彼の、誰も望まなかった変化
やや、あってから。
ぱちぱち、という拍手の音が聞こえた。
あれは、シャリラン殿下?
あ、ルーエも。
「すっげ、すうーっっげーーー!!!」
感嘆してくれるのはうれしいけど、うるさい、ラビ。
「すっっごかったようっ、レディちゃん!」
感激2号はセイラだった。
うんまあ、大したことしてないから、ね?
「……んな、こんなのありえませんわよっ!何かしたに、決まってますわ!」
反論したのはクルエラ嬢。
って、言ってもねえ……。
「……いや。確かに全力とは言えなかったが……」
言い難そうに口ごもるヴィクトール。
そうね、ラッシュとはいえそこまで何が何でも叩き潰す、って感じではなかったものね。
……あら、そう考えると私ったら、女の子扱いちゃんとされていたって事?
「……しかし」
あらら、苦渋の表情。
そうね。はっきりと分かる事、1つあったわね。
なんだか悩み始めたヴィクトールに、背後から慌てた声がかけられた。
「あのっ、大丈夫!?痛くない!?」
客席からグーリンディ君が駆け降りてくる。
終わった今、続々と全員が武舞台にやってきていた。
「……少しは、な」
苦い返事。
まあ、結構強く叩いちゃったものね。
そうしたら、ぎゅっとこぶしを握ったクルエラ嬢が、こちらを向いて睨んできた。
「なんて乱暴なお嬢さんなんでしょう!」
「クルエラ嬢。これはそういう試合だ」
アルフレア殿下が肩を叩くけど。
「そういう問題ではありませんわ!」
じゃあどういう問題なのかしら。はっきり聞かせていただきたいわ。
それはともかく。
ヴィクトールはどうやら、私と彼との違いにはっきり気づいているようね。
「……くそっ」
乱れた髪を乱暴にかき上げる彼の姿は、さすが攻略対象と言いたくなるくらい美しい。
けれど、その吐き出された息には、間違いなく疲労した分も含まれているはずだ。
対して私は、さほど息を乱していない。
終わった直後にふう、とひとつ大きく息を吐いて終わりだったもの。
「まあ、私実は人狼のハーフだから。これくらいなら」
「「「「「なっ!?」」」」」
ちょっと後出しすぎたかな。
でも、両殿下方にルーエが驚いていないところをみると、召喚学科の学生情報はある程度公表されているとみていいのかもしれないわ。
「っきっさま、謀ったか!」
「……事前に情報調べてない、あんたが悪いんでしょうが。というかね、警護する側の人間が、情報収集怠ってどーすんのよ」
呆れた目で吐き捨てれば、言葉に詰まるヴィクトール。
そこへ殿下方が厳正なるジャッジを下した。
「決闘システムにのっとり、勝負して勝ったのだ。間違いなく彼女が勝者だ、クルエラ嬢」
「お互いに準備期間は与えられていて、相手はきちんとそれを有効活用していた、ただそれだけの話さ。彼女の言うとおり情報もまた1つの武器であり、その手入れを怠ったヴィッキーに、文句をいう権利はないんだよ」
今度はクルエラ嬢が黙りこむ番だった。
「……どうしてこんな事になってしまったんだろうね」
ぽつりと、シャリラン殿下がつぶやいた。
「私たちはただ、ただ対等な友達でいたかっただけなのに」
その悲しげな微苦笑に、知らず引きこまれてしまう。
「ヴィッキー、君は覚えているかな。幼いころの君は、親の言うことを素直に聞いて実践していた……とても素直な子供だったね」
「まあ、今でもきっとそれは変わらないのだろうが」
唐突に始まった昔語りに、アルフレア殿下以外誰も口をはさめない。
そんな雰囲気。
「君はいつだって親の言うことばかり聞いていて、自分の意見を持っていなかった」
「誰かがこう言っていたから、誰かがああ言っていたから。そんな言葉ばかりで、我々はずいぶんと寂しい思いをしたものだ」
「君が私たちとともにいるのも、親に言われたからだと思うと、余計にね」
「それを……彼女が変えてくれた」
す、とクルエラ嬢を指し示すアルフレア殿下。
そしてドヤ顔するご本人さま。
あ、これ決定的だわ。
ゲームの設定通りなら、ヴィクトールの過去や性格は親によって抑圧されたもので、それを解放するのがヒロインであるセイラの役目……というか、そういうシナリオだった。
今の話を聞く限りだと、そこまではどうやら両殿下のおっしゃる通りだったみたいね。
親離れや子離れ、そういったものが主軸に置かれたストーリー。
けれど、そのシナリオ上のイベントが、すでに幼少期に行われていたというのなら。
彼の性格の変化も頷ける……ってちょ、まっ……思いっきり悪化してるじゃないの!!どういう事!?
動揺したのは私だけで、殿下が他のお話はまだ終わっていなかったみたい。
「なあ、ヴィクトール。なぜ君は、彼女の事を調べようとしなかったんだい?」
「それは……ッ、必要ないと、分かり切った事だったからで……!!」
「ほう?だがお前は、彼女が人狼のハーフである事すら知らなかったようだが?ちなみに我々はすでに掴んでいたぞ。……掴み切れていないものも多いようだがな」
余計なこと言わなくていいです、アルフレア殿下。
「そしてお前が、自分のその根拠無き判断によって著しく彼女の名誉を傷付けた事も分かっている」
「アルフレアさまっ!!」
断罪の意味を含んだその言葉に、ヴィクトールががばっと顔を上げた。
「根拠のない自信は、ただの思い込みと言うんだよ、ヴィッキー」
「正義とは、人の為にあるものだ。だがお前のソレは、どこまでいっても自分の為でしかなかった」
「違います!決してそんな事はありません!俺は……、自分は、貴方がたの……アルフレアさまの為に……っ!!」
胸の痛くなるような陳情を、アルフレア殿下はばっさりと切った。
「根本は、そうなのだろう。だがお前は、我々の諌めも聞かずにこうしてまた繰り返す。繰り返し、他者を傷つけようとする。それは、正義とは決して呼べはしないものだ。……お前は道具ではないと、あの時そう言ったな。だが今は……今のままでは、道具にする事も出来ない。……部下にも、できない。考えた末の行動があれでは、我々の行動の代弁者になど到底至れない」
それは、事実上の護衛役更迭宣言。
「そんな……っっ!!」
それに誰よりも早く悲鳴を上げたのは、宣告された本人ではなく、クルエラ嬢だった。
ああでもこんな、ゲームに“無い”展開は、さすがに予想していなかったわね……。
「こんなの違う、知らない、間違っているのよ!全部全部、この女が悪いんだわ!」
髪を振り乱し取り乱す彼女に、友人だというセイラやルーエ、それにグーリンディ君やラビがどうどうと抑えつける。
「彼女はむしろ、被害者さ」
「……知っていて放置した我々もまた、正義を口にする資格はないのだろうな」
沈痛な表情のお2方。
「どうしてかばうの!?そんなモブ!おかしいじゃない!!そうよ、ありえないわ、こんな展開!!今ならまだ間に合う!撤回しましょう!?ねえ!!」
それを見た彼女はさらにわめき立てる。
けど……それもここまでで。
「クルエラ嬢」
吐き出した様なシャリランさまの言葉は。
「なっ、なんですの?」
「そうやって、君にしかよくわからない理由で誰かに原因を押し付けるのは、もう止めてくれないか」
ひどく、うんざりした響きを伴っていた。
「ヴィクトールが道具ではなく友人であり、1人の人間であると、昔君はそう言ったね。わたしもそう思った。私たちの気持ちを代弁してくれた、とそう思ってさえいた。ヴィッキーも、貴女も、ラビもリドも。皆ずっと、ずっと友であるのだと信じて疑ってなどいなかった」
「けれど、それこそが――――――呪いだったのさ」
クルエラ嬢が、息を呑んだ。
「セイラ」
「はいっ!」
え、何、何が始まるの?
シャリラン殿下の呼びかけに答えたセイラは、そっと崩れ落ちたままのヴィクトールのそばにひざまずいた。
「あなたに、今から魔法をかけるね」
「え―――」
茫然と見つめるヴィクトールに、セイラはすべてを包み込むような温かい笑顔を向ける。
それはまさに、1枚の絵画のようで―――。
「こころを、ひらいて。受け入れて―――」
溢れる温かな黄色い光―――
それはいつかどこかで見た、セイラの浄化魔法―――その、効果だった。
「あった」
ややあって、セイラが何かを見つけたようだった。
「ヴィーの魂の真ん中にあるかたまり。これが“心の魔法のかけら”なんですね」
その言葉に、一気に青ざめるクルエラ嬢。
両殿下方の口ぶりからして、この魔法は彼女に関係しているものなのだろう。
「そうだ」
「よく見つけてくれたな。どうにか出来そうか?」
「少し怯えているみたいだけど……大丈夫。痛くないよ、だから、触れさせて―――」
セイラを包む光は、わずかの間にヴィクトールをも包み込み、やがてその胸の中心に吸い込まれていく。
「ふふっ、やっぱり」
「やめろ……」
「召喚魔法が嫌いだなんて、嘘よ」
「やめてくれっ!」
小さな子供みたいに首を振るヴィクトール。
でもその抵抗に力はなくて。
「この魔法に込められた願いは、対等でいなければならないという強い心」
「そうだ、それこそがクルエラ、君が10年前に私たちにかけた魔法」
「『言葉』に魔力を乗せて放つ、東洋で言う『言霊』に近い呪い」
「そんなっ、そんな魔法、わたくしかけた覚えは!」
「ああ、あの当時はまだ幼く、魔法の存在すらあやふやだった。だからきっと、偶然だったのは本当なんだろう」
「幼少時においては封じられなければならなかったはずの魔法の行使権。それが何故許されていたかについては、今後調査せねばならないだろうね。だが、同等でいたいという願い自体は、私たちも望んだ事だ。……だから、それはいいんだよ。けれど、まだ、あるね?」
シャリラン殿下の言葉に、びくりとクルエラ嬢の肩が震えた。
そんなクルエラ嬢の様子が目に入っていないのか、セイラはどこかぼうっとした様子のまま言葉を紡ぐ。
「誰かに対する、全てを許さなきゃいけない、そんな約束……?」
「かけた本人に対する、絶対肯定か」
「そんな魔法、わたくし使ってなどいませんわ!」
すぐさま反論が飛んでくるけど、アルフレア殿下の視線は揺るがない。
「無意識であろうと、事実は事実だ」
「貴女が心の魔法を試して、人の心を自分にとって都合よく動かした事は、もうすでに周知の事実として認められている。ヴィクトールにかけた魔法、この1回きりではないのもね」
「なっ……!?」
「……クルエラちゃん……」
セイラは悲しそうに名をつぶやくだけで、いつもみたいに激しく反論しない。
という事は、魔法に触れた事でそれが真実だとわかってしまったのだろう。
「ヴィクトール、君は私たちと対等な友人だ。けれど、その思いはいつの間にか歪んでしまったようだね」
「恐らくだが、彼女がカケラと言ったように、本来は残滓のようなものだったのだろう。だが先だっての会食でクルエラ嬢、君が魔法を行使した事で活性化してしまったんだ」
「そんな……」
「うそ、うそよ……そんな、わたくしはただ……みんなの将来を思って……しあわせを、与えてあげたくて……だって、このまま不幸のままでいていいはずなかったもの……」
グーリンディ君が青ざめる前で、クルエラ嬢がうつむいてブツブツとつぶやきだす。
「そうだな、あの時の貴女は、純粋にわたしたちと仲良くなりたそうだった。だから、本来はきっと祝福のはずだったんだ。だが、どこかにきっと『甘え』もあったのだろうな。こうして数年の潜伏期間を経た魔法はクルエラ嬢―――貴女を肯定し、君にとって都合の悪いものを排除しようと動き出した。攻撃対象となった彼女のどこに都合が悪い要素があるのか、そこまでは分からないが」
「そして、ヴィクトールの本心と混ざり合った形で発動した、というわけだ」
「ヴィーの……本心?」
首をかしげたのは、ラビ。
「うん。お昼にね、ヴィクは召喚学科のエセ魔法士、なんてヒドイ言い方してたでしょ?あれね、本当はね」
「やめてくれっ」
「拗ねてただけなんだよ」
……うわあ。
……だんだん……ヴィクトールが可哀そうになってきた……かも。
「ヴィーくんはね、本当は、召喚魔獣とじゃなくて、自分と遊んでほしかったみたいだよ?ラビ」
「オレ!?」
「あ……ああ……」
「うん。でもいつもラビがゴーレムの話ばっかりするから、召喚魔法の事嫌いになりかけていたみたい」
「そっかー、オレ、そういうのぜんっぜん気付かなかった!」
ゴメン!って力いっぱい頭下げてるけど、ラビ、それ多分止め。
「……でも、ヴィクトール様は、卑怯者……って言った」
「言い訳じゃないのかな?だって、本心はこっちだもん」
「それは恐らく、大人になって自分の心を誤魔化す術を覚えたからなんじゃないかな?遊んでくれないから嫌い、だなんて、どう考えても子供っぽい思考だものな」
「う……」
そろそろやめたげてよー(棒)
「もうっ!子供っぽいって事は、それだけ純粋ってことなんだから悪い事じゃないんです!でもね、あのね、だからってそんな風に言い訳と、他の人を傷つけたりするしかできないあなたの心はまさに、軟弱者!って言われても仕方ないんだよ!」
ぺち、と小さく頬を叩く音がした。
彼女なりの気合注入のつもり?
でも……。
傷に、塩。
それか辛子味噌。
どちらにしろ、そんなイメージが浮かんだわ。
「『黒』の『大地』は、そんな軟いものじゃ無いはずでしょう?誰かを守ろうとしたから強くなりたいと思ったのは本当のはず。ねえ、思い出して?――――――何より純粋な、貴方の“光”を」
彼女はそのまま魔法をかける。
暖かい光が2人を包み、あふれた光はやがて上空へと昇って行く。
……余剰魔力光だけでもこれほどとは、さすがヒロイン役を務めるだけの事はあるわ。
学年が変わる頃にはどうなっている事か、少し恐ろしくもあるわね。
それに、光の癒し魔法は、体だけではなく、心まで癒すものらしいわ。
あるいはこれが、セイラの想いそのものを伝えているからかしら?
まるで慈母をあがめるように、ヴィクトールは涙を流して彼女を仰ぐ。
……別の信仰を得ていなければいいけど。
「そんなつもりじゃなかったの……っ、ちがう、ちがうの!」
そろそろ少し怖い事になっている彼女の事はどうするつもりなのかしら、殿下方。
顔を見合わせて肩をすくめてらっしゃるけど。
うーん……。
それに、これ以上私がここにいる意味ってあるのかしら?
「ラビ」
そそそそそっと移動して、ラビの服の裾をちょいちょいと引っ張る。
「もういなくても大丈夫みたいだから、私先に帰るわ」
「えっ、でも」
だって、後は皆様方の後始末だけでしょう?
そこまで付き合う気はないわよ?
「多分、殿下たちも謝りたいと思うし」
「別にいいわよ」
「えっ!?」
「……あんまりおっきい声出さないで」
「お、おう、ワリ……」
驚いたラビに注意を促す。
捕まったらまた長くなりそうだし。
「……殿下方には十分気を使っていただいたわ。私個人としては、彼自身が深くふかぁく反省してくれればそれでいいから(だからもう、後は近付かないでほしいかな)」
「そっ、そうか?」
ラビごめんね、これでもかなり本音はしょってるの。
「それに、これ以上一緒にいても、もう私がどうにかできる問題でもなさそうだし(見ていても愉快な気分になれるわけじゃなさそうだし)」
「そ、そっか、そうかもな」
「謝罪があるなら受け取っておくわ、後で(でも今はまだ許す気にはなれないから。理由があるのはわかったけど、でも思い出しただけでもまだムカつくし)」
「おっ、おう、後でちゃんと謝らせるよ」
「(別に、いらないわ。いちいち蒸し返すのも、正直気分悪いだけだもの)」
……内心でこんなこと考えている私は、自分で考えているよりも案外『黒い』のかもしれない。
「それじゃ(後味の悪い展開にならない事を祈っておくわ)」
これもまた、限りなく本心なんだけどね。
殿下方が見逃してくれたのか、すんなりと離脱に成功した私は、こうして決闘場を後にした。
数日後、ラビは律義に『約束』を守って魔法騎士科のお坊ちゃんを謝罪に連れてきましたとさ。
……うん、そんな気は、した。
運命捻じ曲げようとするのは、某お茶会でもやった事ではあるけれど。
良かれと思ってやったことが逆に作用したりとか、後年になって歪みが出てしまうとか、可能性としてはあると思うのです。
人の人生は長いのだから。
彼らの進退についてはまた次回。
ヴィクトール「本音本心のすべてを暴露された今の俺に、恐れるものなど何もない―――もう何も怖くない!」
コメディさん「にやあ」(歪笑)