21人目 幸院 刹那 R15
15歳未満の方は閲覧を控えてください。
今回の話はいつもより長めになっております。
鉄の臭いが充満している。目の前には人間が倒れている。普通の人なら小さな悲鳴を上げ、すぐに警察に連絡するだろう。
けれど、私はそんな事をしない。
私の目の前に倒れている人間はまだ息をしている。小さくヒューヒューと息をしている声が聞こえる。
「ごめんなさい……」
私は“最後”の止めを刺した。
そう、この人を殺したのは私である。
これで人を殺すのは何人目であろう?
もう忘れてしまった。
息をしなくなった人間に手を合わせ、私はその場を去った。
◆ ◆ ◆
地獄ノ女王ことミヤは険しい顔をしながら大きな水晶に写っている女の子を見ていた。
その隣にいる執事もミヤと同じく険しい顔をしながら大きな水晶を見ていた。
「……この子は何をしているのか……」
ミヤは重たそうに口を開いた。
「不思議な方ですね……自分で殺した人間に手を合わせるなんて」
「気になる」
ミヤの口角が少し上がり、目は好奇心に輝いていた。
◆ ◆ ◆
翌日。朝から私に殺された人間は新聞の一面やニュースに引っ張りだこだった。
『あの社長が何者かに殺されたか』『会社はどう対応するのか』『後継者は誰に!?』などといろんな捉え方されていた。
そして私は幸院家の人間として朝から家族と食事を取っていた。
「刹那、ご苦労だった」
「いえ、当然のことです。父様」
私は幸院家の者として当然のことをしたまでだ。
幸院家──裏の組織で殺人を生業とする。
殺して欲しい人に合う金額を出せば、誰だって殺す。
それが幸院家だ。
ただし、このことを知っているのはごく一部である。日本を代表する人達や財閥……。
表は父は貿易会社の社長である。母はその補佐だ。でも裏では両親も殺人をする。
私が初めて殺人をしたのは16歳の誕生日だ。
義務教育が終わり、誕生日を迎えた日に初めての殺人をした。
小さい頃から、身体は鍛えられていた。相手の隙を見逃さず、俊敏に動けるように。
もちろん、殺人としての知識を入れられた。
父様は言う。「生きるなら殺せ」と。
それが幸院家としての運命だ。
学校にいる時は殺人のことを考えなくていい。だから、学校は好き。高校三年生で進路のことを考えなければいけないが、私は家を継ぐというので通ってるので、進路など関係ない。
家から一番近い学校に通っているため、お金持ちが通う学校ではない。
だから、みんなから「お金持ちでいいな」と言われる。
その時は愛想笑いをする。
いいことなどない。生きるために人を殺さなければいけないのだから。
なんて考えていると、もう家に着いてしまった。
(放課後とか遊びたいな……けど早く帰らないと父様に怒られる……いつ仕事が入るかわからないから……)
普通の家より、何倍も大きいドアを開ける。
「おかえりなさいませ、刹那様」
「ただいま」
幸院家の唯一のメイドが出迎えてくれた。
「刹那様、まっすぐ旦那様のお部屋にお行き下さい。お客様がお待ちです」
お客様……ってことは仕事の話か。
「わかった」
私はカバンをメイドにあずけ、父様の部屋行く。父様の部屋のドアを二回ノックすると「入れ」と声が聞こえた。
「失礼します」
「鶴野﨑(つるのざき)様、これが娘の刹那です」
「はじめまして、鶴野﨑様」
鶴野﨑……最近、人気の出ているゲーム会社の社長か。
「これはこれは華奢なお嬢さんなことで」
「お褒めいただき光栄でございます」
見た目は四十代後半というところだろうか……。
頭は寒そうだ。けれど、手には高そうな指輪を右手に二つ、左手に二つ、計四つもしている。
「本当にこの娘さんが……?」
「はい、刹那は今朝ニュースになっていたあの人も殺りましたよ」
「なんと……では、今回も大丈夫かね?」
「はい、刹那にかかれば大丈夫でございます。恐れ入りますが鶴野﨑様、刹那に殺して欲しい方の説明をしていただけれるとありがたいのですが……」
「おお、そうですな。そこに立っておらずに腰をかけてリラックスしてくれ」
「恐れ入ります」
ここはオマエの家ではないだろう、と刹那は思ったが口に出したら幸院家の恥になってしまう。
自分の気持ちを心にしまって鶴野﨑の話に耳を傾けた。
「殺して欲しいのはこいつなんだ」
鶴野﨑は、ある一枚の写真……いや新聞の一面を出してきた。
それは昔からの有名ゲーム会社の社長であった。新聞には『海外進出!』と見出しがされていた。
「この人は私の上司だった人なんだ」
鶴野﨑は語り始めた。
「私が自分で会社を立ち上げ、売り上げが伸びてきた頃、一度パーティーで一緒になったんだ。その時にコイツはなんて言ったと思う? 『寒そうな頭してるのによく出世したもんだ』……私は怒りが込み上げてきた。寒そうな頭なのに? 出世と頭は関係ないだろ!」
鶴野﨑は目の前にあるテーブルをガンっと叩いた。
「しかも、私が部下だった時も人使いは荒いし、仕事なんか全部任されて女の元に行ったり……ああ、腹が立つ!!」
「まぁまぁ、鶴野﨑様落ち着きくださいませ」
(小さな男だな……こんなことだけで人を殺そうと考えてしまうのか……)
「すまない……取り乱してしまって」
「ええ、大丈夫ですよ……それで金額の方ですが……一億でどうでしょうか?」
「一億!?」
「はい、確かに金額はお高いですが、それほどの人物を殺るということです」
「一億……あいつを殺れるもんなら安いもんだ」
「交渉成立ということですね」
「刹那さん、お願いしますね。私の無念を晴らしてください」
「かしこまりました」
決行するのは三日後に決まった。
◆ ◆ ◆
三日後。
ミヤは大きな水晶に映る女の子を見ていた。
「そんな辛そうな顔……わからなくなる。本当に犠牲者にしていいのか……」
ミヤは刹那に目を付けていた。
殺人もしているということでミヤの犠牲者の条件を満たしていた──が、この子は人を殺そうとする度に辛そうな顔をしている。
本当に犠牲者にしていいのか? とミヤは心の中で自問自答した。
◆ ◆ ◆
今日の私の仕事は、あの有名ゲーム会社の社長を殺ること。
ターゲットはベロンベロンに酔っ払い、自宅の高級マンションに入って行くところを見た。独身だから、家の中はおそらく一人であろう。
高級マンションということで警備は堅かったが私の手には及ばなかった。
この社長は女好き……だから、私は少し薄着をしていた。さらにカツラも被り、男ウケ化粧もしている。パッと見、私も一瞬誰だかわからないくらい、変わっている。後に理由はわかるだろう。
そして私は社長の家のインターホンを鳴らした。
インターホンからは「ひゃい?」 と社長の声が聞こえた。相当酔っ払っている。
「すみません、道に迷ってしまって……今晩泊めていただけませんか?」
我ながらバカな嘘だと思う。
そもそも道に迷っても警備の堅い高級マンションに入れるわけがない。それに道に迷って、知らない人の家に一晩泊めてくださいなんて言わない。
普通の人なら、そんな考えを持つが、この社長は「どーぞ、どーぞ!」と家に私を促した。酔っ払って気持ちよくなっている、そして女好きの社長は私の言い分になんの疑いも持たなかった。
この社長は、自らいい獲物が来たと思っているだろう。
そんなことを考えているとドアが開いた。
「おじゃまします……」
「いやー、こんなに可愛い方が道に迷い、私の所に来るなんて、なんかの御縁ですな!」
異常に顔が近い。お酒臭いから正直近づかないで欲しい。
「さぁ、中にお入りください」
「あの、すみません……本当に」
「大丈夫ですよ!」
酔っ払ってる癖に呂律は回っている。
女好きだと改めて実感された。
「お疲れでしょう? 私の寝室を使ってください」
「でも……」
社長は私の肩に手を回し、自分の寝室に促す。
「私のベットをお使い下さい」
「いえ、私はソファーとかで十分ですから……」
「あぁ、それとも……」
社長は口角を少し上げた。
そして勢い良く、私をベットに投げた。
「きゃっ!」
「二人で寝る方がいいですかね……?」
私の上に社長は覆いかぶさった。その目は男の人の目をしている。そしてものすごくお酒臭い。
「大丈夫です、優しくしますから……」
社長が私の唇を奪おうとした、直後に私は蹴りを入れた。
「がはっ!」
私の蹴りは社長を吹き飛ばすくらい強いもの。
「ごめんなさい……!」
隠し持っていた刃物で社長の心臓を目がけた。
真っ赤に染まる鉄の臭いは未だに慣れない。
次の日、朝から社長は新聞の一面や朝のニュースの引っ張りだこだった。
『何者かによって殺された!』みたいな見出しが多かった。
そしてその日の昼間に鶴野﨑が私の家に訪れた。
「いやー、本当にありがとうございます!」
「いえ、私達は当然のことをしたまでです」
殺人なんか当然じゃないよ、なんて刹那は心の中で呟いた。
「鶴野﨑様、例のものを……」
「あぁ、そうですな……こちらです」
「はい、確かに。ご確認してもよろしいですか?」
「あ、あぁ……」
(なんか焦った顔をした気がする)
刹那の予感は的中した。
「鶴野﨑様……私は一億と申しました……けれど一千万しかありませんけど、どういうことでしょうか?」
約束のお金の十分の一しか鶴野﨑は持ってこなかったのだ。
「す、すみません……お金を用意出来なくて……す、すぐにお金が用意できたらまた持ってきますので」
「…………わかりました」
父様はニッコリと笑った。
鶴野﨑が帰ったあと、私はすぐに父様に呼ばれた。
「父様、どうなされましたか?」
「……鶴野﨑の顔は覚えているな?」
「はい」
「殺せ」
私は少し思考が停止した。
「な、なぜですか……? そしたらお金が入らなく……」
「約束して一度でお金を用意出来ない奴は信用ならん。ああいう奴はいつか自分がしたことを後悔するだろ。そして誰かにこのことを話す可能性がある。だから、このことが誰かの耳に入る前に殺せ」
なんで、殺せと普通に言えるのだろうか。
でも私も生きるためだ。
「かしこまりました……」
これが私の運命なのだ逆らえない。
三日後に決行する。
次の日。
鶴野﨑を殺るまで後二日。私は朝から空を見上げ、ぼーっと考え事をしていた。
考え事と言っても、どうやって鶴野﨑を殺るか、ってことだ。
私の顔を知っているから、変装しなきゃいけないか……いや、あえて変装しないでそのまま殺るか……。
そんな考え事をしていると朝のSHRを始めるために先生が教室に入ってきた。
先生が入ってくると「きゃーっ!」と女の子の黄色い歓声が上がった。
うちの担任、そんな人気あったっけ? なんて思い、前を見ると、うちの担任とどこかで見た事あるけど、うちの学校の制服を着ていないイケメン君が教室にいた。
「へーい、静かに~」
やる気のない、うちの担任は、けだるそうに「てんこうせぇが来たぞ~」とイケメン君を紹介していた。
「綾小路 聖次です。昔はこの辺りに住んでました。よろしくお願いします」
イケメン君は爽やかな笑顔で、女子の心を釘付けにさせた。
「え~綾小路は財閥の御曹司だから傷つけないようにー。傷つけたら俺がめんどくせぇからな。席は後ろの空いてる席に座ってくれ」
「はい」
空いてる席……私の後ろの席だ。
イケメン君はどんどん近づいてくる。私の席を通り過ぎず立ち止まった。
「久しぶりだね、刹那」
「久しぶり、聖次」
聖次は私が小さい頃、家が近かったのもあり、よく遊んでいた。
そして数少ない私の秘密を知っている幼なじみである。
◆ ◆ ◆
ミヤはパソコンで、ある動画を見ていた。
それは人が殺されるようなドラマや映画であった。
やっぱり違う、とミヤは思った。
◆ ◆ ◆
鶴野﨑を殺った次の日、聖次と聖次のお父様が私の家に訪問して来た。
「綾小路様、お久しぶりでございます」
父様は笑顔で二人を出迎えた。
「お久しぶりです、幸院さん。仕事で様付なのはわかるが、今日はプライベートみたいに綾小路さんとお呼びくださいよ」
「恐れ入ります」
仕事……つまり聖次と聖次のお父様は殺人の依頼に来たんだ。
「それで今日はどんなご要件で?」
父様が尋ねると聖次のお父様は、一枚の写真を出してきた。
「この方を殺ってほしいのです」
写真に写っているのは有名財閥の一人息子だった。
「この方が少々厄介で……聖次の婚約者の恋人らしいのです」
聖次の婚約者……?
聖次の顔は照れてる様子や嬉しそうな様子など見られない。
私は聖次の顔を見て察した。
きっと財閥同士、家柄の婚約であり、本人達の意思など無視したのだろう。
「額はおいくらで? いくらでも払いますよ」
「五千万くらいですな」
「お安いですね、では後日持ってきます。ところで綾小路さん、今日はいいお酒を持ってきたのです。一杯いかがです?」
「いいですな。あぁ、そうだ。久しぶりの再会ですし、泊まっていってはどうです? 部屋もたくさんありますし」
「では、お言葉に甘えるとしましょうかね」
「聖次くんは刹那の隣の部屋を使ってくれ」
「わかりました」
父様と聖次の父親の晩酌が始まり、私と聖次は半分追い出された形で後にした。
「刹那」
「なに?」
「久しぶりに刹那の部屋に行ってもいい?」
聖次は真剣な眼差しを向けた。
「いいよ」
私と聖次は私の部屋に行った。
「やっぱり変わったな~」
聖次は私の部屋をグルリと見渡し感想を述べた。
「そりゃあそうだよ、だって最後に来たのは八年も前だよ?」
聖次は十歳の時に引っ越した。
引越しの前日は私の部屋に来て遊んだ記憶がある。
「俺があげたクマのぬいぐるみ……」
私の部屋のベットにちょこんと置いてあるクマのぬいぐるみに聖次は目をつけた。
このクマのぬいぐるみは聖次が引っ越す前日に貰ったものだ。
「可愛いから、お気に入りなの」
「そっか……それは良かった」
聖次は優しそうな笑みを浮かべた。
「っにしても、婚約者がいるとは思わなかったよ」
「まぁ、本人達の意思なんてどうでもいいような婚約みたいなもんだよ」
やっぱりか、と思ったが、あえて口には出さなかった。
「俺にだってさ、好きな人がいるのに」
「え、そうなの? 前の学校にいた子?」
「いや、今話してる人」
「あぁ……はい?」
「俺、刹那が好きだから」
「あぁ、友達として? それはありがとう」
「いや、一人の女の人として」
……ボンっ! と効果音が出るほど、顔が真っ赤になった。
「え、あ、の……えぇ!?」
「俺、ずっと刹那が好きで刹那を守れるような男になって帰ってきたんだけどな~?」
聖次はいたずらっぽい笑みを浮かべる。小さい頃から変わらない笑い方だ。
「で、でも婚約者いるんじゃ……」
「言っただろ? 本人達の意思なんて無視だって。それに向こうには恋人がいるらしいしな」
「でもその人を殺すんだよ……? ってか、私人殺しなんだよ……?」
「俺が人殺しなんかさせなくしてやるよ」
夢でも見ているのだろうか? こんな少女マンガみたいな展開があるなんて私は想像もしてなかった。
「本当は、もう少し後に告白する予定だったんだ。すぐに告白しても、軽い男とか言われても嫌だし……けど刹那が綺麗になってて我慢出来なかった」
「聖次……」
正直、少し戸惑っていた。
小さい頃、仲の良かった聖次と再開し、まだ数日しかたっていない……本当に信じてもいいのだろうか? それから私が人殺しをしているという事。
生きるために人殺しなんかしている私が彼氏など作ってもいいのか……?
そんな考えが顔に出ているらしく聖次は私の頭の上に手をポンッと置いた。
「返事は今じゃなくていい。気長に待つよ」
聖次の言葉に私は「うん」と小さく頷いた。
その一週間後、私は聖次の婚約者の恋人をこの手で殺ってしまった。
何故か、震えが止まらなかった。
ごめんなさい……ごめんなさい……何度その人に謝っただろうか。
◆ ◆ ◆
ミヤは【地獄ノ女王所有物部屋】にいた。
そしてある物“達”を見ていた。
一つ……二つ……三つ……それは計二十四。目標の数まで達するにはまだ少々時間がかかりそうだ。
この部屋にはミヤと執事以外は誰も入ったことがない。むしろ入ることは地獄ノ女王であるミヤが許さなかった。
この物達を集めるには理由があった。その理由はミヤと執事しか知らない。
「もう少し……でもまだ足りない……」
ミヤには焦りと戸惑いがあった。
◆ ◆ ◆
珍しいお客さんが来た。
いつもここに来るお客さんは大抵汚れた大人である。
なのに今日のお客さんは──
「あの……本当に殺ってくれるのですか?」
「ええ、もちろんです」
制服を着た、女子高生である。
私と父様がお話をしていると、幸院家の唯一のメイドが「お客様が来ております……」と言ってきた。
父様は「通せ」と言ったがメイドは「それが……どうも学生様のようなのです……」と言い、私と父様は不思議に思った。
とりあえず話だけでも聞いてみよう、ということでその女子高生を招いた。
その女子高生は有名なお嬢様学校の制服を着ていた。おとなしそうな顔をしているので、こんな子がなぜここに? と考えてしまった。
「あの……本当に殺ってくれるのですか?」
「ええ、もちろんです」
女子高生はギュッと右手に力入れていた。何かを決断したのだろう。
「お、お金はいくらでも払います……だからお願いです……殺して欲しい人がいるんです……!」
「わかりました……けど私にはあなたみたいな人が、なぜここに足を運んできたのか理由をお聞きしたいですが、よろしいですか?」
さすがの父様も今回は理由を聞くみたいだ。ほとんどのお客さんからは理由を聞かない(もしくはお客さんから自ら話す)ことが多い。
「私には婚約者が居ます……でも本当は婚約などしたくないし、恋人も居ました……けれど私の恋人は殺されました」
その女子高生の瞳は悲しみに溢れていた。
「風の噂で聞いたのですが……殺したのは私の婚約者と聞いたのです」
婚約者は女子高生を愛しているのかな? と思い聞いていたが、その考えも後に崩れるなんて私は考えていなかった。
「私も恋人の後を……と考えましたが、私にはそんな勇気がありませんでした……だからせめて仇を取ろうと思ったのです」
女子高生は何かを覚悟したような瞳をしていた。
「でも私には殺す知識などありません。だから今日はここに来ました」
女子高生の話を聞き、父様は「なるほど……」と呟いた。
「わかりました。お引き受けしましょう。お写真などありませんか?」
「写真ですか……すみません。それは用意してませんでした」
「謝らなくていいんですよ。では名前を教えてくれませんか? あなたの婚約者のお名前を」
「私の婚約者の名前は……」
私はこの後出る名前を忘れることないだろう……。
「綾小路……綾小路聖次さんです」
あぁ、あなたは聖次の婚約者だったのですね──。
◆ ◆ ◆
「すごい展開」
ミヤは大きな水晶を見て、そう呟いた。
「これで判断できる」
◆ ◆ ◆
聖次の婚約者が帰った後、私は考え事をしていた。
まず、どこで聖次の婚約者の恋人を聖次が殺したという嘘の情報が入ったのだろうか?
確かに依頼をしてきたのは聖次の家だ。けど実質殺したのは私だ。
そして恋人を殺されたから、その仇に恋人を殺したと思われる婚約者を殺す……。
きっと私に罰が当たったのだ。
生きるためにたくさんの人を殺し、自分の犠牲にさせてしまった。
どんなに謝っても許されない罪だ。
「刹那」
「はい」
私は父様に呼ばれた。
父様はどう思ってるのか……? 綾綾小路家とは仲がいい。
「……綾小路聖次を殺せ」
「と、父様……今なんと……?」
「何度も言わせるな。綾小路聖次を殺せ」
「父様! 綾小路家とは仲がよろしいのでは!?」
「仕事とプライベートは分けなきゃいけん。それに綾小路聖次の父親は聖次くんを綾小路家の道具としか思っていない」
聖次が綾小路家の道具──?
「綾小路さんにとって道具が一つ無くなるようなものだ。また道具を作ればいい。それに私を綾小路さんは私を憎むことなどできん。殺ろうと思えばいつでも殺れるからな」
「で、ですが……」
「それとも刹那。オマエは聖次くんを殺したくないのか?」
もちろん、殺したくないです、そんなの口に出せるはずがない。
「一週間後、殺ってもらう」
一週間……。
「わかったな? 逆らったらどうなるかわかるよな?」
「は、はい……」
私は父様に逆らうことなど出来なかった。
自分の部屋に戻り、ベットにうつ伏せになり、一人考え事をしていた。
聖次を殺る? 私が? なんで殺さなきゃいけないの? 自分が生きるために聖次は殺らなきゃいけないの?
──【それはお姉さん次第じゃないかなー?】
小さな女の子のような声が聞こえた。
「お姉さん顔上げて~」
「ふぇ……え!?」
私しか居なかった部屋には小さな女の子が立っていた。真っ黒な服を着ている。
「まさか死神……?」
私を殺しに来たのだろうか? それなら私を殺してほしいが──
「え? 違うよ?」
どうやら私の考えも虚しく散っていった。
「私はミヤだよ!」
女の子は屈託ない笑顔で答えた。
「ねぇねぇ、お姉さん殺しちゃうの?」
「え……?」
「お兄さんのこと殺しちゃうの……?」
なんでそれを……?
「な、なんのことかな?」
「知ってるよ、私見てたもん。でもね、殺す殺さないはお姉さん次第だよ?」
この子は、どこまで知っているの……?
「じゃあ、私帰るねバイバーイ!」
「あ、まっ……」
待って、という前にミヤという女の子は姿を消してしまった。
その次の日から聖次との会話が無くなってしまった。
私が避けていたからだ。
私に告白をしてくれた人を殺す……なぜ、そんなことをしなきゃいけないの? でもそんな自己中なことは言えない。それは聖次の婚約者も同じだ。なぜ、恋人が殺されなきゃいけなかったの? と考えていただろう。
私は生きるために人殺しをする。そんな最低な人間だ。
そんな私は生きている価値があるのだろうか?
あっという間に聖次を殺る日が来てしまった。
その日は何故か聖次は夜に誰も通らないような路地裏にいた。
殺るには好都合だった。
けれど私はいつも以上に手が震えていた。
私は弱い人間なんだ。
不意に聖次の歩きが止まった。聖次は辺りを見渡した。私はバレないようにその様子を窺う。
聖次は辺りに誰もいないことを確認し、深呼吸をした。
「いるんだろ? 刹那」
私はビクッと心臓が飛び出るほど、驚いた。
なんでバレているの……?
「出てきてくれないか? 俺を殺すことも知っている。でも話がしたい」
聖次の目は真剣そのものだった。
私は聖次に観念して、姿を見せた。
「……刹那、手が震えてるぞ?」
「そ、そりゃあ今から聖次を……ね?」
「あぁ、それもそうだな」
聖次は笑った。今から殺されてしまうというのに、怯えた様子を見せずにいつもの笑顔で笑った。
私は胸が締め付けられる。今からその笑顔を奪わなければいけない。その笑顔はもう二度と見れない。
「俺は刹那が好きだよ」
「うん……」
「だから刹那に殺されても俺は憎んだりしないよ。むしろ好きな人に殺されるなんて最高の終わり方だと思うんだ。俺はそれくらい刹那の事が好きなんだよ」
私は今からこの人を殺らなきゃいけないの?
私の事を好きだと、言ってくれる人。
私が殺すと言っても、それが最高の終わり方だと言ってくれる人。
手の震えは止まらない。
とうとう私の手から刃物がカツンっと落ちていった。
「刹那?」
「嫌だ……嫌だよぉ……聖次を殺すなんて……」
いつの間にか私は涙を流していた。
「刹那……」
「逃げよう、聖次……。どこか遠い場所、私たちの事を知らない街に行って……」
「そんな事できると思うか?」
第三者の声の主に私と聖次の目は見開いた。
「と、父様……」
「刹那。この一週間、様子がおかしくて観察していたら、まさかこんな事になっているとは……」
父様は大きなため息を一つついた。
「……まぁ、いい。刹那、オマエには今回の仕事はこなせそうにないから、今回は私が殺ろう」
父様は懐から刃物を取り出した。目は獲物を狩るような目付きをしている。
「聖次くん、私もきみを殺るのは少々気が引けるよ……けど私も仕事だからね」
父様はそう言うと、聖次に向かい一目散に駆け出した。
「だ、だめぇ!!」
なにもかもがスローモーションに見えた。聖次に向かう父様、そして目をぎゅっと瞑り、一歩下がった聖次。そして父様と聖次の間に入る私。
腹部に痛みの衝撃が走った。これほど感じたことのない痛みが走る。同時に身体に力が入らなくなる。
「かはっ」
身体に力が入らなくなった私はそのまま地面に倒れ込んだ。地面は真っ赤に染まっていく。私の血で地面は染まっていった。
「刹那!!」
父様に刺された私を聖次は抱きしめてくれた。温かい。聖次の服は真っ赤に染まっていく。二人で逃げ出したら、その服洗わなきゃね。あぁ、でも私はもう起き上がることなんて出来ない……。それなら聖次だけでも逃げて欲しいなぁ。
「せ……じぃ……にげ…………」
聖次逃げて、と言おうとしたが時は既に遅かった。
父様はもう一つの刃物で私を抱きしめている聖次の背中を刺したのだ。
「ぐっ……!」
聖次も身体に力が入らなくなり私に覆い被さるように倒れた。
「刹那……オマエには見損なったよ」
意識が朦朧としていく中で父様はその場を後にした。
私に殺された人たちも、こんな痛い思いをしていたのだろう。何度も謝ったってこの罪は消して許されない。
死んだら、私は地獄に行くのかな? そして罰をたくさん受けるのかな? でもそんなの当たり前か、私はたくさんの命を奪ってしまった。きっと罰を受けても私のしてきた事は決して許されないことだから、一生罰を受けるかもしれない。それでもいい。けど、聖次だけは……私の好きな人だけは天国へ連れていってください。私の願いはそれだけ。あの世では聖次に幸せになってもらいたいよ。
意識が朦朧としていく中、私の前には、ある女の子が現れた。けれど、その女の子の顔を見た途端、私の意識は途切れた。
◆ ◆ ◆
「ん……」
私は目を覚ました。そして暗い空間の中にいた。いや、部屋だろうか? 私の隣には大きな水晶があった。その明かりだけが部屋を照らしていた。
「あ、起きた?」
水晶を見ていた女の子がこちらを見てきた。
「あなたは……ミヤちゃん?」
「正解。よく覚えてたね!」
ミヤちゃんは屈託ない笑顔で答えた。
「ここはどこだと思う?」
ミヤちゃんは質問をしてきた。私には正直ここがどこだかわからない。
「わからないけど……天国ではなさそう」
「うん、ここは地獄。そして私は地獄ノ女王」
地獄ノ女王……? こんな小さな子が女王様なの……?
「まぁ、 それはいいとして……お兄さんはまだ眠ってるね」
「え?」
ミヤちゃんの目の先には聖次が倒れていた。
「聖次!? なんで聖次が地獄に……」
「お姉さん落ち着いて」
「地獄に堕ちるのは私だけでいいのに……!」
その言葉が聞いたミヤちゃんは「なんで?」と首をかしげた。
「私のしてきた事は許されないことだから……」
「許されないことって?」
ミヤちゃんは、さらに首をかしげた。もう死んでるし、話しても何の被害も出ないだろう。
「私は人殺しをしてきた……自分が生きるために……何人も何人も数えられないほど……だから、私は地獄に堕ちて罪を償うの」
「その心配はないよ?」
「え……?」
心配はない……? まさかさらに重い罰が待っているの?
「お姉さんは人を殺す時どう思ってた?」
「どう思ってたって……ごめんなさいって心の中で謝ったりして……」
「そこに気持ちよさはあった? 自分の意思で殺った?」
「気持ちよさなんかあるわけない! それに私は全部父様や依頼人の命令で……」
「じゃあ、お姉さんが地獄に堕ちる必要ないよ」
「え……?」
「人を殺すのはお姉さんの生まれた時の運命だった。確かに人を殺すなんていけないことだけど、それを知っていたんでしょ? 運命にただ道を歩いた。そして最後は人を庇い、死んだ……どこに地獄に堕ちる要素があるの?」
「だ、だって……私は……」
「お姉さんは綺麗なんだよ、心が。そんな人は地獄に要らないよ。もちろん、あそこにいるお兄さんもね?」
聖次も……。
「さぁ、そろそろ天国からお迎えが来るよ」
ミヤちゃんの言ったとおり、すぐに天使みたいな人が現れた。少々、ミヤちゃんと茶番をしながら、私と聖次は天国に連れて行かれた。
天国に着き、目を覚ました聖次は涙を流した。本当はものすごく怖かったのだろう。
そして私と聖次は次の人生を歩むまで、ずっと一緒にいたのは、また別の話である。
◆ ◆ ◆
ミヤは地獄宮殿の廊下を歩いていた。そして不意に【地獄ノ女王所有物部屋】に目を止めた。
「今回の犠牲者は無しか」
そう小さくつぶやいた。
作者、携帯落としすぎて故障しました←
携帯を変えるために急遽投稿しました。(本当は2話先に投稿する予定だった)
恐らく次に投稿できるのは早くても一月の末か二月です。ご了承ください。