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Eis  作者: 水星
1.イーズとアイス
2/2

1-2

 陶器のマグを両手でじっと握り、目を伏せてその男の子は微動だにしない。自ら光を放っているような、氷のような薄い水色の髪が特徴的で、その白い肌は手の中の陶器のようにあえかだった。


 黒髪の少年は、しばらく放心したかのように彼に見とれたあと、はっと息をついた。


「……こんなとこに、ひとりで来たのか?」


 共通語で言葉をかけると、男の子は少し間を置いたあと、ゆっくりと顔を上げた。薄い唇が開き、平坦な声が小さく漏れた。


「それ、ぼくに聞いてるの?」


 正面から彼を見つめるのは、ひどく澄んだ青い瞳だった。


「そ。お前みたいな子供で旅人って珍しいよな! 聖夜の市も、泊まらなきゃいけないくらい遠くからくるにはお前はちょっと小さすぎんだろー」

「べつに……。おまえには関係ないでしょ」

「そうつれなくすんなよー!!!」

「え、なに、話通じないの? 髪の色へんだし、外の人?」


 警戒しているような視線を、少年は平然と受け流した。軽いくせ毛なのか何度も顔にかかってくるその黒髪を指で少し触って、軽い態度で答える。


「おっ、よくわかったな! そうだぜ? ここは薄い色の頭のやつ多いよなあ。俺はひとりで旅してんだ。ここから……そうだな。遠い、海超えたとこの国の生まれだ」

「へえ」


 話を続ける気など全くないとでも言いたげな返事の短さに、思わず苦笑する。


「何……?」

「いや、ごめんごめん。なんでもないよ。そうそう。お前、名前は?」

「自分から名乗ったら?」


 人によっては、生意気だなという印象を与えそうなすげない返答だったが、黒髪の少年はそうだな、と言ってまた笑った。


「俺は、イーズ。イーズ・カラント。お前は?」

「……干しぶどう?」

「え?」

「いや、ここでカラントって、そういう意味で……って、なんでもない、ごめん」

「いや、そこで謝んなって、な!! で、そっちは?」

「アイス。アイス・トゥルリー」

「年は?」

「なんでそんなこときくの? ……九つだけど」

「へえ、そうかそうか!! 俺の半分だな!」


 なぜか楽しそうに笑うイーズに、アイスはさらに怪訝そうな顔をする。どうしてそう嬉しそうなのかを問おうとすれば、その前にイーズの料理が運ばれてきた。この国ではよく食べられている粥と飲み物だ。


「じゃ、今日も神のお恵みに感謝してっと……」


 ききなれない食前のあいさつを済ませると、イーズは匙を手にぱくぱくと粥を食べ始めた。雑穀と、柔らかくした干し肉を一緒に煮て、岩塩を効かせた単純な料理だが、材料の処理は丁寧で、非常に美味に感じた。シーシェは喉の奥から湧き上がってくるような程よい甘さで、体の真から温まりそうだ。


「お前、もう晩飯食ったのか?」

「食べたけど……? なんで聖夜の市たってんのにそんな地味なもの食べてるの?」

「いやあ、俺この国くんの初めてでさ!! 何食ったらいいか目移りして迷いすぎて……。あとここの金もあんま持ってねえし。だから、とりあえずこの国案内してくれる奴さがしてから考えようって思ってたんだよ。さすがに今日で終わりってことはないだろ?」

「まあ、そうだけど」


 聖夜の市が立ったのは昨日からだ。この国ではこの祭が季節一巡りの中で一番重要な行事となることもあって、回数を重ねるごとにその規模は大きくなっている。今年は、あと四日ほど市が続くはずだ。


「……ほんとにこっちには来たことがないんだね。有名でしょ。この聖夜の市」

「実は峡谷の絶景が本命でさ、聖夜の市のことは着いてから知ったんだ」

「峡谷って……リトクァノフィスクのこと? 真冬にあんなとこいこうとするなんて、さっきからずっと思ってたけどばかなの?」


 この国では、氷河で削れた谷の続く絶景が見られると有名だった。何年か前に会った旅人が、その素晴らしさを力説していたことをイーズは思い出す。


「そういや凍死の危険は考えてなかったな!! ここに来る前は南国にいたから寒すぎてびっくりしたぜ!」

「それだけで大陸こえてきたの?」

「昔から行動力には定評があってな!!」

「いい? ぼく、ほめてないからね?」


 噛んで含めるような言葉を意に介さず、あははとイーズは頭を掻いた。


「まあでもお祭りは大歓迎だな。まだ続くんなら思う存分堪能してえし」

「はあ……。そう」


 いくら言っても堪えた様子のないイーズに、アイスは何度目かわからない溜息をついた。


「いやあ、こんな寒いとこで、こんなあったかいもん食えると思ってなかったから、お前が地味っつーコレでも俺にはありがたいんだけどな。あ! これうっめえよー。良いスープだ!」

「あら、そう? それならよかったわ! きちんと真心こめて作ってるからね!」


 通りがかった女主人を捕まえてからからとイーズは笑う。


「あ、そうだ。悪いけど、お客がいっぱいでね。この子と相部屋になっちまうんだが、それでもいいかい?」


 チャリ、と鍵を見せる女主人に、イーズはさらに笑みを深め、逆にアイスは少し青ざめた。無表情な子供かと思っていたが、意外と顔に表情が出やすいのかもしれない。


「俺? 俺はいいぜ! こんな小さいやつが一人でいんのは危ねえしな!」

「そうかいそうかい! じゃあ、すまないけどそういうことで頼むよ」

「おう! あ、シーシェもうまかったぜ! 俺好みの甘さだった!!」

「ちょっとまってなに勝手に決めてんの? ぼくの意見は?」

「ん? ああ、大丈夫だって俺いびきかかねえから!! アイスに迷惑はかけねえよ!!」

「そういう問題じゃないでしょ!」


 ピントのズレた返答をするイーズに、悲惨そうな顔でアイスが叫ぶ。確かに、いびきかくやつがいると雑魚寝の宿じゃ大変だからなあとイーズがいうと、良かったねうちが個室で、と主人が笑った。


「じゃ、そういうことで、よろしくね! 部屋はその子にきいとくれ!」


 注文を頼む声に引かれるように、主人は鍵を机に置いて、別の卓へ行ってしまった。アイスは何か言いつのろうとしたが、思いとどまって、ぐっと唾を飲んで姿勢を戻した。せっかくのお祭り気分で浮かれる人が屯するここで、我を通すために声を荒げてもいいことはない。一人で静かに時間を過ごせるかと思っていたのに、よりにもよって騒がしそうな少年と相部屋か、とまた溜息をつく。


「溜息つくと幸せ逃げるぜー?」

「……なにそれ」

「あれ? 知らねえ? 俺のふるさとでは溜息つくとそういわれるんだ。いいつたえってやつ。この国にもあるだろ?」

「……うん」


 関心のなさそうに相槌を打って、アイスは椅子から立ち上がった。椅子にかけてあった上着を手に持つ。


「混んできたから、ぼくは部屋にもどるよ」

「え、え!? ちょ、ちょっと待てって!」


 入口の方を顎で指し示したアイスに、イーズは慌てて大声を出す。残っていたルーストとシーシェを掻き込んで、イーズは左手の上に右手を重ねてなにやら二言三言呟いた。アイスは、そのイーズの言動に疑問を覚えたが、先ほどまでの彼の騒がしさに閉口して何も言わなかった。


 廊下を進むと、食堂のざわめきがすぅっと遠くなっていった。二人のブーツと床が、ぽこぽこと音を鳴らす。今は既に宵の口だが、両側の壁には油を使ったランプが等間隔で並んでおり、窓からは月明かりを反射した雪の光が差し込むおかげで廊下はかなり明るかった。

 着いた部屋は狭く、だが寒い国のこの季節にはその方がありがたいかもしれない。部屋の左側には、小さなテーブルを挟んでベッドが二つ並んでいる。片方にはアイスのものらしき荷物がまとめられていた。部屋の右側にはデスク。その上にはランプと、手のひら二つほどの大きさの鉄製の長方形の箱と分厚い布の巾着がふたつずつおいてあった。


「なあアイス、これってなんだ?」

「……暖炉の灰をいれて、布でくるんでつかうんだ。ここの夜は、さむいからね」

「へー! なるほどな! ありがとう」


 箱を手に取り、部屋の奥にあった小さな暖炉に、さっそく近寄ってみる。据え付けのスコップで灰を掬おうとすると、横から伸びてきた手にそれを押さえられた。


「布でくるんでからじゃないと、やけどするってば」

「まじか! うおお、あぶなかったな! ほんと助かった! ありがとう!」

「……ほんと、もっと静かにできないの」


 ぼやくアイスを無視して、イーズは改めて暖房器具を使う。手に握ると、じわじわと暖かさが広がるのがわかった。


「おおー、あったけー」


 もう一つの方にも灰を入れ、ベッドに腰掛けるアイスに手渡す。


「……どうも」


 自分もベッドに座ると、イーズはのびをした。


「俺はさ、アイスくらいの年からずーっと旅をしてきたんだ。頭はわりいけど、生きていくための知恵ってやつはなんでも持ってるから、いろいろきいてくれて構わないぜ!」

「……どうして旅なんか?」


 無視すればまたうるさいからと適当に返事すると、イーズがぽんと手を打った


「そういや、なんでかなー。ずっとこうやって生きてるからこれ以外の選択肢が思いつかなかったっつーか……。まあ新しいものに出会ったりするの楽しいし。いろんな見た目のやつがいるし、いろんな考え方のやつがいるし、いろんな暮らし方してるやつがいるしな。あんま贅沢できねえけど、それでも金稼ぐ手段はいくらでもあるから、結構うまいもんは食えたりするぜ」

「……」


 ふっつりと黙り込んだアイスに、イーズは首を傾げた。


「どうかしたか?」

「……明日、どうするの?」

「ん? 予定を訊いてんのか? そうだな、せっかくお祭りなんだから、屋台とか回ってみようかなって思ってるけど。あっ、そうだ! なあアイス」

「……なに?」

「もしよかったら案内してくれねえ?」

「……」


 難しい顔で黙り込んだアイスを見て、イーズは苦笑した。


「駄目……か?」

「……いいよ。ぼくは案内人の仕事をしてるから。運がよかったね」

「えっ!! まじで!!」


 思ってもみなかった返答に、イーズが目を輝かせる。


「俺、アイスが受けてくれなかったら強引にでも頼もうかと思ってた……!!」

「……実力行使は犯罪だよ」

「いや、なんかこう、子供って甘いもので釣れるかなーって思って」

「ぼくはそんなに単純そうなんだね、これから気をつけるよ」

「いやいやいやいやなにもそんな言い方してないだろ!? ちゃんと対価は払うつもりだったんだってことを言いたかっただけだ!!」


 裏返った声とぶんぶん振られた手でイーズの焦りがよくわかる。何やら早口で騒いでいるが、アイスにはうまく聞き取れなかった。弁解を聞き取る気がなかったとも言える。


「まあ、でも、案内してもらうときにかかるお金は俺が出すよ」

「……じぶんの分はじぶんで出すよ」

「いや、そこで遠慮するなよ!! あ、あとこの国の金に両替できるところに案内してくれな」

「わかった」


 アイスの返事を聞いて満足そうに笑うと、イーズは靴を脱いで布団に潜り込んだ。


「そうと決まれば早めに休むか!! 早寝早起きすると背も伸びるしな!」

「……それっていやみ?」

「そんなことないって! 子供は小さいほうがかわいいからさ!」

「はぁ?」


 アイスは抗議の声をあげるも、すでに睡眠態勢に入ってしまったイーズにその声は届かなかったようで、相手にはされなかった。短時間しか会話していないはずなのに、ひどく疲れている。シャツのボタンを緩めてアイスもベッドに横になった。久しぶりに人と会話をしたような気がする。

 目を閉じると、先ほどまでは気にかからなかった薪の爆ぜる音が聞こえた。灰を入れた箱のおかげでじんわりと寝具は暖かい。久しぶりに聞こえる他人の寝息に聞き入っているうちに、アイスはいつのまにか眠りに落ちていた。

 夜が更けていく。

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