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エピローグ

エピローグ


 夏の盛り。夏季長期休暇を目前にして、俺は暑さにダレていた。

 気温は例年より高く、過去最高を記録したとか何とか。そんなセリフは毎年のように聞いている気がするが、どこまで暑くなるんだよ、地球。

 ああ、秋が恋しい。

 屋上なんかは屋根がなく、コンクリがむき出しになっているが故に、更に暑さが倍増している。何で俺は、昼休みにこんな所に来ているのやら……。

 原因はまぁ、言わずもがな、蓮野だ。

 いつもは教室で弁当を食べているのに、今日ばかりは朝の通学路で俺を待ち伏せしてまで屋上へ呼びつけたのである。教室だったら屋上よりも幾許か涼しいのに……。

 しかも、かれこれ十分ほどは待ちぼうけだ。

 まさかこれが蓮野の罠だったりしたら……どうしてくれよう!?

「お待たせしました」

 そんな事を考えていると、鉄のドアがガコンと鳴いて開けられる。

 現れたのは蓮野。手には巾着袋を二つ、提げていた。

「おぅ、待ちくたびれたぞ」

「それは申し訳ありませんでした」

 全く悪びれていない謝罪文句を聞き流しつつ、俺は蓮野に向き直る。

「で、今日は何用で俺をここに呼び出したんだ? 今日は昼からムリが現れるとか?」

「もしそうだとしたら、むしろセンパイを呼びつけたりしませんよ」

 日陰に腰を下ろした蓮野は、俺に巾着袋を一つ、渡してきた。

「これは?」

「……開けてみてください」

 言われたとおり、俺は巾着の口を開く。

 中には可愛らしいサイズの弁当箱が。

「こ……これはもしや……て、手作り弁当!?」

「そ、そうです」

「マジか!? 蓮野が、俺に! 手作り弁当を!!」

「そ、そんなに大げさに喜ばないで下さい。恥ずかしいな……」

 顔を紅くしてそっぽを向く蓮野。

 いや、だって狂喜しても仕方ないだろ。好きな娘から手作り弁当とか、どこのギャルゲイベントだよ、って思っちゃうじゃん。

「現実にこんな良いイベントが起きるんだなぁ……今まで生きてて良かった」

「そこまで感動する事ですか……」

 あ、ちょっと喜びすぎたか。蓮野が若干引いてる。

 俺は咳払いを一つして気分を取り直しつつ、弁当箱を取り出す。

「開けても?」

「どうぞ」

 了承を得てから、弁当の蓋を開ける。

 中には小さめのおにぎりが二つ、おかずにはたまご焼き、から揚げ、冷凍コロッケなど、定番メニューが詰まっている。

 正直な話、量の話をすると現役高校生男子の腹を満たすには心許ない事この上ないが、足りない分は愛情でカバーである。

 ヤバい、ちょっと涙が零れそうだわ……。

「食べてみてください。多分、上手く出来てると思います」

「おぅ、いただきます」

 手を合わせて、おにぎりを頬張る。

 うん……普通!

 具が何もない、のりと白米の味しかしない! 普通! でも美味い! 不思議!

 たまご焼きも、から揚げも、コロッケも、超普通! なのに美味い! 不思議!!

「ヤベェ、ヤベェよ、俺、こんな美味い弁当、初めて食ったかも」

「大げさすぎます。特別な事は何もしてませんし」

「その素朴さがまた良いと言うか……とにかく、ありがとな、蓮野」

「い、いえ……」

 また顔を紅くし、そっぽを向かれた。

 いや、この反応も可愛らしくて良いと思いますけどね!

「でも、なんで急に弁当なんか?」

「思い付きです。こうすればセンパイ、喜んでくれるかな、と思って」

「そりゃ喜びますとも! なんなら小躍りしちゃうぐらいにね!」

「やめてください」

 マジトーンの制止を受け、俺は見事な小躍りを披露出来ずに終わった。

 チクショウ、蓮野のマジックポイントを引き下げてやろうと思ったのに。


「センパイ、そろそろ夏休みですけど、何か予定はありますか?」

「うん? まぁ、盆には墓参りするぐらいかな。後はチョコチョコと友人と遊ぶ約束を取り付けてるけど……どうして?」

「い、いえ……」

 蓮野は食べ終わった弁当箱をしまいつつ、言い難そうに言葉を濁した。

「なんだよ、言いたい事があるならズバっと言ってみなさいな」

「えと……」

 しばらく言葉を選んだ後、意を決したように、蓮野が口を開く。

「な、夏休み中に、どこか行きませんか?」

「どこかって、どこに?」

「その……例えば、お祭りとか」

「あ、プールとか? 蓮野の水着姿とか見たい」

「……ヘンタイ」

「えッ!? そういう反応!?」

「センパイはそういう事ばっか言ってるから、ダメなんですよ……」

「ダメって何が!? 俺のどこがダメだっていうんだよ!?」

「なんか、全体的に残念な雰囲気なんですよね」

「残念とか言うな!」

 くそぅ、相変わらず切れ味の良いジャブを放ってきやがるぜ……ッ!

「でもまぁ、悪くないかもな。蓮野と二人でお祭り、プール、海水浴」

「プールと海水浴、どっちも行くんですか?」

「プールと海じゃ趣が違うからなぁ。海はちょっと遠いけど、なんとかなるだろ」

「そ、そうですか……水着、買わないとな」

「俺が選んでやろうか!?」

「遠慮しておきます」

 楽しい思い出作りの計画は、ワイワイと花が咲く。

 こんな暑い夏でも、少しは楽しみな事が出来てきた。

 今年は良い夏休みになりそうだな。

「センパイ、鼻の下伸びてますよ。変な妄想しないで下さい」

「バッ! 違ぇよ! そんな妄想してないよ! するんだとしたら、蓮野にスゲェきわどい水着とか着せるよ」

「セクハラで訴えます。慰謝料を旅行費に当てましょう」

「それって、完全に俺が奢ってるだけだよね!?」

「ふふふ……」

 凄く楽しそうに、蓮野が笑っている。

 この笑顔が見れれば、まぁ旅行費を奢るぐらいなんでもないかな、と思わされてしまう。

 いかんな、このままではケツに敷かれてしまうかもしれん……。

「ねぇ、センパイ」

 立ち上がった蓮野は、日向に出てこちらを振り返る。

 そして、満点の笑みでこう言うのだ。

「デート、楽しみですね!」

 そんな蓮野を見て、つくづく思う。


 ああ、可愛いな、と。

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