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「この危険な彼に囚われ、食べられる」獣人×人間

 目が覚める。目の前で繰り広げられる光景にここは現実なのだと思い知らされた。


 目の前で子供と呼ばれるくらい小さな子達を無残にも殺している男性。男性は月に照らされた金色がかった髪を掻き上げ、その形の整った唇を歪ませた。

 子供は泣き叫びながら助けを呼ぶ。それでも男性は殺す手を止めることはしない。

 近くにいる子供の母親らしき女性達はただ無残にも殺される子を見ているものをいれば、子を助けようと男性に向かっていっているものもいる。だが、男性に向かっていった女性は全員殺されてしまった。子と一緒に。


「……っ」


 あまりにも残酷な光景に声を上げて逃げ出したくなる。それでも声を上げずにいられるのは見つかるかも知れないという恐怖心からだ。

 見つかったら、子と一緒に私も殺されてしまうのではないかと考えているからだ。


「これで最後か」


 最後の一人である子を己の牙で咬み殺す。一面に血が舞うのを目の前で私は呆然と見つめているだけだった。

 最後の子は逃げ回って私の目の前まで来ていたみたいだった。すぐ目の前で血が舞って、頬に付着しようとも私は動くことは出来なかった。

 殺される子をただ見つめていただけだったんだ。

 目を逸らすことも出来たのに私は逸らせなかった。私は魅入ってしまったのだ。男性の瞳の奥にある熱に。


 月に照らされた男性は人ではないことに今更ながら気が付く。殺されていった子も女性も人ではない。

 人には獣みたいな耳と尻尾は生えてないのだから。


「あぁ、これでこの群れは俺のものだな」


 男性は月に向かって微笑む。その笑みは美しくて、女性なら誰もが見惚れるほどだと思った。

 だが、この獣みたいな耳と尻尾を持つ女性達は違うのだろう。人とは違う性癖を持っているのだろう。

 誰も男性の美しさを讃えはしない。讃えるのは男性が強いということだ。


 子殺しを終え、月を眺めていた男性はふと何かに気付いたように暗闇に隠れている私の方を向く。

 子殺しをしている間は男性はそちらに集中していたから私の存在を知られることはなかった。終わった今では周りのことに敏感になっているのだろうか。

 急激に心臓が高鳴り始める。見つかったら終わりだ。私は殺されて終わりなんだ。

 どうしてこんなところに自分がいるのか分からない間に死んでしまう。


 死にたくない。死にたくない。死にたくない。

 その願い事をあざ笑うかのように男性は一歩一歩と暗闇に紛れている私の方に歩いてくる。

 震える自身の体を抱き締め、近付く男性に恐怖が芽生える。どうか見つからないでと願うのに私は男性の金茶色の瞳に囚われてしまった。


「獣の匂いではない。珍しいな、人間が紛れてくるとは」

「……ぁっ」


 目の前に来た男性は座り込んでいる私の腕を掴み、無理やり立ち上がらせる。いきなりのことで体勢を崩した私は男性の胸の中に収まってしまった。


「軽くて、柔らかい。人間はすぐにでも殺せそうなほど弱いって本当なんだな」


 男性の言葉に体がビクッと反応する。やっぱり彼は私を殺すつもりなんだと思うと震えていた体が更に震え出す。

 私を抱き締めているような体勢なので彼にも私が震えているというのは伝わっているはずだ。


「そんなに震えられると興奮する。もっと怖がらせて泣かしたい」

「……ぅ、っっ」


 もう駄目だ。私は限界なんだ。今までは見つからないようにと唇を噛み締めていた。見つかった今ではもう関係ない。


 瞳から溢れ出し頬を伝い、流れ落ちる雫に彼の視線は釘付けになる。

 彼はクスッと笑みをこぼし、頬に伝う雫をその赤い舌で舐めとった。彼の今まで見てきた残酷な行為じゃない。私を慰めようとするような行為だ。


「やっぱりな。恐怖に震えるお前も良かったが、泣いているお前もそそる」

「んっ」


 チュッと頬に唇が当たる。頬にキスをされた。涙を舐められた。

 そう分かると恐怖より恥ずかしさが込み上げてくる。この十七年間生きてきた中で男性にそんなことをされたことがなかったからだ。

 顔を真っ赤に染めた私は彼から見られているのだろうか。この距離で、しかも相手はきっと夜行性だ。私の顔くらい見れているのだろう。


「あぁ、いいな。その顔も全て俺好みだ。どんな群れよりもお前の方が俺の好みだな」

「ぁ、ん」


 顎を掴まれ、無理やり唇が合わせられる。少しだけ開いた唇からヌルッとしたモノが入り込んできた。

 それが彼の舌だと気付いた時点でもう遅い。舌は私の口内を荒らすのだから。

 しばらくは舌にしては長いモノに口内を荒らされ続けた。やっとのことで唇が離れた時には彼の支えがないと立っていられないほどだった。


「恥じらうお前も必死に逃げようとするお前も、俺からすれば全て興奮する。俺はお前に囚われてしまったみたいだ」


 どうやら彼は勝手に興奮して、勝手に私に囚われたみたい。だが、私は思う。囚われたのは彼ではなく私なのだと。

 彼が私を見つける前に私は彼に囚われていた。月の光に照らされた金色の髪に金茶色の瞳。人間にはない耳と尻尾。


「あなたは……なんなの?」

「なにってなぁ。俺はお前達が言う獣人って奴じゃないか。獣の形にも人の形にもなれる中途半端な生き物だ」


 獣人。それは私がいた世界にはいなかった生き物だ。

 なら、ここは私のいた世界ではなく違う世界になるのだろうか。私はもう元いた世界には帰れないのか。

 居場所を無くした者は弱い。弱くてどうでもよくなる。

 帰れないのならいっそのこと。


「わたしを……私を殺して」

「人間はすぐ獣人を恐る。恐れて殺そうとするのに人間は弱くて、いつも死ぬのは人間の方だ」


 皮肉なものだな。先に殺そうとしたのは人間の方なのに、先に絶滅させられるのは人間の方だ。

 そう語る彼の瞳には何の色も映ってない。どうでもいいのだろう。人間も獣人も彼にとったらどうでもいい存在。彼にとって彼自身が全てなんだろう。


「お前がいくら俺を怖がっても、俺から逃げる為に死にたがっても、お前はもう俺のものだ」


 ふさりと体に彼の尻尾が纏わり付く。尻尾は私の足を撫でたり、絡み付いたりとしていてまるで私に構ってほしそうにしている。

 そんな尻尾を持つ彼は可愛らしい尻尾を持つ獣人とは思えないほどの残虐で美しく微笑んだ。


「お前はもう俺の奴隷だ。この奪い取った群れで俺の奴隷として生きるんだ」


 ふさっと尻尾が私のお尻を叩く。

 言葉と尻尾の動きが全く合ってなくて、つい口元を緩めてしまった。それが彼の作戦だと気付かない内に。


「笑ったお前も興奮する。そんな顔で笑って、俺を誘っているのか?」

「えっ?」


 戸惑っている内に彼は私の唇に軽く自身の唇を押し当てる。柔らかくて気持ちがいい唇。

 その唇の熱に心を奪われていると忘れるなと言いたげに尻尾がまた私のお尻を叩いた。


「あぁ、せっかく手に入れた群れだが他の奴にやってもいいな。俺はお前と生きていけるだけの食料さえ手に入ればいい」


 そう言う彼は私を大切そうに抱き締める。まるで、私を誰からか守るように。

 この世界では人間は弱いと彼は言った。なら、獣人である彼に守ってもらえれば私は生きていける。

 あぁでも、私は元いた世界じゃないなら死んだ方がいいと思ったのに。思ったのに、今では彼の側にいてもいいと思っている。


「俺のものになれ」


 その言葉に頷いてもいい気がする。そう思う私はきっと馬鹿なんだろうな。

 だから、最後の抵抗をしようではないか。


「耳を触らせてくれたら……いいけど」


 小さく呟くと彼はクスッと微笑んで、どうぞと言うように私の目の前に頭を持ってくる。

 丸い形の耳に優しく指で触れるとピクッと耳が動く。それが何とも言えないくらい可愛らしい。少しだけ心が高鳴ったのは秘密だ。


「そんな顔もいいな。凄く体が熱くなってくる」

「えっと?」

「無性にお前をめちゃくちゃにしたい気分だ。お前と繁殖したい気分なんだ」


 顔を上げて私を覗き込んでくる彼は真剣だ。その金茶色の瞳にも熱が篭っていて、心臓がうるさいくらいバクバクと鳴り響いているのが分かる。


「それって獣人風の告白なの?」

「俺は獅子だから別に告白はしない。お前が人間だから告白するんだ」


 いかにも有難く思えよと言いたげで、つい笑ってしまう。

 今ではもう最初みたいに彼に恐怖することはなかった。例え、彼が群れを奪う為に群れのリーダーを殺し、その子供を殺した男性だとしても。


「お前は俺のものだ」


 そう彼は美しく微笑みながら、私の唇を奪う。何度もしつこく、その舌で全てを食べ尽くそうとしていた。

 ほら、囚われたのは彼ではなく、私だったんだ。そして、美味しく食べられるのも私なんだ。

 それでいいと、私はそっと彼の背に手を回した。

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