16人目 石浦 好美
小さい頃から、私は孤児院で育った。
だから親の温もり、親が自分を思って叱ってくれる大切さ、そして親との思い出が一つもない。
私の親は、私がまだ生後三ヶ月の時に亡くなったらしい。原因はわからない。
そんな私も成長し、今は中学三年生になっていた──。
「……というわけで、三者面談の紙を親に見せて、希望する日を書いてもらって、先生の所まで出すようにな。おまえ達の進路がかかっているから、忘れないように」
……三者面談。うちは誰が来てくれるのだろうか。
「えー、親が学校に来るとか、ありえない」「俺まだ高校決めてない!」「うちの母さん、絶対化粧に気合い入れそう」などと、クラスメートは各々の気持ちを口に出していた。
(……いいじゃない。親がいるだけで。)
昔から親との関係する行事は嫌いだった。
親子遠足、参観日、運動会、学芸会──。その日の度に、みんなの親が来ていた。年々、親との関係する行事は減っていたし、同時にみんな嫌がっていたが、それでもやっぱり親との会話を見ていると羨ましい自分がいた。
私の親が生きていたら、みんなと同じ気持ちだったのだろうか?
親との関係する行事がある事に、みんなと一緒になり「嫌だー」とか言ったり、学校では親の悪口を言ったりして笑ったり。
そんな気持ちなんか一度も味わったことがない。
◆ ◆ ◆
地獄ノ女王ことミヤは大きな水晶で石浦好美の姿を見ていた。
「……この方も親が居ないのですね」
「この方“も”って言い方は、好きじゃない」
「…………そうでしたね、大変失礼いたしました。」
ミヤは「ふん!」と言いながら、水晶から目を背けた。珍しく仏頂面だ。
「ねぇ執事」
「はい、なんでしょうか」
「執事には親が居るの?」
「……ええ、いますよ。けど訳があって、顔を会わせられませんよ」
「ふーん」
ミヤは不満そうにつぶやいた。
◆ ◆ ◆
「石浦さんの両親って自殺したのー?」
クラスの中心的な存在の原崎 由枝がニヤニヤしながら私に話しかけてきた。しかも、わざとらしく大きな声で。
「え……?」
「だって、多額の借金背負って、返す宛もないから自殺したんでしょー?」
「し、知らない……」
「嘘はいけないよー?」
嘘じゃない。
「本当に知らないもん!」
珍しく私が大きな声を上げたのでクラスメイトが集まってきた。
「えー、なになに」「石浦さんの両親自殺したらしいよ」「うわ、ドンマイだわ〜」「親いないとか羨ましいな」などとクラスメートが各々の気持ちを口にしていた。みんなの視線が痛い。
「親が居ないなんて〜、かわいそ〜」
由枝は満面の笑みで言ってきた。
「まぁ、私の両親はお金がありすぎて、困ってたけどね〜。あ、ごめんね! 借金まみれの両親を持った石浦さんには、わからないか!」
由枝は高笑いをした。何も言い返せない自分がいた。
私は帰って、すぐに園長室に駆け込んだ。
「園長先生!」
「あら好美ちゃん、どうしたの?」
園長先生はニコニコと応えた。
「聞きたいことがあります」
「あら、なにかしら?」
「私の両親のことです」
私が言葉を放った瞬間、園長先生から笑顔が消えた。
なにかある、と私は確信した。
「私も四月から高校生です。そろそろ自分の親の事を知っていてもいいと思うんです」
私の言葉に園長先生が「そうね……」と応え、真剣な顔つきになった。
「あなたの親はあなたが三ヶ月の時、亡くなったわ。死因は自殺よ」
ガツーン──と頭を金槌で叩かれるような感覚がした。
それでも園長先生は話を続ける。
「あなたの両親は優しい方でね、友達の借金の保証人になってしまったのよ」
私は無言で園長先生の話に耳を傾ける。
「それで借金が全てあなたの両親に回ってきて、返すアテもなく、自ら死を選んだわ」
両親は私を残して先に楽になったんだ……!
でも次の言葉で私の気持ちはかき消された。
「でもね、本当は最初あなたも殺して自ら命を断とうとしたわ」
「え……?」
「けどね、できなかったのよ。自分の娘を殺すことが。だから三ヶ月の時のあなたの横には二つの手紙が置いてあったわ。一つは私たち宛てで『好美をお願いします』と書かれていたわ。もう一つは二十歳になった、あなたへの手紙よ」
「私宛て……」
「でも、今読んだ方がいいかもしれないわね」
園長先生は鍵のかかっている机の引き出しから一通の手紙を取り出した。
「最初で最後の両親からの手紙よ。」
部屋に戻り、私は園長先生から受け取った手紙を読んだ。
便箋にはキレイな字で『好美へ』と書かれている。
『好美へ
お誕生日おめでとう! 一緒に居れなくてごめんね。こんな私たちを許してください。
大人になった、あなたは何をしているのか……と考えると涙が止まりません。本当はあなたの事を隣で見守っていくつもりでしたが私たちが弱いせいで、あなたを一人ぼっちにさせてしまい本当にごめんなさい。あなたも今日から大人の仲間入りです。毎日を大切に生き、大切な人を見つけ、私たちみたいな人生を送らないように空から見守っています。
父と母より』
「ぁ……うぅ…………ひっく」
手紙を読みながら、いつの間にか涙を流していた。
◆ ◆ ◆
大きな水晶をただただジッと見ているミヤの姿を見て執事は声をかけた。
「お嬢様」
「……なに?」
「……いえ、なんでもありません」
「そう」
ミヤは執事の声に返答したが水晶から視線を離さなかった。そして、いつもの元気なミヤとは違い、物静かな地獄ノ女王が健在していた。
◆ ◆ ◆
次の日、またその次の日も私は由枝に親がいないとバカにされている日が続いた。
それに便乗するものが何人か出てきたが私は無視した。
すぐにおさまることだろう。
そう甘く考えていた私がバカだったのかもしれない。
「冷たっ……」
登校して教室に入った途端に水をかけられてしまった。制服がびしょびしょだ。
「帰れよ!」「オマエなんて生きてる価値なくね!?」「自殺した子供となんかと一緒にいたくなーい」などと各々と私の悪口を言ってきた。
パンパンと手を叩く音が教室に響き渡った。
手を叩いた張本人は甲高い声を上げた。
「みんなーダメだよ? 石浦さんが〜泣いちゃうよ?」
由枝は顔をニヤニヤしながら私の顔を覗くように周りを一周した。
この日から悪口からいじめに変わったのだ。
私は負けずに頑張った。日に日に傷が増えていき、帰った後は施設のみんなに怪しがられないように「転んだ」「ぶつけた」と言い訳をしていたが今日は言い訳が出来なかった。
髪の毛を切られてしまったのだ。
ずっとキレイに手入れをしていた長い髪を切られてしまった。
私は施設のみんなに見つかる前に自分の部屋に引き篭もった。
そしてベットの中で静かに泣いた。
今まで我慢してきた事と同時に悲しみが溢れ出す。
もしこういう時、親がいたら?
こんな事にもなってなかったはず……。
なんで私がこんな目に合わなきゃいけないの!?
その時だった──。
──【お姉さん泣かないで】
知らない女の子の声が聞こえた。
「誰……?」
私は布団の隙間から声の聞こえる方へ視線を向けた。
そこには女の子が立っていた。
見たことのない女の子は真っ黒なワンピースのようなものを着ている。
施設に新しく来た子なのだろうか……?
「あ! 顔出してくれたね!」
女の子は屈託ない笑顔で笑った。
「私ね、ミヤって言うの!」
ミヤという女の子は私に左手を差し伸べた。
私は布団から右手を出し、ミヤという女の子の左手の上に右手を乗せた。
「お姉さん出てきてよ!」
「わぁ!?」
ぐいっと引っ張られ、思わずベットから落ちそうになった。
「やっと出てきてくれた!」
ミヤという女の子は先ほどと同じく屈託ない笑顔で私に笑いかけた。
「お姉さん、笑って!」
「へ!?」
「ほらほら~」とミヤという女の子は私の頬を引っ張った。
「いひゃい! いひゃい!」
「笑ってれば明日は、いいことあるよ!」
ミヤという女の子は私の頬を引っ張っている手の力加減を緩めた。
そして「ゆっくり休んで」と小さく呟き、頬を撫でられた。
急に眠気が襲ってきた。
◆ ◆ ◆
起きた時には既に次の日朝だった。
いつものように学校に行った。
今日もいじめられるのかと思いきや、そんなことはもう一切無かった。
私のいじめが無くなった代わりに由枝の机の上に花瓶に入った花が置かれていた。
由枝の家は夜中に家事になってしまったらしい。
私に普段の生活が返ってきたのだ。
ただ気になるのは、あのミヤという女の子は一体なんだったんだろ?
あの子が現れた次の日に私の普段の生活が返ってきたのだ。
単なる偶然なのか……それとも……。
◆ ◆ ◆
【地獄ノ女王所有物部屋】のプレートが大きく揺れた。
地獄ノ女王所有物部屋から出てきたミヤは気難しい顔をしていた。
その横顔を見ていた執事は声をかけた。
「どうしたのですか?」
「……なんか嫌な予感がする」
ミヤのいつもの楽しそうな口調ではなく、そう言った。
前の更新から二ヶ月近く過ぎてしまい申し訳ございません。
進路のことや作者の都合により、更新が遅くなってしまいました……。(しかも今回の話は短くなってしまった……。)
お詫びとは言えるかはわかりませんが次話に番外編を書かせていただきました。
最低でも一ヶ月に一度は更新できるように頑張りたいと思います