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4-2

 街の中は騒然としていた。

 そりゃそうだ。いきなり半透明のクジラが空中遊泳を始めたのだから、普通は何事かと色めき立つだろう。

 周りの人々はこぞってデジカメや携帯電話を空へ向けて、この光景を収めようとしている。マスコミの人達も現れ始めているらしく、ごついカメラを担いでいる一団も見かけた。

 ことは大事になりつつある。いや、もう既になっているのか。

 そんな中、俺はクジラを追いかけて町中を走り回っていた。

 気付けば我が高校は遠くに離れ、周りは田舎の学校周辺とは様相を変えてきている。

「はぁ、はぁ……もう、こんな所まで走ってきたのか……」

 普通は徒歩では来ない場所までやって来ていた。多分、距離にすると二十キロくらいか。

 休み休みではあるが、ここまで走ってこれた自分の体力に驚きだ。

 だが、いかんせんイラつくのはあのムリである。

 俺が小休止を取るたびに、俺の頭上を旋回し、挑発的な視線を落としてくる。

 まるで俺を馬鹿にしているようだった。

 いや、実際俺は馬鹿みたいな事をしている。

 こんな風に地べたを走り回ってムリを追いかけたところで、蓮野を取り戻す事なんか出来やしない。何せ相手は遥か頭上を飛び回っているのだ。

 ちっぽけな俺が手を伸ばした所で、届くわけもないのだ。

 だが、このまま立ち止まっているわけにはいかない。

 俺は蓮野の誤解を解かなきゃならん。ムリの中心にいる蓮野がまだ生きているなら、俺はアイツとちゃんと話をしなきゃならん。

 決意を確かめ、汗をぬぐう。

「くそっ、見てろよ、ムリのやろう!!」

 俺は地面を蹴りつけ、再び駆け出す。

「おい、ちょっと待て」

 ……その瞬間に肩を掴まれる。

「うわ、なんだ!?」

「俺だよ」

 振り返るとそこには見知った顔があった。

「お、親父!? 何でこんな所に!? まだ仕事中の時間だろ!?」

 そこにいたのは我が家の大黒柱であった。

 親父は俺を引っ張って、人気のない路地に連れ込んだ。

「な、なんだよ、俺は今、忙しいんだ」

「クジラを追いかけて、か?」

「お、おぅ。だったらなんだ」

「お前にはやっぱり、見えてるんだな」

 親父はなんとも意味深な事を呟いた。

「親父には見えてないのか? あんなデカブツが? 眼科とか行った方が良いんじゃねぇの? メガネも買おうか?」

「そうじゃない。あぁ……こんなタイミングで打ち明けるのもなんだが」

 親父は少し言いよどんだ後、覚悟を決めたように口を開く。

「俺はこの星の人間じゃない。異星人なんだ」

 正直、突拍子もなさ過ぎて、ギャグかどうかを疑う事も忘れてしまった。

 俺は親父の言葉を何とか噛み潰し、飲み込む。

 しかし、その上で言わなきゃならん。

「こんな時に冗談を聞いている暇はない」

「冗談じゃないんだよ、これが」

「冗談じゃなかったらなんなんだよ!? 異星人なんて、そんなもんいるわけ……」

 いや、違う。異星人はいるんだった。

 確か、蓮野が言っていた。この広い宇宙では星同士のコミュニケーションが取れて、別の星では異星人が存在しているという情報を得た、と。

 アレが嘘でなかったのなら、異星人の存在は、百歩譲ってありだ。

 だが、それが俺の親父だ、と言われるとそれは信じがたい。

 何せ、この男はいたって普通の親父だ。異星人らしい場所なんかどこにもない。

 タコのような外見をしているわけでもなし、銀色の皮膚をしているわけでもない。脳みそむき出しの頭部だって見当たらないしな。

 親父を見て異星人だ、と言うヤツがいたのなら、それは頭のおかしいヤツだと思わざるを得ないだろう。

 しかし、本人は至極真面目らしい。

「今から証拠を見せてやる」

 そう言った親父は、ヒョイと俺の身体を肩に担いだ。

「うおっ!? いきなり何をしやがる!?」

「ちょっと黙ってろ。舌噛むぞ」

 親父の言葉が聞こえるや否や、身体に凄いGがかかる。

 見る見る内に地面が遠ざかり、路地を形成していた建物の屋上が眼下に見えた。

「……なっ!?」

 親父は俺を担いで空を飛んでいた。

「なんじゃ、こりゃぁ!?」

「ただのジャンプだよ。降りるぞ」

 親父の言葉通り、俺たちは近くにあった建物の屋上に降り立つ。

 親父の肩から下ろされた俺は、足に力が入らず、その場にへたり込んだ。

「な、な……な、なんなんだ、今の」

「だから、ただのジャンプだって」

「ジャンプって! 普通、人を一人抱えて……いや、抱えてなくても、あんなに高くジャンプが出来るわけねぇだろ!」

「地球人の普通ではな。だが、俺は異星人だから」

「異星人って……そんな理屈で……えぇ……?」

 つっこむ気力すら失われる。

 俺の親父が異星人? 突然そんな事言われても……。

「困惑するのはわかる。だが、それよりも話を聞いて欲しい。俺がお前にこんな事を打ち明けるのは理由があるんだからな」

「……そりゃそうだろうよ。こんな変なタイミングでそんなカミングアウト……大した理由じゃなけりゃ、ちょっと肩パンぐらいは許してもらうぞ」

「はは、息子に殴られるのは嫌だなぁ」

 そんな風に笑いながら、親父は俺のコメカミに手を当てた。

 そしてフッと持ち上げると、そこには俺の頭大のサークレットのような輪っかがあったのだった。

 まるで手品のように、何もない場所から現れたようだった。

「これはお前の本当の能力を、地球人レベルまで抑制するためのリミッターだ。しかも光学迷彩つき。結構な技術で作られてる。これにより、お前は今まで、地球人として違和感のないレベルで生活が出来ていた」

「はぁ? ……マジで俺の理解力の外を行く話になってきてるんだけど……」

「とにかく聞け。実はお前にも、俺と同じレベルのジャンプが出来るほどの身体能力が備わってるんだよ。ジャンプだけじゃない。その気になれば鉄板だって紙切れのように引き裂けるし、走ったら新幹線くらいのスピードは出せる」

「そんなスーパーマンみたいな力がどこにあるって……」

 いや、待てよ?

 あの頭輪が外されてから、なんだか身体が異常に軽い気がする。

 今なら本当に、雲に手が届くほどのジャンプが出来そうだった。

「う、嘘じゃないのか?」

「俺は嘘なんか言ってないぞ」

 マジなのか……本当に俺は、損な大それた力を持ってるのか? って言うか、親父は本当に異星人なのか!? だったら、俺は異星人と地球人のハーフってこと!? 何それ、グローバルにもほどがある!

「ってか、親父が異星人だってこと、母さんは知ってるのか!?」

「そりゃ当然だ。ちゃんと母さんには何から何まで全部話してある。宇宙船の隠し場所だって知ってるぞ」

「宇宙船とかあるのかよ!? アンタ、何光年飛んできたんだ!?」

「そんな事はともかく、今は目先の問題を片付ける事に集中しろ」

 そ、そうだ。今はあのクジラをどうにかして、蓮野を助けなければ。

「良いか。お前は俺と違って、あのクジラが見えてるんだろ? そして、どうにかする方法もなんとなく浮かんでるんじゃないのか?」

「方法なんて、成功する確証なんかサラサラないけど……どうしてそんな事を?」

 俺の頭の中では、蓮野に手が届けばどうにかなるような気がしている。

 俺がこれまでムリと接してきて、なんとなくだかわかってきていたのだ。

 俺とムリは物理的に接触しない。

 一番最初、蓮野と初めて出会ったあの夜に、ムリのパンチを受けても無事だった事。

 そして二度目、ムリが俺に襲い掛かってきた時の事。

 そのどちらも、俺はムリのパンチを避けられてはいなかった。

 だが、コンクリートを易々と粉砕するパンチを受けて、俺なんかが無事でいられるはずもない。たとえ異星人とのハーフであったとしても、怪我は免れないだろう。

 ならば、どうして五体満足でいられたのか。

 それは俺とムリが接触しないからだ。

 ムリの拳は俺をすり抜け、壁や床に当たっていたのだから、俺が怪我をする理由もないというわけだ。

 ムリと接触しない理由は今までわからなかったが、やっと理解できた。俺が異星人だったのならばそれも納得が出来る。

 ムリは星の力によって生み出されるバケモノだ。恐らく、星の力の結晶っぽい何かなのだろう。だとすれば、だ。

 蓮野は言っていた。星の力は地球外のモノには影響できないと。

 つまり、俺が蓮野の力に左右されなかったのは、俺が異星人とのハーフだったからであり、ムリの攻撃が素通りするのも異星人とのハーフだったからなのだ。

 だとすれば、あのクジラに対しても、俺はヤツを素通りできるだろう。

 素通り出来るのだとすれば、クジラの中心に浮いている蓮野に触れる事だって容易いはず。問題はあの高さまで、どうやって到達するかと言う事だったが、それもいつの間にか解決できてしまっていた。

 疑問があるとすれば、俺のこの考えを、親父はどうやって見抜いたのかと言う事。

「それは、これだ」

 親父は俺の頭に生えているアホ毛を引っ張る。

「俺のアホ毛がどうしたって?」

「アホ毛って呼んでるのか? これは立派なアンテナだぞ」

「アンテナ!?」

 確かに、一昔前はアホ毛じゃなくてアンテナと呼ばれることもあった二次元記号ではあるけれども、本当にアンテナ!?

「お前のそのアホ毛は、お前の心理状況、健康状態を、俺に逐一報告してくれるための電波塔の役目を果たしているんだ。だから、ぼんやりとではあるが、お前の考えてる事もわかったりする」

「こ、このピーピング親父め! 思春期の息子の妄想を盗み見るだなんて、恥を知れ!」

「いやいや、これが難儀なもんでな。お前の思考を完全に把握できるなら便利な物なんだが、ホントぼんやりとしかわからないんだよなぁ」

「それでも充分だわ! なんか、部屋に隠してるエロ本がバレた気分だよ!」

「隠してるのか?」

「隠してねぇよ!!」

 くそぅ、なんだかいらぬ所で赤っ恥だよ、くそぅ!!

「とにかくだ、お前がどうにかできるってんなら、そのクジラとやらをどうにかしてくれ。母さんも心配がってるんだ」

「母さんが? どうして?」

「普通、急に空飛ぶクジラが現れたら何事かと思うだろ?」

 まぁ、そりゃそうか。

 俺はムリを見慣れているから割りと普通に対応しているが、そうでなければ驚天動地といった具合に驚いてしまうだろうな。とは言え、異星人と結婚しているような母親に、今更クジラが飛んでるからって驚いて欲しくはないが。

 我が家の事はともかく、街の様子を見ても、大騒ぎは留まる所を知らないようだ。

 これはやはり、早々にどうにかした方が良さそうである。

「親父は手伝ってくれないのかよ?」

「言っただろ。俺にはそのクジラとやらが見えないんだ。どうやら、生粋の異星人である俺には見えないように出来ているらしい」

 俺はハーフだから辛うじて見えているって事か。もしかしたら普通の人には、あのクジラの身体が半透明ではなく、ハッキリ見えているのかもしれない。

 だとすれば、本当にこの状況をどうにかできるのは俺しかいない。

 蓮野が言うには、ムリは現代兵器ではどうしようも出来ない代物らしい。

 ヤツに対抗するには、星の力が必要だ。そして、星の力を使えるのは今のところ、蓮野だけである。

 そして、蓮野を助ける事が出来るのは、俺だけだ。

「よし……やるだけやってみよう」

 上手く行く自信なんかありはしない。

 だが、現状を打開出来るのが俺だけしかいないのならば、俺がどうにかするしかない。

 それより何より、俺は蓮野の誤解を解かねばならんのだ。それが最重要である。

 自分の愚かさ故に起こった事態だ。自分のケツぐらい、自分で拭くさ。


****


 近くにあった、一番背の高いビルの屋上へとやって来る。

 驚いた事に、本当に俺の身体はどうにかしてしまったらしく、ビルの屋上から屋上へと飛び移るくらい、子供が水溜りを飛び跳ねるのと同じぐらいの心持ちで出来てしまうのだ。今ならば立ち幅跳びの世界新記録ぐらい、軽々飛び越えられるだろうよ。

 まぁ、そんなわけで、俺はビルの屋上にあったヘリポートに立っている。

 上を見上げると、最早濃紺の占める割合が多くなりつつある空に、半透明のクジラが悠々と旋回している。まるでトンビのようだ。

 クジラのムリは、やはり俺を挑発するように見下し、たまに

『ムリッ! ムリッ!』

 と、鳴き声を上げている。恐らく、あの鳴き声を翻訳できたとしたら、俺を馬鹿にしている言葉を浴びせているのだろう。理解出来ない言葉で罵倒されようと、痛くもかゆくもないはずだが……なんだかムカつく。

 余裕こいてられるのも今の内だぞ、このやろう……ッ!

「お姫様は返してもらうぜ!」

 丁度、クジラが俺の頭上に腹を見せるタイミングを見計らう。

 蓮野はクジラの体のほぼ中心に浮いている。アイツに直接触れるのに、絶好のタイミングを見切らなければならない。

「……ここだっ!」

 両足に力を込め、思い切り地面を蹴る。

 ミシっと音がして、屋上にヒビが入った気がしたが……多分気のせいだろう。

 俺は高く高く跳躍し、

『ムリッ!』

 驚くムリの腹からクジラの体内へと侵入した。


 ムリの中に入った瞬間、目の前にはモヤがかかったように乳白色で埋め尽くされ、感覚がジンワリと麻痺する。

 今やジャンプして上昇しているのか、それとも既に下降しているのか、それすらわからなかった。ただひたすら、不安を煽るような浮遊感だけが俺を支配している。

「なんだ、これ……」

 不思議な感覚に囚われ、俺は辺りを見回す。

 ムリの姿は見えず、蓮野も見えない。

 一体どういう状況なんだ、これは……?

 事態が全く飲み込めず、俺が混乱していると、周り全体の空間が振動する。

『どうしてここへ来た? 蓮野鼎はお前を拒絶したぞ』

 それは不思議な声だった。

 男とも女とも思えない、若いとも老いているとも言えない、どこから聞こえたかなんて全くわからない。言ってしまえば、その全てを内包しているような、圧倒的な『何か』の存在を感じさせる声であった。

 その声はいっそ、神々しささえ感じさせた。

 だが、俺はそれに物怖じせずに答える。

「俺は、蓮野と話がしたいから来たんだ! 誤解をされたまま放ってなんかおけるか!」

『誤解、とはお前と森野晴佳の仲の事か? 事実、お前たち二人は好き合っているだろう。蓮野鼎が抱いた感想は、誤解とは呼べない』

「それは違う! 確かに、俺はハル姉さんが好きだが、今は女性として好きと言うよりは、友人として、隣人として好きと言うレベルだ! それに、ハル姉さんは付き合ってる彼氏だっている! 俺たちが好き合ってるわけがない!」

『では何故、あんな事をした?』

 あんな事、とは当然、キスの事を言ってるんだろう。

 その問いには流石に言葉が詰まった。

 あんな事をしておいて、今更どの面下げて『ハル姉さんは好きじゃない』なんて言えようか。

「……確かに、俺の中にはハル姉さんへの想いが残ってたかもしれない。それが弾みで溢れ出てしまったかもしれない。俺だってまだ高校生だ。ケツの青いガキだよ! 綺麗なお姉さんに迫られて、キスまでされたら理性が吹っ飛ぶ事だってある!」

『見苦しい言い訳だな』

「そうだよ、言い訳だよ! 俺のやった事は消せないし、男として最低の事をしたと思ってる! 今じゃ、どうしてあんな事をしたのかと、後悔と自己嫌悪で死にそうだよ!」

『ならば……』

「でもなぁ!」

 全方位から響いてくる声を遮り、俺は力の限り声を上げる。

「だからって、好きな女の子に、俺が別の人を好きでいる、なんて誤解をされたまま死ねるか! 蓮野が俺の事を好きって言ってくれるなら、俺だって言い返してやる!」

 肺にためた空気を一度吐き出し、俺は再び深く、深く息を吸う。

 そして、全力で吐き出す。

「俺なんか、蓮野が俺を想ってくれてる気持ち以上にっ! それの何倍もッ!! 蓮野の事が好きだぁっ! これは冗談でも軽口でもなく、混じりっ気無し、百パー本気の、俺の本心だぁっ!」

 俺の叫びを聞いて、周りの空間が声もなく振動した気がした。

 ヤツめ……正体はわからんがひるんでいるな!? ここが畳み掛けるチャンス!

「俺はこの想いを蓮野に届けるまで、絶対に死なないし、絶対に諦めないからなッ! どんなに星の力が俺を阻もうと、俺は蓮野に会って、この気持ちを伝える! 俺は……」


「俺は、蓮野が、好きだああああぁぁぁぁぁッ!!」


 パキっと音を立てて、俺の全周囲を覆っていた乳白色のモヤがひび割れる。

『そんな恥ずかしい事、よく叫べますね』

 周りに響いていた声が変わる。

 この声は良く知ってる。

 俺のいっこ下の、女の子の声。

 俺の好きな、女の子の声。


 声を合図に、モヤはガラスが砕け散るように割れ、俺の視界が開ける。

 夜の空、眼下にはネオンが灯っている町。

 そして、眼前には赤い球体から飛び出してきた、蓮野の姿があった。

「蓮野ッ!」

「センパイ!」

 クジラのムリはいつの間にか消えており、しかし慣性を有したままの蓮野は、俺に思い切りぶち当たってきた。

「ふがっ!」

 抱き止めようとしたが空中では上手く身体が動かせず、俺と蓮野は衝突してしまった。

 何の踏ん張りも利かず、俺たちは着地位置を大きくずらして地面に引かれる。

「うぉ! お、落ちるぞ!?」

「大丈夫です」

 蓮野の目が紅く光る。

 すると、その途端に世界が輝き、星の力が行使された。

 蓮野の背中には白い翼が生え、それをはためかせて飛行を始める。

「ほ、星の力ってのはホントに何でもアリだな……」

「今頃気付いたんですか?」

 微笑む蓮野の顔を見て、俺もなんだか笑いが零れた。


****


 ゆっくりと、俺は適当なビルの屋上に足をつける。

 蓮野も俺の隣に降り立ち、翼をしまいこむと……

「さて、センパイ」

「は、はい」

 俺を睨みつけてくる。

 先ほどの柔和な笑みは一体どこへ行ってしまったのか……。

「センパイは私に謝る事がありますね」

「はい、仰るとおりで……」

「では、どうぞ」

 これほど高圧的な謝罪要請は初めて見た気がするな。

 だが、俺も非は感じているのだ。潔く頭を下げるべきである。

「すまん、蓮野! 俺、ハル姉さんとキスしてしまった!」

「知ってます。……センパイって、好きでもない人とそういう事しちゃう人だったんですね、幻滅しました」

「うっ、言い訳のしようもございません……」

 俺は顔を上げられず、深々と頭をたれながら針の筵に座る心地を味わっていた。

「しかし、この度、俺はこんな失態を犯しましたが、今後はこの様な事がなきよう、全力で理性を保ち続けますので、どうか、どうか平にご容赦を……ッ!」

 誠心誠意の謝罪を受け、蓮野はどう思ったのだろう。

 顔も見れないから心情も推し量れない。

 しばらく沈黙していた蓮野だったが、ふと俺の頭上から声が落ちて来る。

「一つ、条件があります」

「はっ、俺に出来る事なら、なんなりと……」

 蓮野が俺の肩を叩く。

 俺の顔を上げさせ、ツイと一歩、俺に近寄る。

「簡単な事です。あなたの本心とやらを行動で示してください」

「行動で……とは?」

「女の子に恥ずかしい事言わせようとするなんて、センパイはすこぶる最低ですね」

「いや、ガチでちょっと選択肢が多すぎて……」

 正直、俺の気持ちをストレートに蓮野にぶつけようとすると、アダルト展開まっしぐらになりますけど、それは流石にどうかと思いますし……。

 なんて事を考えていると、蓮野が俺の胸に頭を預けてきた。

 トン、と棟に心地よい衝撃が走る。同時に、鼓動が高鳴り、胸が痛いぐらいだった。

「は、はは、蓮野さん?」

「……キス、してください」

 顔を上げないまま、蓮野がそんな事を言った。

 正直、緊張と興奮で頭がどうにかなりそうだった。

「い、良いのか?」

「確認を取るとか、最低です」

「う、ゴメン……」

「良いですよ。……センパイとなら」

 胸から伝わる振動が、心地よい緊張を感じさせてくれる。

 恐らくだが、俺の顔は真っ赤だろう。そして蓮野の顔も真っ赤だろう。

 だが、嫌な気持ちはしない。

「蓮野」

「……はい」

 俺が蓮野の肩を掴むと、彼女が顔を上げる。

 しばらく俺たちは視線を合わせ、無言で見つめあい……ふと蓮野が目を閉じる。

 肩を掴んでいる手から、蓮野の震えが伝わってくる。蓮野の緊張が伝染して、俺まで震えだしそうだった。

 だが、それを何とか我慢しつつ、

「いくぞ」

「そ、そういうのは言わなくて良いです」

 恥ずかしがる蓮野に唇を重ねた。


 永遠とも思える一瞬、なんて言葉はよく聞く文言ではあるが、それを体感した。

 もしかしたら、蓮野が星の力を使って時間を止めたのかもしれない。……いや、それだと俺には影響しないのか。

 とにかく、蓮野と唇を触れさせている瞬間は、俺にとって特別で、一生の記念になるような、最高の時間だった。

「……ん」

 静かに、二人が離れる。

 静か過ぎて緊張が膨れ上がってしまうぐらいだった。

 ヤバい、顔が超熱い。

 蓮野の顔とか直視できない。

「違います」

 その時、蓮野の声が聞こえた。

「は、蓮野? 違うって、何が?」

「これは、森野さんとしたキスじゃないですよね?」

「えっと……え?」

 確かに、ハル姉さんとはちょっと違った気もするけど……え?

「ちょっと、蓮野さん?」

「同じ事してくれないと、許しませんから」

「それって、ちゃんと意味わかって言ってる?」

「わかってますよ!」

 真っ赤な顔を更に紅潮させ、蓮野は頬を膨らせる。

「大人のキス、してくれないと許しませんから」


****


 その後、蓮野の能力によって空飛ぶクジラは、記録にも記憶にも残らない存在となった。

 クジラの事を知っているのは蓮野と俺と、多分親父だけだろう。

 こうして事件は解決した。……というか、うやむやにされた。

 だが、蓮野の言葉が現実を教えてくれる。

「すごい能力使っちゃいましたから、明日のムリはでかそうです」

 ……そう言えば、出現するムリのサイズは前日に使った星の力の影響力や難易度に比例するのだった。

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