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Endless Sphere Online  作者: てんぞー
二章 帝国-革命軍編
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四十三話 前へと向かって

「少し話をして宜しいでしょうか」


 食事休憩の合間、軽く食べれるものという事で配られるサンドイッチを給仕から受け取りつつ、話しかけてきた姿へと視線を向ける。黒い軍服姿の女、キャロライナが此方へと話しかけてきていた。その軍服姿は良く似合っているが、見た事のない軍服だ。少なくとも今まで見てきた帝国兵はこんな軍服を着ていなかった。少しそれが気になるが、それよりも話しかけてきたキャロライナに対して対処する。


「敬語は必要ない。我は人、彼も人、同じレジスタンスの同士に敬語は必要ないだろう? エドガーも同じスタイルで通しているんだから」


「そう言われると弱いのですが―――いや、解った。素の口調で対応させて貰おう。改めて言いたかったのだ、ありがとう、と。卿の立場からすれば完全に許すのは難しい事だろうに、此方に対し譲歩を見せてくれたことに」


「完全に信用している訳じゃないぜ? 次はないし。それに死に対しては死で報いるつもりだからな」


「”帝国守護者”カリウスか、奴の話は軍にいる時も良く聞いたが、どれも荒唐無稽だが真実ばかりだった。調べれば調べる程相手をしたくなくなる化け物の一種だ―――まぁ、アレよりも強いのが皇帝なのだが。私達も、卿も未来では相当苦労しそうな気配だな」


 壁に寄り掛かる様に背中を預けながら片手で皿を持ち上げ、その上に運んできたサンドイッチを彼女は食べ始める。それに倣う様に自分も椅子を回して彼女の方へと向け、片手で皿を抑えながらもう片手でサンドイッチを食べる。周りは周りで、話し合いを始めている。息抜きと相談、整理タイムといったところだろう。


「ま、苦労するのは別にいいんだよ。それよりも勝てるかどうか、というのが一番重要な所なんだけどな。それで、キャロは、えーと……」


 視線を軍服へと向けると、キャロライナは察したかのようにあぁ、と頷く。


「この軍服か。私は元々帝国の処刑部隊所属の軍人だ。最終的な階級はなんだったか……少佐辺りだったか? まぁ、家を焼き、人を焼き、そして闇の中へと葬るのが仕事でな、エドガー殿下に付いて来い、と言われてついてきてしまったよ。処刑部隊にいるよりは楽しそうだしな。卿の足運びや思想の置き方には王国の色を感じるが」


「短い間だけだったけど、基本や基礎を王国騎士団で教わったよ。良い場所だったよ、あそこは。ひたすら大変だったけど、どいつもこいつもいつも笑っていたよ」


「羨ましいな、酒でも入らんと笑顔の一つも出てこない帝国とは違うな」


 そこで溜息を吐く様に一旦黙り、互いにサンドイッチを食べ進める。中身はハムとチーズときゅうりで、美味しい。帝国に入ってからハムとチーズが増えていたが、野菜はめっきり見ていなかった。特にきゅうりなんて王国を出てから一度も見ていない。そのきゅうりがこんな気軽にサンドイッチの中に入っているとなると、ここは場所的に王国に近い場所なのだろうか? いや、レジスタンスの仲間として認められれば場所も教えて貰えるだろう。それまで妙な事は考えなくても良い。


「なぁ、キャロ。正直な話、作戦全体の話としてだが、勝率としてはどんな感じなんだ?」


「そうだな……今の段階で話をすればいい所三割、いや、二割といった所か。飛行艇の奪取がそもそも難易度が高い上に、過激派からの妨害や、魔石を過激派から奪取する事も考えなくてはならない。現状、原材料を確保できる鉱山はあちらに確保されているからな……勿論卿らの活躍によっては戦局が大きく覆る事と成ろう、だが正直力技ではどうしようもないな。最低限の戦力を補充したとは言え、まだ足りない部分は多い」


「となると最優先は……戦力の確保か」


 そうだな、とキャロライナが頷く。その様子からすると、既に戦力の”アテ”と言うべきものはあるらしい。素早く四切れのサンドイッチを食べ終わると、支給されたナプキンで指を拭き、皿をテーブルの上へ、そして視線を黒板の前へと移動したキャロライナへと向ける。既に黒板には帝国の地図は描かれており。要所がデフォルメ姿で可愛く描かれている。指示を出したのが彼女だと思うと、ちょっと和む。


「さて、と―――そろそろ食べ終わった頃でしょうから、作戦会議を再開します。皆さま、着席していますね? それでは先程は全体的な目標に関してを話しました。では今度は短期的な目標、そして中期的な目標を出します」


 キャロライナが指をスナップさせると、それに反応する様に黒板の上にチョークが走る。


「まず第一に戦力の充実です。現状、穏健派レジスタンスは総員で千に届く程度の人員しか存在しません。しかもその七割は帝国各地で情報収集や情報操作の為に出動中で、戦力として運用する事ができません。今回の件で冒険者が百人ほど増えましたが、これでもまだ動かせるのはここにいる四百人程度となります。率直に言えば”話にならない”というのが現状、ただ漸く最低限の作戦行動は行える、という状態にもなりました」


「はーい! はーい! キャロりん先生! 戦力の充実はどうやるんdねすかへぶぅっ」


 エドガーの顔面に皿が叩きつけられ、エドガーが床に沈む。それを一切気にする事無くキャロライナが話を続行する。


「殿下、真面目な場ですので。とはいえ、疑問は至極真っ当。戦力の補給先を疑問に思うのは当然です。ただ少し考えれば解る筈です、増えた戦力で戦力補充を行うならどこか、とは」


 キャロライナの言葉に反応する様に誰かが呟いた。


「―――監獄か」


 キャロライナが頷く。


「正解です。陽動、襲撃、バックアップ、と分ける事の出来る人数が増えて、尚且つ全滅しない程度には人数が増えている為、そろそろ監獄の襲撃も見えてきました。ですので”ハリズベリ監獄”を襲撃し、そこに囚われている同志、及び将軍を解放して此方に合流させようかと思っています。上手くいけば今の戦力が倍化するはずです。妥協して将軍の解放だけを行ったとしても、彼は実力としては十三将とも正面からやりあえる人材、間違いなく此方の益となるでしょう」


「将軍が仲間になるという可能性について」


「将軍は陛下へと考え直させるために一切の武を使わず嘆願し、そして投獄された身。民の現状を憂いて立ち上がったあの人であれば、過激派ではなく間違いなく穏健派の味方になってくれると思います。それに監獄の襲撃には帝国全体の治安を悪化させるという意味もあります。無差別に犯罪者を野放しにすれば治安維持の為に兵士を―――」


「―――駄目だ」


 エドガーが言葉を挟む。


「同志を救出するのはいい。将軍を助けるのはいい。だけど犯罪者を解き放つのは駄目だ。それは民を危険に晒す。それを許す事は出来ない」


 エドガーの普段とは全く違う、強い言葉に一瞬だけ戸惑う。しかしキャロライナはそれが来るのを理解していたのか、笑顔でエドガーに頭を下げ、謝罪する。どうやら最初から通るとは思っていなかったようだ。だとすると、エドガーを試したのだろうか? そこらへんの真相はともあれ、キャロライナの話は続く。


「と言う事で、最優先は監獄を落とす事です。ですが、監獄を落とした場合、ほぼ確実に此方の存在が警戒されます。今迄は大きな行動を取っていなかった穏健派が、と―――”過激派”に警戒をされます。こうなってくると今度は過激派の占拠した鉱山を襲撃するのが少々面倒になってきます。過激派が此方を見下すようなことが多々ありますが、一度も此方を舐めた事はありません。いえ、皇帝の血族であるエドガー殿下を恐れているのですよ」


「まぁ、芸術以外は完全に無能なんだけどね!」


 誇る事じゃねーよ、と言うツッコミを受けながら、エドガーがテーブルに沈むと、キャロライナが話を戻す。


「と言う事で、我々には幾つか取れる選択肢が存在します。一つは戦力を集中して監獄を落とし、確実に戦力を充実させ、そこから行動し、そののちに魔石鉱山を襲撃、奪取する。或いは先に魔石鉱山を襲撃し、それから監獄を狙う事もできます」


 なぁ、とマルクスが声を上げる。


「本当に魔石鉱山ってのは襲撃しなきゃいけねぇのか? ぶっちゃけた話、仲は悪くても過激派とはパイプが繋がってんだろ? それを通して此方に魔石を融通できねぇか交渉出来ないのか? 枯れている様に見えて少しはなんかあるんだろ? 全くなしってのは信じられないし」


「あるにはありますが、正直な話、あまり頼りたい類ではありません。ですので交渉は選択肢に入れない方が良いと思います。だから現実的に考えると監獄も鉱山も、どちらも襲撃する事になります。重要なのはどちらから? という事になりますが……正直、魔石爆弾に関しては解析をする必要もありますので、その事を考えると後回しになるかもしれません。そういう事で、現在としては監獄の襲撃を優先したいと思っています。基本的に数は重要です。一人で無双する力を得ていたとしても、数の暴力の前には散る運命にありますから」


 キャロライナの言葉に会議室は黙る。自分も考える。一応、ここに招かれたという事は意見等が欲しい、と言う事なのだろうから。だから言葉の意味を考え、この先どう展開するかなどを考え―――そして考えを止める。無理だった。自分が何をできる、こういう状況や環境ではどうやって動く、というのは良く解る。だけど状況をどうやって動かすとかは無理だ。そういうのは軍師の領分だし、カルマの経験から引き出せる中にもない。


『まぁ、基本お姉さんも、お姉さんを使っていた人たちも戦略兵器だしね。戦場に投入して皆殺しにするだけだったから戦略とかそんなのは気にせず、見えるものを消し去って行っただけだし。魔剣ってのはそういうものよ』


 相変わらず物騒なカルマ=ヴァインの怨霊だが、何だかんだで最近この女の存在に慣れてきた。というか、この女の考えている事や感情的な部分を察せる、といった所だろう。


「まぁ、ここまで若干脅す様に言葉を放っていますが、大前提として特級戦力がそれぞれに配置されている前提で話していますからね。たとえば私、或いはそこに座っているフォウル氏やトモ氏、リーザ氏の様にたった一人で戦局を覆せる特級戦力。これらが監獄にも鉱山にも配置されていないのであれば極論―――私一人で制圧、殲滅できます。特に監獄や洞窟と言う空間とは相性が良い。ただそれは過ぎた願いでしょう。間違いなく防衛の為にだれかしら配備されていると思っていいでしょう」


「やっぱ希望的観測は出来ないか」


「寧ろ人間を止めていると表現できる皇帝が相手ですからね、常に最悪の状況を前にしていると考えて進んだ方がいいでしょう。実は作戦を全て把握されている……なんて事でも驚きはしません」


「マジで怖いから止めて」


 そこで一旦黙り、そして会議が停滞する。キャロライナが結論を出したのだ。現状は戦力の増強が必要だと。最低限それをどうにかしない限りは、安全に他の行動に移る事が出来ないと。空中城の攻略の為に必要な飛空艇、テロに必要な魔石、その製法、そして何よりも、王国との衝突を長引かせる為の時間稼ぎ。始まってしまえば大量の死が帝国に溢れてしまう。


 それが成功してしまえば、レジスタンスは戦争を止めるという大義を、一つ失う。


「……監獄の襲撃を最優先って事でいいんじゃないか?」


「まぁ、やっぱり戦力の増強だよなぁ……」


 エドガーの言葉に続く様に、レジスタンスの幹部らしき人物達から賛同の声が上がる。自分も考えてみるが、やはり、何にしても戦力の増強は重要だと思える。少なくとも、数が揃っていないと何もできないのは確かだ。与えられた情報だと、これぐらいしか考えつかない。あまり、こういう事が得意じゃないのも考え物だと思う。


「では約一週間後を目標とし、ハリズベリ監獄への襲撃を計画します。私の方からは以上となります、ありがとうございました」



                  ◆



 キャロライナが会議を終わらせたところで全員が自由となる。作戦会議室を退室しながら、何時の間にか寝てしまったミリアティーナを背中に背負う。ステータスは物騒という言葉の範疇に収まらない惨状だったが、それでも心と体は完全に幼児のものなのだ。そりゃあ眠くもなるし、寝ちゃうよなぁ、と会議の内容を思い出して苦笑する。軽く背中に背負うミリアティーナの位置を調整しつつ、寝床に使っているテントまでミリアティーナを運ぼう。そう思って歩き出そうとした所で、


「またですまないが、良いだろうか」


「キャロか」


 声に振り返ればキャロの姿が見える。足を止めながら軽く背中のミリアティーナを見せる。


「こいつを軽くベッドで寝かしたいから歩きながらでいいか?」


「構わない」


 キャロライナは忙しそうだなぁ、と思いつつ横に並んで歩き、地下から脱出する為の出口へと向かう。こうやって自分に接触して来る分にはおそらくだがキャロライナは作戦で、自分にやって欲しい役割があるのだろうと思う。レジスタンスに協力している以上、それを断る意味はない。


「次の作戦ではハリズベリ監獄へと襲撃する事になるだろうが、その場合先陣を切るのは私と卿になるだろう。王国王女にも本音で言えば此方と共に戦ってもらいたい所だが、救出チームに何人か実力者を紛れさせておきたい―――つまり対特級戦闘を我々二人で行う必要がある。私の予測ではほぼ確実に十三将が一人出現して来るだろうから、それに対する打ち合わせや連携訓練をしておきたい」


「成程な、戦力として数えられている様で」


 自分がステータスやスキルと比較すると突出した戦闘能力を持っているのは理解している。”聖剣使いさん”であるトモは聖国では最強のプレイヤーとして君臨していたらしい。少なくとも一対一の勝負で、敗北した経験はなかったそうだ。それに対して自分はスキルではなく、経験から戦闘力で圧倒した。未だにカルマ=ヴァインから引き出せたのは約”四十年分”の経験と技術だ。だがそれは自分が今まで生きてきた時間のほぼ倍の時間であり、何人もの使い手の記憶がこの魔剣の中に眠っていると考えると、まだまだ引き出せていないのは確かだ。


 それを侵食されずに引き出そうとなると、業に目覚めなくてはならなくなる。そうすると待っているのは廃人だ。利用しようとすればするほど自分から離れ、自滅して行く魔剣。こんなもの―――なんて思ったりもするが、それでも使用しなくては勝機の見えない相手がいるのも確かだ。それに、殺害禁止、と言っていられるような状況ではない。闘技場はまだルールがあった。だが戦争、或いはテロリズムとなるとルールは存在しなくなる。相手を殺さないと、此方が殺される。


 ままならないものだ。


『だから皆戦争が嫌いなのよ。育つのは人の殺し方ばかりだから』


 カルマの悲しむ様な声に黙り、何かを返す事もできず、そのまま拠点から出てテントまで移動する。そこで用意された毛布を重ねた様なベッドの上にミリアティーナを下ろし、テントの外で待っているキャロライナに合流する。腕を組んで待っていた彼女は眼を閉じており、此方が近づくと目を開ける。


「聞いてもいいか?」


「魔剣の守護者にされていた子だよ。元々は大人だったんだけど呪いかなんかで今の姿にね。まぁ、魔剣を抜いたのは俺だし、解放しちまったら面倒を見るのがスジってもんだからな。それよりも次の作戦の為に話し合いたいんだろ? そっちの話をしよう」


「ふむ、了承した。ではそちらの話を始めよう。まず最初に言うが、私と卿が単体で十三将の一人と戦う様な事があれば、それは死へと直結する。まず間違いなく殺されるだろう。故に一番重要な事として、決して一人で十三将と戦う事はするな、と言っておく。実力に関しては話を聞いているし、コロセロスの闘技大会でも目撃させてもらった。我々が組めば十三位から十位辺りまでは喰えるだろうと思っている」


「把握した。つまり気を付けろ、と」


「そうだ。現場の指揮は別物に預けるとして、我々の役割はおそらく陽動になる。救出は他の者に任せるとして、我々の役割は徹底的に戦闘を行う事だ。……敵を殺害する事に対して何か、意見や思う事はあるか?」


「―――いや、ない」


「そうか、ならいいんだ。邪魔したな。最後に私のステータスを見せておく。改めて卿との訓練の為に時間が欲しいから、空き時間を作っておいてくれ」


 そう言ってキャロライナはステを表示させ、ホロウィンドウを置いて歩き去って行く。その背中姿が消えて行くのを眺めながら、視線を手元へと向ける。


名前:キャロライナ

 ステータス

  筋力:81

  体力:81

  敏捷:88

  器用:82

  魔力:91

  幸運:84

  【オーバーヒート:82】【紅蓮の寵愛:80】【四重詠唱:88】【魔法掌握:78】

  【阿鼻無間:85】【逆境欣悦:76】【強者の誇り:51】【縮地・仙:89】

  【天賦の才:81】【炯眼:91】【魔力の源泉:78】【ルーンマスター:88】【愛:90】

  【焔の使徒:75】【精人:78】


「……キャロ、純人種じゃなかったのか」


 ステータスの数値に関しては最近見たショッキングなロリの為に、そこまで驚きはなかった。というか我が家のロリよりも強い。しかし【精人】、つまりは人の形をし、人と似た様な肉体を得ている精霊、それがキャロライナの正体となっている。純人種に姿が非常に似ている種族ではあるが、純人種と違って些か筋力が低く、体力も付きにくい。その代わりに自然に存在する属性に対する親和性が非常に高く、魔法を極めるなら精人を選ぶのは悪くない、と初期選択の種族で魔法系のトップスリーに入っている。その姿は完全に人間と一緒の為、判別は付きにくいが、こうやってステータスを確認すると一発で解るものだ。


 しかし、


「……連携、ねぇ……」


 頭を軽く掻きながらキャロライナに言われたことをどうするか考える。


「と言っても結局貴方が出来る事なんて訓練だけよ、訓練」


「久しぶりに出てきたな」


 キャロライナのステータスを暗記しつつ、視線を目の前に出現した、正坐の姿勢でうかんでいるカルマへと向ける。最近は姿を見せる事無く、ずっと魔剣の中から声をかけてくる状態だったが、今日に限ってはそれに甘んじる事はなく、姿を見せている。いきなり姿を見せた怨霊の姿に軽く周りが驚いたり、視線を向けてきているが、それを無視して、視線をカルマへと向ける。


「まぁねぇ、お姉さんも必要のない時は極力出てこない様にしているしね。魔剣の侵食を抑えるお仕事があるわけだし」


「……え」


「別に気にする事ないわよ? 握っている人はみんな被害者で、一番最初に始めてしまったお姉さんが加害者なんだから。それよりもフォウルくん、ちょっとイライラし過ぎよ? イライラというか、カリカリというか……ちょっと殺伐し過ぎて心の中から余裕がなくなってるわ。たぶん言われなくても自覚していると思うけど、余裕がなくなればなくなる程、魔剣は汚染しに来るからね?」


 そう言うとカルマはさっさと姿を消して、魔剣の中へと戻ってしまう。語り掛ける事は出来るだろうが、おそらく話しかけても返事をしてくれる事はないだろう。参ったなぁ、と呟きながら溜息を吐く。同時にどうしろってんだ、とも思う。そこまで器用な男でもないんだ。イライラ、カリカリしていると言われても、若干どうしようもない。


 まぁ、理由は解っている。


 自分の中に存在する二つの価値観が問題なのだ。


 一つ目は自分の価値観だ。これは所詮ゲーム、俺達はプレイヤー。死んでも別に痛くはない。どうにかなる。だから本気を出さなくても特に問題はない。ゲームなんかに本気になってどうするんだ? そういう考えが存在するのだ。ニグレドが殺された―――まぁ、運が悪かった。どんまい、次は絶対に勝とう。スキルトレーニングを繰り返してあいつよりも強くなって見返そう。そういう考えがある。


 だが同時に、


 二つ目―――魔剣の継承者たちの価値観。ふざけるな。良くも奪ってくれたな。仲間の命を殺してくれた貴様は絶対に許さない。殺してやる、貴様だけは絶対に殺してやる。命は戻ってこない、死は絶対。故にそれを踏み潰す貴様らは許さない。何が何でも絶対に殺してやる。待っていろ、確実に貴様は殺してやる準備を整えて殺してやるから。


 と、全く別々、バラバラの価値観が競い合う様に自分の中で戦っている。正直に言えば”四十年の重み”自分が本来保有している価値観なんてものよりも遥かに重い。それが自分の価値観を完全に侵食しないのは、おそらくはセーフティ機能として働いている【業の目覚め】が発動しているのと、そして同時に、おそらくはカルマが抑えに入ってくれているからだ。だから今は純粋に経験のみをフィルタリングして引き出せているのかもしれない。


 それでも、考え方が残っている事に違いはない。上書きされていないだけで、この思いはまた”俺のものでもある”という自負が存在するのだ。故に、気持ちを若干もてあます様にしてしまう。今朝、トモと模擬戦をしたのだって、本当は必要なかったけど、イライラしている事を無意識的に知っていて、それを発散する為だったかもしれない。そう思うと結構八つ当たり気味の行動だったかもしれない。


 反省しなきゃいけないとは思いつつも、もてあます気持ちはどうしようもない。どこかでどうやってか発散できない物か。


 そんな事を思っていると、ケツに衝撃が走る。


「あーるー日ー! アジトでー! タイキックゥー!」


「オメェ歌を混ぜすぎて原曲が何かわからないってかアレンジまでしてるんじゃねぇかよぉ!」


「グッドツッコミ」


 振り返れば酒瓶を片手に握るダイゴの姿がある。最近では髪がちょちょいと伸びてきたのか、首の後ろで紙紐で束ねて、尻尾の様に伸ばしている。顔つきも大分大人らしく、顔についている傷跡を含めると、かなり凶悪な表情を浮かべられるようになってきている。とはいえ、少し変わって来てもまだまだ見慣れた親友の表情だ。その様子を見ると安心する。


「よぉ! 終わった? 会議終わった!? はっはっはっは!」


「めっちゃ上機嫌だな、つか朝から以前に昨日ここに到着してしばらくして、そっからお前の事を見なくなったような気がするんだけど」


「ふっ―――娼婦の姉ちゃんと良い事してた。おかげですっからかんだぜ!! 両方の意味でな!!」


 迷う事ダイゴの顔面に拳を叩き込み、そこからレバーブローを叩き込む。そこから昇竜を叩き込んで体を浮かべてから、蹴り、殴り、そして掌底と流れる様に叩き込んでダイゴを地面に落とさない様に地上コンボを叩き込み、そのまま強くダイゴを殴り飛ばし、空中へと浮かび上がったところで、


「来い! スルーズ!」


 魔法陣を突き破って出現したスルーズが素早くダイゴの着弾地点を見極め、そこへ無駄に雷速で回り込み、そして両手でまた持ち出したのであろう、ミョルニルをバットの様に構える。


「アタシが言うべきじゃないかもしれないけど、空気読め―――トール家秘伝ミョルニルケツバットォ!!」


 着弾地点でフルスイングされた、おそらくは極限まで手加減されたフルスイングは見事ダイゴのケツにヒットし、そのままレジスタンスの拠点の外にまでその姿を吹き飛ばす。


「たーまーやー! さて、お仕事終わったし帰る前にお土産探すか」


 スルーズがそうやって一人歩きし始める姿を軽く眺めてから、歩いて拠点の外へと移動し、そして草原に頭から倒れ伏している馬鹿の姿を見つける。蹴り転がして仰向けにし、


「お財布すっからかん?」


「すっからカァン……!」


「なんで無駄に誇らしそうな顔をしているんだよこの馬鹿。しかも妙に発音良いな」


「そらぁ、お前。俺は責任感とか使命とかそういうのを一切捨て去ってやりたい事をやっているだけだかんな! 良い空気吸ってるに決まってんだろ!」


「えばるな」


 ふっとばされて地面に転がっているというのに楽しそうに笑っている馬鹿の姿を見ていると、イライラとかが本当に小さなことに思えて、馬鹿馬鹿しくなってくる。小さく笑いだすと、それに便乗する様にダイゴが笑いだし、そして立ち上がりながら肩を組んでくる。


「うっし、解った。お前が俺を超羨ましがっているのは解った。だからお前にもちゃーんと娼婦を紹介してやっから。俺なんか昨夜ずっと探して走り回ってたんだからな、少しは俺の労力に感謝しろよ」


「お前ほんと馬鹿だろ」


「馬鹿でいいだろー?」


 肩を組んでそう笑っているのを見ると、思う。


「あぁ、そうだな。羨ましいわ」


 そうやって馬鹿と組みながら、レジスタンスの拠点へと向かって歩みを進める。娼婦はともあれ、最近は娯楽に興じる事が一切なかった。戦って戦って、そしてまた戦うばかりだった。となると、少しの息抜きをれる必要はあるのかもしれない。


 そんな事を思いつつ、レジスタンスでの生活を始める。

 この後娼婦を利用したかって? そりゃあ想像に任せる。ただこういう環境でストレスを吐きだす為の娯楽やらなにやらって重要だよね、ってお話。団結力、気合、根性や信念だけで物事が回るなら世界はどんなに楽なのだろうか。


 というわけでレジスタンスの筆頭戦力のステータス公開。これでもカリウスには勝てません(半ギレ


 国の守護者とはやはり、クレイジーなのです

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