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魔法の森学園乙女ゲーム狂騒譚  作者: 深月 涼
学園入学から前期まで~ゲームの始まり~
7/47

予期せぬ全員集合

「おや?お嬢さんは、私の事をご存じでしたか?」

 あ、やっぱり初対面だった。

 なら、どうして?

 不思議に思う私やお父さんの前で、クルエラ嬢は口元に手の甲を当ててころころと笑った。

 ……私、あんなに完ぺきなお嬢様笑い、初めて見たかも。

「いやですわ、まさか当事者の方がご存じないなんて。そうそう、自己紹介が遅れましたね、わたくしはセントラル大公爵家が一人娘『桃色』の『心』クルエラと申しますの」

「これはご丁寧に。自分は今学期より臨時講師として招かれました『銀』の『時』メフィ(・・・)と申します」

 うわ。2人ともすごく綺麗なお辞儀。

 あ、ラビとグーリンディ君が「えっ!?」て驚いてる。

 両殿下方は……もはやこの程度では驚かない、といったところかしら?

 ヴィクトールはしかめっ面のまま無言でいるだけだから、どう思っているのかは分からないけれども。

 それにしてもお父さんの態度、普段の生活と落差激しすぎ!

 まあ、国会の魔法院で大貴族とか相手にするくらいだし、そういう時にはちゃんとぴしっとしているのは知っていたわ。

 でも毎回塔の灰色ローブ着てたし、あんまり実感なかったのかも。今考えるとだけど。

 普段のぐだぐだは……きっと本人のやる気の問題なのよね。

 そんなんだから娘に残念な人扱いされるのよ、もう。

「ええ、存じておりましてよ。わたくし父が大公爵なもので、国会の方にも顔を出しますでしょう?メフィ先生のお話はよくされますの」

「ああ、なるほど」

 この国の魔法使いの大半は貴族だし、大公爵様は魔法院の議長も務められているような方だから、知っていてもおかしくは無い……のかしら。

 でも、あら?

 大公爵様も、そうなるとクルエラ嬢も『塔』に在籍している魔法士としての父しか知らないはず、よね?

 銀髪の男性という事は知っていても、それですぐ父に結び付くかしら。

 それとも、臨時講師の発表なんてものでもあったのかしら?

 ええ?


「……それにしても、よくわかりましたね」

「まあ、何がでしょう」

「私は普段『塔』におりますゆえ、まさかこの顔をご存じだったとは思いませんでしたよ」

「まあ、くすくすっ」

 お父さんも、そこは気になったみたいね。

 一方のクルエラ嬢は、余裕たっぷり、さもおかしげに笑っている。

 ちなみに『塔』のひと言で、ビッグ5がラビ以外全員わずかに動いた。

 『塔』もねー、色々とあるらしいから……噂とか。

「先も述べましたわ、私の父は大公爵ですの。娘が通う学園にどんな教職員がいるのか、あるいは配属されるのか、確認するのは当たり前ではありませんか。ましてや今代は我が国の第2王子殿下や、サザンバークロイツの皇太子殿下までおりますのよ?そして現在在籍中教職員の中で銀の髪をお持ちなのは、メフィ先生、貴方だけですわ」

「なるほど、大公爵閣下はずいぶん一人娘に甘くいらっしゃるようですね」

「そうですのよ、もうっ。わたくしだってもう16になりますのに、いつまでも過保護で困りますわ。子離れできていない父で、本当に恥ずかしいったら」

「いやいや、いい事ではありませんか」

 ……チリ、と首筋に刺すようなわずかな痛み。

 これは、警告。

 誰かが魔法を使ってる……?


 危険察知が実父譲りなら、魔力探知スキルは実母譲りのもの。

 行使された魔法は何なのか、思考に引っかかる形でふと我に返った。

 そういえば私は……私たちは、いつからあの2人―――メフィ父さんとクルエラ嬢の会話をずっと“見ているだけ”だったんだろう。

 口を挟む気にもなれなかった。

 邪魔したらいけない“空気”だった。

 ……もしかして、これって―――?

「ご歓談中失礼いたします。お味の方はいかがですか?両殿下方」

 不意に、明るいオレンジ色の髪がひょっこりと視界に入ってきた。

「まあああっ!まあまあ!貴方レジルね!すごいわ!こんな展開なんてなかったけど、これはこれで!ああ、なんてステキなんでしょう!」

 え、あ、ああ、隠しキャラね、隠しキャラ。父に次いで2番目の隠しの人。

 ……展開?

 今までのお嬢様っぷりをかなぐり捨てたように興奮する彼女の姿は、さすがにドン引きかも。


「ええと」

「あらいやですわ、お恥ずかしい」

 おほほ、と笑って大人しく前を向く令嬢様。

 今さらだと思うけど……そういえば、さっきから周囲が静かね。

 ……単に驚きすぎているだけなのか、それとも……。

「ご挨拶が遅れ申し訳ありません、両殿下方。自分は当学園食堂料理長……の代理であります、レジルと申します」

 攻略対象は、お辞儀が綺麗じゃないといけない制限でもあるのかしら?

 まあ王子さま方にご挨拶するなら、それくらい出来ないといけないのだろうけど。

 それにしても、代理?

「わざわざご丁寧にどうも」

 にっこり笑うシャリラン様。その一方でいぶかしげなのはアルフレア様だ。

「律義な事だ。それにしても、貴方が料理長殿ではないというのは?」

 それに苦笑する隠しその2、学食の料理人……というキャラ設定だったレジルさん。

「お2人方がいらっしゃるのに、ただお食事をお出しするだけともいきませんのでね。料理長は今、少々腹を壊しておりまして……」

 正直、フォークを持つ手が止まったわよ。

 大丈夫なの?この食堂。


「念の為申し上げておきますと、食堂の設備には全て魔法が掛かっておりますから食器や機材などからの病原感染はまずありえません。また食材ならびに従業員の衛生面についても監視魔法等により、常に管理徹底をいたしております。安心と安全、それになにより美味しさをご提供する。それがこの食堂の基本理念となっておりますので」

「ああ。そこは信頼しているよ」

「ありがとうございます」

 ……うちも、それくらい徹底した管理すべきかしらね。

 ちょっとそこ、目をそらさない!

「特に問題は無いようだ。やはりうちも完全魔法(オールマギ)化させるべきだろうか?」

「城でしたらそれくらいは問題なく行えると思いますが、何かあった場合、少しの事故でも機能が完全に止まってしまう可能性があります。できれば予備としての動力を何か別に用意しておく方がいいと思いますよ」

 さりげなく席を確保した父が言う。

「なるほど……」

「あらでも、うちは完全魔法化でしてよ」

 クルエラ嬢が自慢げに胸をそらすと、セイラさんが少し悲しそうな表情になった。

「いいなあ、やっぱり貴族ってお金持ちなんだねえ。あのね、完全魔法化って(たっか)いんだよー。孤児院だと子供がたくさんいるから、火の魔法って結構怖いの。水の事故とかにも気をつけなきゃいけないし」

「そっ、それは確かに怖いですねっ!子供って、何をするのかわからない時がありますし!」

 グーリンディ君があせって追従し、ヴィクトールは異論を唱える。

「しかし危機管理能力を身につけるという点から見れば、やみくもに完全魔法化にするよりも昔ながらの方法で、あえて火に触れさせる事も重要だと思うが」

「オレはこう、炎が“ばーっ”て出るのとか見るのすっげーって思うぜ!」

「……私も。……あの火の魔法の温かく揺らめくのが、好き」

「貴女、放火魔の素質でもあるのではなくて?」

 ラビもルーエさんも交え、少しだけ緩んだ空気につられるように次々と会話が進行していく。

 なんとなく、私だけを置いて。

 でもその中でも時々、ほんの僅か、(トゲ)が混じるような気がするのは気のせいなのかしら?


「あれ?お嬢さん、お口に合わない?」

 ふと、その場に残ったままの料理人―――レジルさんがルーエさんの器を見る。

 その中身は、ぱっと見さほど減っているように見えなかった。

 さっきからちまちまとちょっとずつ口にしては、ほう、とため息をついて、それからまた少し時間をおいてからやっぱり少しだけ口にする、というのを繰り返していたから。

 指摘されたルーエさんは、慌てて首を横に振った。

「あのっ、違うんです!……とても素敵で、おいしくて……。私、こんなにおいしい食事、きっと、初めて……」

 その瞬間は、そう。

 まるで紫の花が、彼女の背後で美しい大輪を咲かせたような。

 無機質な冷たいお人形に、突然熱がこもって血が通い出したみたいな。

 そんな風に思えるくらい、ふわりと優しい、温かくて幸せそうな表情で。

 ただ、それもすぐに困り顔に変わってしまう。

「あの、ただ、量が多くって……私そんなに食べられないから……」

「あら、だったらどうして定食(セットメニュー)なんてたのんだのかしら?召し上がれないというのなら、サラダでも頼めばよかったのではなくて?」

「……」

 そりゃ、クルエラ嬢(アンタ)が「これなら少しずつ色々と味が楽しめましてよ」って、勧めたからじゃないの。

「そうだよルーエちゃん。ご飯が食べられるってとってもありがたい事なんだから、残したりなんかしたらダメなんだからね!」

「ああ、いいんだよ無理しなくても。体調にもよるだろうしね」

 レジルさんが気を使ったけど、それをかき消すように声高に遮ったのはクルエラ嬢。

「あら、不健康そうには見えませんでしたわ。多少(・・)色が白い(・・・・)とは思いますけれども!わたくし、セイラさんの言うとおりだと思いますわ。農家の方々がその生活の全てをかけて育ててくだすった野菜やお肉を残すだなんて。マナーとしても、なってませんわ!」

 ……ルーエさんがあまりご飯を食べられないのは、ちゃんと理由があっての事なんだけど……セイラさんはその事について知らない……知るはずもない、か。まだ初日だものね。

 ……なら、クルエラ嬢の場合は……?


 あ、まただ。

 ちりり、と首筋に引き攣れる様な警告。

 ……これは。

 空気になっている内に、私はこの場を離れた方がいいかもしれない。

 ルーエさんの事は正直気になるけど……。

 お父さんと目が合う。

 行け。

 そう言っているようにも見えた。

「すみません」

 かたん、と席を立つ。

「リグレッド?」

 誘った相手……不思議と今まであまり大げさに騒がなかったラビが、やっぱり不思議そうに、ちょっとだけぼんやりした表情のままこっちを見た。

「……申し訳ありません。この後予定もありますので、ここで中座することをお許しください」

 何の、とは言わなかったから最悪絡まれるかな、とも思ったけど、王子さま方は顔を見合わせ「予定があったのなら仕方ないね」「つき合わせてしまってすまない」と解放してくれた。

 ヴィクトールはまだ少し睨んでいたけれど……正直私を疑うくらいなら、他に疑うべき人はいると思うわよ。


 ちりり、ちりり。

 これは、周囲の視線?

 見回すと、無言で見つめる周囲の瞳。

 その瞳から感じる視線に、良い感情はこもっていないようで。

 嫌な予感から逃げ出すように席を離れ、背を向けたその時。

「……無駄だよ。ここで騒ぎを起こすのは本意でないから少々の事なら目をつぶるけど、あまりやりすぎるとどうなるか……君なら分かるんじゃないのかい?」

「シャリラン?」

「ああ……ちょっと“小さな羽虫”がいるようでね」

 皇太子殿下のその言葉に、ビッグ5と大人たちの顔色が変わる。

 特にクルエラ嬢の表情は、明らかな恐怖で彩られていた。

 つまりはこの場―――食堂全体に満ちる……恐らくは『心』に干渉し、人の想いの方向性を操作するような……そんな魔法を使っている人に対しての警告だったのだろう。

 そして、そんな大がかりで特殊な魔法を使えるのは、現時点ではこの場に1人しかいない。……可能性の大小の問題かもしれないけど。

 不意に空気が緩む。

 どうやら魔法は解けた様ね。

 けど長居出来ないわ、こんな場所。

 殿下による『おしおきだべ~』が、実際どういう処分になるのか気にはなったけど……怖いから考えるのは止めておこうっと。


 本当はまだそこに残ってる料理人のレジルさんに、ルーエさんには残った料理を詰めた魔法保存容器(タッパー)の1つでも持たせてあげて、って言いたかったけど、この状況で不審な行動は取れない。

 少しだけ罪悪感を抱えたまま食堂を出る。

 今は抑えられたようでも、それでもこの後あのお嬢様がどう出るか分からない。

 もしかしたら、って事もある。

 ……もしかしたら、また何か。

 ……もしかしたら、別の誰かが。

 残された友人の子やヒロインたちがどうなるのか不安だけど、そこは大人たちを信じる事にするわ。……頑張ってね、お父さん!

 深呼吸をひとつして気持ちを切り替えた私は、わずかに止まった足を再び動かしはじめる。

 さて、(いえ)に帰るか……それとも図書館にでも行こうかしら?




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