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現れるのは兆候

「デカすぎるだろ」

 なんて大きいではない、デカすぎる。城下町から見上げた命斗は、そのあまりにも巨大な出で立ちに、全身にゾクリとした震えが走り抜ける。大きさを命斗自身が知っている巨大建築物を当てはめても、到底太刀打ちできないほど。確かめるとすれば、命斗が想像する一番大きな城、あれを二十や三十ほどではない、それ以上の数の城をまるで出来の悪い玩具のように円錐の形になるようゴチャゴチャとくっつけた感じ、規格外にも程がある。多分首が痛くなるほど上を見上げてやっと拝めるあの一番高い場所に王、もしくは王女が玉座に腰を下ろしているに違いない、命斗はそう勝手に決め付けることにした。

 そして、その円錐型の城、もはや合成城とでも形容できるほどのそれを丸く取り囲む城門、東西南北に一つずつあるそれから伸びる城下町を四つに区切る主要道。ヨーロッパに似た景観? 馬鹿にするな、とでも言うような素晴らしい国の風格。

「これは、なんていうか」

「どしたの? バカっぽく口を半開きにして」

「少し度肝を抜かれただけだよ……それがバカっぽく見えたのか?」

「うわ、噛み付いてきた!」

「そのまま食べてやろうか?」

「わー食べられちゃうよー」

「……恥じらいがないとつまらないな」

「なんで声のトーンが落ちるのかな?」

 そんなやりとりをしながら二人は東の主要道を下っていく。周りにある様々な建物は全て煉瓦や土、鉱物でできているらしい。言われてみてみると赤茶にこげ茶、城の色に似た白なども見える。しかし気づくことが一つ。

「住宅地、みたいなものはないんだな」

「東道の道脇は主に売り物店が多いからね 長くなるけど大まかに知りたい?」

「暫くはいる予定だし、頼むよ」

「じゃあ教えてしんぜよう。まずさっき言ったようにここは売り物店が多い。青果店とか精肉店、生活用品もここにあるから大体の人はここに集まる、だから賑やかなんだー」

 確かに、今は朝と昼のちょうど中間、にもかかわらず東道は人々の喧騒で包まれている。少し声を大きくしないと、その声はたちまち飲み込まれてしまいそうなほどだ。

 ローナは適当に店の前に立つと声を上げる。

「おじさーん! いつものいつもの分お願い!」

「おーローナちゃん! いらっしゃい任せときな!」

 恰幅のいいおじさんと呼ばれた男性は、紙袋を二つ三つ取り出すと店先に並ぶ果物をヒョイヒョイと入れていく。いっぱいになったところでそれをローナに差し出した。

「はいお願い」

「最初から飛ばすな、俺は人間で腕は二つしかないぞ」

「それをどうにかするのが男ってものだよ」

「あれ? ローナちゃん隣にいるのは誰だい? 見たことない顔だけどコレか?」

 おじさんはローナがから金銭を受け取りながら、嬉しそうに小指を立ててみせる。ローナは苦笑いしながら答える。

「違うよ、生意気なお客様。なので荷物持ちがかかりの刑罰に処してる最中なの」

「俺はローナに生意気な口聞いた覚えないんだけど」

「そうかそうか、ならその生意気な兄ちゃんの罪を重くしてやろう」

 そう言うとおじさんは今度は小さな紙袋に果実を二三入れ、メイトの持っている紙袋の上に乗せた。

「おまけだ、後で食べな」

「おじさんありがとー大好き!」

「そうかい? 嬉しいね! 俺の嫁も昔はしょっちゅう言ってくれたんだが、今じゃなぁ」

「あんた! 今なんか言ったかい?」

「な、なんでもねぇよ!」

 ローナは困ったようにはははと笑うと、命斗を連れて再び道を下る。

「えーっとどこまで話したんだっけ?」

「東道は生活用品やら食用品やらが多いって話、あと俺が生意気だって話かな」

「根に持つ男はカッコ悪い」

「根に持ってなんかいないさ、でもそうだな……俺が生意気だからおまけをくれたんだし、これは俺だけで食べてもいいよな?」

「あーずるいそれ! それにやっぱり根に持ってんじゃん!」

「はいはい、あとで半ぶんこなー、それよりほかの道はどうなんだ?」

「…………反対の西道は武器とか魔法関連の商品が多いかな、特に魔法を使う人間は結構多く出入りするよ、私も行くぐらいだから。だからここよりは劣るけど賑やかではある。あと旅人とかが装備を整えたりするから情報も多く集まる、酒場とか情報屋が発展するのも西道だね」

 すると、ローナが今度はあの店と指差した。命斗が見てもわかる、明らかに高級そうな一戸建ての店、先程のような店先販売というわけではないらしい。

 ローナが店の扉を開けると綺麗な鈴の音が店内に響き渡る。加え命斗の鼻腔が捉えたのは、今まで嗅いだことのないような上品な匂い。暫くするとカウンターの向こうから一人の女性が姿を現した。

「あら、ローナちゃんいらっしゃい。今日はどのような御用かしら?」

 上品そうに女性は微笑む。美人だなぁと命斗は思いながら見ていると、その女性と目が合ってしまう、その女性はやんわりと首をかしげた。

「君、見ない顔ね、私の顔になにかついてたかしら?」

「あぁ、いえ、綺麗な人だと思って」

「あらそう? 嬉しいわ、ありがとう」

「メイトー鼻の下伸びてるよ」

「そう簡単に人の顔ってのは変化しないよ」

 簡単に挨拶を済ませると暫くその女性とローナは談笑を始めた、案内、と言っていた割には案内らしい案内もしてもらっていない気がするが、まぁいいだろう。暇が積もり始めた命斗はキョロキョロと辺りを見回してみる。ゆとりのある空間、柔らかい電球の明かりが灯る店内のいたるところに棚が置いてある。そこに几帳面に並べられた小さな瓶、そこには茶葉が入っていた。

「紅茶、か」

 一人小さく呟いてみる。命斗は紅茶についてあまり知識はない、飲むとしたら一般的なインスタントのコーヒーだけ、嗜好品に手を出すのは命斗自身覚えがなかった。

「気になるのかしら? お連れさん」

 お連れさんが自分のことだとすぐにわかる、キョロキョロしていたのがバレたのが妙に恥ずかしく、声は少し小さめになる。

「そうですね、こういうところには縁がなかったので」

「よかったら少し飲んでいきますか? ローナちゃんも飲む?」

「いいんですか!? ぜひぜひ!」

「じゃあお言葉に甘えて」

 店の奥に通してもらうと庭先にいくつかの椅子とテーブルが置いてある、色とりどりの花に包まれ、なんとも綺麗な場所、英国貴族の茶会……とっさに頭に思い浮かんだのがそのワードだった。

「今はまだ早いから誰も来てないの、すぐ持ってくるから待っていてね」

 それだけ言うと女性は店の中に戻っていった。命斗とローナは手近なところに腰を落ち着けるが、ローナが何故かそわそわしている。

「なんだよ落ち着かないな」

「いや、メイド服で来てもてなされるって不思議な感じ」

「なるほど、まぁ俺も含めて場違いな感じだな」

 暫くするとトレイに乗って紅茶が運ばれてきた、指先で弾けばヒビが入るのではないかと思うほど薄い陶器製のティーカップに、命斗は否応なく指先が震え、ローナに笑われた。お菓子として出されたマーマレードに似た菓子もいただき、茶葉の入った瓶の袋を貰い、命斗とローナは店をあとにする。

「そういえば、東と西のは聞いたけど南と北の道はまだ聞いてないぞ」

「あぁすっかり忘れてた。えっとね、まぁあとの二つはそんなに説明することなんだよね、南は海が近いから海産物が欲しい時はそっち、北は居住区になってるからあそこから東、こっちに人が流れてくるってかんじかな? あとルリリアント教会も北道だよ、あとで行ってみる?」

「うーん……少し考えてからにするよ」

「そう?」

 ローナが命斗の反応に首をかしげた時だった。悲鳴。穏やかな喧騒を書き消し、上塗りをするかのような叫び。

「なに?」

 ローナが悲鳴の方へ視線を向けた。ほぼ同時、命斗も視線を流すと視界に人影を捉える。いや正確には、影のような人間だ。

「あれは、なんだ?」

 人がまるで蜘蛛の子を散らすように逃げていく、その元凶は言うまでもなくあの影のような人間。陽が当たっているにもかかわらず、そこには影が差している、まるで光という概念自体を飲み込んでいるような不確かな存在。

 それが、何かを食っている。一心不乱に、まるで飢えた獣が差し出された肉にかぶりつくように。赤い飛沫の花が咲く、地には汚れた水滴の雨。影がのしかかっている、あれは……人間というものではなかっただろうか。

「な、にをしてるんだ、あれは」

 猟奇的殺人、そんな残酷なものではない。捕食といえば人間を食すことも肯定できるのか、だがあれは、冒涜的に人の、人間の命を無差別に、無作為に、無尽蔵に取り込んでいるように見える。

「メイト、下がって!」

 ローナが命斗の前に進み出る。

「おいローナ!」

「大丈夫! こう見えても結構やるんだよ私、優秀だからね」

 そういうや否やローナはメイド服のスカートの裾をたくし上げると、落ちないようにボタンか何かで腰に止めた。命斗はギョッとしたが、どうやら太ももに何かが巻きつけてあるようだ。

「試験管?」

 理科の実験でよく見る透明な細長いガラスの容器、コルクの様なもので中身が飛び出さないように蓋をされている。それが十本ぐらいだろうか、レッグホルダーの様なもので露わになった太ももにしっかりと止められていた。

「手伝おうなんて思わないでね」

「手は出さないよ、俺がいても足引っ張るだけだろ?」

 命斗は数歩、後ろに下がる。背を向けて逃げる、という選択肢はなかった。女の子一人置いて逃げられるかという、命斗には珍しい男のプライドが働いたのだろう。

 影は相変わらず捕食を続けていてこちらには見向きもしない、時折肉の繊維を無理やり引き裂く、耳障りで不愉快な音が響く。

「拘束が先、か」

 ローナが呟く、次いでホルダーから四五本取りだすと栓を抜いて、液体を空中にばらまく。命斗には聞き取れない、不可思議な言語。それが終わったかと思うと空中の液体は、まるで真空状態に置かれたようにローナの周りを漂い始めた。

「行って」

 短い時間だが、聞いたことのないような冷静なローナの声音。まるで従順な飼い犬のように、あたりを漂う液体は一部を残して目を見張る速度で影へと向かう。「刺せ」単調な命令にも液体は従う。バラバラに向かった水滴一つ一つが鋭利な刃へその形を変貌させる。

 ドズドズと鈍くもエグイ音が何度も響く。そこでようやく影はこちらの存在に気付いたらしい、捕食していた肉塊から口を離すとこちらを向く。そこで命斗とローナは息をのむ。

 そこにあったのは口のみ。人間の体に口だけを無造作に貼り付けたかのようだ。ほかには何の装飾もない、目も鼻も耳も何もかも、まるで食べるだけを究極的に突き詰めたかのように。

「どんなホラー映画だ、ここは」

 ローナは一瞬で冷静を取り戻す「縛って」

 影に刺さる液体の刃は、まるで生き物のように形を変える。液体は影の体に刺さったまま細い糸状へと変わり、腕を巻き込み縛りあげると、整備された道路へ杭を打ち込むように穿たれた。影は地に縫い付けられる。

「ぎ、ギ」

 さびれたテープレコーダーのように汚い雑音が口から洩れる、どうやら動けないことに不満を持っているらしい。

「一応、終わり……命斗、そこにいる?」

 ローナが振り返った時、命斗は見た。あの影の口が歪に横へと広がる様を、まるですべてが自分の思い通りといった、嫌味にも人間味のこもる下卑て汚れた獲み(えみ)。影の一部がまるでゴムのように伸びる。それは正確にローナへと向かっていた。

 命斗は手に持っていたすべてを放り出し、ローナの方へと全力で駆ける。数歩下がったのが悔やまれる、けれど追いつく自信はあった。

 腕を伸ばすのでは遅すぎる、なら。

 自分なりに精一杯の片足跳躍、利き足ではないものの手ごたえは十分、そのままの勢いで、ローナを狩ろうとする影へと渾身をお見舞いした。

 金属を蹴ったかのような痺れが走る、ミシミシという体に響く嫌な音は幻聴ではないだろう、骨の軋む音で間違いない。影の不意打ちは微弱ながら脇へと逸れる。ローナが縛ったはずの影は既にそこにはいない。

「……手は出さないんじゃなかったの?」

「いっつつ……いらなかったか? あと言っておくと手は出してない」

 足をぶらぶらさせながら、影がそれた方へと視線は外さない。見ると少し距離を置いた場所で、影が捏ねくり回された粘土のように、人間の形を作っていく。

「なんの為にこっちに少しコレを残したと思ってるの? それに命斗は一応はお客様の扱いなんだよ? 助けられちゃあとでお説教だよ私」

 コレと言いながらローナは自分の周りを漂う液体を指差す、それを見て命斗は情けなく笑ってみせる。

「そりゃ、悪かったよ。でも頭が回らなかったってことで許してくれ」

「ま、隙を見せた私が悪いんだけど……というよりも命斗の世界って人離れしないと生き残れないの? クルハ様からは平和そのものって聞いたんだけど」

「そう言う奴もいるけど、俺の場合は経験が生きたってかんじかな」

「そうなの? でも、危ないことしないでよ、あの攻撃が思ってる以上だったらどうするの?」

「本当よね、頭がいいと思ったのだけれど、とっさの時はそうでもないみたいね」

「……何時からそこに?」

「ローナを守ろうと荷物を放り出したところ、かしらね」

 不意に背後で声がしたことに命斗は驚かなかった。あまりにも会話への入り込みが自然すぎて、驚く以前に口から出た質問がそれだった。

「ク、クルハ様!?」

「こんにちはローナ、命斗君を守ってくれてありがとう」

「いっいえ……そんな、守れていない気がしますし」

「それはこの子が悪いんだもの、致し方ないわ」

「いいでしょう別に……男としての尊厳というやつですよ」

「そんなものはそのへんにポイしときなさい、今は邪魔なだけよ」

 そんなやりとりを見ながらも、影はこちらに何かしようという姿勢は微塵も見せない。そして暫しのにらみ合いの末、影はまるで底なし沼でもはまっていく様ににズルズルと地面に引き込まれ、姿を消した。

「いっちゃった」

 ローナの言を起に命斗は緊張を解く。口からは自然とため息が漏れた。

「情けないわね、こんなことでため息なんて」

「二日目にして慣れろなんて、出来ると?」

「からかっただけ、噛み付いてくるのね」

「そんなつもりは……」

 そうこうしていると、複数の足音が聞こえてくる。視界の先に兵士たちの姿が見えた。多方この騒ぎが届いたのだろう。すぐに周りに警戒網が敷かれる。すると一人の女性がこちらにやってきた、命斗も見覚えがある、アリムという女性だ。

「フェーナ! 無事か!」

 声色には緊張が含まれていた。ローナが心配し過ぎと笑い返すと、アリムも憂いが晴れたように息を吐いた。そして今更ながら來葉に気がついたのかハッとしながら背筋を正す。どうやらローナしか視界に入っていなかったらしい。

「ク、クルハ様! 挨拶が遅れて申し訳ありません!」

「いいのよ、相も変わらず礼儀正しいのね」

「メ、メメ、メイト様も、も、申し訳ありません!」

「あの、そんな畏まらなくても、もう気にしていませんし」

 体の関節がなくなったかのように固まっているアリム。命斗は苦笑いするしかない。

「ねぇ、ローナ。命斗君を借りていってもいいかしら?」

「え? あ、はい、もってちゃってください」

 このままだと後の行動に支障が出そうだと判断したようだ。來葉の提案の意図を組んだのか、ローナも承諾する。

「ローナ……俺はお前の所有物じゃないぞ?」

「何か言った?」

 意地悪そうな満面の笑みが返ってきた。

「……あとで覚えてろ」

「行きましょうか、命斗君」

 來葉はそう言うと、はいているマスタードに似た強い黄のスニーカーの踵で、地面を軽くたたいた。すると、地面に白く光る丸い円が浮かび上がる。幾何学模様、どれが何を意味しているのか、命斗にはさっぱりわからない。魔法陣、それとなくそんなものだろうと命斗は思う。

「入って、バラバラになりたくなかったら動かないこと」

「ご心配どうも」

 そこに入る前に、被害を受けた人間が視界に入った。距離はそこそこあるためハッキリとではないが、見える。唾液を嚥下する。吐き気を催さなかったことを褒めてやりたいほどだった。それとは逆に、悲惨で凄惨なアレを見ても吐き気も催さない自分に嫌気も差す、心が冷たい人間なんだ、と。

 円の中に入る、それほどの広さがあるわけでもなく、命斗は來葉の一歩後ろに陣取った。出会った時より身長が低い気がしたのは、スニーカーを履いているためだろう。「行くわよ」再び地面を踵がたたく。バチリと視界が明滅し、平衡感覚が奪われる、気がついたときには見知らぬ部屋の一室。自分が通された客室とは違い、白を基調とした清潔味のある部屋。

「ここは?」

「私の部屋よ、ルリリアント教会にある、だけど……男の人を呼んだのは初めてだわ」

「そんなことを言われても、反応に困る」

「襲われちゃうかも」

「安心してくれ、そんな気はない」

「本当?」

 來葉は意地悪そうに目を細めると悠々と微笑んでみせる。命斗はそれが気に食わないのか眉をひそめた。

「それで、ここに呼んだ訳を話してもらいたいんだけど、気遣いの他にも目的があるんだろ、俺はローナとデートの最中だったんだ」

「それは絶好のタイミングだったわね、阻止できてよかったわ」

「……嘘だ、荷物持ち係だった」

 それを聞いて來葉はまたふわりと笑ってみせる。まるでつぼみが花を咲かすように。

「適当に腰掛けてちょうだい、何かを出そうにもいまは何もないのよ、ごめんなさいね」

「いいさ、それで要件は?」

 命斗は周りを見ながら腰をかける場所を探した。あるのはベッドと椅子がひとつ、が椅子は既に來葉に占領されている。

「……立ったままでいい」

 仏頂面で命斗が言う。

「あら、いいの?」

「いいんだ、ちょうど足腰を鍛えている最中でね」

 そう、と來葉は優雅に微笑んだ。絶対に確信犯だよな、命斗は心の中で苦い顔をする。

「あなたに罰を言い渡すわ」

 急だった。あまりにも唐突な罪の裁決に命斗は、は? となんとも間の抜けた声を漏らす。

「あなたに罰を言い渡すわ!」

「二回も言わなくていい、なんで俺が罰せられなきゃならないんだよ、俺が何か罪でも犯したのか?」

「自分がなんの罪も犯していないというの?」

「心当たりがないな」

「そうかしら? 命斗くんが最初にこの世界に来たとき見た、幸せで甘美な光景はなんだったのかしらね?」

「っ、あ、あれは……ってか見てたのか!?」

 あの時の鮮烈で衝撃的な光景が鮮明に脳裏に浮かびあがり、命斗は咄嗟に首を横に振りそれをかき消す。

「いいえ、これは人伝に聞いただけだけれど、それを反省する気はある?」

 あれは柳宮さんのせいだろう、命斗は口を開いてそう言おうとした。しかしだ、責任は彼女にあったとしても、見たのは自分だ。その事実はどうあがいても揺らがない、命斗は開けた口を渋々閉じた。それを見た來葉は追い打ちをかける。

「被害者はこう言っていたわ『どれくらいかわからないけど、数秒は見ていた気がします』と顔を赤らめてね、あれは可愛かっ……おほん。これを聞いてもまだ反省の色はなしかしら?」

「わかった、わかったよ! 反省してる。それに何かしらの処分があるんなら、受ける……牢にでもぶち込まれるのか?」

 諦めたように命斗は両手もろてを上げる。

「そんなことしないわよ、その代わり、命斗くんにはお城で働いてもらいます」

「……はい?」

 本日二度目の間の抜けた返事だった。

「お城で働いてもらいます」

「大丈夫だ、耳鼻科に世話になるような病には罹ってない……一先ず話はわかった。つまり俺への処分は働いて返せってことか?」

「察しのいい子は大好きよ」

 諦めたように命斗は天井を仰ぐ、厄介なことになった。

「それでね、命斗くんにはここで働くに至って、ここでの戦い方も覚えてもらおうと思うの」

「と、言うと……あの影のことか?」

「それだけじゃないけれど、そうね……もしかしたら戦うかもしれないわね」

 そう言った彼女の表情に、暗い影がさした気がした。命斗としては影については詳しく聞きたいところだが、それもはばかられる。

「はぁ……ってことはだ、俺は仕事をしながらもこの世界で戦闘訓練も身につけなければいけないわけか、つくづく俺にとって不幸なことばかりだ」

「強い男の子はモテるわよ、私も頼りがいがある子の方が好みかしらね」

 暗い影はすっかりなりを潜め、普段の大人びた顔つきで、來葉は言った。

「ますますやる気が損なわれそうだ」

「それどう言う意味よ」

 來葉の語気が少し強くなる、命斗は少し慌てたように付け足した。

「冗談だよ、素直に俺が喜んでいるところを想像してみてくれ、滑稽だろ?」

 そう言われ、何かを考えるように人差し指を唇に持っていき、目を細めた。妙に色っぽいその動作に、命斗の心臓が一度大きく鳴った気がした。

「そうかもしれないわね」

「肯定するのかよ」

 クスリと笑うと來葉は立ち上がる。

「私の話はこれでおしまい、このあとはどうするの? デートを邪魔しちゃったみたいだけれど」

「まぁこれといって特にはないな、というより今から働かなくていいのか?」

「あら、そんなに働きたいの? 残念ながら明日からよ」

 おかしいというように來葉は笑う。それに命斗はムッとしながらも口を開く。

「なら一度向こうに帰りたいんだ。流石に三日も家を開けるわけにいかないからな」

「確かにそうね。なら渡しておくものがあるの」

 來葉はそう言うと、部屋にある机の引き出しからタッチ式の携帯を取り出す。

「はいこれ」

 それを受け取る際、命斗の表情が訝しいものに変わった。

「どうして柳宮さんが俺の携帯を持ってるんだ」

「誰かに触られる前にスっておいたわ、我ながらのスリスキルだったわね」

「……まぁいい、でもびしょ濡れだったって事は、壊れてないか? これ」

 そう言って命斗の指が電源に向かう。

「ダメ!」

 パッっと命斗の手が來葉によって固く握られた。何事かと瞬きをする命斗に、來葉はほっと息を付き安心した様子で口を開く。

「命斗くん、今後この世界で、私たちの世界の機械類は持ち込み厳禁にしてちょうだい。最悪持ち込むだけならいいけれど、電源は絶対に入れないこと」

「?」

「今度説明してあげるわ、言葉より見たほうが早いと思うから」

 來葉の言葉を半ば疑問に思うところはあるが、それよりも。

「柳宮さん、いい加減手を離してはくれないか?」

「どうして?」

「なんで疑問が帰ってくるのか大いに検討したいところだが、いいから離してくれ」

 不満そうに來葉は手を離した。なんで不服そうなんだよ、命斗は問いかけようとして口を紡ぐ。これ以上は分が悪い、そう思ったからだ。

「それじゃあ帰りましょうか」

 そう言って來葉は部屋の扉を開けると命斗に手招きする。不思議そうに眉をひそめると、來葉の方へと向かい、開けられた扉へと視線を移した。扉の先は、命斗が一週間という短い期間ながら、見慣れた景色。

「私の力に反応するようにって前にも言ったわよね。この扉と明蘭荘204号室の扉、ここが別世界の境界線、だからこっちに来るには私と一緒じゃないといけないの。命斗くんが力を思うように使えたら、調節する必要があるけれど」

 來葉に連れられて、命斗は外へと出る。空っ風が首筋をなでて、命斗は首を縮こませた。そういえば着ていた服は客室においてきたな、今更ながら命斗は思い出す。

「それじゃあ柳宮さん、また明日」

 そう言って命斗は部屋の鍵を……。

「ねぇ命斗くん」

 このタイミングでなぜ声をかけてくるのか。ポケットに手を突っ込んで、そういえば鍵ってどこにやったんだっけな、心の中でそう思った命斗の心境をまるで見透かしたように、笑いが含有する來葉の楽しげな声音。

「なんだ?」

 振り向いた命斗の視線の先、來葉の右手には明蘭荘の203号室の鍵、見せびらかすように左右に降っている。

「お昼はもうとった?」

「いや、まだだ」

 今は昼過ぎ、もうすぐ一時に差し掛かる頃だろう。紅茶のお店でもらった茶菓子のおかげか、空腹を意識しなかったが、今になって胃の虫が自己主張を開始し始める。

「駅前に美味しいイタリアンのお店を見つけたのよ、一人で行くのも寂しいのよね」

 拒否権なんてない。命斗が部屋に戻るためには鍵が必要だ。しかしそれは見ればわかる通り、語るに無し。命斗は嘆息して、ジト目で來葉を見た。そして諦めたように彼女の方へ進む。

「それはいけないな、どうだろう……おごるよ」

「そう? うれしいわ」

 命斗は來葉の顔を見なかった。だが多分笑っているだろうと、命斗は思った。

 奪い取るように來葉から鍵を取り、着替えてくるから待っていてくれ、そう言うと命斗は部屋へと戻り、何度目かわからないため息。手玉に取られるのはいい気分じゃない。だが、その苛立ちを何より助長させるのは、その思考の片隅に何を着ていくか悩んでいる自分がいることだ。

「不毛だ」

 それは先程のやり取りのことなのか、それとも自分の思考のことなのか。頭をかきながら命斗はタンスへと向かっていった。


来週はお休みになるかもしれません。投稿者の一身上の都合ですが見てくださる方々にお詫びを。

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