「うす!」
明日からは新天地を目指す事になる。その事に気合を入れなおしつつ、まだログアウトする時間までは結構残っている。銀貨にも実際、余裕が存在する。しかし既に外は暗い為、狩りへと出かける余裕はない。
となると、露店巡りと生産しかやる事はなくなってくる。
「……まぁ、空いた時間でやるぐらいだったら……」
消耗した魔石とルーン石の補充という意味でもやって悪くはないのだ。安上がりで済むし。
これから夜、開いた時間があったら。その程度であれば別に魔石作成をしても問題ないかもしれない。そんな事を思いながら魔石の材料を買い揃える為にゲル婆さんの道具屋へと向かう。
ここを離れるのだ、買い物ついでに挨拶をするのも悪くはないだろう。そんな事を考えながら、暗くなった夜の街を歩く。
ルーン魔術との組み合わせであるヴァルキリーさん初登場。現状強いけど消費が激しすぎて召喚するとハゲる。だけど一番召喚らしき召喚でもあったり。目指せ、メインストーリー攻略(爆撃)。