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ザクザクと雪を踏みしめる音。多くの電飾に彩られた屋台。売り子たちの呼び声。視界には白銀の雪と街灯の光がちらつく。行き交う人々に握られたカップからは暖かな湯気が立ち上っている。完全に日は沈んでいたが、街はまだまだ喧騒に満ちていた。
親と手をつないではしゃぐ幼子を見て、ひとりで通りを歩いていた黒髪の少年は目を細めた。紺の瞳に優しい色がのぞき、顔が綻ぶ。
「ちょうど聖夜の市が立つときに来たのか、にぎやかでいいな」
少年は長く使いこまれたような古びた重そうな鞄を提げていた。寒さで着ぶくれているはずなのにすっきりとした体型だった。貧弱そうだともいえる。腿まである濃い青色の、どこかの軍装のような厚手のコートと黒のズボン、ベルトのたくさんついた丈夫そうなブーツ姿で、首元にはペンダントか何かを提げるような鎖が覗いていた。
見慣れない顔立ちの人々が闊歩する様を、興味深そうに彼は眺めていた。皆一様に薄い金髪や銀髪と、雪に紛れるような白さの中、彼の黒い髪は少し目立っている。自分の容姿には無頓着なのか、その髪は整えられておらずぼさぼさだった。
この国を訪れるのは初めてだった。彼の故郷はどの地方も貧しかった。圧政に耐え、日々生きていくだけで精いっぱいで、皆暗い表情ばかりしていた。
(寒いけれど暖かそうな国だな)
人々はみな笑顔を浮かべ、手の込んだつくりの衣服を纏っている。少年の目の前には、この国の豊かさが窺える光景が広がる。子供たちはキャッキャと駆け回り、大人たちはそれを優しく見守り、屋台からは食欲をそそる芳ばしい匂いや甘い香りが立ち上る。屋台が途切れるあたりからは、白い建物がずらりと並び、目を凝らしても見えないほど遠くまで連なっていた。
ここは、寒冷地帯にあるリグレイという国だ。冬の季節を無事に越せるようにと始まった聖夜の祭の波が伝播し、この時期はあちこちで競うように市が立つ。
(腹へったけど、歩き疲れたし、今日は宿で食うか……)
ここが国境沿いに近い街とはいえ、遠い国から移動続きだったので少年の頼りない体にはかなり疲れが溜まっている。立ち食いするにも、荷物が邪魔だ。この国の貨幣も手持ちがないので、屋台では使うことはできないだろう。入国のときに少しでも交換しておくべきだったかもしれない。
宿屋の看板を見つけると、少年は「やっと見つかった……」と声を上げた。雰囲気のよさそうな建物で、そのことにも安堵した表情を見せる。扉の前の階段を数段のぼり、頭に積もった雪をはらいながら戸を押し開ける。戸についた鈴がちりんちりんと来客を知らせた。
入ってすぐの空間は食堂になっていた。奥のカウンターには黒板がつりさげられており、共通語とこの国の言葉で今日提供できる食べ物が書かれていた。食堂はかなり混んでいて、ざわついた空気に少年はおおー、と驚きの声をあげる。
「あー、これ部屋空いてるか? とりあえず飯にはありつけそうだけど……」
小さく少年は呟く。程よく酔いの回った客もいるようだが、完全に会話の声がかき消されるほどではなさそうだ。
「いらっしゃい。一人かい?」
「残念ながらもちろん!! ってことで、ルースト(肉入りの雑穀粥)とシーシェ(暖かい砂糖入りの茶)、頼むぜ!」
声をかけてきた女主人に夕飯を頼み、空いていた暖炉のそばの席につく。ざわざわとした食堂の喧騒が、吹き抜けとなった高い天井に反響し、耳を優しく覆っていった。コートを脱いで背もたれに掛け、左目にかぶさってくる前髪を軽く押さえる。
顔をあげて、彼は一瞬息を飲んだ。
向かいには、人形のように綺麗な顔をした子供が無表情で座っていた。




