一話 新たな世界
「はーい! 申し込みはこちらでーす! 焦らずにお並びください!」
「最後尾は此方でーす!」
真冬、街のゲーム屋で雪が降る中、友人と二人でコートにマフラー、手袋と装着し、ポケットにはもちろんカイロも入れてある。そんな重装備で長蛇の列に並んでいるのには理由がある。視線を前に並んでいる人の背中から外し、前の方へと向ければ、ゲーム屋の中から外へと、つまりはここへまで繋がる列が見える。ここに並んでいる者達の理由は統一されている。それは勿論、自分と友人である星見大吾も同様の理由である。
「横入りしないでください! 最後尾はこちらです!」
そう言って必死に抽選の為に並ぶ客の整列をやっているスタッフが大変そうだな、なんて事を思いながら隣、暇潰し用に持ってきた雑誌を見ている大吾の手元を確認する。そこに出ているのは”業界初、一般用VRギア!”という見出しだった。そしてそう、それが全国のゲーマー待望の道具だった。ここに並んでいる者達も、誰もがこれを求めて並んでいるのだ。需要に対して供給が追い付かない事が当初から予想されていた為、初期ロットは完全に抽選によって購入できる者を選択する形となっていた。
医療用、そして軍用として既にVR技術、つまりはヴァーチャルリアリティ技術は完成されていた。体を動かす事の出来ない末期患者がせめて仮想現実の中だけでも自由を感じる為に、と最初は生み出された。やがて銃弾を消費せずに実戦に近い感覚を得られるために軍用が、という風にVR技術は少しずつ進歩を見せた。医療や軍事の中でVR技術が活躍しだしてから数年、
漸く一般の娯楽向けにVRギアが開発された。その名を”ドリーマー”と呼ばれるヘルメット型の装置はまさしく夢を見せる為の装置だと言っていい。被ると装備者を夢の、VRの世界へとリンクさせてくれる。その細かい理論など走った事ではないが、自分達ユーザーにとって重要なのはVRの世界へと行ける事だ。
特に期待しているのはVRMMORPGというVR世界を舞台としたMMORPGの存在だ。
ドリーマーの発売と同時に発売されるVRMMORPGである”Endless Sphere Online”はドリーマーを開発した同社、つまりはVRという技術に良く精通している会社の作品であり、極力運営からは情報を開示しない、超リアル趣向、プレイヤーによって開拓されて広がる世界、等というごくわずかな情報から既に期待が最高潮に突入している。開拓、世界の創造、それはスクリーン内であれば多くのゲームで見られた特徴だ。
だがこの現代で、人の手によって開発され切った世界で、それを自分の手で行える場所はない。VRMMORPGはその機会を誰にも与えてくれる。それはそれとして、深く考えずとも誰もがVRの世界に期待している、というのもあるのだが。
ともあれ、そんな事情もあり真冬、開店前の時間から並んでいたはずが、既に多くの人が並んでいるという事態に直面してしまった。これだと抽選券を得られるかどうか少し怪しい所だが、こればかりは最後までならばないと解らない事実だ。軽くポケットの中のカイロをすり合わせて暖を取り、寒さに耐えながら片耳から聞こえるイヤホンの音量を調整する。
「なぁ、抽選どうなるかなぁ」
「そこらへんは祈るしかないだろ」
それもそうだよなぁ、と帰ってくる友人の声に苦笑しつつ、再び真面目に並ぶ事に戻る。今日一日はこの為だけに時間を確保したのだから。
◆
次にドリーマーに関する進展があったのは春の終わりごろになってからだった。もう少し夏、大学もあと少しで夏休みだ、というのが目に見えてきた頃の話だった。社会学の講義が終わり、スマートフォンを片手に教室から出る。二流大学ともなれば真面目な奴も、遊び半分の奴もそこそこ姿が見える。そう言うのに気にする事なくスマートフォンを弄っていると、新しいメールが追加されているのを確認できる。見慣れないメールアドレスに一瞬スパムの類かと思ったが、そういうメールはまっすぐゴミ箱に向かう様に設定されている。
教室から出たところでその横の壁に寄り掛かり、添付ファイルがないのを確認しつつ、メールを開く。
「―――あ、当選してる」
その内容はドリーマーの抽選に当たった事、購入権が得られた事、そして同時に Endless Sphere Onlineの購入もできる様になった、という事だった。あの冬の日の努力が報われたんだなぁ、なんてことを軽く感動しつつ感慨にふけっていると、階段を走って昇ってくる友人の、大吾の姿が見える。その片手にはスマートフォンを握っているのが見える。なので大吾にも見える様に此方のスマートフォンを掲げ、
走ってくるその姿に合わせて開いている手で互いにハイタッチを決める。綺麗にハイタッチが決まり、その音が響いた所で、手を掴みあう。
「これで!」
「俺達の夏休みは決まったな!」
丁度、 Endless Sphere Onlineのゲームサービス開始日は此方が夏休みに入ってからの日で、実に都合が良かった。故に迷う事はなかった。そこまで重度のゲーマーというわけではないが、開示されている僅かな情報と、そしてVRという世界観は心を掴むには十分すぎる魅力だった。
―――夏休みは徹底的に遊び倒す事が確定していた。
◆
そうやって冬、春、と乗り越えて手元にはヘルメットのような形をしたVRギア、ドリーマーが到着した。直ぐ近くにはEndless Sphere Onlineのソフトが入ったパッケージがあり、親指程のサイズしかないそれを箱の中から抜き、ヘルメット側部のスロットに投入する。ヘルメットから伸びるコードは既にコンセントに繋いであり、近くにある机やいすが邪魔にならない事、引っかからない事を確認しておく。
大学の近くのワンルームアパート、大学の近くに引っ越す時に大学側から紹介してもらった物件だ。このアパートにはほかにも自分の様に大学側から紹介してもらい、住んでいる人間がいる―――たとえば友人の大吾の様に。きっと彼も今、自分の部屋でログイン―――否、ダイブと呼ぶべき経験の準備をしているだろう。自分自身もワクワクしている事を自覚しつつ黒いヘルメットを装着し、首の下のストラップをつけ、苦しくない様に調整してからベッドの上に仰向けに転がる。
「あと少しだな……」
トイレには行った、水分補給はした、用事も処理しておいた。事前に体格などの情報を読み込ませもした。面倒だが必要な作業や準備は全て終えた。少なくとも思い当たる問題は何もない。何もかもを忘れてゲームに没頭できる。ちゃんと出来る範囲で予習さえしたのだ―――まぁ、ここら辺はとりあえず常識ともいえる範囲だろう。ともあれ、胸が高鳴るのを抑えながら、目を瞑り、
そして数分後、セットしていた時計のアラームが鳴る。
「接続」
声を放った直後、意識が落ちて行くのを自覚した。
暗転は一瞬。
世界を白い光が満たす。気付けばしっかりとした大地に立っている。ただし、足元には何も存在しないが。目の前には大きな鏡が存在し、そしてそこには自分の姿が映し出されている。短い黒髪に少し鋭い目つき、体の体格はやや細いが、背は高めで百九十に届く。服装は自分がさっきまで来ていたジャージではなく、中世風の少し古臭い、チュニック姿だった。おそらくゲームの世界観での一般の服装なのだろう。
しかし、こう考えると日本人らしからぬ高身長だよな、等という感想を抱きながら自分の姿を鏡に見ていると、急に目の前に半透明のウィンドウが出現する。
思わずうぉっ、と驚きながら一歩後退してしまうが、これが所謂”ホロウィンドウ”というものである事を思い出す。
「お、おう、やっぱすげぇな」
これがVR技術かぁ、と初体験に驚きつつも出現したホロウィンドウを素手で振れる。そこにはゲームのキャラメイクチュートリアルが歓迎の言葉と共に書かれていた。多種多様の種族にパーツが用意されており、性別を変える事以外は大体なんでもできる様になっているらしい。とりあえず軽く確認するだけでも種族はすさまじく多い。標準的な純人種にエルフ、ギルマン、ドラゴニュート、ワータイガー、これでもまだ触り程度だ。獣系やら爬虫類系、等と検索できる様だが、ぶっちゃけた話、純人種しか興味はない。自分以外のを愛でるのであればいいが、自分それ自体は大きく変えたいわけではない。それに純人種は他の種族の様な特化された特徴が存在しない代わりに、スキル枠が少し多いらしい。
スキルを自由に選び、装着し、そして鍛えられるこのゲームではそれは大きな強みだ。
人によっては特化特徴を選ぶか、それともスキル数によるカスタマイズを狙うか、悩むところだろう。
「えーと、種族が終わったら容姿と名前か」
此方も弄る項目がすさまじく多いが、そこまで自分の姿に干渉しようという意思はない。ただ、髪質の問題で長髪は長年諦めていたものだ。色は黒髪のまま、少しだけぼさっとしているこの髪を伸ばしてみる。と言っても男のクセに腰に届くほどにしてもかっこ悪いだろう。少しだけ伸ばし、そしてその差異に満足する。瞳の色とかそう言うのとかは気にせず、これでいいと納得し、姿の変更を完了させる。ついでに名前も悩む必要はないため、サクサクっと名前を入力する。
「っと、まだあるのか」
姿の設定を終えると、今度はステータスの分配と、初期のスキルの設定項目画面が出現する。初期のスキルポイント分スキルを習得出来、そしてそれに合わせてステータスを調整しろ、という事なのだろう。最初から選べるスキルはそこまで多くはない―――と言っても百項目は超える。更に多くのスキルが存在するらしいが、それらはおそらく前提スキルやクエストを通じて習得する事が出来るのだろう。ともあれ、習得できるスキルを一つ一つ確認して行く。確認するスキルそれぞれに説明文が出現し、軽いデモの様なものも流れる。
本当に親切設計だな、なんて事を考えつつ妙に長考してしまう。最初に選ぶスキルはこれからずっと戦う上での基本方針とも言えるものだ。
「きっと大吾の奴は刀でも握るうんだろうなぁ……」
アイツは侍とか、カタナとか、そういうの好きだったからなぁ、と友人の姿を思い出して苦笑する。そうなると自分も前衛というのはつまらないだろう。となると後衛火力か後衛支援という形になる。だが支援というのもつまらない。つまりは後衛火力で決定だ。
その中でもオンリーワンになれそうなものを、楽しそうなのを探して行き―――気に入ったスキルを見つけ、それを編成する。
「うっし、まぁ、こんな感じだろ」
名前:フォウル
ステータス
筋力:5
体力:5
敏捷:8
器用:5
魔力:12
幸運:5
装備スキル
【召喚術:1】【精霊魔術:1】【陰陽道:1】【ルーン魔術:1】【瞑想:1】【索敵:1】
なんだか凄まじく怒られそうな特化構成だが、先程のデモを確認した限り、召喚術のスキルは他の魔術スキルと組み合わせる事によって召喚できる生物が変わってくるらしい。テイミングではなくサマニング。召喚したモンスターを育てるスタイルではなく、ゲームの様に強力な存在を呼び出して攻撃させるスタイル。そんな、テイマーではなくサマナースタイルで遊ぼうと思う。初期はおそらくMPらしき存在が枯渇するだろうが、そこらへんは大吾に寄生してどうにかする。
これぞ友情協力プレイ。
ただし一方通行。
ステータス、及びスキルの設定を完了させると、確認のホロウィンドウが出現する。そこには能力の上昇、そしてHPやMPという概念に関しての情報が書かれていた。簡単に言ってしまえばHPもMPも一切数値化されていないものであり、それは完全に感覚に頼るべきものであると。そしてスキルを抜けば、キャラクターにレベルアップという概念は存在しない。特定の行動を取る事でステータスには見えない修練値が存在し、それが一定数を超える事で素のステータスが上昇する風になっている。
「つまり筋トレすれば筋力が、マラソンすれば体力と敏捷って感じに上がるわけか。スキルを鍛える感じで戦闘してみれば解るかな……?」
こういうのは実践してみれば意外と感覚を掴むものだと思っている。とりあえずはキャラメイクが完了したのだ、ホロウィンドウの説明文をしっかりと読み終わると、最後にステータス画面やインベントリ画面の表示の仕方が出てくる。それを終えるとインベントリの中に初心者用マップが配られ、
全ての前段階が完了した。
早く冒険を始めたいという気持ちを抑えきれずにゲームスタートのボタンを押し、体が青い光に包まれる。お、と驚きの声を零し包む、少しずつ視界や周囲が青い光に染まって行き、青一色に染められる。ダイブした瞬間と似た様な浮遊感を感じ、視界が復帰する時には、別の場所に降り立っていた。
喧騒とどこかで誰かが楽器を鳴らしているのか、音楽が響いてくる。
目を開けて見えるのは大量の人と、そして中世の街並みの姿だった。すぐ後ろへと振り返れば大きな噴水が存在し、自分と同じ様な服装をしている人達が―――おそらくはログインしたプレイヤー達の姿が多く見られた。再び振り返りながら、自分がいる噴水広場らしきところを確認する。
基本的に足元は石のタイルの様になっており、それが広場の外へとも続いている。ワゴンの様なものが広場の端には並んでおり、それが露店代わりに商品を並べてある。遠くに見えるレンガ造りの家や歩いている人々、それはどこもデジタルに見えはしない。どこまでもリアルに感じるその世界は、まさしく仮想の現実という言葉に相応しい光景だった。
「さて、と。とりあえず初日は自由行動って決めてたっけな」
スタート直後はスキルが違うだけで、大体誰もが似た様な状態だ。だったら一日目は別行動で、自由にやってから二日目、成果を報告する形で合流して遊んだ方が面白い。そういう相談が事前にあった為、ここで友人と合流するなんてことはない。
このまま素直にチュートリアルに向かうべきなのだろうか?
インベントリを開いて持ち物を再び確認すると、そこには地図と僅かな金が入っている。地図を確認するとしっかりと、自分に対応したスキルのチュートリアルへの道が示されている。一回、初期のお金で装備でも見繕おうかと思ったが、先にチュートリアルをやっておいた方が色々と便利だろうと予想し、地図を両手で持って広げながら、歩き出す。
地図が指示している方角には住宅街がある。つまりはチュートリアルを行ってくれる人物はそちらの方にいるのだろうか、
「こういうのって普通ギルドとか―――まぁいいや」
チュートリアルだし深く考えるのは別にいいか、と判断し、地図に従う様に街中を歩き始める。実際、普段見る景色とは全く違うこの世界を歩いて、そして確認するのは楽しい。地図に記されたチュートリアル教官へ向かって歩きながら街中を、住宅街を眺めるだけでも楽しい。
赤色の煉瓦を基準に作られた家はヨーロッパよりも、個人的にはスペインを連想させ、家の高さも基本的には二階までぐらいだ。形はどれも似たり寄ったりで、家の前に椅子を置いて、日向に当たりながら眠る町民の姿がちらほらと見える。住宅街の狭い通りでお互いを追いかけあって遊んでいる子供たちの姿も確認でき、平和な街の姿がそこにはある。
やはり仮想には見えない。リアルだ。
ステータスウィンドウや設定画面を開いて、ログアウトボタンなんかを確認してもう一度これがゲームである事を確認し、謎の安心感と共に何時の間にか止めていた足を再び動き始める。
そうやって若干迷いながらも、地図の示した場所へと到着するのは三十分後だった。
意外と広かった住宅街にはビックリし、これは徒歩以外の移動手段が欲しいと思わせるものだった。自転車のある世界観ナノカナァ、なんて思いつつも、目の前の住宅を確認する。周りと同様レンガ造りであり、そして二階建て。酒場やギルドでもなければ特別な施設がある様には思えない。ただの家なのだ。まぁ、システムが間違える事はないだろう、なんて事を思いつつ、家の前の扉を二回ノックする。
「すいません、誰かいますかー……?」
「ん? 今日は来客の予定は特になかったはずだけど―――」
そんな男の声が扉の向こう側から聞こえてくる。意外と扉は薄いのかもしれないな、なんて事を考えながら扉の前で待っていると、扉が開き、その向こう側から一人の男の姿が現れる。出てきたのは黒い上着に白いスボン、少々長い銀髪を束、尻尾の様なそれを肩にかける様に飾った、眼鏡をかけた男だった。年齢の解りづらい雰囲気があり、正確にその年齢を察するのは難しい。
「えーと、初対面だよね?」
「え、あ、はい」
普通に対応して来るものなので少し戸惑うが、そういえばそういう世界だったな、と思い出し、
「えーと、ここで召喚術に関して、というか基本に関して教われるって聞いたんですけど……」
「あぁ、成程ね。ちょっとそこで待っていてくれ。今荷物を纏めてくるから」
「あ、はい……」
そう言うと忙しそうに銀髪の男は家の中へと走って戻り、がしゃん、どすん、と音を家中に響かせ始める。数分後、一冊の本を握って男が帰ってくる。お待たせ、というと扉をしっかりと鍵で施錠し、横を抜けて前へと向かって歩き始める。
その背中姿を呆然と眺める。
「あの……」
「ん? あぁ、悪い。自己紹介がまだだったね。私の名前はファーレン。魔術師ギルドで召喚術をメインに教官をやっているよ」
「あ。どうも、フォウルです。冒険者志望です」
たぶん。
少なくともプレイヤーは冒険者を目指しているのが作成直後の状況だった筈だ。それは公式が流出した情報の一つだから間違いがない。つまりこの状況で言うにはふさわしい言葉である―――と信じておく。ともあれ、了承した召喚術教官ファーレンは覚えた覚えた、と笑みを浮かべながら頷き、魔術ギルドへと案内すると言って前を歩く。
魔術ギルドがあるのであれば、何故地図はギルドの方ではなく、直接家の方を示したのだろうか……?
そんな疑問を抱きつつ、ファーレンの後を追う。
◆
魔術ギルドはかなり大きな建造物だった。
最初に到着した広場を地図で確認して東側、街の一角を大きく占領する建物だった。外から見る限りは三階建てで、此方は他の建築物と違ってレンガ造りではなく木で出来ている様に見える。裏手からは人が何かを叫んでいる声が聞こえ、閃光や爆発がチラチラと見えている。魔術ギルド、つまりは魔術、或いは魔法を使うプレイヤーをメインに所属し、管理する組織なのだと思うが、そこらへんの説明は公式にはない。つまり自分の足で歩いて情報を集めろ、という事だろう。
「さて、フォウル君でいいかな?」
「あ、はい」
「じゃあフォウル君は魔術ギルドの名簿に登録されている?」
「あ、まだです」
「じゃあちゃちゃっと終わらせちゃおうか」
こっちこっち、と言ってファーレンの案内されるままに魔術ギルドの中へと入る中に入る前、チラっと見えた扉横の看板には魔術ギルド”ウィッチ・アンドウィザーズ”と、そしてロゴらしきW&Wという絵が描かれてあった。きっとW&Wが略式なのだろう。そう思っている間にもガンガンと進んでいくファーレンの背中を駆け足で追いかけ、広い、しかし若干薄暗いギルド内、奥の受付へと移動する。
「ミリィちゃん、彼を名簿に登録させてくれないかな? 簡単な方で」
「えー……まぁ、教官が身元を保証するのならそれでいいですけど……」
気怠そうにミリィと呼ばれたオレンジ髪のメイド服姿の少女は答え、人差し指を此方へと向け、来いとそれを曲げて指示して来る。それに従って近づくといきなり手を掴まれる。
「はーい、登録の為にステータス確認します終ー了ー、名簿にパパパ、ハイ魔術で共有して終了。三時間後にギルカ発行するので取りに来てくださいね。終わりーまた今度ー」
「えぇ……」
「あはは……仕事をこれで間違えないから凄いよね? はい、じゃあこっち。今日は裏庭が騒がしいし、教室を使った方が平和だろう」
そう言ってガンガンと奥へと向かって歩き出すファーレンの背を追って、再び駆けだす。忙しい人なのかもしれないと一瞬だけ思ったが、そんな人物だったら間違いなく家で寛いでいたわけがない。その割には割とノリ気な所を見ると、実は誰かが来るのを待っていたのだけかもしれない。
ともあれ、そうやって奥へと進むと、木の机と椅子、そして黒板の設置されている古い教室へと到着する。到着するとファーレンが窓を開け始め、部屋の換気と黒板にチョークがあるかどうかを確かめ始める。
「あぁ、うん。好きな椅子に座っていてくれ。今始めるから。あー、えーと……教科書教科書……忘れてきちゃったかぁ、まぁ、仕方がないか。これはまた次回という事で……あった」
そう言ってチョークを見つけたファーレンは微笑を浮かべながら黒板の前で、椅子に座った此方に振り向く。
「……若干騒がしかったり忙しくて悪かったね。召喚術自体はそこそこ需要があるけど、そこに特化しない限りは私みたいな教官から講習とかを受ける必要はないからね。私の所へ来たという事は必然的に特化型の道を歩もうって考えているんだよね? いやぁ、本当に久しぶりだよ。完全に特化させると使い辛い部分が出てきて、そうなると別の魔法を極めて行く方が色んな状況で使いやすくなってくるからね。どう足掻いてもこの道って破壊神とか魔王とかそういう道筋だし。いやぁ、良かった良かった。給料泥棒呼ばわりも辛いからね」
「あの、ファーレンさん。ほんと、落ち着いてください」
完全に舞い上がっているファーレンの姿はどう見てもプログラミングされたNPCの者ではなく、生きた人間が反応しているかのようにしか見えない―――が、おそらく彼はNPCなのだろう。そしてまた、彼の様なNPCでこの世界は溢れているのだ。その事実を受け止め、改めてこの世界のすさまじさを理解させられる。
VRはまさに、新たな世界を生み出したのだ。
「あぁ、ごめん。こうやって誰かに物を教えるのは数か月に一度あるかないか、ってぐらいだからね。ちょっと舞い上がっちゃったよ。こほん、じゃあ、落ち着いたところで改めて自己紹介するけど、私はここで召喚術を専門にしている教官でファーレンだ。宜しくね」
「宜しくお願いします」
「良い返事だ。それでは―――座学から始めようか?」
そうやって、世界の基本を知る為の座学が開始された。
◆
まずギルドは大きく分けて三種類存在する。戦士ギルド、職人ギルド、そして魔術ギルドの三つ。この一つにでも登録しておけば”冒険者”という職業として認識されるらしい。特に仲が悪いなんてことはなく、合同で依頼を果たしたり、パーティーを組みたい時はパーティーマッチを職業別に管理して行ったりもするらしい。つまりは元々はギルドという大きな存在を、戦士、魔術、そして職人という部署を建物ごと分けてしまう事で管理を楽にした、という事だ。
この魔術ギルドが担当するのは魔術をメインに使用する者であり、魔術がメインであればたとえ剣を握っている魔法剣士であってもアリらしく、判断基準はかなり緩い。しかしこうやってギルドに所属すると仕事を斡旋してもらえたり、他には宿等の施設にある程度の割引が効くらしい。と言っても、それに関しては実力や実績次第らしい。
そうやって街の名前やギルドの基本的な役割、販売所の場所や基本の情報を教えてもらったところで、大分ファーレンとは打ち解けてきていた。そしてそんなところで、ファーレンは言う。
「じゃ、そろそろ本命である召喚術の話をしようか」
「待ってました」
「とりあえず召喚術というのは一種の契約魔術で、触媒や対価を通す事で契約が可能な存在の力を借りるか、或いはそのものをその場に呼び出す魔術の事だ。簡単に言ってしまえば契約の魔術だ。やっている事は戦士ギルドで傭兵を雇うのと変わらない。アッチがお金を出して傭兵を雇う事に対して、こっちは魔力を差し出す事によってさまざまな存在の力を借りるんだ」
「成程成程」
「―――で、これはぶっちゃけ特化しない限りはそこまでコスパが良くない。召喚魔術そのものが発動の為に触媒を必要とする。まぁ、別に特化させなくても割と威力は出るんだよ。他の魔術と組み合わせる訳じゃなくて、併用しながらしようする固定砲台として考えるなら、まあ、悪くないんじゃないかな? レベルの高い術士であるならコスパが悪いのを無視して運用できるだろうし」
「センセー、特化型と特化させないのってどういう感じに違うんですか」
「それ、実に気になる所だよね?」
どうしてだろう、ゲームを遊んでいるのになぜか大学の教室で講義を受けている気分がしてきた―――実際に今、教室で授業を受けているのだから間違いではないのだが。
「簡単に言うと特化型召喚術士は召喚術意外にも他の魔術に手を出す必要がある。それは召喚術が他の体系の魔術と組み合わせる事によって、全く違う存在との契約を行う事が出来るからだ。基本的に魔術師は一種類の魔術を極める事で戦闘力を上げて行く。けど特化型召喚術士は、召喚術を極めつつ、他の魔術体系も同時に鍛えなきゃいけないからね、他の魔術師よりも遥かに努力をしないと恵まれないんだ」
しかも、と言葉が続く。
「組み合わせ次第で召喚方法や触媒、媒体、代償が変わってくる。そうなってくると管理が非常に面倒になってくるし、コストだって重くなってくる。装備だって自由に選べなくなってくる。……他の魔術とは違うめんどくささが解ってくるだろう? ただこれらのデメリットを吹き飛ばすだけのメリットが存在するのも事実だ」
それは、
「―――極限まで鍛えられた特化型召喚術士は、神話の力を顕現すらできる」
途方もない言葉であり、どれだけの努力をすればいいかはわからない。しかしそれは、
「実にロマンのある話ですね」
「ロマンで溢れているだろう? 神話クラスへと至れなくても、条件を重ねれば伝説級や英雄級の力を借りたり、召喚する事もできる。これは召喚術を召喚術としてしか使わない、他の魔術師たちには絶対できない事だ。ついでに召喚術を通して魔獣等と契約し、テイムするテイマー連中には未来永劫、絶対にできない事でもある」
怒っています、という感じにコミカルな表情をファーレンは見せてから、落ち着いた笑みを見せる。
「準備は面倒だし、覚えるのも面倒だし、調べるのも大変、条件を整えるのは難しくて、考えるのが億劫になってくる。だけど他の魔術を理解し、組み合わせ、そして契約する事で真なる叡智に触れた存在と契約し、力を呼び出せるのは私達特化型召喚術士だけなんだ―――そう考えると実にやる気が満ちてくると思わないかい?」
それは召喚術のスキル紹介デモムービーで見た光景だった。
デモの中のプレイヤーはバックステップを取りながら剣の乙女を召喚し、それに斬り払いさせながら龍を首だけの状態で頭上に召喚してブレスを吐かせ、サイドステップを取りながら半透明の両手が巨大な爪の幽霊に乱舞を繰り出させていた。そういう風に入れ替わりながら様々な召喚獣を繰り出し、爆撃の様に連撃を繰り出すその姿がかっこよかった。話を聞く限り間違いなく修羅の道だが、生憎と今は夏休みなのだ。時間だけは沢山ある。
話を聞いてさらに頑張ろうと思い、勢いよく返事をする。それに気分を良くしたのかファーレンが頷く。
「良し、気合が入ったところで早速実践する為に街の外へ出ようか。……っと、そう言えばまだギルドカードが出来てないんだっけ。じゃあそれまで軽く基本知識を詰め込みながらお昼にしようか?」
そう言ってファーレンは機嫌が良さそうに言うが、
やっぱり何故だろう、ゲームをやっている気がしない。
息抜きに書いたー。
完全な初心者主人公とか書くのが久しぶりすぎて新鮮に感じる