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始めるは観光

 翌日のことである、意識の浮上に伴い、まぶたが閉じられているのだから真っ暗なはずの視野に、うっすらとオレンジと赤の中間、形容し難い優しい色に包まれていた。命斗の瞼はゆっくりと持ち上がっていく。朝だ。

「いつ寝たんだろ、寝付けなかったから羊を数えてたんだけど……」

 うまく回らない思考で言葉をつぶやいていく。昨日のことを思い出していく。

「昨日は、色々ありすぎたんだ」

 一先ず先日の振り返りは終了した。自分でベッドから起き上がってみる。体の怠さはほぼ解消、痛みは顔を歪めるほどでもない。チクリとした妙な痛み、癪に触る痛み。

「問題は無さそうだな」

 一度大きく背伸びをしてみた。まず指の関節、次いで肘肩背骨膝足首、全身の関節という関節が朝の目覚めの歓声を上げる。

「うわ、凄い音」

 いつの間に来たのか、朝食の乗ったトレイを引きながらローナが驚いた様子でこちらに近づいてくる。

「あぁ、ローナおはよう。早いな」

「おはよー。まぁ、これでも一応この城のメイドさんですから」

「メイドだったのか、趣味なんだと思ってた」

「趣味?」

 ローナが首をかしげる。こっちの話だよ、命斗は適当にあしらった。

「それより昨日みたいに突っ込んでこないんだな、スカートの中を拝借しようと身構えたんだけど」

「うぁーヘンタイ。私のパンツは安くないよ、と言うかもう動けるの?」

 自分のスカートを両手で抑えながらローナは命斗を睨んだ。

「行動に支障はないみたいだよ。もう少し長引くと俺は思ったんだけどな」

「あれじゃない? クルハ様も言ってたみたいだけど力ってやつ」

 命斗の脳裏にアリムの剣を弾いた強烈な印象が頭に浮かぶ。けれどそれは命を助けてもらった事として感謝しつつも、どうにかしようと命斗は思わなかった。

「……そうかもしれないな、ローナも持ってるのか? 俺みたいな」

「そんな大したものじゃないよ。私たちは魔力かな?」

「とすると魔法でも使えるのか? ちょっと見せてくれよ」

「今は無理かなぁ、持ち合わせがないし。それよりメイト、動けるんなら食堂で朝食取る? 病人食じゃお腹も膨れないし」

「そうするかな、案内頼むよメイドさん」

「お任せ下さい、じゃあ行こう」




 命斗が大学を見て回った時のこと。命斗の中での第一印象はなんて大きな場所だろうであった。建物は広大な敷地に何件も立ち並び、教室は小さなところでは三十人程度だが、広いところでは百人以上は収容できそうな空間だった。まるで人間を飲み込む化物のような巨大さ。しかし、命斗を印象付けた大学と言う場所はすぐに上書きをするに至った。

「デカすぎるだろ」

 以下回想。

 病室から一歩出た時点でおかしかったのだ。床は硬質な鉱石で敷き詰められ、幅は人間二十人は横に並んで歩いても隣を気にする必用はないほどの幅。天井はその倍。今は朝方のためか、そこに等間隔でぶら下がっているランタンに明かりは灯っていない。そして二十歩ごとに部屋への扉がついている。命斗は試しに質問をしてみた。

「ここの部屋はなんなの?」

「病室だよ」

 二十歩後。

「この部屋は?」

「んー? 病室」

 二十歩後。

「ここは?」

「病室」

 二十歩後。

「ここも?」

「病室」

「まってくれ、この城は病室しかないのか?」

「そんなわけ無いじゃん、あーでもあと二十部屋位は病室かな? 最近は比較的穏やかだから、余ってる部屋も多いんだよね」

 命斗は廊下の方に視線を移す、突き当りは無い。ないというよりはあまりにも距離があるのか見えない、というのが適切だ。しばらくはローナに付き従った、そうでないと迷いそうなほどだったからだ。やっとのことで病室棟から抜け出すと、暖かな風が頬をなでた。どうやら外に出たらしい。長方形の石材ブロックでできた道が綺麗に湾曲し、違う棟に繋がっている。両脇はどうやら庭のようだが、片方は緑の芝に覆われ中央には噴水がある。反対側にはバラだろうか、綺麗な色をつけた花がポツリポツリと咲いている、しかし葉や植物の蔓がうっそうと茂り、命斗の背丈の二倍ほどの茨の壁と化している。

 その場所を横切って次の棟に入ると、喧騒が聞こえた。

「この中が食堂。多分兵士たちはもう訓練に行ってるから、いるなら私みたいな使用人かな?」

 中に入ってみるとかなり広い、病室だけでかなりの部屋があったのだから当然だろう。縦長に作られた机が等間隔で並べられ、ローナの言ったように使用人、もといメイドが談笑をしながら食事をしている。二人が入ってきたことに気がついたのか数人がこちらに視線を移し、そのうち何人かは声をかけてきた。

「あれ? ローナ! あんたいつの間に男作ったの!?」

「え! 男!? うっそこんな朝っぱらからイチャつくところ見せに来たの? いやらしいー」

「うらやましー」

 それを聞いたローナは慌てたように口を開く。

「ち、違うよ! ほら一昨日病室に運ばれてきた」

 それを聞くと一瞬にして彼女らは嘆息する。

「なんだ違うのかーあせったー」

「ローナ、あんたもいい年なんだから男の一人や二人作りなさいよ、もったいない」

「未だにキスもしたことないんだっけねー?」

「う、うるさいうるさい!」

 顔を真っ赤にしてむくれながら、メイトこっちとローナは誘導する。この部屋の奥は厨房になっているのか、清潔感のこもった服を着た男性達がせわしなく動いている。

「すみませーん。朝食もらえますか? 二食分!」

 ローナがそう言うとあっという間に食事処と厨房との境界を分ける台、カウンターの上に、今日の朝食が並べられる。異様な手際の良さに命斗は舌を巻く。

「俺もこれくらい出際よく料理作れたらなぁ」

「メイト料理できるの?」

「まぁ勉強中だよ、ローナは?」

「私はからっきしダメ、掃除洗濯は申し分なしって言われてるんだけど」

 二人は端っこの方の席に座る、声をかけてきたメイドの方にいかないのは、からかわれるのが恥ずかしいからだろう。

「そういえばメイト」

「ん?」

「このあとどうするの? もう帰っちゃうの?」

「最初はそう考えたんだけど、來葉様がうるさくてな、少しの間はここの観光」

「そうなんだ、じゃあ時間ができたら道案内したげる」

「そりゃ助かるよ、それにしても來葉様はどこに行ったんだろうな、昨日話してから姿が見えないんだけど」

「そりゃあこのお城にはいらっしゃらないからね。ここから少し離れたルリリアント教会じゃないかな?」

「教会? まぁ見て回ればわかるかな」

 朝食を食べ終えるとローナから客室へと案内された。一人で使うにはあまりにも広い空間。床は靴で踏むと跳ね返されるほどの上質な絨毯で覆われ、部屋の中央に天蓋付きのベッド、窓は半円と長方形をくっつけたようなもので、ベランダに出られるようになっている。部屋の隅には小さいながら机と椅子、簡単に筆を取れるように羽ペンと羊皮紙が見られる。

「こんな部屋に住んだら、ひとり暮らしのベッドで体痛めそうだな」

 簡単なスプリング機能のベッドを思い浮かべながら、命斗は高級感あふれるベッドに寝転がってみる。体をまるで包み込むかのような魔性の柔らかさ、起きたばかりだというのに瞼が重くなりそうになったとき、部屋の扉を叩く音、次いで入るよーと言うローナの声。

「どうぞ」

 命斗の許可を得、ローナは部屋に入ってきた。そういえばいつの間にかいなくなってたなと命斗は今になって気づく、あのベッドは記憶すら包んでしまうのだろう。

「どこ行ってたんだ?」

「んー? 命斗の服を取りに行ってたんだよ。外に出るんでしょ? 寝巻きじゃまずいし」

「そういえば寝巻きで城内歩き回ってたんだな、俺。というよりこの世界の服装ってどういうのなんだ? 俺の服とは違うのか?」

「そうでもないんじゃないかな? 材質が違うってだけで、でも一応簡単な服だけは持ってきておいたよ」

 手渡された服を見てみる。全体的に落ち着いた色合いが多いように思えた。加え、手触りも命斗が来ているような安物の感じではなく、肌に馴染むような優しい感触だった。

「着替えさせましょうか? ご主人様?」

 そんな命斗を見てローナはからかうように笑ってみせた。

「数歩下がって回れ右。扉を開け閉めできれば偉い子だ」

「ブーブー」

 文句を言いながらもローナは退出する。さてと、とひと呼吸後、命斗は着替えを開始する。時間としては数分、着方が分からないものはなく、すんなりと着終わった。サイズも申し分なし。無地のインナーに少し明るいカーキー色のオーバーオール。パンツはダークグレーのカーゴ。こっちの世界での呼称は命斗にはわからないが、多分そんなもんだろうと適当にあたりをつけた。

「ローナ、いるならもういいよ」

「はーい、うむ、及第点」

「褒めてもらえたってことにするよ、さて、俺は一通り回ってくるけど、ローナは? 時間ができたらとかなんとか言ってたけど」

「あーそのこと? 実はさっきメイド長にお使い頼まれちゃって、ついでにメイトに城下町の案内してこいって言われた、というわけで付き合ってもらいます」

「俺は一応お客じゃないのか?」

「あれ? メイトってそういうの気にするの? 自分の立場以下のことをされると腹を立てるタイプ?」

「……少しからかっただけだ」

「じゃあ荷物係お願いね」

「あー……わかったわかったお前の勝ちだよ」

「あ、そだ言っておかなきゃいけないことがあるんだった」

 そう言ってローナはメイトの目を見る、加えローナのその表情でメイトはある程度のことを察する、つまりは重要なこと、取り返しのつかないことにならないための警告。

「メイトがこの世界の住人じゃないってことは周知の事実じゃないの、だからあんまり喋らないこと」

「そうなのか……ってことは來葉様のこともローナは知ってると」

「うん、こう見えても一応は使用人の中でも使える方だから」

「それを自分で言っちゃうかー」

「い、いいじゃん! 自分のことを評価したって!」

 そーだなー優秀だなー。命斗は面白半分にからかいながら部屋を出ていく。もー怒った、抱え切らないほど持たせてやる! プンスカと可愛らしいくむくれたローナを連れて。

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