十七話 再会する休日
思い立ったら吉日。
昨夜考えた事を実行する為にも朝食を取る前に、ガルシアがいる個室へと向かう。もう既にこの時間は書類を相手に格闘しているのはこの一週間で理解している。だから迷う事もなく、ガルシアのいる部屋へと向かい、扉を二回ノックする。中から入室を促してくる声に反応し、扉を開けて部屋の中に入る。部屋の奥、デスクの向こう側で書類を相手に格闘しているガルシアの姿が見える。
「団長、実は―――」
「まぁ、そろそろやめたいんじゃないかなぁ、と言い出すとは思っていた」
「最後まで言わせてくださいよ」
「いや、お前よりも長く生きているし、言いたい事は大体解っている。が、安心しろ。ウチはそういう手段を取る様な卑怯な所じゃないから。別に構わんぞ辞めるのは。俺に引き止める事は出来ないし。多少残念だとは思うがな」
「そっすか……」
イメージ以上にさっぱりとした感じだった。多少問答する様な事を予想していただけに、完全な肩すかしだった。でも、確かに、そういう手段で抱き込みに来るような集団には見えない、この騎士団は。となると少し、自分の事が恥ずかしくなってくる。居た堪れなさに軽く頭の後ろを描くと、ガルシアが苦笑して来る。
「ただ騎士団を抜けるにしても、あと一週間は待ってほしい。一ヶ月あれば完璧だったのだがね、流石にそこまで拘束はしたくはないし。一週間あれば完全に土台だけを体に叩き込んでおける。そうすれば後は鍛錬法を覚えれば、ここから離れても続けていられるだろう。だからあと一週間だけ残ってはくれないか?」
「うぐっ……」
元々王都アルディアには、そしてこの騎士団には鍛える為に来ているのだ。そしてその為の方法を完全に体に叩き込めるのが一週間後と言われると、ちょっと心が揺らぐ。というかかなりグラつく。ただ今すぐやめたい訳でもないのだ。基本、基礎練習の方法が体に身に付くなら、形が出来上がるというのなら、頼みたい所だ。
腕を組み、少しだけ悩んでから顔を持ち上げる。ニグレドがどうしているかはわからないが、別に彼女の保護者でもないのだから、そこまで心配する必要や、意思を聞く必要はないだろう。
「……では、あと一週間よろしくお願いします!」
「此方こそよろしくな。さて、あと一週間に詰めるとなると今まで以上に厳しくする必要があるな。……そう絶望した様な表情を浮かべるな、ここしばらく休んでいなかったな? 昨日も初任務で疲れているだろうし、半日ばかり程休みを取っていいぞ。どうせ鍛錬しかさせないしな。どれ、どうせなら連れも誘うといいさ。彼女の方も色々と疲れている頃だろう」
「ありがとうございます!」
そう言って反射的に敬礼を取ってしまう当たり、この短い時間で騎士団根性が妙に染みついてしまったと思う。反射的にそう行動を取ってしまい、苦笑する自分に合わせる様にガルシアも小さく笑いだす。ここへと流れ込んでくるのは妙な経緯だったが、意外と、こうやって騎士団で働いているのは悪くはない日々だった。まぁ、それはもう少しだけ続くのだが。
「では失礼します」
「あぁ。半日だけだぞ?」
「解ってますって」
からかわれる様に退室しながら、騎士団の制服から自分の冒険者用普段着へと着替える為に、一旦自分の部屋へと戻る。
◆
「ニグレドちゃんお久しぶり―――」
久しぶりに見るニグレドは何時も通りの服装に何時も通りの表情に見えるが、
「……」
瞬間移動のような速度でやって来たニグレドが腰回りに抱き着いて、胸に顔をうずめる。そのまま無言でそうしている姿に、一体彼女に何があったのか、と戦々恐々する。いや、聞く必要なんてないのだ。おそらく彼女は自分と同じような目にあっているに違いない。地獄と表現するのも生温い数々の鍛錬、それを叩きつける様に経験しているに違いない。そう考えると、こうやって再びニグレドと会えることがなんだか奇跡のように思えてきた。
「ケーキ食べたい」
「その為に媚び売ってるだけかよォ!!」
喜んで損した。
溜息を吐きながらニグレドを剥がすと、そのまま上層のロープウェイに乗り、中層へと降りる。そして向かう先は勿論、リーザに案内されて行ったことのある例のカフェ。別に抱き着かれたニグレドの柔らかい感触に負けたわけではない。決して負けたわけではない。決してあ、良い匂いしたなぁ、とか思ったわけではない。ついでに言えばロリコンではなくどちらかというと大艦巨砲主義だ。男なら誰だってそうだ。そうじゃないのは一部の変態だ。とりあえず、欲望に屈した訳ではなく、騎士団の方から一週間分の給金も貰ったので、それで労おうという事で来たのだ。
他意はない。
とりあえず前回と同じものをニグレドは頼みつつ、此方はケーキとかには特に興味がないので、紅茶を頼む。一週間ぶりに与えられた完全な休息に、心が急激に安らいで行く気がする。これがきっと飴と鞭というやつであるに違いない。給料を出したのだってきっと、こうやって心をより効率的に安らがせて、騎士団へと戻ってくる陰謀に違いない。そんなくだらない事を考えつつ運ばれてきた紅茶に口をつけ、飲んだところで一息つく。
「ホント久しぶりに感じるよ、この瞬間が。ほんの一週間前まではここで赤髪おっぱいと一緒にケーキ食ってたのに、何故か今では毎日死にそうなほど訓練しているしな。いや、確かに鍛錬を頼んだのは俺なんだよ。だけどまさかここまで酷い事になるとは一切思ってなかったんだ……なんだよ、フル装備で一日中マラソンとか……」
「フォウルも……やったんだ」
その言い方となると、どうやらニグレドもやっていたらしい。その成果が気になる所だが、どう聞き出そうかと考えていると、ニグレドがん、と一言言葉を零しながらホロウィンドウを出現させる。そこに表示されているのは間違いなく、ニグレドのステータスだ。それを差し出してくるニグレドの姿を見て、いいのかと視線で訴える。が、ニグレドは特に気にした様子もなさそうだ。というわけで自分のステータス画面を開き、それをニグレドに交換する様に差し出しながら確認する。
名前:ニグレド
ステータス
筋力:46
体力:40
敏捷:51
器用:45
魔力:24
幸運:31
装備スキル
【暗殺:48】【罠:26】【解体:47】【見切り:43】【識別:35】
【隠密:45】【短剣:48】【格闘:41】【身体強化:48】【投げ:40】
【投擲:40】【鑑定:29】【索敵:39】【バックスタッブ:44】【影走り:42】
このロリ強い。純人種であるため、ニグレドの装着可能スキルはこっちと同じで最大15個までだ。そこいっぱいに暗殺、隠密、索敵系のスキルがガン積みされている。暗殺をしようとすれば大半の攻撃スキルが、隠れようとすればそれ系が全て、そして索敵を行えば連動する様に他のも、という風の構成になっている。自分のスキル構成と比べると、ニグレドのスキル構成は遥かに回しやすくできており、スキルトレーニングも自分ほど苦労する事はないだろうと思う。しかし、敏捷に至っては既に50を突破している。スキルの平均も40前後となっていて、実に嫉妬できる数値になっている。
この合法暗殺ロリ、間違いなく自分よりも強いんじゃないだろうか。
少なくとも一対一で戦ったら即死するイメージしかない。スキルの構成に殺意が高すぎる。ニグレドの戦闘を見ていれば解るが、目の前に立っていたとしても残像と何時の間に入れ替わってたり、知らないうちに背後を取られていたり、攻撃を回避したと思ったら狩られていたり、頭がおかしいと評価するしかない動きをこなしてくるのだ。まだまだ、技量の足らない己ではどうしようもない相手だ。そのうち、男の矜持として勝てる様になりたいとは思っているが。
「ニグレドちゃんも頑張ったんだなぁ……」
「勝った」
「ぐぬぬ……」
ニグレドの完全に勝ち誇ったような表情には敗北を認めるしかなかった。そう、間違いなく今、自分の先を行っているのはニグレドなのだ。だが、あと一週間、彼女に追いつくチャンスが存在する。今日の午後から一週間の間、全力で訓練に打ち込み、レベルも上げる。【錬金術】がやや遅れているが、カルタスによって【精霊術】と組み合わせる事が出来るという発見がある。このおかげで態々生産活動をしなくても【錬金術】のレベリングができる事が判明している。おかげで自分の前の世界がもう少しだけ、開けた気がする。
その代わりに訓練内容が増えたりもするが。騎士団はホント容赦がないのがアレだ。
「ま、まぁいいもんね。そのうち俺がもっと強くなってレギンレイヴぶっぱで勝つもんね」
「それ……実力関係ない……」
そう言えば最近レギンレイヴを全く召喚していない事を思い出す。この前召喚した時、召喚される事で他のヴァルキリーたちに嫉妬されているとか自慢していたが、召喚されると格差でも生まれるのだろうか。若干話していて面白いので、今度無意味にレギンレイヴを召喚するのも悪くはないのかもしれない。【召喚術】のレベルも上昇していて、おそらく召喚時間や性能だって上昇しているに違いない。まぁ、同じ騎士団に向けると死者が出るので絶対にやらないが。
「お代わり」
「太るので駄目です」
「いっぱい動いている」
「食堂でどうせお代わりしてるだろ」
「……」
やはり図星か、ニグレドのリアクションを見て思う。何だかんだでこの合法暗殺ロリは食欲が旺盛なのだ。だから見ておかないと食べ過ぎてしまう時がある―――と、完全にこれは娘かペットを見る視線だ。少々気を付けなくては。ともあれ、
ケーキと紅茶を堪能した所で、まだまだ休み時間に余裕はある。折角中層にいるが、基本的に店舗は下層へ行った方が多い。ニグレドと相談して、軽く下層の方でショッピングでもするか、と決めると再び移動を開始する。ロープウェイ乗り場から騎乗し、そのまま下へと降りて行き、下層に到着する。何時も通り人の活気で溢れている下層は、来て見ているだけでもかなり楽しい場所になっている。
そんな下層の街並みをニグレドと並んで歩く。気分的には軽いデートの様なものだ。
「しっかし騎士団にお世話になってるのはいいけど、内容が本格的すぎてビビったわ。最初はずっとマラソン、今ではずっと基本練習。だけどこれをずっと、しかも毎日みんながこなしているって言うから驚きだわ。とてもじゃないけど俺に数年間、このペースを続けるってのは無理臭いわ」
「ちょっと辛い」
ニグレドも同意見だったらしい。ただ間違いなく、強くなっているのが事実だから困りものだ。あまりに居やすい環境だと長く残ってしまうので、それはそれで困りものなのだが。どうしたもんか、と軽く悩んでいると、
肩に感触を感じる。
その感触に、反射的に体が動く。肩に付いた手を掴み、それを捻りあげながら前の地面へと叩きつけようとする。が、投げようとした姿は空中で体を逆方向へ捻り、見事に目の前で着地する。反射的にやってしまった事にあっ、と声を零す。いらない所で日々の成果が発揮されている瞬間だった。とりあえず、謝らないと思い、口を開こうとすると、
「おいおい、いきなりひでぇじゃねぇか。折角会いに来たのによ」
そう言って振り返るのは赤い着流しの男だった。腰に刀、手足は和風の防具に包まれているが、その顔はまさしく見覚えのある人物のそれだった。直後、誰であるのかを理解し、軽く笑いだしながら手を上げ、ハイタッチを決める。
「お前、ダイゴかぁ!」
「ははは! 王都にいるって話はリアルで聞いてたけどよ、まさかこんなところで会うとはなぁ! 見ろよこの姿、ちとティニアで長居するハメになっちまったが、おかげで恰好は完全に、こう、浪人って感じになってるだろ? 割と品質にも拘ったし、早くお前に自慢支度して仕方がなかったんだよ!!」
「自慢かよこんちくしょう! 似合ってるよばぁか!」
笑いながら軽く小突き、意外な再開に喜ぶ。徹底して侍プレイを貫きとおしたいと考えていたダイゴだ、こうやって欲しかった装備を揃えられたことに相当喜びがあるのだろう。しかし、軽い疑問がある。先程反射的にダイゴを投げてしまったが、それに見事に対応してしまったダイゴ。少しだけ、自信を無くしてしまうのだが、
「お前どうやって投げに反応した訳?」
「侍って死に狂うもんだろ?」
どうやら友人はバグ枠だったらしい。現代社会で発揮されなくて良かった。というか精神性までなりきりでどうにかなるのか。なりきり勢のガチっぷりが恐ろしい。そんな事を考えていると、ダイゴがニグレドへと視線を向ける。それに合わせて視線をニグレドへと向けると、ニグレドは我関せず、といった風に両手でクレープを握って食べていた。いや、ちょっとまて、何時の間にそれを買って来た。
「お、なんだ、お前可愛い子連れてるんじゃないかよ。草食王子の分際でやるじゃんねーか! まさかロリ趣味だとは思わなかったけどな。お前の部屋にあるAVって大体―――」
「うるせぇよ! 必要以上の情報出すなよ! ここぞとばかりに評判落とそうとするなよ!! 周り歩いている冒険者の方々が興味津々の視線を向けてきてるだろうが! 俺にどうしろってんだよ!」
「紹介して。後仲良くなりたい」
「ニグレド。宜しく」
「ニグレドちゃん! お腹空いてない? 喉乾いてない? 欲しいアクセサリとかない? そこの草食系ウザくねぇ? 超ウザくねぇ?」
「こいつウゼぇ……!」
ははは、と笑うダイゴの腹に軽くパンチを叩き込むが、それに全く堪える事無く笑い声を零している。恐るべきは我が友人。一体何が彼をこんなに狂わせてしまったのだろうか。そんな事を思いつつも、二人で楽しむ休み時間は三人での休み時間に増えてしまった。それは勿論ちょっと残念だったが、ダイゴは自分やニグレドと比べると遥かにギャグ適正が高いというか、場を楽しくしてくれるタイプの人間だ。ニグレドと二人の頃は大人しく楽しんでいた感じだが、ダイゴが会話に加わる事によって空気は一気に笑いのものに変わる。
ムードメイカーとしての才能は間違いなく持っている。それにはきっと、欲しかった装備を整えた、という理由が背景にあるのだろうが。ともあれ、偶然だが現れたダイゴの存在は存外丁度良かったかもしれない。少なくとも訓練漬の心の清涼剤となった。流石に現在は騎士団に世話になっているという事を教えると驚きはするが、そんなのもありなんじゃないか、と適当に言うのは近接への道をアドバイスしてきたこいつらしい意見だった。
午前のぶらり旅に一人仲間を加え、歩き続ける。
本当に中央通りは活気で溢れている。
ギルドから出入りする人の量は今まで見てきたギルドでも物凄いと評価できるほどであり、それ以外でも人通りが凄まじい。とにかく凄い。冷静になって今までの経験と比べると、凄い人混みだと言える。特に昼周りになるとレストランや食事で休憩を取ろうと、歩き回る人が通りに寄り多く見える。その為、混雑はさらに酷くなる一方で、ロープウェイは常に満員の状態を見せながら稼働していた。このラッシュアワーを回避するにはおそらく中層にでも行けばいいのだろうが、
生憎と、この混雑もまた王都らしさだとして、避ける気には全くなれなかった。王都にも公園や広場の類があるらしく、そちらの方へと足を運べば、プレイヤーやNPCによる屋台や露店の類が開かれているのが数多く見られる。基本的にプレイヤー系の冒険者は装備がチグハグだったり、妙に色にこだわりを見せていたりするので、大体判別がしやすい。それ以外にも露店に看板で”ターンちゃんの露店っ!”とか解りやすくでている場合も多い。
そういう露店を見るのは割と楽しい。実用的なポーションが置いてあれば、改良された臭い消し、なんて冒険には必須の道具だってある。そのほかにはジョークグッズだって置いてある。そういう道具を一つ一つ見ながら、冷やかしつつ時間を過ごすのは楽しい。最近は訓練ばかりでこういうのが本当に無かっただけ、楽しく感じる。
そうやって遊び、時間は過ぎ去って行く。
◆
「ふぅ、大分遊んだな。あとはモンスターなで斬りにすればコンプだな」
「俺の友人がこんなバーサーカーな筈がない」
「同類」
ニグレドの言葉にグサリ、と突き刺さる何かを感じるが、同時にダイゴもショックを受けたかのような表情を浮かべている。この阿呆め、被害者は間違いなく此方なのに何故そんなショックを受けたかのような表情を浮かべているのだ。そんな馬鹿話をしつつ下層の街並みもそろそろお別れ、というぐらいには時間が回ってくる。
その時、ニグレドの足が止まり、視線が横へと向けられる。その視線はそこにある路地裏へと向けられている。
「血の臭い」
「路地裏にいい思い出ないんだよなぁ……」
と言いつつも、反射的に路地裏へと向かって走り出す。完全に反射神経、騎士団員としての動きだった。マラソンをしながら叩きつけられた言葉の数々、反復練習しながら教えられた心構えの数々、それが体を無条件に突き動かしていた。きっとニグレドが血の臭いを察知する、この仮想という雑多な環境で出来る様になっているのも、彼女が騎士団で訓練した影響なのだろう。故にニグレドを一切疑う事無く路地裏へと飛び込んで行く。
複雑な形をしている地形だが、トップスピードで障害物を踏み、足場にし、それで跳躍して屋根の上へと飛び、建造物を超えて移動する事によって一直線に移動する。それがニグレドの動きだった。物凄いアクロバティックでありながら一切速度を落とさないその曲芸を自分には真似できない。故に自分にしか出来ない事を。
【マントラ】と【仙術】で何時も通り呼吸系を確保しつつ、【精霊魔術】の召喚で風の精霊を召喚師、背中に追い風を生み出す。常に背後から体を押し出す風を生み出す事で体を前へと押し出し、加速させる。曲がり角では気を付けなきゃいけないし、障害物を飛び越えられる訳ではないが、ちょっとした応用だった。そう、攻撃ばかりが能ではない、戦場を支配する事もまた一つの方法なのだ。
そう判断し、飛び込んで行く先、鉄と鉄がぶつかり合う音が響く。
ニグレドに数秒遅れて現場へと到着すれば、茶色のローブにその身を隠した存在がニグレドと刃を合わせていた。空中から強襲する様に放った斬撃を、ローブ姿はナイフ一本で押さえ、耐えていた。その瞬間襲い掛かる残像、
それさえもナイフ一本、片手のみで完全に対応する様に捌いていた。
そのすぐ足元にあるのは真っ赤に染まった斬殺死体だった。
現場に到着するのと同時に、既にては魔法を複合させるように動いている。【錬金術】と【精霊魔術】を合わせる事で、精霊の生み出すその属性の塊そのものを武具の姿へと変換させる―――カルタスがやっていたことだ。それを持って風のナイフを作り、
「王国騎士団だ死ねぇやァァァ!」
問答無用で顔面目掛けて投擲する。吸い込まれる様に放たれたナイフはローブの内側へと入り込み―――そしてガキィン、という音と共に止められた。間違いなく歯によって受け止めた音なのだろう。魔族ならあり得る。或いは竜人でもありえる。それだけの常識はある為、相手が格上だと判断し、
体を動かす。体は動かし続ける。どんな状況であっても体は動かし続けなくてはならない。
前衛はニグレドが担当している。故に召喚術を使おうと手を合わせた瞬間、ローブ姿が瞬間移動をする様にニグレドを振り払い、此方へと接近して来る。一瞬の踏み込みとナイフの刺突、それをスウェーで回避しつつ合わせた両手を解除し、掌底を顔面に叩き込もうと滑らせる。そのカウンターとして噛んでいるナイフを吐きだし、投擲する。
が、それを構成する魔法を解除し、そのまま顔面に掌底を叩き込む。
ぐじゅり、と手袋越しに掌底を叩き込んだ顔から感触が帰ってくる。人間というよりは、もっと腐った肉を殴ったような、そういう感覚だった。とはいえ、動きを止めない事は騎士団に入って覚えさせられたばかりの事であり、驚愕は残るものの、そのまま力を通して顔面を叩きとおす。
吹き飛ぶ体に追撃する様にナイフの刃が三方から同時に、ローブ越しに喉と心臓の位置に突き刺さる。それで殺しきったと判断―――は出来なかった。ローブの下の人物は、その状態でも笑みを浮かべた様な気配がする。
「ニグレド!」
「ん!」
瞬間、ブレる様にニグレドが屋根の上へと飛び移り、ローブ姿が同時にニグレドのいた空間を切り裂いていた―――そこには数本、ニグレドの切り裂かれた髪が舞っている。しかしこの瞬間、目の前には敵しかいない。ニグレドがおらず、前方の状況はクリアになっている。召喚術を出すには格好の状況。発動しようと口を開いた瞬間、
再びローブ姿が目の前に迫った。ニグレドに匹敵する速度で迫ってくる為、対応として格闘戦に入る事を選ばざるを得ない。迫ってくるナイフに対して迎撃を選ぼうとした瞬間、
「水くせぇなぁ!」
刀の一撃がそれを弾いた。
ダイゴが数秒遅れ、滑り込む様にローブと自分の間に入り込む。刀を肩で担ぐようにポーズを決め、そして笑みを浮かべている。
「悪党の成敗をするなら俺も混ぜてくれよッ!」
そう言うのと同時に刀を素早く抜き、振り回した。ニグレドとは違う重量の乗った連続斬撃。それは片手で捌くのは不可能だったのか、ローブ姿が開いている片手でもナイフを握る。それを一本の刀で、ダイゴは楽しそうに、笑みを浮かべ、軽く笑いすらしながら斬撃に斬撃を重ねて迎撃する。そこに再びニグレドが影となって強襲する。確実に殺す為、裏側へと一瞬で潜り込んだニグレドがその首にナイフを突き刺そうとし、
一瞬だけ加速したローブ姿が、カタナとナイフを両方とも弾く。
瞬間、印が完成し、陣が描かれる。精霊の風がダイゴとニグレドを同時に陣の射程範囲外へと押し出す。
「孫天君―――化ァァ血ゥ陣ンッ!」
一瞬で人間を殺しつくすだけの陣が完成される。陣の範囲内に同時に発生する砂は風がなくとも舞い上がり、震え、陣の内に存在する全ての存在に降りかかる。またそれは死を呼ぶ砂である。触れた存在に悉く血膿を植え付け、その体を醜く変え、死へと追い込む。即死はしない。しかし、緩やかな痛みと絶望と拷問にも等しい体への変化。それはどんな生者であれ、絶対に足を止める必要のある痛みを伴う変形だ。
それに一切躊躇する事無く、ローブ姿は振り返って逃亡を始める。
「ハァ―――!?」
そう声を零したのは誰か。判別はつかない。だが化血陣が通じないという事実だけが残された。だからと言って諦める冒険者が、プレイヤーが存在する訳ではない。ニグレドのナイフが投擲され、背中に突き刺さる。だが血膿がある状態にもかかわらず、ローブの存在は突き刺さったナイフを無視して逃亡を続ける。その背中に追撃する様にダイゴが刀を振るい、斬撃の様な攻撃を飛ばす。それは背中を大きく露出させるが、見えるのは腐った肉と血膿に完全に犯された醜い体だけだった。
迷う事無く最強兵器を投入する。
「来たれ死と生を導く者よ! ヴァルキリー!」
久々の出勤だぞレギンレイヴ、と言葉を続けようとし、魔法陣の色がいつもとは違う事に気づかされる。
目の前、出現した多重の魔法陣は黄色だった。それを突き破って出現する乙女もまたその魔法陣の様に黄色、或いは金色の髪をしていた。レギンレイヴ同様悩ましいスタイルを持ちつつ、装着している鎧はレギンレイヴよりも金属部分が少ないように思える。その右手にはハンマーが握られており、その体は帯電している様に見える。
「召喚されるレギンレイヴを蹴り飛ばしたアタシ、参上ォ! 喰らえ親父からパクってきたミョルニル……!」
そして、
王都に雷が満ちた。
ヒャッハーという言葉と共に。
不良系戦女神ついに登場。パパがアレだから仕方がないね。ついでにダイゴくんがナナメ上の方向に進化して再登場。主人公が主人公なら友人もそうだよね。
王都のお話はまだまだ続くんじゃよ