17人目 織坂 小町
地獄宮殿の前に二つの影があった。
一人はワクワクとした表情。そしてもう一人は無表情で地獄宮殿を見つめていた。
「うわぁ~! 真っ黒だ! ねぇ、リミカ!」
リミカと呼ばれている少女は「そうですね」と返す。その表情は無表情である。
「もう~、相変わらず無愛想だなー! 僕と同じ可愛い顔が台無しだよ?」
「うるさいです。リルキ」
「ひど~い!」
リルキと呼ばれる少年は頬を膨らます。その姿はまるで少女の様だ。
「ねぇリミカ! 僕もスカート穿きたいよ~!」
「何言ってるんですか、スカートなんかスースーしますし、気を使わないといけないのですよ。嫌になります」
「そう言ってもリミカはスカート穿いてるよね?」
リミカは黒のフリルの二段重ねのミニスカートを穿いていた。逆にリルキは白い膝上までの丈のズボンを履いていた。
「双子だからとズボンとスカートの方が男女の見分けが付きやすいという上からの指示で仕方なく穿いてるだけです」
「ふーん。まぁ、僕は見た目も女の子みたいだからね! スカート穿かなくても女としていけるよね!」
「そんな女々しい事言わないでください。吐き気がします」
「実の兄にひどいな~」
リルキは頬を膨らませた。リミカはそれを横目で見ている。
「リルキ忘れないでください。私たちがなぜここに来たのかを」
「そんなの忘れるわけないでしょ?」
リルキは真剣な表情になる。リミカは相変わらず無表情だ。
「地獄ノ女王様の犠牲者を調べあげる。それが僕達の仕事」
「そうです。私たち双子にとって初の大仕事です。さぁ行きますよ地獄宮殿に。」
二つの影は地獄宮殿に向かい、歩み始めた。
◆ ◆ ◆
「小町さん! こんなことも出来ないのですか!?」
「申し訳ありません……母様」
「貴方は織坂家の跡取りなのですよ!?」
「わかっております……」
「だったら私が満足いくまで、この部屋から出てはいけませんからね!?」
「!? ですが!」
「言い訳は聞きたくありません!」
スパンっと襖が勢いよく閉まった。
母様の機嫌また損ねてしまった……。
私の家は、しきたりが絶対の代々続く織坂家である。しきたりを破った者には罰が下るらしい。
実際にしきたりを破った者は昔に何人も居た。ある者は婚約者とは違う人と駆け落ちし、そのまま不運な事故で亡くなる。またある者はしきたりが嫌だと逃げ出し、冤罪を受け、処刑された……。
織坂家は代々長女が継ぐのが絶対であるが織坂家で生まれた者は皆しきたりに縛られる。学校には行けず、織坂家のしきたりを身につけ、その合間に家庭教師を雇い勉強をする。結婚する相手なんて自分では決めれず親が決める。もし、長女が居なくなれば次に継ぐ人は、その娘……。娘が居なければ次女が継ぐのが当たり前らしい。
私には姉妹が一人もいない……いわゆる一人っ子だ。
そして母様も一人っ子だ。
つまり織坂家を継ぐのは強制的に私になる。
が、私の出来は悪いらしく。親族からも心配されている様だ。
母様は一人っ子だったため、一人で何もかもこなさなければいけなかった。が、母様はそれを全て完璧にこなしたのだ。その娘も出来るに違いないと勝手なレッテルが貼られてしまった。
(きっと、母様も周りから心配されているからプレッシャーを感じてるのであろう……)
私が今やっていたのは琴であった。
これも織坂家のしきたりで毎年齢十六になる年の元旦に琴を弾くのがしきたりらしい。
(変なしきたり……)
私はそう思いながら、琴の練習を再開する。
何度やっても失敗する……。
(きっと間違っているやり方が体に染み付いてる……どうにかしないと)
私は何度も同じところで失敗してしまう……。
落ち込んでいた時、静かに襖が開いた。
「小町様」
「ばあや……」
「焦らずに、もう一回やりましょう」
「でも……」
「大丈夫です」
ばあやは私の手と自分の手を重ね、ゆっくりと順番に弾いてゆく。
「そうです、そんな感じで……」
「……あ、弾けた! ばあや、私弾けた!」
「小町様、お見事です」
「ありがとう!」
ばあやは小さい頃からの私の唯一の理解者だ。
小さい頃から、あまりお屋敷から出たことのない私に外の世界も教えてくれたし、私が泣いてると真っ先に駆け付けてくれるのもばあやだった。
ばあやのためなら私はなんでも頑張れる。
◆ ◆ ◆
「この宮殿の中も真っ黒だね!」
「うるさいです。リルキ」
「感想を述べただけなんだけどな〜」
リルキとリミカは地獄宮殿の中に居た。キョロキョロと宮殿の中を見ているリルキに対し、リミカはスタスタと前だけ見て歩いている。
「地獄ノ女王様はどこにいるんだろうね〜」
「わかりません」
リミカの横を歩いていたリルキが急に横を見て一つの場所に留まった。
「リルキ?」
「リミカ……この【地獄ノ女王所有物部屋】ってなんだろ?」
「……なんでしょうか。開けてみましょう」
「え!?」
リミカは【地獄ノ女王所有物部屋】のドアノブを回すが──
「……鍵が掛かっていますね」
「えー、地獄ノ女王様がいると思ったのに」
「何してるの?」
リルキとリミカは少女の声が聞こえる方へ視線を向けた。
そこにはリルキとリミカが探していた人物、地獄ノ女王ことミヤが立っていた。
◆ ◆ ◆
元旦を迎え、無事に私の琴の演奏が終わり、普段の生活に戻った時であった。
「……婚約ですか?」
「ええ、小町さんももう少しで齢十六……結婚ができる歳です。数年後には世継ぎを産んでもらわなければいけません」
婚約の話がとうとう来てしまった……。
そういえば、ばあやが言ってたな……結婚は好きな人とするものだと。
でも私は好きな人と結婚が出来ない。けど、好きな人がいるわけでもない。
これから外の世界に出て、好きな人を見つけ、恋愛というのをしてみたかった。
「来週に顔合わせをしますから、お忘れなく」
「来週ですか……? 急ですね……」
「急ではありませんよ。これくらい当然です。これもしきたりの一つなのですから」
また、しきたり、だ。
小さい頃から聞いているから、この言葉を聞くと、耳が痛くなる。
私は思い切ったことを聞いてみることにした。
「母様は……父様の事をどう思いなのですか?」
母様は、しかめっ面になった。
「……私は、しきたりに従っただけなので嫌いではありませんよ。けど好きでもありません。もう亡くなってしまいましたけど、なんとも思いません」
なんとも思わない?
私は父様が亡くなった時は、すごく泣いた。
三年前に父様は病気で亡くなった。
が、母様は、ひとつも涙を流さなかった。
きっと、皆の前では泣かず、一人で涙を流すのだろう。
母様は強いお方だと思ってた。私もいつか母様のようになりたいと思った。
なのに……なのに!!
なんとも思いません。って……。
「……小町さん、なんですの? その目は」
私は、いつの間にか母様を睨んでいた。
「母様は……お人形です」
「なんですって?」
母様の眉毛がピクッと動いた。これは母様が怒っている時に出る仕草だ。
でも私だって引き下がれない。
「母様はお人形でございます。しきたり、しきたりとしか申されません!! しきたりでしか生きていけないのですか!?」
「小町さん……親に向かって何を言うのですか!?」
「しきたりなど……私は、もう嫌でございます!!」
「小町さん、貴方は織坂家の跡継ぎなのですよ!? それ以外は許されませんよ!!」
「母様みたいに、父様が亡くなった時に、なんとも思わなかったみたいになんて、なりたくありません!! 母様は、しきたり以外は全て空っぽです!!」
「なんですってぇ!?」
母様と私の口論は、周りの使いやばあやが止めに来るまで続いた。
◆ ◆ ◆
「……こちらがリルキ様とリミカ様の寝室となっております」
「わぁ! ここまで真っ黒!」
「丁寧にありがとうございます」
リルキとリミカは地獄ノ女王のミヤを監視するために、地獄宮殿に泊まるように上から命じられていた。
リルキとリミカがミヤを見つけた時、ミヤは笑顔で「あー! やっと来た~!」と言い二人を大歓迎した。
そしてミヤは、すぐに執事を呼び、二人の寝室に案内させていた。
「広いでしょ! この寝室!」
ミヤも執事とリルキとリミカに付いて来ていた。
「うん! 広くて僕もびっくりだよ! 気に入った!」
「リルキ、私達は仕事できたんです。遊びに来たんじゃありませんから」
「知ってるよ~」
リルキは、プクッと頬を膨らませた。
(女の子みたいですね)
と思った執事だったが声には出さなかった。
「ところで地獄ノ女王様、お聞きしたいことがあります」
「なにー?」
「……単刀直入に申し上げます。犠牲者というのは何でしょうか? それから【地獄ノ女王所有物部屋】とは何でしょうか?」
(わぁーお♪ リミカ単刀直入過ぎる~)
「……それは知らなくてもいいんじゃない?」
「いいえ、私達双子はそれを調べる為に、こちらに伺ったのです」
「リミカ~。着いたばかりなのに~」
「私達は一分一秒早く、この仕事をこなさなければ、いけないのです」
「そうなんだ! 私も早く犠牲者を集めないといけないの、一分一秒早く。だから残念だけど理由は言えない」
「上の者を逆らってもですか?」
「……私は私なりの仕事があるから」
ミヤの顔は好奇心に溢れていた。
なぜ、そんな顔をしているのかリミカにはわからなかった。
◆ ◆ ◆
肩の荷が重い。淡々と母様は話している。テーブルを挟み、向かい側に居る女の人と男の人……そして私の婚約者に織坂家の事を話していた。
とうとうこの日が来てしまった。
先程から私の婚約者は、私の顔色をチラチラと伺っている。
正直に言って、頼りなさそうだった。
「小町さんは、良いお嬢さん過ぎて照彦さんには勿体無いわ」
「いいえ、照彦さんこそ良い方です。小町さんには勿体無いわ」
先程から、この繰り返しばかりだ。違うことを話したと思えば家柄の話。
汚いな──。
「照彦さん」
「な、なに、母さん……」
「あなた一度ここに来たことがあるでしょう。ぜひ小町さんに、ここの名物のお庭を案内してあげて」
「わ、わかりました。行きましょう、えっとぉ、小町さん」
「はい」
私と照彦さんは縁談の部屋を出て行った。
そして、名物のお庭に行き、照彦さんは池の鯉を見て「はぁー」とため息をついていた。
「……照彦さんは、この縁談をどう思っているのですか?」
「え!? そ、そりゃあ、とても光栄に思い……私には勿体なくて……」
「私は本音を聞いてるのです」
照彦さんは池の鯉から目を離し、私の目をジッと見た。
「……見透かされているようだね。私には好きな人が居るんだ」
「好きな人ですか?」
「あぁ……。私は君とは違って学校に通っている身だ。好きな人と話せるだけでも幸せなんだ……けど、私は家を守る為に君と婚約をするんだ」
「……好きな人が居ると幸せなんですか?」
「そ、そりゃあ幸せだよ。さっき言ったとおり、話せるだけでも幸せだし……席が近くなったりした時とか……少しでも共通の趣味があったりしたら嬉しいし……」
「私には好きな人が出来たことがありません。けれど、照彦さんは好きな人の話をしている時はすごく幸せそうです……この婚約はしてはなりません」
「けど……」
「家を守る為には、まず自分が幸せではないと守れません。照彦さんは大人になったら、働いて食べていけることも出来ます。だから、好きな人と幸せになってください。」
「……あぁ、わかったよ。ありがとう」
「いいえ」
こうして私と照彦さんの婚約は破談になった。
それから数日経った。
母様は機嫌が悪かった。それもそのはず、婚約が破談になったからだ。極力、母様と話さないようにしていた。
(けれど、母様に用があるから出向かないと……)
母様の部屋が近付くにつれて、話し声が大きくなってきた。
(母様と……ばあや?)
私は、母様の部屋の前で、そっと耳を澄ました。
「小町さんの婚約が破談になったからと、親族が心配しているのです……なんて出来の悪い娘ですの……」
「仕方ありません。そもそも、鵡鶴さんの出来が悪かったのです。奥様は悪くありませんよ。」
……ばあや?
「私の良いところなど、一つも引き継がないなんて……」
「そうですね……出来が悪すぎて、世話をしている私でも虫酸が走ります」
私は、その場を後にし、自室に戻った。
ばあやは言った、父様の出来が悪いと、そして私の出来も悪すぎて虫酸が走ると……。
母様が言っていたら我慢は出来ていたかもしれない。
なのに……なのに! ばあやにまで言われてしまった。
虫酸が走る、とまで言われてしまった。
もう、わからない。誰が悪いの? 誰がこんなしきたりを作ったの? なぜ私は、出来が悪いの?
なにもかも無くなってしまえばいい……。
──【じゃあ、無くしちゃえば?】
「え?」
どこからか声が聞こえた。
「お姉さん、後ろ! 後ろ!」
「……だ、誰!? しかも何その服!?」
「私はミヤ!」
ミヤという女の子は真っ黒なフリルのドレスのようなものを着ていた。
「そ、そんな服があるんだ……」
いつも着物の私にとっては、とても新鮮に見えた。
「街に行ったら、売ってるよ!」
「わ、私……家からあまり出られない身だから」
「あ、そっか」
「……というか、どこから入ってきたの? 私の家の警備は厳しいはず……」
「そんなのどうでもいいよー! それより、お姉さんは無くしたいんでしょ?」
「え、なにを……?」
「とぼけないでよー! わかってるんだよ? しきたりだよ」
時間が止まったような気がした。
なぜ、この子はそんなことを知っているのだろうか?
「しきたりが無ければ、自由の身になるし、出来が悪くてもそんなに怒られたりしないもんね。わっかるよー。私も執事が、仕事しろー、なんてうるさいもん」
「なんかちょっと違うような……」
「とにかく! お姉さんの手で無くしちゃえばいいんだよ! その方法はたーくさんあるよ!」
「方法……」
「そう、自分も犠牲に出来るならの話ね」
ミヤという女の子の口角が上がったような気がした。
「じゃあ、私は帰るねー! ばいばーい!」
「え!?」
ミヤという女の子は、私の部屋から勢い良く飛び出し、廊下を走っていた。
その姿を見て、少し羨ましいと感じた。
私もあんなふうに自由に走れる身になりたい。
どうやったら、自由になれる?
私は、ずっとこの家に縛られる。
何年も何十年も死ぬまで、このしきたりからは逃げられない。
──だったら、あの世で自由の身になろう。
でも私だけが死んだら、母様とばあやはまた、出来の悪い子、って言うから……。
出来の悪い子は出来の悪い子らしく最期を飾ろうではないか。
その晩、私の中で作戦が実行される。
みんなが眠った隙を狙って。
最初は母様の布団が真っ赤に染まっていった。
次は、ばあやだ。
ばあやはスヤスヤと使用人部屋で寝ている。
ばあやは使用人の方でも上の方だから一人部屋だ。
鍵をかけないなんて不用心だね?
「……ばあや。私、ばあやが居たから、なにもかも頑張ってこれたの。」
私の言葉に寝ているばあやは反応しない。
「……でもばあやは私の事、出来の悪い子で虫酸が走るって言ったもんね……許さない」
ばあやの布団も真っ赤に染まっていった。
残りは私自身だ。
私は自室に戻った。
周りをぐるりと見渡す。
こんな息苦しい空間から抜け出せる。
そう思い、自分自身のお腹に刃物を入れた。
ようやく、ようやく……私は自由を手に入れられるんだ……。
途切れていく意識の中で私は幸福を覚えた。
◆ ◆ ◆
「……ばっかだよねー」
「お嬢様が誘導したようなもんですよ」
「失礼な!」
そんな会話をしながらミヤと執事は【地獄ノ女王所有物部屋】から出てきた。
出てきた二人に待っていたのはリミカだった。
「リミカ様、いかがされましたか?」
「……その中を見せてもらいたいのですが」
そう言った瞬間、ミヤは手を胸の前でクロスし「ダメーッ!」と言った。
その様子を見たリミカは「そうですか」と言い、その場を後にした。
リミカが自分の部屋に戻るとリルキが不思議そうな顔をして「どこに行ってたの~?」と尋ねてきた。
「地獄ノ女王様の所です。【地獄ノ女王所有物部屋】を見せてもらおうと思いまして……無理でした」
「でしょうね、見せてもらえなさそうだもん~。でもね、リミカ? そんな風に変な行動を取らない方がいいよ」
「なぜですか?」
「だって、僕達が下手に監視したら地獄ノ女王様もコソコソとするようになって、僕達の仕事が厳かになっちゃうよ」
「ですが……」
「いい、リミカ……これはゲームだよ。仕事じゃない。これは地獄ノ女王様と僕達のゲームだよ」
「リルキ……仕事がゲームだと早く終わりませんよ」
「いいんだよ……その為に時間をたっぷり下さったんだ……ゆっくりゆっくり、時間をかけてクリアしていけばいいんだ」
リルキのいつもの小悪魔な笑みとは違い、何かの獲物を狙うような鋭い目つきをしていた。
そして二人は知らないのであろう。
ドアの向こう側でミヤが「嫌な予感的中」と小さく呟いたことを。
リルキとリミカの登場です!
作者は双子設定大好物です←
ちなみにリルキとリミカの見た目は12歳くらいだと思ってください!