27人目 本間 栞里
本が好き。
本には、いろんな世界が詰まっている。
たった一冊の本でも一つ一つ世界があって。笑わせてくれたり、泣かせてくれたり、時には悩ませてくれる。
そんな本が好きな私は今日も教室で、ひっそりと本を読んでいた。
◆ ◆ ◆
地獄ノ女王ことミヤは、ある紙を持って、むすーっ、としていた。
「こんな字ばっかりな資料読みたくないよ〜」
「仕方ありません。それも仕事なんですから」
「せめて絵が欲しい」
「漫画じゃないんですから⋯⋯」
「こんなの全部執事がやればイイじゃん」
「私とお嬢様の立場が違います」
その後、ミヤは「ぶーっ!」と言い、渋々と資料を読み始めた。
◆ ◆ ◆
休み時間に私は、いつも本を読んでいる。
人見知りで引っ込み思案な性格だから、友達なんていなかった。
それでもいい、私には本があったから。けど、やっぱりいつも一人の私をからかう人もいた。
「本間栞里ちゃーん。また本読んでるの〜?」
女子バスケ部でリーダーシップもあり主将を務めている角木朱莉が話しかけてくる。
「何の取り柄のない栞里には本を読むことしか出来ないのよ〜」
女子バレー部で何でもできる主将の來野柚乃が話しかけてきた。
「本ばっかり読んでないで、たまには友達と話したら? 」
「ダメだよ、栞里ちゃんには友達が居なくて、ボッチなんだから!」
クラスのみんなも一緒になり、私を嘲笑う。それでも私は本を読むことをやめなかった。内心、少し傷ついてたけど、趣味に没頭することはいい事だと思うし、それに本を読むことは私の中では勉強でもあるのだ。
将来は小説家になりたくて、密かに何度も作品を応募している。
いつか夢を掴むために私は、たくさんの本を読むのだ。たとえ、周りから何を言われようと構わない。
◆ ◆ ◆
「文字ばっかりのなんか読めるかー!」
「地獄ノ女王様、それわかります〜」
「だから、と言って私に仕事押し付けるのはやめて欲しいものです」
ミヤは執事から逃げ、リルキとリミカの部屋にいた。ミヤは二人に先程あった出来事を愚痴っていた。
「全く。仕事は全部、執事がやればいいのにー」
「地獄ノ女王様にしか出来ない仕事もありますから、それは無理な話だと思います」
「え〜。じゃあ、執事を私に変装させて⋯⋯」
「それは無理があります」
リミカの言葉にミヤは「じゃあ、どうしたらいいのさー!」と訴えた。リミカは、仕事をやれば済むことなのに、と思ったが口に出さなかった。
◆ ◆ ◆
噂は広まるものだ。そう、一人話してしまえば、あっという間に。
そして私は、今とてもびっくりしている。
なぜ、私の周りにこんなに人がいるのか? と。
それは数日前に遡る。
密かに自分の作品を応募していた、仮の担当さんみたいな人も居た。そして私はデビューが決まった。
デビューが決まったから、先生に報告した。そしたら、噂が広まり。私の周りには人が集まってきた。
「本間さん、もう本出したの!?」
「ううん、一応予定は決まってるけど⋯⋯まだ公の場には言っちゃダメで⋯⋯」
「本間、オマエ天才だな!」
「て、天才ではないよ⋯⋯」
「えー、でもすごいことだよねぇ!」
こんなに大勢から褒められることなんて人生で一度もなかった。私は嬉しくて、少し舞い上がっていた。
「栞里ちゃーん、デビューおめでとう!」
「まっさか、才能があったなんてね!」
私の目の前に来たのは、この前私を馬鹿にした角木朱莉と來野柚乃だった。
「あ、ありがと」
「アタシらも協力できることあったら、するからさ! 遠慮なく言ってよ!」
「う、うん」
「ウチら友達だもんね〜」
友達なんかじゃない、と言いたかったけど、口に出す勇気がなく、スカートを握る手が強くなった。
◆ ◆ ◆
地獄図書館でクロアは仕事の資料を片付けていた。少々調べ物をしないと厄介な内容であったためだ。久しぶりに地獄図書館に訪れていたのだ。久しぶり、というのは、クロアは他の人より優れていたが、今の仕事に就くのには、やはり頭の良いクロアでも勉強をしなければならなかった。その為、今の仕事に就くために毎日のように、この地獄図書館で勉強していた。
今となっては地獄宮殿に仕事部屋があったり、仕事が多忙なため、訪れる機会が随分減ってしまっていた。
そしてクロアは、今、ここにいる地獄図書館で勉強している者達の憧れであった。
実はクロアの今の仕事に就くのは女性なら無理だと言われていた。人間界でいう男女差別だろう。
無理だと言われていた仕事に就いたクロアは、女性達の憧れの的になっていた。クロアを見ると、皆目を釘付けにし、憧れの眼差しを向けた。
そんな事にクロアは気づかず、黙々と資料を片付けていた。
「あら、クロアさん」
「天国ノ王女様!? 何故ここへ⋯⋯?」
「少し調べ物を⋯⋯ね?」
クロアの前に現れたのはエルリだった。エルリの手には分厚い本が何冊かあった。
「それにしても、図書館も真っ黒よね」
「まぁ⋯⋯」
全体的に真っ黒なのに対し、天国の者であるエルリは目立っていた。
図書館にいる者達はエルリに様々な眼差しを向ける。
驚いている者、睨む者、涎を垂らし目を輝かせている者、それぞれ自分たちの想いが出ている。
「ふふ、やっぱり私がここにいると目立つわね。でもここにしかないから、仕方ないわよね」
「何を調べに来たのですか?」
「過去のことでも調べようかな、と思って来たのよ。地獄ノ王室のことでね。けど、王室の歴史についての本はほとんど貸し出しが禁止ね。しばらく通うことになりそうだわ⋯⋯」
「大変ですね⋯⋯天国から来て、調べ物して。さらに自分の仕事と地獄ノ女王様の監視役など⋯⋯」
「ええ、正直大変ね。けれど、地獄ノ女王様の監視役で双子ちゃんが来てくれたから、助かるわ。でもなんの証拠も掴めてないの」
「地獄ノ女王様は何をお考えになって、犠牲者を集めているのか⋯⋯」
「私にもわからないわ。執事さんも犠牲者集めている理由は知ってるのかしら?」
「さぁ、わかりません」
「そうよね⋯⋯ところで隣いいかしら? この本重たくて⋯⋯」
「どうぞ」
エルリは「ありがとう」と言い、自分が持ってきた本を一ページ開き、読み始めた。
クロアも仕事を片付けようと作業に戻った。
◆ ◆ ◆
少しずつだけど、みんなと話す機会が増えた。意外にも私のクラスには本が好きな子が多かった。そして、漫画も読む私は小説だけではなく、漫画の話もできた。
前より、少しだけど学校が楽しくなった。
ただ、あの二人は急に私と仲良くしようとし始めた。 デビューが決まってから掌を返すように。
「ねー、栞里ちゃん。次の小説に私たち出してよ〜」
「え⋯⋯それは無理だよ⋯⋯」
「なんで? 友達じゃん!」
友達なんかじゃないのに⋯⋯。
「ねぇねぇ、いいでしょ〜?」
「ダメだよ⋯⋯本当に」
「友達の言うことが聞けないのー?」
「だって、友達じゃないよ⋯⋯私たち」
二人の顔が変わった。
◆ ◆ ◆
「ふーん。案外、言いたいことはちゃんと言う子なんだ」
ミヤは大きな水晶で本間栞里を見ていた。
こんなたくさんの字を書いて、何が楽しいのか! と意地になり、本を書いている人を探していて、見つけたのがデビューして間もない本間栞里だった。
ミヤの中で最初の本間栞里の印象は最悪だった。
教室の隅っこで、ずーっと本を読んでいたから、何の取り柄のない子だと思った。
しかし、それは違っていた。本を書くほどの才能を持っていたし、今は言いたいことだってハッキリと言っていた。
そういえばリミカが言っていた。本を一冊出版するのでさえ大変なんです、と。
だから、ミヤの中で本間栞里の印象は右肩上がりになっていた。
けれど、本は読みたいとは思わなかった。
「⋯⋯あ、次の犠牲者発見」
ミヤの口角は上がった。
◆ ◆ ◆
「ない! ない! なんで!?」
学校から帰ってきた私は、ある一冊のノートがスクールバッグに入ってないのに気がついた。
「はぁ⋯⋯見られてなかったらいいな」
ある一冊のノートというのはネタ帳の事だった。人物からストーリーまでいろんなネタが詰まっているノートだ。
今から学校取りに行こうとしても、バスで二十分はかかるし、それに帰りのバスになると部活帰りの人と一緒になるから、少し嫌だ。
仕方ない、と自分に言い聞かせ、明日朝イチで学校に行くことにした。
◆ ◆ ◆
エルリは頭捻らせていた。何冊も、ぶ厚い本を読んだが、これといった手がかりが見つからなかった。
「隣いいですか?」
「あ、はい⋯⋯あら、クロアさん」
「天国ノ王女様、お疲れさまです」
「ありがとう」
エルリの隣にクロアが座ってきた。クロアの手には、いくつかの資料があった。
「クロアさんまた調べ物?」
「はい。この前の調べ物ので、少々部下がミスをしてしまったので、今日は私がするためにもう一度、地獄図書館に来たんです」
「大変ねぇ」
「大変ですけど、いつか今の職に就きたい、と思いここで勉強していた自分のことを考えると幸せかもしれませんね」
「そうなの? クロアさんが今の職に就くのは女性では初めてだものね⋯⋯もしかして、地獄図書館にある本を全部読んだとかかしら⋯⋯?」
「いえ、そんなことはできませんよ」
クロアはクスッ、と笑った。
「でも、地獄ノ女王様の執事は読んだらしいです。当時あったここの本を全て」
「まぁ⋯⋯それはすごいことね⋯⋯」
「執事になるのは相当難しいことですから⋯⋯」
「そう」
エルリは一ページ捲る。それに続きクロアも資料に取り掛かった。
◆ ◆ ◆
エルリとクロアが話していた同時刻。ミヤは大きな水晶である一場面を見ていた。
「あーぁ」
ミヤは、そう呟いて口角を上げた。
◆ ◆ ◆
朝一に学校に登校したというのにネタ帳がなかった。机の中に入っていなかった。
「おかしい⋯⋯」
移動教室の時はネタ帳を持っていかないことにしている。無くしたら困るから。じゃあ、なんで机の中に入ってないの?
私は教室をぐるりと見回す。そして、一つのものが目に入った。──ゴミ箱。なにか嫌な予感がした。恐る恐る、近づき、中を覗いて見た。
金槌で頭を打たれなような感覚に陥った。
クリーム色のノート表紙のようなものがゴミ箱に入っていた。そして、大雑把に破かれていた。
そのクリーム色のノートの表紙のようなものは見覚えがあった。
私のネタ帳だ──。
汚いかもしれないがゴミ箱を漁った。
ネタ帳の中身がすべて破かれている。大雑把に破かれて、まるで中身が読めるように。
「な、なんで⋯⋯」
私はゴミ箱に項垂れる。その直後、教室にある人物二人が入ってきた。
「栞里ちゃーんなにしてるの? ってか、来るの早すぎ〜」
「ゴミ箱でも漁ってたの?」
「角木さん⋯⋯來野さん⋯⋯これやったのあなた達なの⋯⋯?」
私はゴミ箱から取り出した破れているネタ帳の表紙を手に取り見せた。
「⋯⋯そうだよ?」
「うわー、朱莉サイテー」
來野さんはクスクスと笑っている。
「柚乃、アンタも一緒にやったじゃーん」
「あ〜、そうだったわー」
二人は大声で笑った。教室には二人の笑い声しか響かない。
「⋯⋯ん⋯⋯でょ⋯⋯」
「あ?」
「なんでよ! なんでそんなことするの!? 私何か悪いことした!?」
人生でこんなに大きな声を出したのは初めてだと思った。
「うぜぇんだよ⋯⋯」
「え⋯⋯?」
角木さんの膝が私の鳩尾に入った。
「うっ⋯⋯」
立てなくなり、床に横たわった。その瞬間、角木さんの上靴が私の横顔を踏んづけた。
「地味なくせに、言うこと聞かないでよ!! それに目立ちやがってよ!! 腹立つんだよ!!」
そんなの知らない⋯⋯! という目で私は睨んだ。
「ほら、その目⋯⋯その目が腹立つんだよ!!」
といった直後に顔を蹴られた。
「い⋯⋯たぁ⋯⋯」
「はーい。柚乃ちゃんから栞里にプレゼントでーす」
そういって、來野さんはゴミ箱を私の頭上で傾け、中身が全部私の上に落ちてきた。
「うわっ、きたなーっ」
「後片付けよろしくね〜」
二人は教室から出ていった。
私は起き上がる気力すら出なかった。でも早く片付けないとみんなが登校してくる⋯⋯けど、力が⋯⋯。
──【ひどいよね〜】
小学生のような女の子の声が聞こえた。
「お姉さん大丈夫?」
私の頭上から声が聞こえた。ゆっくり顔を上げると、真っ黒でゴスロリのような服を着ている女の子が立っていた。
「うわー、ひどいね⋯⋯」
小さな女の子がそういうと私の体に乗っているゴミを一つ一つゴミ箱に捨ててくれた。
「あ、ありがとう⋯⋯」
「いえいえ」
女の子は笑顔で応えてくれた。
「お姉さん、大人しそうだったのに、ちゃんと大声出して立ち向かっていく姿かっこよかったよ!」
「み、見てたの⋯⋯?」
「うん、全部。今日だけじゃないよ⋯⋯?」
ゾクッ、とした。
「そ、そうなんだ⋯⋯恥ずかしいとこ見られちゃったな⋯⋯ところであなたは誰なの?」
「私はミヤだよ」
「ミヤちゃんか⋯⋯ありがと。もう私は大丈夫。早く掃除しないとね」
重たい体を起こし、掃除箱に向かう。早くしないと、みんなが来るし、それになんとなくだけど、ミヤちゃんには関わってはいけないと思った。
「お姉さん⋯⋯きっとお姉さんにいいことがあるよ」
「え?」
ミヤちゃんの顔を見ると、歪んだ笑みを見せた。
「あ⋯⋯そ、そうだといいね?」
「きっとそうなるよ。じゃあ、バイバイ」
ミヤちゃんは教室から出ていった。
私は掃除箱からほうきとちりとりを出し、床に散らばっているゴミを片付けた。
◆ ◆ ◆
「はい、バーン。ぐしゃり♪」
ミヤの声が大きな水晶の部屋に響いた。
◆ ◆ ◆
ミヤちゃんと会って一週間後。教室には二つの机に空きがあった。そして、どちらも机の上には花が飾ってあった。
角木さんと來野さんが亡くなったからだ。二人で遊びに行っていたところ、居眠り運転の車が二人を巻き込んだらしい。そのまま、還らぬ人となってしまった。そして、私にはその代わりに平穏な日々を送れている。今も授業を聞きながら教室で新しいネタ帳にアイデアを書いている。次の小説に生かせたらいいな、と思いながら。
◆ ◆ ◆
ミヤは【地獄ノ女王所有物部屋】にいた。
「そろそろ来る頃かな⋯⋯様子見に⋯⋯」
ミヤはそう呟いた。
そして、【地獄ノ女王所有物部屋】のプレートは大きく揺れた。
◆ ◆ ◆
ほうきに跨っている小さな影が地獄宮殿の空を飛んでいた。とんがり帽子を目深く被っていた。
「相変わらず大きい。にゃは」
小さな影はそうつぶやき、小さな牙を見せた。
『一週間連続毎日更新!』六つ目!
今回は本好きの少女を書いてみました!