三十六匹目
「知っているか、カリウス。人は私の事を戦闘狂の様に言うのだ。全く酷いものだとは思わないか」
一人の男が玉座に座っている。薄暗い空間には最低限の装飾と、そして明かりがある。玉座の肘掛けに頬杖をつく男の姿は、これもまた飾り気のない服装に身を包んでいた。ただ、質素な服装を身に着けていようと、それを身に纏っている男の雰囲気や気配、滲み出るオーラとも言えるべきものは一切消す事が出来ない。意識して抑えようとしていて、他者を圧迫する程度の気配が垂れ流される。それはもはや男の性だった。
男は人の形をした怪物だった。それは誰にも否定できない。
「カリウスよ」
そう言って、男は玉座の前で傅く鎧の男へと言葉をかける。返答はない。求めてはいない。男はただ語りたいだけなのだ。そもそも男とまともに会話ができる生き物がこの世にはほとんど存在しない。そういうのは人の領域から踏み出た者ばかりであり、それこそ男が話し合いたい相手ではない。男は理解している。自分と話し合える、意見を交わせる相手はここにはいないと。だから妥協し、一方的に語る事で満足しているのだ。
「私は争いを好まないのだよ」
そう言った。
「闘争という手段を私は否定しない。えぇ、せんとも。実際、闘争は人の心を確かめるのに使えるし、政治としても、我が国の理念としても使用できるものだ。だがな、私は可能であれば人は人として傷つかないでいて欲しいと願うのだ。私は純粋に人が人を傷つけなければならぬ、その状況が悲しく、心苦しいのだよ。だがそうしなくては見えないものがあるのもまた真理。なぁ、カリウスよ、人の業とはまた複雑怪奇なものだな」
自重する様に呟き、男は虚空を眺める―――まるでその先にある何かを見据えるかのように。
「ただ、闘争の時、人が見せるその輝きは美しい。それだけは事実なのだ。全力を、死力を持って挑む決戦に、そこには一切の虚偽は存在しない。隠そうとする事は全て刃によって、闘争心によって抉り出されてしまう。故にそこにあるのは真のみ。あぁ、嫌ってはいても認めるしかないのだ。美しいと」
言葉を飾る必要はない―――それが美しさを称えるのだから。
◆
「さて、俺達以外の試合に関してだが、結構情報が出てきてるぞ。映像もついでに」
控室、ベンチに座りつつダイゴがそう言ってWIKIとスレをホロウィンドウで広げている。勿論それをリーザが認識する事は出来ない。だから今、自分達が何を見て、何を確認しているのかを、彼女は理解できないし、認識できない。そういうシステム的な壁が存在する。寂しく思うが、それでもWIKIやスレの存在は非常に便利だ。利用しない手はない。ニグレドと共にダイゴを挟み込む様にホロウィンドウを、WIKIとスレを眺めて情報収集を行う。
何気にWIKIやスレでの情報収集に関しては、ダイゴが一番精力的に活動していたりする。まぁ、何だかんだでWIKIやスレを見ているのが楽しいから気持ちは解るのだが。
「お、聖国の勇者さんが二回戦突破して現在三回戦中らしいな。あとは聖国でのSランクや、王国でも上位に入る冒険者とかが勝ち抜いているっぽいな。基本的に落ちているのは順当にランクが低かったり、勝ち残れないって評価されてた連中―――お、うちら結構人気だぜ。何だかんだで二つ名まで付き始めてるし」
「あぁ、魔剣召喚師さんとか―――」
「―――”魔王”だってよ」
「まぁ、大体予想してた」
恐ろしいと言える程の強さの召喚獣で集団戦なら蹂躙、接近戦では魔剣を使って斬り込み、魔術とかも普通に使うし、全方位的に隙が無い。その上で圧殺して来るのだから、まぁ、客観的に見て”魔王”とか呼ばれても仕方がないと思う。ただ、こう、
「もうちょっとネーミングセンスどうにかならねぇの? 個人的には魔剣召喚師って響きが気に入ってたんだけど。こう、魔王って所詮はヤラレ役じゃねぇか。勇者を盛り上げる為の舞台装置だろ? だったらこう、もっとオンリーワンな名前が欲しいぜ。ありきたりのじゃなくて、こう、もっと、厨二的なネーミングを切望する。ただし臭いのじゃなくてスッキリするのをな」
「その要望をスレにあげておいた」
「貴様ぁ!!」
ダイゴの襟首を掴んでガクガクと揺らすが、ダイゴは笑ってそれを受け流す。ホント油断すればすぐこれだ。ダイゴのそれに呆れながらも、軽く息を吐く。半分ふざけてはいるが、それでも闘技大会に関する情報集めに関しては一切手を緩めてはいない。やはり、というべきかWIKIやスレには闘技場で今、活躍しているプレイヤーの情報がドンドン上がってくる。全体的に勝ち上がっているプレイヤーは少なく、NPC側が目立つのはやはり、プレイヤーの方がこの世界に触れている時間が短いからだろう。
このゲーム、Endless Sphere Onlineはゲームだと思っていると勝てない。一つの世界だと認識しないと、まともに戦う事さえできない。ボタンを押せば自動でスキルが発動するなんてことはない。意識し、組み合わせ、そして理解する事を通して魔法や技術を使用する事が出来るのだ。そういう世界であるが故に、プレイヤーでの強者というものは軽く”タガ”が外れていると言っても良い。ダイゴは間違いなく軽く狂っている、というよりは天才肌の人間だ。ニグレドもそういうジャンルに突っ込んでいるのも知っている。なぜならこの二人は、
カルマ=ヴァインを握っている自分と肩を並べて戦う事が出来るのだから。
いや、魔剣を握って二人と肩を並べる様になったのは自分だ。
リーザは血筋という部分もあるが、ダイゴとニグレドの戦闘力に関しては、若干嫉妬するところさえあった。そんな二人に漸く並べる様になったのが、今の自分だ。追い放すつもりで前へ、もっと前へと進まないといけない。そんな事を考えつつ闘技大会の情報を調べていると、再び控室にアナウンスが鳴り響く。
『”レッツ☆修羅道”の皆様、第三回戦が開始しますのでどうぞ、闘技場まで移動をお願いします』
「あ、試合の時間ね。次の対戦相手は歯ごたえがあるといいんだけれど」
「そんなこと言ってると足元を掬われるぞ」
「慢心だめ……いくない」
「うーし、派手にやらかすかー! 俺も二つ名欲しーし」
くだらない事に笑いながら控室から出て、そして闘技場へと向かう。もう何度も歩いているだけに、大闘技場の通路とはいえ、見慣れた光景になりつつあった。そして通路からゲートを抜け、大闘技場の土を再び靴を裏に感じても、胸に湧き上がる熱狂を冷静に、コントロールできている。自分に一斉に向けられる視線を感じつつも、真っ直ぐ、前方へと、闘技場の反対側へと視線を向ける。そして視線を向けた先で見えるのは、
大小、大きさは関係なく、全員が何かしらの剣を握っているという集団だった。全員が剣士、そういうスタイルのパーティーだった。これは確実に短期決戦で終わるな、と確信し、息を吐きながらカルマ=ヴァインを大剣の形状へと変形させ、構える。
「四対四、っつーことは一対一で勝負ができそうだな」
「んじゃぶつかって、後は流れで」
「了解」
「任せられた」
スレに情報のあったパーティーだ。全員が剣士であり、アタッカーしか存在しない。支援要員も魔術要員もなし、全員が剣の道を究めようとするブレードオンリーのキチガイ集団。自分達とはまた別ベクトルで頭のおかしい集団。パーティーの内容は確かプレイヤーとNPCが半分で分かれているはずだ。まぁ、それ以上の情報は知らないが、必要もないだろう―――これ以上はなんとなくだが、興が削がれる。そういう気がする。
負けないという気持ちを胸に、全員で横一列に並び、そして武器を構える。魔剣を、刀を、ナイフを、拳を構え、前へと飛び出す準備を完了させる。向こう側に見える相手もそうやって武器を抜き、戦闘態勢へと移行するのが見える。そうやって武器を構え合う中で、確実にこの戦闘は一瞬で終わる、そういう認識があった。別に誘い込んで十絶の陣を使う訳じゃないが、
こういう、近接対近接の勝負は、そもそも長く続かず、一瞬で終わるものだ。長くても数分程度。その程度だ。故にそれを覚悟して正面を睨み、息を吐きながら雑音を排除して行く。闘技場で戦う経験―――それは既にあるのだ。経験した事のある事、ない事、それを組み合わせて今を既知へと変換して行く。そうやって、流動する現在に対して対処するのだ。
雑音を掻き消し、集中力が支配する世界の中で、待っていた言葉が聞こえる。
『―――試合開始―――』
その言葉と共に大地を蹴り砕いて前へと体を飛ばす。それにリーザとニグレドが並走する。唯一敏捷力で劣るダイゴが置いて行かれるような形になり、
闘技場の中央で、中空で飛びかかる様な姿勢で、剣をぶつけ合う。
両手で握り、振るう大剣のカルマ=ヴァインに対して、目の前の相手もまた、大剣を握る男だった。顔に走る傷痕が特徴的な緑髪の男。若干ウェスタンスタイルとも言える様な、西部劇風の服装の男は大剣と大剣がぶつかり合う衝撃の中で笑みを浮かべ、
「魔剣の実力を俺にも見せてくれよ!」
「お望みとあらばぁ! というわけでこいつの相手は貰うぜ!」
互いに切り払う様に体を弾き飛ばす。着地と同時に大剣を振るいながら相手の背後へと回り込む。それに合わせる様に放たれた後ろ回し蹴りを軽く飛び越える様に回避し、そのまま大剣の斬撃を首へと目掛けて叩き込む。
「おっとぉ!」
体全体が倒れる様に捻られることによって回避される。空を切る大剣に合わせて重心をズラし、体の向かう先を大きく動かす事によって待ち構えられた斬撃を回避し、着地しつつ背中を見せ、
背中を見せた状態で斬りかかる。
状態としては相手へ背中を向けた状態。そのままバックステップを取る様な体勢で真っ直ぐ踏み込み、バックハンドで刃を振るう。迫る刃に対して回避する事よりも、相手は迎撃を選ぶ。セオリーとして、力の入ってない剣は弾かれる。バックハンドでの斬撃は力が全く入らない。故に弾ける。そう判断したのだろうが、
甘い。
刃ごと己を透過させて、迎撃の刃を通り抜ける。そのまま、バックステップで相手の背後へと抜けて行き、完全に相手が此方へと背後を見せる形へと持って行き、刃を首筋に当て、そのまま動きを停止する。完全なチェックメイト状態だった。意図を察した相手が大剣を大地へと突き刺し、そして両手を上げる事で敗北を認める。
「うへぇ、負けた負けた。透過するって話はギリギリ仕入れて警戒してたけど成程、背中を見せる所からが誘いって訳か。その若さでやるねぇ」
「まぁ、数千ぐらいの研鑽が詰まっているからね」
そう簡単に負けてやるわけにはいかないのだ。自分の為に、仲間の為に、そしてカルマ=ヴァインを握って戦った過去の所持者たちの為にも。それを理解できる人間はいない。研鑽の事も冗談かと思われ、笑われてしまう。でもそれでいい、魔剣なんてものは笑い飛ばすぐらいがちょうどよいのだ。そう思って刃を下ろし、仲間の方へと視線を向ける。
一切心配はしていなかったが、次々と勝利して行く仲間の姿がそこには見える。
「あー……個人個人での実力で劣ってたか、悔しいなぁ」
「集団戦なのに集団としての個性を生かさず戦ったらそりゃあ技量が上の方が勝つわ」
「違ぇねぇ。あーあ、奥の手や切り札を使う時間さえもなかったなぁ。不完全燃焼だし、適当に街の外で狩りでもすっかぁ……お疲れさん、負けるなよ」
「おう」
相手と握手を交わしあい、友好を深める。刃を交え、戦った相手だ。戦闘時間だった一分以内で終わった。それでも、刃を交える事でお互いを理解する事が出来る。たとえばどれだけ努力したのかとか、どれだけ本気なのかとか。それが、伝わってくるのだ。フィクションだとか、そんな風に笑う人がいるかもしれないが、こうやってぶつけ合って初めて理解できる事もある。
それを、忘れてはいけない様な気がする。
◆
不満があると言ってしまえばある。それは自分達程度の実力でここまで勝ち残れてしまう程、世界のレベルは低いのか。自惚れても慢心している訳でもない。だけど、それで苦戦らしい苦戦をしないまま、四回戦が近づく。
もしかして決勝へと勝ち進めるのではないか? そんな事を考えつつも闘技場へと試合があると呼び出され、通路とゲートを抜ける。
そうやってゲートを抜けた直後、それが甘い考えであったと即座に理解する。
◆
再び闘技場の大地の上に立つと、熱狂が波の様に襲い掛かってくる。それは開始当時よりも更に加速する様に広がっており、前、これが限界だと思っていたものよりも遥かに強い。そんな熱狂に晒されながらも、前方へと視線を向ければ、立っている二つの姿が見える。片方はフルアーマーに騎士盾と騎士剣を装備した、騎士風の存在だった。ただその鎧には装飾が一切なく、その上で所属する国や家紋の一切が存在していない。正式な騎士ではなく、おそらくは冒険者だと判断する。それなりの威圧感を感じるが、単体としてはそこまで恐怖はない。
それよりも、問題はもう片方だった。
中華風の踊り子衣装に身を包むのはショートカット、茶髪の少女の姿をした女だ。ただ、彼女は決して少女ではない。そういう姿に見えるだけで、本当の年齢は自分よりも上だというのは良く理解している。彼女個人の問題として、小さい少女に見えるだけだ―――そしてそれを彼女は利用している。そう、彼女の事は知っている―――なにせ、王国の王都に滞在している間、何度も会う機会があったのだから。
王国騎士団第三騎士団副団長ロン・シャオメイ。それが彼女だ。年がら年中歌って踊れればそれで人生は良いと、豪語している彼女だが、滅多な事では訓練とかに出てくる事はない。そういう事に関しては団長の方が適性がある為らしいが、
確かに、踊り子に訓練を任せたりはしないよなぁ、と思う。
闘技場に出て、ロンの姿を確かめ、呆然と立ち尽くすのは自分と、ニグレドと、そしてリーザだ。ダイゴだけはロンから漂う強者の気配に警戒しているが、俺達三人に関しては彼女の実力を知っているから、戦意の前に軽い未来予測と、そして呆れが出てくる。王国と帝国が戦争をする前のこの状況で、
「なんで副団長がいるの……」
「やっほー! 若きルーキー達に姫ー! いやぁ、帝国の内情探るついでに楽しそうだから参加しちゃったよ! にゃはははは!」
「国に帰れよ」
「姫酷い! 折角壁を雇うぐらいガチで来てるのに!」
「お帰りは後ろからどうぞ」
リーザと揃って帰れコールを繰り出すが、ロンは帰るどころか楽しそうにくるくると踊っている。あ、これ駄目な奴だわ、と理解する。王国騎士団に所属している間に、業務上必要だからと、一部の要職の者の能力を把握している。そうやって把握させられた人物の一人が彼女だ。歌と踊りのバフに砲撃魔術の後衛―――だけなんて事はありえない。彼女の師はあのヤクキメ龍仙人だ。勿論バリバリで近接戦をこなすし、接近した方が遥かに強い。
「……接近戦で格闘を織り交ぜた無詠唱砲撃魔法の魔導体術スタイルだっけ」
「加えて言えば放置すると勝手に踊って強化されて行くわよ。勿論周りの味方を含めてね」
「……お前らの知り合い?」
「元上司」
「察した」
それにあのタンクが増えるのか。かなり面倒な組み合わせになると思う。それに個人的な評価だが、ロンは単体であの大人ミリアティーナ級の実力を持っていると思う。つまり一瞬の油断や慢心が死へと直結する、そういうレベルの相手だ。ロンを見ればやる気満々なのは見えている。どこまで喰らいつけるかは―――此方次第といった所だろう。右手に長剣姿の魔剣を握り、軽く息を吐きつつ力を体内で練る。
「……誰が行く?」
「私が一番良く理解しているから私が行くわ。一対一なら知らない相手じゃないし、ある程度抑え込めるわ」
「じゃあその間に壁を落として合流、全員でかかれば……イケるか?」
「解らない。でもやる」
そう、解らなくてもやる。そういうものなのだ。
故に戦闘へと向けて完全に意識を切り替えたところで、察したように相手側が、ロンと騎士風の男が戦闘態勢に入る。ロンを守る様にカバーリングの体勢に入る相手に対し、此方は全員が疾走する体勢に入る。待ち構えるというスタンスに対して、接近する。勿論、この場合、数の有利は、
―――存在しないと考えた方が良い。
『―――試合、開始です―――』
声尾と共に仲間が全員飛び出し、それに合わせる様に自分も飛び出す。速度はやはりダイゴが一人、置いて行かれるような形だ。自分とニグレドが突出し、リーザがその後ろから通る道を作る。その意図でツートップで飛び出し、大地を踏破しながら長剣を鎧のつなぎ目へと一気に突き刺そうとし、
剣で切り払われながら盾でニグレドの動きを阻害される。相手はそうやって妨害しつつも、一切攻撃動作に入らず、再び防御の姿勢に入る。その横を抜けて通るリーザの存在を無視しながら。
元からリーザだけを通し、他は全て妨害するつもりだったのだろう。騎士の向こう側で爆裂する様な砲撃音を耳にしながらも、そう判断し、
即座にこの相手を抜けてリーザに合流する事を決意する。踏み出しながら透過し、騎士を抜けて行こうとした瞬間、盾が殴りかかる様に襲い掛かり、
まともに喰らう。
「―――」
ここまでは完全にその脅威を発揮していた透過が通じない。過信し過ぎていたかもしれないが、それでも無効化されたのはショックだった。それでもショックを感じるよりも早く、体が動いており、ニグレドは飛び越えて行こうとする。
その姿を迎撃する様に閃光が空に舞い、地響きが闘技場を揺らす。閃光がニグレドの残像を捉え、そして本体を無理やり下へと叩きつける。
「またせたな!」
ダイゴが突撃して来る。正面から騎士とぶつかり合い―――弾かれた刀をそのまま吹き飛ばし、素手で騎士を掴み、逆さまに持ち上げ、
「バスタァー!」
大地へと叩きつけた。その隙に横を抜け、リーザに合流する。その姿は既にぼろぼろであり、頬は切れ、血が流れている。一直線に、正面から大剣へと変化させて振り下ろす。それをロンは踊る様なステップで紙一重で回避し、そしてカウンターに拳を叩き込んでくる。ロンの背は低い。その為、拳を掻い潜って回避するという選択肢が消える。故に踏み出し、その拳を足場にしようとし、
「駄目!」
横へ体を全力で投げ飛ばすのと同時に、空間を砲撃が貫いていた。リーザの声のおかげでギリギリ回避に成功した。しかし、体を投げ出した瞬間には追随する様にロンが軽いステップで踏み出し、此方の姿に追いついてくる。完全に体勢の崩れた此方の体に対し、容赦のない拳が迫ってくる。風を砕く様に軽やかながら破壊で満ちた拳、横に転がる様な体勢で、
迎撃する。
片手で大地を叩いて体を起き上がらせる動作に入りつつ、右手で大剣を振るって繰り出される拳を連続で切り払う。本来の自分の技量では不可能な事も、カルマの技術と経験を以ってすれば行える。故に、斬撃を繰り出す事で迎撃とし、体を復帰するまでの時間を、
稼げない。
「が―――」
砲撃がノーアクションノーモーションで放たれてくる。指の先から放たれたその衝撃は即座に体を貫通して来るが、体を自分から飛ばして回転を入れる事で、その衝撃を体外へと逃す。だがそのせいで距離は離れ、そして再びリーザ一人で相対する様な形になってしまった。故に弾き飛ばされながら、手を振るう。
「すまん、一回死ね!」
追撃の手を繰り出そうとするロンの真正面に、大鬼が出現し、その胸が拳によって貫通される。そうやって貫通した腕を掴み、離さない様に固定する姿を背後からリーザが襲い掛かる。普通であれば間違いなくヒットするような状況、
滑り込む様に騎士の剣の切っ先、剣の腹の部分がリーザの拳に当たる。そのままリーザの拳が金属を破壊するが、その刹那に生まれた時間をロンは誰よりも速く動く。横薙ぎに拳を振るって鬼の中から引き抜きつつ、逆の手でリーザの胸に触れて衝撃を叩き込み、同時に蹴りでダイゴの斬撃を迎撃する。
「ほいさ」
「!?」
ロンの足、その履いているものはミュールであり、構造上、足の指が自由に動かせ露出されている。その足の指で刀を掴み、捻り、奪い、
そしてダイゴへと切り返していた。流石のダイゴもその一瞬だけは呆けてしまい、まともに斬撃を喰らい、大地に倒れる。そこで漸く此方も着地する事が出来、前へと踏み出せば、それに合わせる様に騎士が前に出てくる。半ばまで折れた騎士剣と、若干砕けている騎士盾を手に、真っ直ぐ此方へと向かって来るのは、戦力を揃えさせない為だろうか。
「チ」
召喚術を使えば仲間まで巻き込む。そういう範囲の戦闘を行っているのを理解し、大剣で騎士を切り裂く為に刃を振るう。盾で迎撃した騎士はそれで防御だけを行い、押し返す様に動く。完全にフリーになっているのはリーザとニグレドのみだが、その二人だけでは手数しかロンを上回れない。盗み見る二人の戦闘は、リーザが拳と拳を叩き合わせる様にし、ニグレドが随時奇襲を行うという形になっている。しかし経験の差からか、ロンがその奇襲を見抜き、そして同時にリーザの攻撃を常に一手だけ上回りつつ攻撃を叩き込んでいる。
―――まるで勉強の様にも思える。
ただ、それを気にするだけの余裕が此方にはないのも事実だ。意識と魔力のリソースを一部ダイゴの回復へと向けるが、それでもダイゴへのダメージが重かったのか、起き上がる様子はない。その認識を維持しつつ正面、騎士を突破する為に刃を振るう。帰ってくるのは硬質で、そして刃の通らない感触。あらゆる攻撃が弾かれ、そして通されない。もし、攻撃と防御のリソースを合計10という数字で表すなら、目の前の相手は攻撃を一切考えない、防御に10のリソースを費やしている。
その為、脅威はない。
脅威は別の存在を組み合わせる事によって生み出される。例えばフルアタッカーとの組み合わせなど。
そう、相手は足止めさえしてればそれだけでいいのだ。それだけで完全勝利を宣言できる相手がいるのだから。必要なのは人数制限。同時に戦闘し、処理できるだけの人数に制限すれば後は実力の差ですり潰せる。突破する場合一番有用なのは数の暴力、
もしくは圧倒的な力。
そこまで考えたところで、考えを振り払い、刃を振るう。
弧線を描く大剣の軌跡が折れた騎士剣とぶつかり合って火花を散らし、加速する。相手を突破する事を止め、完全に目の前の相手を倒す事だけを考える。ニグレドとリーザなら大丈夫だと、そう信じる。
『それでいいのよ。目の前の事を見る事すらできない人に何かが成せるわけがないのだから』
大剣の動きが加速し、自分の体も加速する。斬撃を加えつつ横へと抜けようとすれば、それに追随する様に回り込んでくる。そうやって斬撃を繰り出し、体を動かし、互いに位置を切り替えながら戦いを十数合と繰り返し、大きく刃を振るい、互いの武器を大きく弾き合う。
「―――」
それに合わせて使っていなかった左手を動かす。それに反応する様に前へと踏み出し、盾が振るわれる。
故に、印を結ぶのを止め、手を盾に叩きつける。
「―――フィンブル」
「しまっ―――」
一瞬でブリザードが発生し、自分を巻き込む様に騎士に襲い掛かり、大地が氷に覆われて行く。素早く逃れる事を判断した騎士は飛びのき、自分も透過を駆使して反対側へと飛び出す。その瞬間、出来上がった氷山を間に挟む様に距離が生まれる。これだけ距離があるのであれば、十分だ。
「天照大神ィィィ!!」
空から閃光が爆撃として降り注ぐ。光の柱が降り注ぎ、騎士と、そしてロンを同時に爆撃する。爆発と閃光が一瞬で二人を包む中で、
氷山が砕け散り、宙を舞う姿が見える。
吹き飛ばされる様に宙を舞っているのはリーザの姿だった。耐え切れなかったか、と判断した直後、
目の前にロンが来た。
「―――ハロー! あっちが終わったから来たわよー! 成長してるー?」
繰り出される拳に必殺が乗っているのを理解し、反射的に切り払い、失策であると理解した次の瞬間、切り払った拳に関係なく、砲撃が体を貫き、一瞬だけ体がスタンする。
そしてその瞬間、拳が胸に当てられる。
そして衝撃が全身を貫いた。血を吐きながら手から刃を落とし、そのまま後ろへ、仰向けに倒れる。ヤバイと認識してから攻撃が完了するまでのラグがほとんど存在しない。もっと、更に侵食された状態なら今の所からカウンターを決められた、と経験が訴えかけている。ただ、これ以上好き勝手侵食させるつもりもない為、
白い小さな旗を作り出し、指の先でそれを振るう。
「こうさんでーす。追撃の震脚の姿勢をやめてくださーい。しにまーす」
「大丈夫よ。手加減はしてるから」
そう言ってブイサインを出すロンの姿はダメージらしいダメージが存在しない。僅かに擦り傷があるが、クリーンヒットした様な傷痕がない。ミリアティーナでさえ攻撃を喰らっていたのに、この女にはほとんどそういう部分がない。やはり動きの質の差だろうか? そう考え、息を吐き、
そして思う。
一回戦から三回戦までの対戦相手は、いましがた自分達が感じているような、そういうあっけなさを感じて負けたのだろうか?
ともあれ、
―――あまりにもあっけなく、俺達の闘技大会が終了したのだけは確かだった。
あっさり敗北。
今までは純粋に運が良く、上位陣に当たらなかっただけでぶつかってしまえばこんなもん。というわけで四回戦進出止まりな感じで。とはいえ闘技大会三日目はイベント盛りだくさん。
副団長クラスで得意分野がステ80超えている感じのイメージ