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序章 いつもと同じ日……だった

「うーん、これは剣のスキルを上げるべきか、それともブーメランのスキルを上げるべきか……」

 有機ELディスプレイの光が、ゲームをプレイしている僕の顔を照らしていた。

「えー! 私は格闘スキルを上げるべきだと思うよー! 他のキャラに攻撃面は任せて、主人公はかっこよく決める為だけに育てるべきだと思うなー!」

 独り言に反応した元気な声の主は、僕の膝の上で体育座りをしながらディスプレイを覗いている少女だった。

「格闘ってかっこいいのかな? だって、剣とかだったら削り切れる残りライフでも、ぎりぎり削り切れないイメージがあるんだけど」

「ロマンだよ! しゅーとには男のロマンが足りないんだよ!」

 むむむ、と唸ってコントローラーを手放し考え始める。そんな俺の真剣な表情を下から元気な少女は輝いた目で見上げている。

「よし! 僕だって男の子だ! ロマンを優先するよ!」

「おおー! 格闘に全振り! 男だね!」

 コントローラーを操作し、ディスプレイに表示されている『格闘』のスキルポイントが上がっていく。

「男だね! じゃないわよ! あんたら試供台でいつまで遊んでんの!」

 格闘に全振りを終えたところに、ガツン! ポコン! ゲームをしていた俺たちの頭に威力の違うげんこつが降ってきた。

 二人で振り返ると、そこには仁王立ちでこめかみに血管を浮き上がらせている少女がいた。

「いっつも、いっつもさぁ! しゅーとは店の迷惑とか考えないわけ!?」

 僕――(つくり)周人(しゅうと)に顔を、ずいっと寄せ、鼻と鼻がくっつきそうな距離で怒っている少女は周人を睨む。

「い、いやぁ。マスターが新しいゲーム入れたから遊びに来いって言ってくれたから……。癒璃(ゆり)ちゃんがそう言ってたんだもん」

「お父さんはそんな事言ってないと思うけど……? どういう事かしら、癒璃?」

 今度は、僕の顎の下にある顔に近づける少女。

 実の姉の怒っている顔を近づけられた少女――凡癒璃(おおしゆり)は、引きつった笑いを浮かべながら手で、まぁまぁと姉を宥めようとする。

「だってさー、しゅーとがこの頃来てくれなくて暇だったんだもーん。(うみ)(ねえ)だってしゅーとが来てくれて実は嬉しいんじゃないの? あと、呼んでたのはホントだもーん」

「えっ!? そうなのか癒海!? そっか、そっかー。やっぱり癒海のつれない態度は愛情の裏返しだったんだねー」

「んなわけあるか!」

 ゴギャン! またもや僕に鉄拳制裁が下った。

 怒っている少女――凡癒(おおしゆ)(うみ)は見下した目で僕と癒璃を見てから、二人が見ていたディスプレイの下に鎮座してあったゲーム機の電源をいきなり落とした。

「「あっ!」」

「ふん!」

 プツン! と無情に輝きを失うディスプレイ。ついさっきまで颯爽とフィールドを駆け巡っていた勇者はもう見えなくなった。

「それでもゲーム屋の娘か! ゲームの事を大切にしろよ!」

「あぁ!? 人ん家の店の試供台を占拠してずっとゲームしてるやつに言われたくないわよ!」

「やんのかああああん!?」

 癒璃ちゃんを下ろし、それまで座っていた椅子から立ち上がり、癒海と対峙する。

「ほほう、アタシとやろっての……?」

 こぶしを、ゴキゴキと鳴らす女子高生。

 僕たちの目と目の間には激しい火花が――あるわけもなく、こぶしの音を聞いた瞬間、僕の目の下から汗がぶわっと滲み出してきた。――な、涙じゃないし!

「癒璃ちゃーん! あの鬼ばばあがいじめてくるよー」

 そしてあろうことか、自分より一つ下の少女に抱き付く。

「よしよし、しゅーと可哀想だねー。海姉、しゅーとをいじめるのも限度があるよ?」

「癒璃……? 流石に妹相手でも慈悲は無いの分かってるよね……?」

 般若がおられた。女子高生からジョブチェンジして般若になりやがった。

「「びぇうえええええええええん! マスター(お父さん)! 助けてぇええええええ!」」

 ぎゃーぎゃーと喚き、叫びながら他のお客さんがいるのにも関わらず個人経営のゲームショップ店内で追いかけっこをする三人。しかし、そのお客さんも『いつものことが始まったか』とばかりに目を細めて事態を傍観してくれている。

 身体能力が劣っている僕たちが遂に癒海に捕まった時、バックヤードから一人の男性が顔を出す。

「おー、おー今日も元気なこった。はしゃぐものいいが、ゲーム落としたら買い取れよ? ただでさえ経営が危ういんだから」

 野太く、厳つく、鋭いという初見であれば脅えられそうな風貌の男――癒海と癒璃の父であり、このゲームショップのオーナーは、豪快に笑いながら癒璃ちゃんを抱いている僕と、癒海の首根っこを掴み上げる。

「お父さん! なんでアタシまで捕まえられなきゃなんないの!」

 彼の右手越しに睨みを利かせる高校三年生。

「いや、だって癒海は月に何本もソフト交わされてんじゃんー」「じゃんー!」

 そんな癒海を馬鹿にしたような表情と声で言う、囚われの身である僕ら。

「ぐぬぬ……! そもそも、買い取らされる原因であるアンタらが本来買い取るべきなんじゃないの!?」

「アハハー、今年まだ私一本も買い取ってないもんねー」「僕も、まだ六本しか買い取ってないしー」「あれあれ? 海姉は今年何本買い取ったんだっけ?」「あっ、言っちゃダメだよ、癒璃ちゃん。長女でしっかり者のはずの癒海が僕たちの何十倍も買い取ってることなんて世間様に知られちゃ恥だろ?」「そうだったねー」

「な、何十倍も買い取ってないし! 二五本しかまだ買い取ってないし!」

 ムムムム、と睨み合う二人と一人。

「キシャー!」

 威嚇(?)のつもりなのか、抱かえられている癒璃ちゃんが両腕を自分の頭の付近まで持ってくる。しかし、その途中、ガッ。脇にあった新品の携帯ゲームソフトのパッケージに触れてしまい、無情にもゲームが地面に落ちる。

「「「あっ」」」「買い取りだな、癒璃」

 ここのゲームショップが、オーナーの実の娘やその友達にこの様にゲームを買い取らせるのには理由があった。それは、ただ単にこの店が繁盛しておらず、売り上げが低迷している為である。それもこれも、この店から少し離れたところに大型のこれまた個人経営のゲームショップが出来た為であった。

「うぅー、私の無払い記録がぁー」

 腕から抜け出し、彼女はしぶしぶと財布を取りに住宅になっている二階へ足を向ける。その様子を見てオーナーは僕とと癒海の拘束を解いた。

「そいや、オーナー。今日呼んだ用事ってなに?」

 首を抑えながら訊く。

 おお、忘れてた。オーナーはあっけらかんに笑ってバックヤードに引っこんでいった。奥から物を漁っている音が聞こえ漏れる中、癒海が話しかけてきた。

「あーあ、やっぱりアンタが来るとロクな事が起きやしないわ」

「うるせー。内心久しぶりに俺が来て嬉しいんでしょ? 知ってるよ」

「んなわけあるか! アンタの悲報は喜んだとしても、来訪は喜ぶ時なんてない!」

 右手をまたもや握りしめになられたので、逃げの態勢を整える。――が、整え、さぁ逃げようといったところでオーナーがバックヤードから段ボールを持って帰還してくる。

「なにそれ?」

「ちょっとな。説明はこの箱の中に入ってるはずだから、癒海と癒璃の部屋で開けてみろ。さ、持って行った、持って行った」

「はーい」「ちょ! なんてアタシたちの部屋に行くの!?」「いやー、二人の部屋も久しぶりだなー。あ、大丈夫だよ、僕は二人の下着とか散らかってても欲情とかしないからね!」「何を言ってんのアンタは! 癒璃はともかく、アタシは投げ散らかさないし!」「はいはい、癒璃ちゃんに自分のだらしなさの罪を押し付けなくていいから」「むきぃいいいいいいいい! 話を聞けぇええええええ!」

 ボコスカと背中を殴り、殴られながら癒海と一緒に二階に上がっていった。


「おりょ? しゅーともしかして可愛い私を襲いに来た?」

「襲ってもいいなら襲うけどー?」

 ぷりぷりとお尻を振りながら物が詰まってる箱から財布を探している癒璃ちゃんがそんなことを言ってきたので、俺は段ボールを地面に置いてジャンプして抱き付――く寸前、

「そんな事させる訳ないでしょ!」

 後ろにいた癒海が僕の胴体を掴み、ジャーマンスープレックスをきめた。ゴスッ。僕の頭と地面の甘美なハーモニーが部屋に反響する。

「……冗談に決まってるじゃん。そこまでしなくても……」

「アンタが悪い」

「しゅーと絶対海姉のせいで物理攻撃態勢ついてるよね」

「よかったじゃない、しゅーと。殴られ屋のバイトの素質あるってことじゃない」

「そんなものなくていいよ……」

「というか、海姉そんな事ばっかしてるといつかしゅーとに嫌われちゃうよ?」

 遂に財布を見つけ出し、こちらに振り返った癒璃ちゃんがそう言うと、癒海は一瞬「うっ」と詰まる。

「べ、別にしゅーとから嫌われたところでどうでもいいし!」

「海姉可愛いねー」「ねー」

 僕らのいじわるな笑みから顔を背け、癒海は一人で段ボールの開封しだす。そこに、やれやれといわんんばかりに肩を竦め癒璃ちゃんが、打ち付けられた後頭部をさすりながら僕が加わる。

「これって、お父さんから?」

「うん。――ええと、見るからにこれはゲーム機……だよね」

 箱を開けてみると、そこには緩衝材に包まれた、黒々とした箱のような機械が詰め込まれていた。有線コントローラーもついている。

「そうみたいね。でも、初めて見る型だわ。付属のゲームソフトまである。なんなんだろ」

 ゲーム機を取り出すと、下には一枚の紙と、癒海が取り出したソフトパッケージが出てきた。箱に残された一枚の紙を癒璃ちゃんが取り出す。

「ええと、何々? 『この度は――』ここはいっか。『箱に入っておりましたゲーム機は特別なもので、ゲームソフトのバグを直すことができます。その為には、起動をさせ、以下のコマンドを入力してください』……なんだかわからないからやってみる?」「だね」「そうね」

 と、言うが早いか、三人はロクに説明も見ないで手慣れた様子でコード等を配線させ、ゲーム機の電源ボタンを押した。そして付属していたRPGのBDソフトも入れる。

 三人を代表し、僕がコントローラーを持ち、右に癒海がぴっとりと、左に癒璃ちゃんがべったりとくっつきながら座る。

「ええと、コマンドは――」

 ぽちぽちぽち。入力を終える。

「……」「…………」「………………」

 デンデンデンデンデンデデン! 冒険の書が消える音が部屋に響く。

「何も起き無くね?」「そだね」「癒璃、説明書ちょっと貸して」

 何も起きないことに首を傾げた三人が説明書をのぞき込もうとした――その時だった。

 カッ……! 部屋一面が光に包まれ、お互いの姿以外が見えなくなる。

 あまりの眩しさに三人はそろって目を閉じてしまう。

「うっ……」

 数十秒後。ようやく光がやんだ。恐る恐る三人は目を開けると――そこは見慣れない草原だった。

「どこ……ここ」

 困惑する三人の目の前に触れそうで触れない、囲いに囲まれたテキストが浮かび上がる。


 →冒険を始める

  冒険を続ける


「……ありえないんだけどさ」「うん」「もしかしてだけどさ」「あぁ」「これってさぁ」


「「「ゲームの中に入った!?」」」


 こうして、僕、癒海、癒璃ちゃんの奇妙な物語は幕を開けた。


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