25人目 楽雉 袿衣
女の子ってなにかとお金がかかる。
服はもちろん。コスメを買ってオシャレをしたり。友達と出掛けて、お揃いのものを買ったり。それに趣味にだって、お金を使いたい。そんな事をしているとお金って、あっという間に無くなってしまう。
あなたはそんな時どうする?
「わぁ、袿衣。それ新しいリップグロス!?」
「そうだよ」
「それ高いんだよねー! いいなぁ」
「そうでもないよ」
休み時間。ある人の周りにはたくさんの女子が群がっていた。
その中心にいるのは私、楽雉袿衣。
「袿衣はいいなぁ⋯⋯」
一人の女子がつぶやいた。
「どうして?」
「だって、成績は優秀。運動神経は抜群。そしてその容姿。それにお金も沢山持ってるじゃない」
「そんなことないよ」
「そんな事あるって! だから、こうしてみんな袿衣の周りに集まってるし、クラスの委員長とか任せられるんだよ!」
「そんな大げさな⋯⋯」
「うんうん。確かに! 委員長は本当にすごいよ!」
「ねー、なんでそんなに毎回新作のコスメ持ってるのー? やっぱりお金持ちだから!?」
「ううん、普通の家だよ。お金持ちじゃないよ⋯⋯」
私は本当にお金持ちではない。普通の家で育った。
「そういえば、今日もB☆(ビースター)の新しい化粧水の発売日じゃない!?」
「B☆かぁ⋯⋯でも高いよねぇ」
B☆とはコスメ界でも有名なブランドの一つである。しかし有名なブランドであるため、学生が手を出せるような額ではない。
「でも袿衣はB☆のコスメ持ってるよねー」
「いいなぁ」
袿衣は女子たちの会話に耳を傾けていなかった。ある考え事をしていたからだ。そう、B☆の新しい化粧水の事を。
◆ ◆ ◆
地獄ノ女王ことミヤは、パソコンで通販サイトを見ていた。
「お嬢様⋯⋯通販サイトを見ても、頼めませんからね」
「その時は執事に人間界まで行って、買ってきてもらうよ!」
「はぁ⋯⋯」
執事はミヤを横目に大きなため息をついた。
そんなのもお構い無しに、ミヤは通販サイトに目を通していた。
「ねぇ、執事。なんで同じような物なのに、こんなに値段が違うの?」
執事はパソコン画面を見た。そこに映し出されているのは、小学生が持つようなカバンが二つ、映し出されていた。
どちらも似たようなデザインだが、一つは良心価格だが、もう一つは小学生が出せるような額では無かった。
「ブランド品ですからね⋯⋯」
「ブランド品?」
「簡単に言うと、質の良いものを使っていたり、丈夫だったり、そして名前ですかね⋯⋯」
「ふーん。そんなので変わっちゃうもんなんだね」
「中にはブランド品しか嫌って言う人もいますよ」
「うーん、私にはわからないなぁ」
(お嬢様は女王様ですから、普段からいいものを着て、使ってるなんて気づいてないでしょうね)
執事は心で呟いた。
◆ ◆ ◆
放課後、私は雑貨屋さんに来ていた。そこは、ファッション系の物も売っていれば、文房具、それに携帯アクセサリー、そして化粧品などが置いてある。いわゆる女子御用達のお店だ。年齢層で言うと、小学生から大人まで幅広い世代に受けるお店だ。
けれど、やはり平日は空いている。こういう所は基本、休日しか混むことがない。平日の放課後は、お客さんが少ししか居ないため、店員も表に出ているのはレジに居る人一人だけだ。
私は、のB☆の新商品の化粧水を見ていた。でかく、店員が書いたようなポップな字で『B☆の新商品!』と書かれており、たくさん化粧水が並んでいる。お店に入り、真正面に目が入るところにあった。
けれど私は見ただけで、その場を後にする。
次に行ったのはB☆の商品が並んでいる棚だ。
元々、発売されている過去のB☆商品も並べられているが、その中に数少ないが新商品の化粧水も並べていた。
私は、辺りを見渡す。
ここから店員さんは、私の様子は見えていない。他のお客さんもいない。監視カメラはない。鏡もどこにもない。カバンはチャック開いている。
私は新商品の化粧水に手を伸ばした。
そして、手に取った化粧水をそのままカバンの中へ──。
何度、こんな事をしただろうか。もう慣れてしまった。
私はお店を出て、帰宅する。
そう、私はお金持ちでも何でもない。だから、万引きをするの。
だって──こんなにスリルがあるゲームなんてないじゃない?
◆ ◆ ◆
ミヤの瞳に映るのは、楽雉袿衣が万引きをしている様子だった。
防犯カメラが、その映像を逃しても、大きな水晶は必ず逃さない。
「いけないんだー♪」
ミヤは口角を上げ、不敵な笑みを浮かべた。
◆ ◆ ◆
次の日、私は学校にたくさんのコスメを持って行った。
「え、袿衣いらないの!?」
「うん。どれも一回使ってるけど、沢山余ってるから⋯⋯好きなのどうぞ」
私の周りには、たくさんの女子が群がる。
私が持ってきたコスメは全て有名なブランド品だからだ。もちろん、買ってなどいない。全て、“タダ”で手に入れた物だ。
「ねぇ、袿衣はどこでコスメ買っているの?」
一人の女子が私に問いかけてきた。
「普通にドラッグストアとか雑貨屋さんで買うよ、たまにネットとかもあるし」
ちなみに、ネットでなんか買ったことない。お金がかかるから。
「へぇー。じゃあ、○○ストアは?」
「あるよ。あそこ個人店なのに品揃えいいよね」
そう、盗んだことは。
「あ、でもあそこ。この前閉店したよ?」
もう一人の女子が話に入ってきた。
「そうなの?」
私が問いかけると「うん」と言ってきた。
「なんか、あそこ万引きが酷すぎて閉店しちゃったの」
「えー! いい所だったのに〜」
一人の女子は「ガッカリ⋯⋯」と言い、肩を落としていた。
「きっと、近くの不良高校の奴らの仕業だよ〜」
「あー、確かに!」
うちの近くの高校には、もう一つの高校がある。皆、『不良高校』と呼んでいる。不良高校は、その名の通り不良ばかり通っている高校だ。
「本当、迷惑。袿衣も迷惑じゃない? あんな奴ら近くにいて」
「そ、そうかな? けど、この前、不良高校の人たちが妊婦さんに席譲っていたとこ見たし⋯⋯」
「えー、うそーっ!」
これは本当だよ。
「まぁ、不良のすることってわかんないよねー」
「ほんと! 袿衣も気をつけなよ! なにされるかわからないから」
「う、うん」
◆ ◆ ◆
ミヤは、じーっ、とある“者”を見ていた。
「なんですか、地獄ノ女王様。また執事から逃げてきたのですか?」
「うん、それもあるけど⋯⋯クロアってブランド品を身につけてる?」
ミヤがじーっ、と見ていた人はクロアだった。そして、今二人がいるのはクロアの仕事部屋である。
「ブランド品ですか⋯⋯まぁ、安いのですが、いくつか身につけてはいますよ⋯⋯まぁ、私はあまりブランド品とか気にしないので、あくまで着飾り用です」
「ふーん。ブランド品は興味ある人とない人に分かれるよね、やっぱり」
「そうですね」
「でも私もイマイチ、ブランド品とかわからないなぁ」
(地獄ノ女王様は普段からいいものを着て、使ってるのに気づいてないんだろう)
クロアは心で呟いた。
執事が同じことを思っていたと知らずに。
◆ ◆ ◆
今日も私は帰りに、この前とは違う雑貨店に来ていた。
今日はB☆の新しい口紅の発売日だからだ。
ここの雑貨店はブランド品別で並べられているのではなく。口紅は口紅、化粧水は化粧水、と分野事に分かれている。
新商品の陳列棚を後にし、“定番”の陳列棚へ行く。定番というのは、ほぼ同じ商品を並んでいることをいう。B☆の口紅は今は新商品だが、いつかは新商品ではなくなる。そのため、定番の陳列棚にも数は少ないが並んでいた。
私は定番の陳列棚にある、B☆の新しい口紅を見る。
その口紅はスリムで少し細長いが、値段は、もう少しで五桁行ってしまうほどだ。
私は、辺りを確認する。
ここから店員さんは、私の様子は見えていない。他のお客さんもいない。監視カメラはない。鏡もどこにもない。カバンはチャック開いている。
そして、私は口紅を手に取った。そして、手と口紅をカバンに入れた瞬間──ガッ、と誰かに腕を掴まれた。私の腕を掴んだ正体を見ると、見たことのない顔だったが、見たことのある制服を着ていた。不良高校の制服だ。
不良高校の女子二人は私の顔を見て、ニヤニヤしている。一人は私の腕を掴み、もう一人は前で腕を組んでいた。二人とも化粧が濃く、今どきのギャルみたいだった。
「あっれ〜エリート高校の生徒さんが何をしてるのかなぁ?」
前で腕を組んでいる女子が私の前に一歩出た。
「こんなことしちゃダメだよ〜」
私の腕を掴んでいる、もう一人の女子が耳打ちで「店員さん呼んであげる♪」と言った。
「店員さーん! この人万引きでぇーす!」
「ぎゃははー!」
私の腕を掴んでいる女子がレジにいる店員さんまでに聞こえるように叫んだ。
マズい。このままじゃ⋯⋯!
私は短い時間で思考をフル回転させた。
私はまだ、手から口紅を離していない。不良高校の掴んでいる腕は左。そして口紅を持っている手は右。腕を組んでいた女子は、私が手を伸ばせば届く距離。カバンは、少し開いている。そして右手で顔を覆い隠して、目を瞑って笑ってる。
私は不良高校の女子二人にバレないように、そっとカバンから口紅を出し、そのまま腕を組んでいた女子のカバンに入れた。
そこへタイミングよく店員さんが現れた。
「あ、店員さーん。この人万引きなんですー」
「いたっ」
私の腕をつかんでいる不良高校の女子は私に指をさした。それと同時に腕を握る力も強くなった。
「しかし⋯⋯」
店員さんは、信じれない、と顔をしていた。それもそのはずだ。犯人だと言われているのがエリート高校で、その犯人を捕まえたのは不良高校なのであるから。普通なら逆だと考えるだろ。
「あ、あの私⋯⋯本当にしてないんです! この人たちに騙されてて⋯⋯」
「はぁ!?」
私も一芝居売った。
「念のため、みなさんのカバンの中をチェックさせてもよろしいですか?」
店員さんの一言に不良高校の二人はニヤリとする。そして、不良高校の二人はなんの躊躇もなく⋯⋯むしろ見てもいいですよ? という顔をして店員さんにカバンを渡した。私も店員さんにカバンを渡した。
店員さんは一人一人のカバンの中身を見ていった。
「⋯⋯このカバンはどなたのですか?」
「アタシの〜」
腕を組んでいた女子が「はーい」と手を挙げた。
「失礼ですが、この方は何を盗んでいましたか?」
店員さんは私の顔を見た。
「えー、B☆の新商品の口紅〜」
「あなたが盗んだですよね?」
「そうでぇ⋯⋯って、えぇ!?」
「あなたのカバンから出てきました」
店員さんが腕を組んでいた女子のカバンから取り出したものは、先ほど私が入れたB☆の新商品の口紅だった。私は心の中で笑った。
「アタシ知らないよ!?」
「⋯⋯すみませんが、皆さん、裏へ来てもらえませんか?」
◆ ◆ ◆
「よく頭回ったなぁ〜」
ミヤは大きな水晶を見て、そう呟いた。
◆ ◆ ◆
「袿衣大丈夫だった!?」
「不良高校から万引き犯だって、濡れ衣されそうになったって聞いたけど⋯⋯」
「え、袿衣が万引き犯捕まえたんじゃないの?」
私の机の周りには、いつも以上に人が集まっていた。
「大丈夫だよ」
皆、おそらく昨日の出来事の噂を聞いたのだろう。
「でも不良高校の奴ら、許せないよね」
「そうだよね、停学じゃなくて退学でもいいくらいなのに!」
あの二人は、どうやら停学になったらしい。濡れ衣を着せられたのは、あちらなのに⋯⋯かわいそうだなぁ。
そんな私は今日も懲りずに、個人で経営しているドラッグストアに来ていた。
レジにいる店員は寝ていた。全く、不用心だ。そして、お客さんが誰一人いなかった。
絶好のタイミングだ──と思い、チーク、アイライン、そしてファンデーションをカバンに入れた。
そして、次は何を盗もうか、と思い、お店の中を見て回った時だった。
──【そんなに取っちゃって、悪い子】
何か、声が聞こえた。なんとなく、後ろを振り返ってみたが、誰もいない。
気のせいか、と思い、前を向くと、真っ黒で小さな女の子が立っていた。
先程まで、誰もいなかった(寝てる店員しかいなかった)のに、いつ入ってきたのだろうか? 私が盗んでいたところ見られてなかっただろうか? バクバクと心臓が鳴り響く。
「はじめまして! お姉さん。私と名前はミヤ!」
「は、はじめまして⋯⋯」
「お姉さん可愛いね!」
「そ、それはどうも」
ミヤという女の子は、ジッ、と私を見てきた。そしてゆっくり口を開いた。
「リップグロス、化粧水、口紅、チーク、アイライン、ファンデーション⋯⋯その他もろもろ⋯⋯これってお姉さんが全部盗んだものだよね?」
「え?」
一瞬、頭が真っ白になった。
「ダメだよ、お姉さん。そんな私は、お姉さんにプレゼントをあげる」
ミヤという女の子は、ニヤッと笑った。
その笑顔の意味はわからなかったが、怖い、と思った。
「でもプレゼントをあげるのは今日じゃない。近いうちにプレゼントあげるね!」
なに、この子。気味が悪い。
私は、いつの間にか走り出していた。
家まで全力疾走した。こんなに走ったのは、初めて万引きをした以来だった。
◆ ◆ ◆
次の日、私は財布が欲しかったため、少し大きめのデパートに行った。そしてその中に入ってる専門店に行き、少し買い物をした。けど、お目当ての財布はやはり買わない。いつも盗む、お店へ入る。何を買おうかと、迷うフリをして、カバンの中に、そっと財布を入れた。
お店から出ようとしたその時だった──ガッ、と肩を掴まれた。
「すみません、ちょっといいですか?」
私はとうとう捕まってしまった。万引きGメンに。
停学処分をくらった。二週間の停学処分だ。高校一年生の時から、二年間ずっと万引きをして初めて捕まった。
初めは、つまらない毎日に嫌気をさしていた。地味な私は少し勉強ができるからってだけで委員長を押し付けられたりしたからだ。そしてある時に、ほんの少しの出来心で万引きをした。意外に簡単に、しかもあっさりと盗めることが出来た。何度も何度も辞めようとしたが辞められなかった。
次第に私は盗んだもので化粧もするようになり、みんなと打ち解けた気がした。
けど、まさかこんなあっさりバレるとは思わなかった。
もう何もかも終わりだ。
死のう。
私は一度、盗んだことのある睡眠薬を一気にたくさん投与した。
そして、深い深い眠りについた。
もう二度と目を覚まさない眠りに──。
◆ ◆ ◆
「総額、百万以上か⋯⋯」
ミヤは小さく呟いた。
そして【地獄ノ女王所有物部屋】のプレートが大きく揺れた。
『一週間連続毎日更新!』三つ目!
今回は万引きの子を書いてみました。
実際、万引きして潰れたお店を知っています。本当にお店が潰れることがあるので、絶対してはいけませんよ。