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地獄ノ女王  作者: 夜魅
32/35

29人目 替野 美美



「ビビちゃん、こっち向いてー!」

「はーい!」

「こっちに目線ちょうだーい!」

「喜んで!」

 オタクの聖地と言われている、ある場所で、大勢の人がカメラを持っており、中心に居る女性がポーズをとる。

 その女性はコスプレイヤーの中で人気のビビであった。




   ◆ ◆ ◆




 地獄ノ女王ことミヤはパソコンである画像を見ていた。

「ねぇ、執事。なんか派手な服着てる人が沢山いる」

「これはコスプレですね」

「こすぷれ?」

「コスチュームプレイの略です。簡単に言えば、好きなキャラクターの服を着たりして楽しんでることですよ」

「ふーん⋯⋯でもたくさんの人カメラ持ってるよ?」   

 ミヤはパソコンの画面に指を指した。そこにはカメラを持った人が数名画像に映り込んでいた。

「あぁ、カメコですね」

「カメコ?」

 ミヤは首をかしげた。

「カメラ小僧の略らしいですね。まぁ、簡単に言えば好きなものをたくさん撮る人のことです」

「へぇー⋯⋯」

 ミヤの口角が上がった。




   ◆ ◆ ◆




「替野さん、これ五十部刷って」

「はい」

「替野くん、それ終わったら応接室にお客様がお見えになるからお茶を頼む」

「わかりました」

 あるオフィスで長い髪を後ろで一本に束ね、メガネをかけ、カツカツとヒールを鳴らしている女性がテキパキと仕事をこなしていた。

 顔は地味だが、仕事は出来る。

 これが人気女性コスプレイヤーの正体ビビであった。


 今年で二十三になるビビこと替野美美は大学卒業後、OLとして仕事をしていた。

 コスプレを始めたのは十九の時で、その時からガッツリとメイクをし、誰にもバレないようにコスプレをしてきた。

 当初は人気ではなかったが、年々メイクの腕と衣装の出来栄えがクオリティを増し、今では人気の地位にたどり着いた。

「替野さーん、この伝票替野さんの名前になってるんだけどさ」

「はい」

「名前の読み方、みみ、であってる?」

 あー、また間違えられた、と美美は思った。

「それ、みみ、じゃなくて⋯⋯よしみ、って読むんですよ」

「あ、そっか。ごめんごめん」

「いえ、慣れてますんで」

 親は良くある名前は嫌だ、と思いあえて読みづらい(?)名前にしたらしい。

(まぁ、ビビの由来はこの名前から来てるんだけどね)

 誰にも聞こえないように心の中で呟いた。




   ◆ ◆ ◆




「メイクってすごいね、執事」

 ミヤは大きな水晶で美美(よしみ)の仕事姿を見ていた。

「コスプレしてる時と全然違うよ!」

「本当に化粧はすごいですね⋯⋯って、お嬢様メイクという言葉はどこで覚えたのですか?」

 女の子だからメイクという言葉くらいしていたのかもしれない、と執事は思ったが──

「リルキが教えてくれた」

 どうやら執事の予想は大いに外れたようだ。




   ◆ ◆ ◆




 あぁ、もう腹立つ!!

 ──バンっ! と思わず大きな音が立つほどロッカーを勢いよく閉めて、周囲の人たちは思わず美美(よしみ)の方を見てしまった。

 美美(よしみ)は「す、すみません」と少し小さめな声で謝った。

 忘れていた。ここはコスプレの更衣室であったことを。今回はロッカーを予約すればキー付きのロッカーを使用出来るという、なんともありがたいシステムだろう。

 いやいや、そんなのはどうでもいい。

 とにかく、昨日のハゲ谷腹立つ!!

 ハゲ谷は甲谷(こうたに)と言って、美美(よしみ)の上司でもある。

 人使いが荒く、皆から嫌われている五十代独身のハゲだ。

 昨日の人使いの荒さにも腹が立った。

 明日は用事(コスプレ)があるから、定時で帰る、って前から言っていたのにいざ帰ろうとしたら急に仕事押し付けてきやがって⋯⋯! ってか、自分の仕事を部下に押し付けてキャバクラ行くなんてありえない⋯⋯! 独り身が寂しいからってやっていいことと悪いことくらい見分けつけろよ! あのハゲ!! あぁ、もう今日はストレス発散しよう⋯⋯。チヤホヤされてストレス発散しよう⋯⋯。

 コスプレイヤーが沢山いる会場に美美(よしみ)も足を踏み込んだ。

 すると一気に人が集まってくる。

 それもそのはず、人気のあるビビがお目当てで来ている人も少なくはない。

「ビビさん一枚いいですか⋯⋯!」

「俺も!」

「あ、私も!」

「はい、喜んで!」

 ニコッ、と笑いビビは今日のコスプレのキャラクターのお決まりポーズを取り始める。

 それに合わせ、シャッター音が次々と鳴り始めた。

 先程まで違う人を撮っていた人たちもビビの周りに集まり始めた。

 ビビはこれに快感を感じていた。

 チヤホヤされてるのはもちろん良かったが、それより良かったのは人が寄ってくること。もっと言えば、先程まで違う人の所にいた人たちがビビを見ると、先程までの人をほっぽかしてしまうのが良かったのだ。

 簡単に言えば、友達の彼氏を好きになってしまい、その人がが自分に好意を抱き、ついには略奪(りゃくだつ)し彼氏になったときと同じようなものだ。

 シャッター音がどんどん気持ちよくなっていく──が、そのシャッター音は少しずつ音を消していった。その代わりざわめきが増えていった。

(なんなの?)

 先程までビビを撮っていた人たちは、ある一定の方向に向き、手に持ってるカメラが止まっている。

 ビビも皆と同じ方向に向く。そこには誰もが振り向くであろう美人が立っていた。

 おずおずとし、服装は少し露出度の高い服だった。

(綺麗⋯⋯)

 おそらくハーフであろう。

「しゃ、写真いいですか!?」

 一人のカメコがハーフの子に写真を撮りたいと名乗り出た。

「あ、僕も!」

「私も!」

 ハーフの子は、コクン、と頷くとハーフの子にフラッシュがあてられた。

 先程まで私を撮っていた人たちもハーフの子を撮りに次々と私の前から消えていった。

(人を取れた⋯⋯)

 この日初めて屈辱感を味わったかもしれない。




   ◆ ◆ ◆




 ミヤはベッドの上に座り、ある四角い物を持ってにらめっこしていた。

「むむっ⋯⋯」

 ミヤは四角い物を回したり、出っ張っている部分を触ってみる。

「硬い⋯⋯」

 感想を述べ、また四角い物を回していた。

 ボタンのようなものを見つけたミヤはそっーとボタンを押す指に力を入れてみた。その途端、ピピッ──と鳴り、ミヤは肩をビクッとさせた。

「な、なにこれ⋯⋯」

 ミヤの呟きにその様子を部屋の片隅で見ていた人が、アハハ、と笑い始めた。

「い、いつから見てた!?」

「ミヤちゃんがデジタルカメラとにらめっこしていた時からよっ」

 ミヤの様子を見ていたのはエルリだった。

「また何しに来たの⋯⋯」

 ミヤはベッドの近くにある丸テーブルにデジタルカメラを置いた。

「気分よ」

 エルリは丸テーブルに置かれたデジタルカメラを手に取った。

「ミヤちゃんが今押したのはデジタルカメラ⋯⋯デジカメの電源ボタンよ。電源ボタンを起動させないとデジカメは使えないわ」

「ふ、ふん! 知ってたし」

 ミヤは頬を膨らませた。

「何か撮るの?」

「別になんでもいいじゃん」

「あら、反抗期の妹ね」

「妹じゃないし!」

 ミヤはエルリからデジカメを奪おうとした。

 その直後、カシャ──という音ともにデジカメは光った。

 ミヤはびっくりして、ひゃ、と声を上げた。

「あらあら可愛らしい声ね」

「う、うるさい!」

「今ミヤちゃんは誤ってシャッターボタン押しちゃったのね」

「シャッターボタン⋯⋯?」

「デジカメで写真を撮る時に押すボタンのことよ。その大きめの丸いボタンがそうね」

「ふーん⋯⋯じゃあ、これは?」

「これはね」

 その後ミヤは大人しくエルリからデジカメの説明を聞いていた。




   ◆ ◆ ◆

 



 あの日のコスプレのイベントからちょうど一週間経った今日は少し遠出をしコスプレのイベントに来ていた。

 ネットで私のファンの人から「こちらまで来てください!」と申し出があったからだ。

 普段は小規模のイベント、しかもこんな所まで来ないが気晴らしにいいかな、なんて思い足を運んでみた。

(やっぱり小規模のイベントだから人が少ないな〜)

 なんて思いながら更衣室に行った。


 更衣室から出て、イベント会場に足を運ぶ。

 カメコやコスプレイヤーはビビの姿を見ると驚きを隠せなかった。

 実はビビはあまり小規模のイベントには姿を現すことが無かった。

 いつも大規模の人気の地位にいるビビがこんな小規模のイベントに姿を出すなんてなかった。

 そんなみんなに圧倒されているビビに一人のカメコが近づいてきた。

「ビビさん初めまして⋯⋯! こんな所まで来てくれるなんて嬉しいです!」

「もしかしてアナタが?」

「はい! 私がビビさんにこのイベントに参加して欲しいって言いました⋯⋯!」

「ありがとう」

「写真いいですか⋯⋯?」

「はい、喜んで!」

 シャッター音とフラッシュが私の周りに響き渡る。

 やっぱり撮られるのは気持ちがいい。

 いつもより人が少ないが、これはこれでいいかもしれない。たまには小規模のイベントも悪くないかもしれない。

 そんな矢先だった。

 シャッター音がならなくなり、代わりにざわめきが会場に走った。

(まさか⋯⋯)

 皆は一定の向きに視線をやる。その先には前のイベントに居たハーフの子がその場に居たのだ。

(またあの子⋯⋯!)

 相変わらずオドオドとしていたが露出度は高い。

 そして、誰もが振り向くような綺麗な顔立ちをしている。

 そんなオドオドしているハーフの子は何かを見つけたような顔をした。

 そして笑顔になり、私の元へ⋯⋯って、え!?

 なんで私のとこに来るの!?

 え、ちょ、待っ。

 私とハーフの子の距離が一メートルも満たないくらいになった。

 会場の全視線が私とハーフの子に向けられる。

「あ、アノ! ビビさんですか⋯⋯?」

「そうですけど⋯⋯」

 私の言葉にハーフの子は目を輝かせた。

「ワタシ、あなたのファンで! あなたに憧れて先週からコスプレをし始めたんです!」

「ど、どうも」

 この子が私に憧れてコスプレ!?

「や、やっぱりビビさんはすごいです⋯⋯! しゃ、写真いいですか⋯⋯って、ワタシ今日レイヤーでした」

 恥ずかしくなり顔を赤くしているハーフの子にさらに美しさが増す。

「あの名前は⋯⋯?」

「あ、ワタシ『ナナ』と言います」

「ナナさんですか⋯⋯」

「あ、あの!」

 一人のカメコが私たちの会話を割り切った。

「お二人一緒に撮ってもいいですか!?」

「え」

 思わず間抜けな声を上げてしまった。

隣にいるナナさんを見ると目を丸くしていた。

「ワタシは嬉しいですけど⋯⋯ビビさんは⋯⋯?」 

「え、あ⋯⋯いいよ」

 私が作り笑顔をナナさんに向けると、ナナさんは嬉しそうな顔をした。

「ハイ! 大丈夫です!」

 ナナさんがカメコに二つ返事をし、撮影会が始まった。

 パシャパシャと鳴るシャッター音が快感ではなく、ただの雑音に聞こえた。

 



   ◆ ◆ ◆




「え──────────!!」

 ミヤは大きな水晶を見て、思わず大声で叫んでしまった。

「どうしたのですか?」

 執事はびっくりをしたものの、ミヤが急に叫ぶのは日常茶飯事なので焦りはしなかった。

「ナナって子⋯⋯」

 ミヤの言葉に執事も大きな水晶を見た。

「そういうことですか」

「私、聞いてないよ!?」

「私も知りませんでした。けれど私の推測ですが、協力してくれてるのではないのでしょうか?」

「えぇ⋯⋯遊んでいるようにしか見えないよ」

 ミヤは一つため息をつき、部屋を後にした。




   ◆ ◆ ◆




 古いものは新しいものに勝てないこともある。

 私とナナさんのツーショットがカメコの間で話題となった。話題になった当初は二人で一緒になって撮ってもらうことが多かったが、今となってはナナさんが頂点に立っていた。

 人間というのは常に新しい刺激が欲しい生き物だ。

 私は古いものになってしまったのだ。

 今日だってイベント会場に来てるのに以前より私を撮ってくれる人はどんどん減ってしまった。

 しまいにはネットで、最近ビビおかしくない? などと書かれてしまっている。

 しばらくは姿を消した方がいいのか──でもずっと続けてきたのを急に休止するのもなんか嫌だ。

 楽しいイベント会場のはずなのにため息が出る。

「写真一枚いいですか?」

「あ、はい!」

 声をかけてきたのはデジカメを持っていた小さな女の子だった。ゴスロリを着ている小さな女の子はニコニコと笑っていた。

「あなたもコスプレをしに来たの?」

 思わず聞いてしまった。

「ううん。私服だよ」

 私服!? この子はどこかのお嬢様なのだろうか⋯⋯?

「お姉さん、写真」

「あ、うん。ポーズはこれでいいかな?」

 私はお決まりのポーズをとった。

「うん」

 ニコッと、私が笑うとカシャ──と音が鳴った。

「⋯⋯お姉さん」

 女の子はデジカメをジッと見て私を呼んだ。

「なに?」

「目が笑ってないよ?」

「え?」

 女の子は私の顔を見てニコッと、微笑んだ。その笑みが普通だと思うなら何も気にしないが普通の笑みではない。何かを見透かすような怖い笑み。

「そ、そうかな? もう一枚撮る?」

「ううん、いいよ」

 女の子は急に一点に視線を捉えた。

 その方向を見てみると、沢山のカメコに囲まれているナナさんだった。

「⋯⋯お姉さん、あの人に負けるよ」

「え?」

 女の子は今度は私の目を真っ直ぐ見て不敵な笑みを浮かべた。そして私の胸元に小さな人差し指を当てた。

「醜さが写真にまで写ってるもん。確かにお姉さんは熱狂的なファンが何人かいるかもしれないけど⋯⋯あの人には負けるよ」

 何この子⋯⋯!?

「⋯⋯っ。あなた何が言いた──」

「あの、ビビさん写真いいですか?」

 女の子とお取り込み中というのにも関わらずキモオタが私に話しかけてきた。

「あっちで写真を撮りたいのですが⋯⋯」

「え、あ⋯⋯わかりました」

「ダメ」

 女の子は私の服の裾を掴んだ。

「お姉さん、行っちゃダメ」

 何なの、さっきからこの子は!? 気味が悪い⋯⋯!

「ごめんなさい。また今度ね」

 私は女の子の手を押しのけた。

 その姿を見てナナさんと女の子がニヤリと笑ったのも知らずに。




 キモオタに連れてこられたのは人通りの少ない一角だった。

「それでどんなポーズがいいですか?」

 私の問に答えない。それどころか息が荒くなっていた気がした。

「はぁはぁ⋯⋯ビビ可愛いよぉ⋯⋯可愛いよぉ⋯⋯」

「あ、ありがとうございます⋯⋯それでポーズは⋯⋯?」

「可愛いよぉ⋯⋯可愛いよぉ⋯⋯もう俺の元にずっと置いておきたい⋯⋯誰にも触られたくない⋯⋯」

「え?」

 やばい⋯⋯! と思ったときにはもう遅く、片手で口を抑えられ、そのまま後ろから抱きしめられる体制になってしまった。

「ん────っ!」

 男の人の力には逆らえなかった。怖い。怖い。怖い。

「俺の腕の中にずっと居てくれよ⋯⋯ビビ⋯⋯」

 キモオタのもう片方の手から鋭く光る刃物が出されていた。

「ん───────っ!!!!!!」

 目をぎゅっと瞑ると同時に腹部から痛みが走った。

 痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い。

 力が入らず、落ちていく。

 どんどん意識が遠のく。助けて⋯⋯。

「これでビビは俺の物⋯⋯!」

 ちが、⋯⋯う、あんたのものじゃ、ない⋯⋯。

「キモイです、にゃは」

 霞んでいく、意識の中でナナさんが見えた。

 ナナさんはキモオタにひと蹴りし、キモオタは飛んでいった。

 ああ、もうダメ⋯⋯もう無理⋯⋯。




   ◆ ◆ ◆




【地獄ノ女王所有物部屋】の中にいたミヤは今日手に入れたものを見ていた。

「地獄ノ女王様、何を見ているんですか?」

 ミヤの前に現れたのは人気コスプレイヤーのナナだった。

「もうその格好しなくてもいいよ。手に入れたかったのは手に入ったし」

「そうですか」

 ナナが右手を一振りすると黙々と煙が出てきた。顔はハーフから幼い女の子に変わり、身長も低くなる。そして魔女特有の尖り帽子を被ったナニャが“いつも”の姿に戻った。

「まさかナニャがあんなことしてるとは思わなかったよ」

「地獄ノ女王様のお手伝い、にゃは」

 ミヤとナニャは今日手に入れたものを見て笑みを浮かべた。

【地獄ノ女王所有物部屋】のプレートが揺れるのを執事は見ていた。


今回はコスプレイヤーのお話でした。


そして前回から更新が3ヶ月以上空いてしまいました。すみませんでした。

四月から新しい環境となり正直に言いますと書く時間が少ないです。自分の時間が取れなくなっています。

更新は停止しませんが数ヶ月空いてからの更新が多くなると思います。

Twitterにもあまり浮上出来ていませんが、通知は来るようにしてあります。何かあればDMまでお願いします

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