五十二話 出陣準備へ
「―――やぁ」
そう言って足にしがみ付く存在がいた。困ったなぁ、と思いながら視線を下へ、自分の足元へと向ける。そこには見つけた時の戦闘服姿、コートを着ていない小さな少女、ミリアティーナの姿がある。両手を足に回すようにして抱き着き、此方の動きを止めている様に見える。というか実際に停めている。これ以上前に出ない様に、でないで欲しいという意思を込めて動きを止めている。ミリアティーナのその姿を見て、本当に困ったとしか感想が出ない。無理やり引きはがそうとするにも力が強すぎて剥がせないし、このまま連れて行く訳にもいかない。そんな訳でミリアティーナへと視線を向けるが、
「やっ!」
「そんな事を言わずに離れてくれよー」
「やぁだぁ!」
そう言って足から離れようとしてくれない。どうしたものか、と思いながら周りへと視線を向けるが、誰もが忙しそうに活動している為、此方に関わるだけの余裕が存在しない。それもそうだ。だって、今は誰もが最終作戦の為に行動を開始しているのだ。自分も最終作戦―――つまりは軍艦の奪取、そしてそこからの空中城へのテロに参加するのだ。魔剣を保有している自分はこの作戦の中枢に位置する一人だ。参加しないといけないのだ。それを子供に言ってもしょうがないのだから、しゃがみ、視線を合わせる。
「えーとね、ミリア―――」
「やぁ! だぁ!」
「おうふ、聞く耳持たぬとはまさにこのこと」
喋ろうとするとそれを邪魔する様にミリアティーナが邪魔の声を挟み、そして言葉を掻き消す。言葉を掻き消すタイミングのあまりの良さにこれ、狙ってやっているんじゃないかと思うが、ミリアティーナ自身は無知な子供の状態だ―――その能力は才能のない人間が限界を迎えた状態ぐらいに強いのだが。まぁ、ミリアティーナが不安がる意味も解る。それでも自分は、死の存在しないプレイヤーという存在なのだ。殺されても数日間ちょっと忘れられるだけで、再び生き返る。それだけの話なのだ。
なんとも軽い命をしている。
『そうであったとしても、彼女は一回でも死なせてしまう事を恐れているんでしょ? ミリアちゃん子供の様に見えるけど、賢い子よ。本能的に誰が一番救いがないのかを理解してずっとべっとりだもん。天使として救われない魂に救済を。それを一切理解する事無く実行しようと頑張っているわ。まぁ、ミリアちゃんは信仰とか宗教とか、そういうのを狩るのに特化してた方なんだけど』
「そう言えばカルマ、お前ミリアの事を軽く知ってるんじゃないのか?」
『そりゃあ守護者として配置したのが私なんだから、知っているに決まっているわよ。と言っても魔剣を確保しようとしていた子だったし、それを逆に利用して遺跡に繋げたのよ。あんまり強くなかったし、結構やりやすかったわ』
あんまり強くない、ただしカルマ基準。話にならない。強くなった今でも、ミリアティーナと戦えば間違いなく苦戦は強いられるだろう。まぁ、それはさておき、重要なのは一体どうやってミリアティーナを引きはがせばいいか、という事だ。これをどうにかしないといけないのだが、
と思っていると、知っている気配が迫ってくる。視線を持ち上げて横へと向ければ、ダイゴが青い着流しに肩から白い羽織を乗せ、酒瓶片手にやってくるのが見えてくる。お前、本当に全力で楽しんでいるよなぁ、と思いつつ、助けを求める視線を向ける。それを受けたダイゴが首を捻り、そして足の抱き着いているミリアティーナへと視線を向け、それで状況を察したようだ。小走りで近づきながらそしてしゃがみ、
「ダイゴでっこぴ―――ん!」
「みぎゃ!?」
思いっきりミリアティーナのデコをデコピンではじき、その衝撃で両手を解放させる。まるで偉業を成し遂げたかのような笑みを浮かべているが、正直ロリっ子相手に暴力を振るうのはあんまりかっこよくないと思うが、けっ、とダイゴは言葉を吐く。
「お前はガキに甘すぎるんだよ。だからそんな風にごぼぉ―――」
復帰したミリアティーナが腹にニーキックを叩き込み、そこからアッパーを決め、サマーソルトという格闘ゲームでも見られる見事なコンビネーションで一気にダイゴを戦闘不能に追い込む。武力に対しては武力。それが目に見えているから絶対に手を出さなかったのに、それをこの男は察していなかったらしい。愚かな男め。心の中でそう言いつつも、溜息を吐く。しゃがみながら、再び近寄ってくるミリアティーナの頭を押さえ、抱き着くのを阻止する。
「いいかい、ミリア」
「やだぁ!」
叫ぶミリアティーナを無視し、言葉を続ける。
「君がそうやって泣き叫ぼうが、お兄ちゃんを頼っている人間がいるから、それを投げだす事は出来ないんだ。おれ自身だってどうにかしたい、ってかニグレドの分の落とし前はつけさせて貰わないとどうしようもなくブチギレそうだからな。どーしても行かないといけないのよ。お前が心配している気持ちも解るさ。それでもやらなきゃいけないし、行かなきゃいけないんだ。だからな? 安全だからさ、この拠点は。ここで帰りを待っていてくれよ、な?」
「……」
そう言うとミリアティーナが俯き、黙る。子供ではあるが、カルマの言った通り、賢い子だ。きっと解ってくれる。黙った姿にそれを確信し、安堵の息を吐こうとしたところで、
「……いっしょにいく」
「絶対にノウ」
「いっしょにいく! いーくーのー!」
「えー……どうしろってんだこれ」
「それより俺の心配をしてくれよ」
ダメージから復帰したダイゴが起き上がってそんな事を言っているが、両手で此方の腕を掴み、体を揺らしてくるミリアティーナの方が今は優先順位が高い。というか男の優先順位は勿論低い。低いに決まっている。お前男だし、大人だしなんとかなるだろ。だけど子供はそういかない。感情を吐きだすのにも、納得するのにも、理解するのにも大人の力を必要とする。だからこの際ダイゴはどうでもいい。それよりもミリアティーナの事だ。
「根が深いわねぇ」
「お、出たな寄生虫」
「お姉さん寄生虫じゃないわよ! ちゃんと家賃払ってるし! 自動リフォーム機能つきだし!」
「呪いをリフォーム機能って言い張るのか……」
「お前らコントしてねぇで俺を助けろよ」
あ、そうだった、と言いながら二人が此方へと視線を向けてくる。その間に背中へと回り込んで、後ろから首に抱き着き、絶対に離れないという意思をミリアティーナはその体いっぱいに表現していた。しかも普段は全く出さない黒い翼までも広げ、立ち上がれない様に必死に羽ばたいている。可愛らしいが、地味に腰がきついのでそろそろ助けが欲しい頃合いではある。というかカルマが出現したのはそれが理由ではないのだろうか。
「あぁ、そうだったわね。だったら、まぁ、妥協というか折衷案という事で使い魔契約してエーテル状態で体の中に格納していればいいと思うわよ。そうすれば姿を出す事なく一緒にいられるし、召喚術を通して召喚する事もできるし。使い魔契約を通して力を供給する事もできるし、結構良い事尽くめよ? ちなみにデメリットは魔力消費が増える事と、使い魔契約である以上上下関係が決定されてしまう事ね」
「する!」
「よぅ、三国一のモテモテ男!」
「俺は今からスル子を召喚する事も辞さない」
「ミョルニルケツバットはやめろ」
「けーいーやーくー!」
後ろから抱き着くミリアティーナががくがくと頭を揺らしてくる。もう正直面倒だからこれで良いかなぁ、とか思い始める。それにもし、ミリアティーナが大人状態に戻った時、契約していれば強制的に動きを封じて抑え込む事だって出来そうだし。そう考えるとなんかいいアイデアに思えてくる。頭が結構揺らされていい感じにぐるぐるしているが、俺の判断はきっと間違っていないに違いない。なので、で、と言葉を零し、カルマを見る。
「やり方は?」
「専門家に聞いたら?」
迷う事無く腹パンを叩き込んで地面に沈める。提案するのだったら最初から方法ぐらい解っておけよ、と。カルマの予想以上の使えなさに溜息を挑発的に吐きながら、この世界、スキルと理論さえ解っていれば割とノリで何とかなんてしまう部分がある。つまり、今こそノリにのって身を任せるべき時ではないのだろうか? そうと決まったらやる事は決まっている。
「けーい! やぁーく!」
「やーく!」
拳を掲げてガッツポーズを決める。
それで契約が成功したらしく、ミリアティーナが光になって消える。ヘッドシェイクから解放されて割と正気に戻り、マジか、と叫ぶが、消えたミリアティーナの気配を自分の中から感じる。召喚しようと思えば何時でも召喚できる感じ、多分使い魔化に成功したのだろう―――ノリで。軽くこの世のいい加減っぷりに頭を抱えたくなる、というか自分でなんであんな行動に出たのかを後悔したくなってくるが、脳内では楽しそうなミリアティーナの声が聞こえてくる。
「……あれ、子守りから解放されていない?」
「フォウルパッパガンバ」
「笑いながら言うんじゃねぇよ、知ってるぞ! お前娼婦で遊ぶのに夢中になって借金している事を! このダメ人間め!」
「女遊びは男の嗜みだぜ? そんなに褒めるなよ」
無言で腹パンを決めてダメ人間を地面に沈める。そうやって親友を土に沈めた事に対して達成感を感じていると、状況を見ていたカルマが姿を消す。おそらくは魔剣の中へと帰ったのだが―――途端、頭の中が煩くなってくる。カルマが喋ろうとするのに対し、殴る様な音が響く。それはカルマが喋ろうとする瞬間に発生しているのだが、まさか人の脳内で殴りあいが発生するとは思いもしなかった。
「たんま! お姉さんの実家が不法占拠されたんだけど!」
「人の脳内を勝手に実家扱いしないでくれませんかねぇ。ハウス」
「あぁーん」
一気に頭の中が騒がしくなったが、これも必要経費として割り切っておく。とりあえず、騒がしい事を抜きにすれば運ぶ手間がなくなったを考えれば良い。色々問題を先送りにしている感じもあるのだが、それはいい。今は見ないふりをしておく。何より自分の目に見える範囲にいてくれるというのが割と便利だ。ひと騒動終えたところで、ダイゴへと視線を向ける。
「んで、お前はどうしたんだよ」
「いんや、親友様の様子でも見ようかな、って思ってな。俺とお前も別に短い付き合いって訳じゃねーしな。それに色々と気になる事があって今は実験の最中だし……ま、暇潰しよ、暇潰し。所詮空中城なんてこのダイゴ様にかかればちょちょいのちょい! ってもんよ。虚無属性だって最近教えて貰ったおかげで芸も増えたしな。いっちょ、どっかの神か精霊の信仰でも始めて、それと合わせてスキル取ろうかなぁ? なんて思ったりもしているぜ」
「お前が信仰するのは酒の神だろ」
「ちげぇねぇ」
そう言って笑う。
この男ダイゴ―――霞大吾という男は何というか、昔から親交のある馬鹿である。そう、馬鹿。割とノリでやらかしては嗤ってごまかそうとする、そういうタイプの馬鹿だが、ここ最近、というかこの世界に来てからだろう。妙に考え深くなったというか、”キレ”ている様に見える。自分の知っている大吾という男はノリが良くて、やる時はやる男だが、考える様な様子はそこまで見せる様なタイプではなかった。だがログアウトして大吾と会う時、そしてダイゴである間にも、この親友は今までにない姿を見せる様になって来た。それを見て、徐々にだがリアルの自分達も、変わってきているんだなぁ、と思う事はある。ゲームだから別人ステータスを持ち出せるわけではないが、考え方や技術は持ち出せる。
「ん?」
「どうしたよ主人公」
「いや、さ―――」
ふと思った。こうやって考えた、という記憶や技術を学んだ事は持ち出せるのだ、だとしたら精神汚染や精神操作の類はどうなんだろう、と思い始める。いや、リアルではそんな事はまずありえないと思っているのだが、この前、カルマの姿を鏡に幻視したばかりだ。それ以来そういう出来事は一切ないのだが、それでもちょっとだけ、考えてしまう。
「これってゲームだよな」
「いや、まぁ、ゲームらしくはないが確かにゲームだわな。もしこれが機械を通して精神を異世界に飛ばしているとかって言われても俺は信じるけどな。軽く調べたけど、現行のスパコンでもこれだけの世界を生成するにはマシンパワーが足りてねぇって言われてるんだぜ? 技術的な部分に関しては非公開の部類が多すぎて考察すらできねぇ状態らしいし。まぁ、それはそれとして俺達はやるべき仕事があるんだから、そんな事を考えるぐらいなら準備を進めた方がいいんじゃねぇか?」
「あぁ、やべ、すっかり忘れてた。急いでカルマ=ヴァイン回収しなきゃ」
ここ数日預けっぱなしだった魔剣も準備が終わっているだろうから、回収しなくてはならない。それを思い出し、ダイゴに片手を上げて別れを告げながら研究室へと向けて小走りで移動する。その間に軽く空を見上げ、そして雲が覆って暗くなっているのを確認する。肌にはしっとりとした湿気を感じる。
『雨が降りそうねぇ。臭いと音を消すのには良い天気よ。運は此方についてるわ』
だといいな、と心の中で言葉を思うでカルマに返答しつつ、魔剣を受け取る為に移動する。
◆
「やぁやぁ、よく来たね。まずはそこに座って欲しい。うん、またなんだ。え、意味が解らない? つまり自称超天才科学者マクスウェル君はね、社畜オブ社畜って言われるぐらい仕事が大好きなんだ。つまり、仕事は実はもっと早く終わらせているんだけどね、魔剣や聖剣自体の研究って一番進んでいるのは聖国だしね? よっしゃー、マクスウェル君頑張っちゃうぞー! という感じにテンションを上げて作業をしてしまってたんだよねぇ」
「やれ」
「まず最初に言う、俺はバイだ」
「まてまてまてぇ―――!」
服を脱ぎ始めた四刀流に対して本能的恐怖を感じたマクスウェルが部屋の端まで走って逃げ、震え始める。それを見て四刀流の肩を抑える。場所は地下、マクスウェルの研究室。そこでは再び自分、四刀流、そしてトモの三人が揃っている。要件は勿論、数時間後に行われる強襲、強奪作戦の為に調整された魔剣と聖剣の受け取りの為だ。これがないと作戦がどうしようもない。故にマクスウェルの研究室へと到着すると、なにか言い訳がましいので最終兵器をけしかけようとした、という現在だ。
「良し、私が悪かったから、あ落ち着こう。別に何も悪い事はしていないんだからね? ただちょっとデータ収集させて貰っただけだし、虚無属性のエミュレーション効率をちょっと実験させてもらっただけだから。後はそう、寝る前にちょっとニヤニヤ眺めながら―――」
「フィンブル」
一瞬でマクスウェルの氷像が完成された。凍結しただけであって死亡はしていないのは当たり前だ。それにギャグ向け調整しているので、ちゃんと内側から破壊出来るようにしてある。
そんなマクスウェルから視線を外して視線を研究室内へと向けると、部屋の隅の作業台の上で浮かび上がっている六本の剣の姿が見える。作業が終わっているのなら回収しても一切問題ないのだろう、手を軽く振るうと作業台の上から魔剣が消え、そして手元にカルマ=ヴァインが出現する。それを握り、軽く振るい、重さや感覚に変化がない事を確かめつつ、刀身を見る。
カルマ=ヴァインの刀身には文様の様な、記号の様な絵が描かれていた。白い刀身に合う様に青い染料を選んだらしく、刻まれた術式が光の中で輝いて見える。軽く触れてみるが、その程度で術式が消える事はない。これなら戦闘で使っても一切問題ないだろう。短剣の状態へと戻しながら腰裏へと収納する。何だかんだでカルマ=ヴァインを使う事に成れている、というか手元に置いてあるのに慣れてしまっている。ここ数日、カルマ=ヴァインを手放しての生活だったが、腰裏のこの重みがないとどこか寂しいものがあった。こうやって手元に戻ってくるのは安心できる。
『ふっふーん』
『むー』
断じてお前の事じゃねーからな。
「これで準備は完了、か。悪いけど少しだけ無茶に付き合ってもらうよセレス」
「これで準備は完了―――新しいネタに付き合ってもらうぞ」
「なんで同じ聖剣でもここまで差が出たんだろうなぁ……」
たぶん、今夜あたりまた四刀流の夢の中に出現して懇願するのだろうなぁ、というのが良く見える。新しいネタとか言っている時点でもはやまともに運用する気が存在する気配がない。まぁ、聖剣が預けられている間もヘリコプター、ハサミ、戦車、潜水艦とかいう意味不明なネタの発展だけは止めていなかったので、もうこいつはこんなもんだろう、という認識しかない。まぁ、周りの空気を一瞬で上げてくれる為、邪険にする事は出来ないし、面白いのは事実だ。
まぁ、憎めない馬鹿という奴だ。
未だに名前が解らないけど。
「さ、て!」
氷像が内側から砕けてマクスウェルが出現する。全員が武器を受け取ったところで、マクスウェルは復帰し、氷を横に蹴り飛ばしながら慣れた手つきで片付け、そして近寄ってくる。さて、と言いながらもその視線は剣へと向けられている。トモの聖剣はオーソドックスなロングソードタイプであり、装飾が施されている。四刀流の聖剣もそれぞれがロングソード、ブロードソードタイプとなっており、金と白の装飾が施されている。
どちらの刀身にも黒や赤での文様が描かれている。
「うぅ、寒かったねぇ―――と、とりあえず解説を始めるが、ご存じのとおり、刀身に刻んである術式が”マクスウェルの悪魔”を利用した”虚無属性の強制”術式だ。使い方は君達が本来その兵器を使う方法と一切変わる事がない。柄から刀身に染み渡る様に魔力を通せば良い様に出来ている。そうやって魔力のチャージが完了すると放出待機状態に入るから、後は放つ事を意識しながら振るうだけ、それで良い。アーティファクト級の武装であっても本来とはかけ離れた機能、属性を再現しているから燃費が悪く、負担もかけているから”十分ほど出力が下がる”と思っていてくれ。もうちょっと聖剣と魔剣の機構に対する知識と式の最適化を行う事ができれば数秒まで短縮できそうなんだが、そこまでの時間がないんだろ? 放ったら即座に隠れるか、それとも逃げる事に集中してもらいたい所だねぇ。まぁ、別の部位で戦えるってなら一切問題がないんだけど」
「良くそれだけ噛まずに言えるな」
「研究者って生き物はプレゼンやら説明する事で喰っているからねぇ? まぁ、提出物を作っただけじゃ世の中には認められないし、作る物を作って、それを説明し、その気にさせて初めて提出物が認められるようになる。だからコミュ障が研究者になって何かすごいもんを作っても、結局はそれを横取りされるだけなんだよ。上手い奴は口で成果を大きく見せるもんさね。まぁ、というわけでこのマクスウェル博士のコミュ能力はかなり高いぞぉ!」
「まともに使いませんけどね」
トモの言葉にマクスウェルが沈む。無念そうなその姿を眺めて軽く息を吐き、視線を二人へと向ける。
「これで武器は揃った。あとは―――」
「軍艦ルタレスを強奪し、そのまま帝都へと強襲し、テロを行う。ダークファンタジー世界でまさかエアジャック紛いの事をする羽目になろうとは一切思いもしなかったけど、これはこれで結構新鮮で面白い経験なんだよなぁ―――人生の参考に一切ならないけど」
「聖剣四刀流は履歴書で書けますか」
「書けません」
半分キレる様に言いかえすと、今までの会話が面白く、ちょっと笑い出してしまう。それが伝染するかのように四刀流も、トモも、そしてマクスウェルも笑いだす。軽く困惑するミリアティーナの気配を感じるが、何が面白いのかは自分にはちゃんと解る。だから笑いが止まったところで軽く息を吐き、意識を整え、そして笑みを浮かべる。
「負けるわけがねぇな」
「そうだね」
「ここまで良い空気吸っているのに負ける訳がないわ」
「勝つために自分の研究を捨てて手伝ったんだ、勝ってもらわなきゃ困る。君達前線の人間を万全の状態で戦わせる事がバックとしての誇りなんだ。此方が仕事をやり切った分は頑張ってもらわないとね」
マクスウェルの放ったその言葉は、存外重かった。ただ、それを重荷に感じる様な感性はここにはない。やってのける。その思いがあるのだから。だからそう覚悟を決め、行動を開始する為に、研究室に背を向けて歩き出す。
◆
「―――雨か」
玉座に座りながら、欠伸を噛み殺し、窓の外を見る。今、王都の街並みには雲がかかっており、湿気からして間違いなく雨は降るであろうと予想出来た。それを眺めながら考える。どうなのだろう、と。帝国でも雨は降るのだろうか、それとも既に降っているのだろうか? 馬鹿娘は元気でやっているのだろうか。父的にはあの娘が男を捕まえられるかどうかが不安で不安でしょうがない。悪い男に引っかかる様なタイプじゃないし、王族由来のセンスと閃き、そして才能がある。政治の道具にしたって才能を腐らせてしまうから自由にさせたわけだが、
「未だ花開かんか、いや、これからという事か。ま、俺の娘だ。適当に楽しくやって、適当に男でも引っ掛けてくれるだろう―――引っ掛けるよな? お父さん的には一回娘が連れてきた男の顔面を殴り飛ばすというイベントをやりたいんだけど」
「陛下、陛下、それ、即死です」
「手加減するから」
「そう言いつつノリで殺っちまったぜ! で済ますのが陛下でしょ。馬鹿言ってないでそろそろ出陣の準備を始めてくださいよー。いや、まぁ、一日もあれば帝国に突撃する準備は完了するんですけどね」
「ぶっちゃけ俺としちゃあ帝国との戦争自体にそう興味はねぇんだよなぁ。んな事よりもたくさんの孫に囲まれてじーじ! じーじ! って言われたい。っつーことで王様代替わりしようぜ!」
「無理です」
「だよなぁ、めんどくせぇ」
そう言って王国の国王は玉座に沈み込み、そしてそれを少し離れたところで書類を片手に眺めていた眼鏡をかけた青年は溜息を吐いた。宮廷魔導士である事の証拠である装飾と紋章の施されたローブ姿の青年は国王を見てもう一度溜息を吐き、普段も帝国皇帝のようなカリスマを発揮してほしいと切に願った。
「……しゃーねぇ、時期が時期か。ま、帝国との戦争は皇帝ぶっ殺して適当に優秀な奴に挿げ替えて終わらせるか。これ以上だらだら引き延ばしていてもどうしようもなくなるし、戦争の口実作って出るぞ」
「もうどの騎士団も何時でも出陣できるシフトを取っています」
「相変わらず準備が良いなぁ! っしゃあ! 三武神に剣姫と剣魔、グラウのクソ爺に……そーだな、六魔将を呼び出せ。帝国を一日で消し飛ばすノリでやるぞー」
「……良いんですか?」
おう、と国王が答え、立ち上がる。
「帝国の話はちょいちょい耳に挟んでいたし、今までは内政干渉だったりあんまし無駄に人を殺すのもアレだからって思ってたけど、ここまで来ちまったらさっさと蹂躙して終わらせるに限るわな。それに俺の勘が正しければ―――」
国王は再び、窓の外へと視線を向ける。
「―――嵐が来るぜ、それもとびっきり大きいのがな。この雨もその前触れでしかないだろうよ」
久々のリーザパッパ登場。皇帝と比べるとノリが軽すぎる不具合。王国は笑顔(と殺意)の溢れる素敵な職場です。
さて、次回から中編最後のイベントですよ。