変わる
僕が目を覚ましたのは、春休みも残りわずかとなる頃であった。母親が、病院に見舞いに来てくれていたが、一週間くらい眠っていたとのことだった。母親は、目を覚ました僕を見るなり大粒の涙を流して喜び、「看護師さん呼んでくるわね」といって病室を出て行ったのだった。
僕は、顔を触った。顔にはガーゼが貼られ、その上から厳重に包帯が巻かれていた。親知らずを抜いたからといってこんなことにはならないだろう。僕は、なんとなく自分に起こった出来事を思い出したのだった。
筋肉マッチョめ。今度あったら容赦しないぞ。そう思った。
しばらくして、看護師が現れ、「担当医を呼んできますね」といってまた病室を出て行った。なら、医者と看護師をセットで呼んでこいよと母親に言いたくなったが、とても喋れるような状況ではなかった。
「具合はどうですか」
担当医が、僕に聞いてきた。僕は、フゴフゴと喋れる状態ではなかったので、片手をあげて、サムズアップをした。
「そうですか……よかった」
担当医はにっこりと笑った。
「で、息子の具合はどうなんでしょうか」
定型文のような決まり言葉を母親は担当医に尋ねた。
「ええ、大丈夫ですよ。しゃべれるようになるにはしばらくかかるとは思いますけど、命には別状はありません。トラックに引かれたとのことですが、奇跡的な怪我の程度です」
担当医は安心させるように母親にいった。それを聞いた母親にも笑みがこぼれた。担当医は、看護師に一言二言つぶやいて、病室から出て行った。看護師もそれから「何かあったら、ナースコールで呼んでくださいね」と言って、病室から出て行ったのだった。
母親は「本当、あなたがトラックに引かれてこの病院に担ぎ込まれたって連絡があった時はビックリしたわ。それに、友達のブンタくんとホネくんも一緒にね。でも、彼らは軽症だったみたい。まったく、あなたたちは良い歳こいてなにやってたのよ……」とつぶやいた。
僕は、驚きを隠せなかったが、包帯まみれの顔からは表情という表情が生まれなかったため、母親は特に何も感じなかったようだ。
しかし、それにしてもトラックに引かれていたことになっているとは思わなかった。それは、どういうことなのだろうか。謎である。
その後、僕はしばらく入院したが、無事に退院することができた。ブンタとホネにも会ったが、彼らは「いやー酷い目にあった」の一点張りで詳しい内容を教えてはくれなかった。
季節は過ぎで冬になっていた。