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12.神出鬼没の王子様



 それから数日。

 瀧さんから頂戴した情報を頼りに、和菓子専門の喫茶店“いづ屋”を訪れた俺は募集内容を確認してメモ。電話をして面接予約を取り、履歴書を持ってそこの店主と面接した。

 とても人の良いおばちゃん店主で(名前は伊草さん)、履歴書に目を通し、フレンドリーに会話を交わした後、「今週の土曜から大丈夫?」と即採用を決定してくれた。


 丁度休日に人手が足りなかったってのもあるらしいんだ。

 平日は主婦の方々が働いているらしいんだけど休日は皆、家のことでお休みを取るらしく、学生さんが主体になっているんだって。学生といっても皆、大学生らしいから俺が最年少だって。

 職場で上手くやれるか不安になったけど、土日のみOK。高校生大歓迎。時給730円。こんなにも良い話はそうもない。


 不安を振り切って俺はバイトを始めた。


 ああそうそう。

 実はバイトのこと……俺の独断で話を進めていたから、親に事後報告した時ちょーっと騒動になったんだけど(学業は大丈夫なのかってしきりに言われました。はい)、それは余談にしておく。


 バイトは土日に三時間から六時間程度。

 家庭事情を聞いたからか、店主の伊草さんが平日も入れる日は入った方が良いってアドバイスをくれた。

 今のままじゃ稼ぎがギリ四万いくかいかないかだから、もう少し稼いでおくべきだって。


 それこそ平日はお団子などの菓子製造を手伝って欲しいと言われたから、俺は入れそうな日は入りますと返事しておいた。お金は欲しいもんな。


 最初こそ初めてだらけだったから、気持ち的にてんやわんやになったんだけど伊草さんも優しいし、バイトの先輩達も凄く良くしてくれたからすぐに打ち解けた。

 接客中心かと思ったんだけど喫茶店なわけだし、調理なんてものも当然させられた。

 日頃から家事をしていた賜物か、わりと簡単な調理ばっかりだったから安心していたりする。


 ただしレジ打ちだけは曲者だった。

 機械音痴の俺にはレジって機械がすっげぇ強敵で、こればっかりは先輩達に何度も迷惑を掛けた。

 特にクレジット精算とIC精算が……機械なんて大嫌いだ!

 まじでワケ分からん。先輩達は単純操作するだけだと言っていたけど、俺は何度メモ帳と見比べながらレジを打ったか。


 毎度の如く手がぷるぷる震えたよ。まじで。

 更にバイト慣れしていない時にフライト兄弟がやって来たもんだから、テンパったね! 二人ともヤーな笑みを浮かべて俺の仕事っぷりを見てくるわけだ。

 もはやあれは苛めの一種かと思ったよ。二時間も居座りやがってからにっ、チクショウ! お友達なら俺のことをもう少し、気遣ってくれてもいいじゃんか!


 こうしてバイトデビューと学業の両立で多忙な毎日を過ごしていた俺だけど、一方で気掛かりが胸を占めていた。

 鈴理先輩と大雅先輩のことだ。日に日に二人から感じられる違和感が濃くなっている気がしているんだ。俺の気のせいならいいんだけど、二人とも、俺と顔を合わせる度になんとも言えない表情を作ってくるもんだから、俺も決まりが悪くなってしまう。

 攻めの持論を掲げている鈴理先輩の“攻め”も日に日に弱弱しくなってきているみたいだし、何かあったんだろうか?


 

(先日、泊まりに来てくれた時はすっげぇ元気だったんだけどな)



 とある土曜日のバイト中。

 パシャパシャと皿洗いに勤しみながら思案をめぐらせていると、


「豊福くん。注文取って来てもらっていい?」


背後から声を掛けられた。


 水を止めて俺は首を捻る。そこにはバイトの先輩である鈴木(すずき) 浩実(ひろみ)さんが立っていた。優しいんだけどちょっち気弱な男の人で今年、大学三年生。背丈は180cmもあるノッポさんだ。


 俺を見下ろし、伝票版を差し出して注文を取って来てと片手を出してくる。

 それは構わないけれど、なんで自分で行かないんだろう? 鈴木さんはまだあがりじゃないと思うんだけど。タオルで手を拭きつつ、俺は理由を尋ねる。

 すると鈴木さんが苦手なお客が来たのだと白状してくれた。平日休日構わず、月に三度以上は来るお客さんらしい。


「僕はあの人の目が怖くて」


 泣き真似までされてしまい、俺は苦笑して伝票版を受け取った。

 鈴木さんには何度もレジで助けられているから、これくらいお安い御用だ。


「でもそんなに怖いんですか? クレーマーとか?」


「ううん、そんなんじゃないんだけど、僕には怖いんだ。何もしていないのに睨まれるんだよ。ごめんね、後で僕が社割で抹茶シェイク奢ってあげるから」


 これだから鈴木さんは大好きだ! 抹茶先輩と呼んでもいいですか?!

 楽しみにしていると笑顔を向け、俺はテーブル番号を聞いてそのテーブルに赴いた。

 何処のどなたか分からないけど、貴方様のおかげで俺は抹茶シェイクを奢ってもらえるんだ。怖い客だろうと、俺は営業スマイルで貫き通してやる。


 二番テーブルに赴いた俺は、「ご注文はお決まりでしょうか?」メニューを睨んでいるお客様に声を掛けた。

 やたら不機嫌に鼻を鳴らすその客は、メニューをテーブルに置き、ギッと此方を睨んで「抹茶Aセット」と凄んでくる。


 勿論、俺は笑顔で貫き通す。通すつもりだった。

 けど唖然としてしまう。だって抹茶Aセットを頼んできた客っ……なんで貴方様が此処にいるっすか! ほんっと神出鬼没っすね!


「み、御堂先輩じゃないっすか」


 学ラン姿の財閥令嬢に俺は硬直してしまう。

 向こうも店の制服姿の俺に一変して唖然。

 俺を指差して、「何しているんだ」と呆け顔で質問を飛ばしてきた。


 な、何しているって勿論、バイト……なんっすけど。

 唖然としている御堂先輩に俺は慌てて笑顔を作ると、「抹茶Aセットですね! すぐにお持ちしますんで!」ちゃっちゃかメニューを受け取ってとんずらした。厨房に戻った鈴木さんが「大丈夫だった?」と気遣ってきてくれる。


 笑顔で大丈夫だと返して伝票を渡すものの、俺は面倒なことになったと冷汗を流した。


 まさか御堂先輩が此処の常連客だったなんて!

 そういえば、この前此処の茶屋に行こうって言ったのは御堂先輩だったような。


 うっわぁああ、なんで鈴木さんを睨むのか理由が分かっちゃったよ! あの人は極端男嫌いなんだよなぁああ!


(鈴理先輩に教える前に御堂先輩が俺のバイト先を知ってしまった。

いやあの人達ならストーキングで幾らでも知る機会があっただろうけど、それにしたって御堂先輩が先なんて知っちゃったら、鈴理先輩になんてどやされるか!)


 がっくりと項垂れて、俺は恐る恐る店内の様子を覗き込んでみる。

 二番テーブルについていた御堂先輩は、腕を組んで思案しているみたいだったけど一体何を考えているやら。


 鈴木さんが抹茶Aセットを準備してくれたため(しかも持って行ってとお願いされたため)、俺がそれを御堂先輩の待つテーブルまで運ぶ。


「お待たせしました」


 笑顔を向けると、「お待たせされました」満面の笑みを返された。


「君は新人さんだね。僕は此処の常連なんだが、君は初めて見る顔だ」


 な、なんて白々しい台詞をっ。

 何を目論んでいるんっすか、御堂先輩!


「そ、そうなんですよ。今月頭から入ったばっかりで。当店共々どうぞ宜しくお願いします」


「君は可愛いな。とても花が似合いそうな、愛らしさがあるぞ」


 えぇええ、此処で口説かれても……しかもゼンッゼン嬉しくないという。


「初めて言われましたよ」


 お客様はお口がお上手ですね。

 俺は愛想良く返し、ではごゆっくりと会釈して逃げる。が、左手首を掴まれて逃げることが叶わなくなった。


 ちょ、俺、バイト中なんですって御堂先輩。

 焦る俺の手に御堂先輩が紙切れを持たせてきた。同時に手首を解放してくれる。俺は二度会釈して厨房に戻った。そして早速紙切れを拝見。それはルーズリーフの千切って走り書きされた一言メモ。


“待っているから”


 ……これってあれっすか。俺があがるまで待ってくれているって意味っすか?


 ですよねぇ。それ以外、意味が取れませんもん。 

 やってしまった。俺は額に手を当てて、小さな溜息をついた。


 逃げられないようだ。

 王子に見つかった時点で逃げられないことは分かっていたけど。財閥の情報網の広さは脅威だから。


 嗚呼、何事もないといいな。

 涙を呑む俺の様子を見た鈴木さんが勘違いしたのか、「ごめんねごめんね」僕の代わりをさせたばっかりに、と謝ってきてくれた。


 いえいえ。これは鈴木さんのせいじゃなく、俺の天命っぽいっす。攻め女難が俺に試練をお与えになったんっすよ。多分。



 何はともあれ、御堂先輩にバイト先をばれてしまった以上、腹を括るしかない。

 気を抜くと他の業務を失敗しそうだから、気合を入れて仕事に専念した。ちょいちょい視線を感じたけど、土曜の昼下がりは忙しい。学生さんやお買い物帰りのお姉さま方、奥様方が足を休めようと喫茶店に赴くんだ。

 そうでなくても普通に茶菓子も売っている店だから、カウンターに回らないといけない。


 販売エリアと飲食エリアを行き交いしている内に、俺は一時の間御堂先輩のことを念頭から消してしまった。忙しいと誰でもこうなっちゃうよな。


 本日のあがりは5時。

 11時から休憩ありの6時間勤務だった。

 店の制服から学校の制服に着替えた俺は、ロッカーに前者の制服を仕舞って先輩達にお疲れ様でしたと挨拶した。店主の伊草さんや先輩達にお疲れ様と笑顔を向けられ、俺も笑顔を返す。

 そのまま店の裏口から出ようとしたんだけど、「待って」鈴木さんに呼び止められた。


「今日はありがとう。これ、僕からの奢りだよ」


 抹茶シェイクの入ったカップと、ビニール袋を差し出され、俺は目を輝かせる。

 前者は約束の品物で、後者は鈴木さんお手製の草団子らしい。


「型崩れしちゃってお店に出せなくなったんだ」


 失敗作品だけど良ければ食べてやって、彼の言葉に俺はあざーっすと頭を下げてそれらを受け取る。

 確かにプラスチック容器に入っている草団子は歪な形をしていて、お店に出せそうにはない。草団子の上にのっているあんこが変にデコレーションされているっていうか。曲がっているっていうか。でもこれも立派なお団子だ。


「大事に食べます。本当にありがとうございます」


「ふふっ。喜んでもらえると僕も嬉しいよ。ここの職場、女が多いから君が入ってくれて助かってるんだ。シフト明日も入ってるよね?」


「はい。土日は基本的に全般入れてもらっています。また明日、お世話になりますね。特に機械系は。俺、まだレジが不安で。割引とか全然分からなくて」


「大丈夫だよ。すぐ覚えられるし、失敗は誰にでもあることだから」


 綻んでくるノッポさんの笑顔に俺は癒された。

 この人は癒し系だよな。瀧さんとは別枠の癒し系だ。話していてなんか和む。俺は二度鈴木さんにお礼を言って、裏口から外に出た。


 そこからぐるっと回って店内を覗き込んでみるんだけど、あれ、御堂先輩の姿がない。

 販売エリアにはご婦人の姿が見受けられる。おはぎを買っているらしい。


 飲食エリアは混んでいるけど、二列に並んでいるテーブルに目を配る限り、お一人様の客は見受けられない。大抵二、三人がひとつのテーブルに着いている。


「帰っちゃったのかな」


 御堂先輩も令嬢だ。

 もしかして急用が入ったのかもしれない。

 生憎携帯番号もアドレスも知らないから、連絡も取れないし。もう少し付近を捜してみて、いなかったら帰ろうかな。


「とはいえ、この付近は駅があるからわりとエリアが広いな」


 一体御堂先輩は何処にいいいいぃい?! い、い、今、腰を撫でられたような。

 ピシッと硬直する俺の胴に腕が巻きついてきた。

 ギョッと目を削ぐ間もなく、「捕まえた」とアマーイ声が。語尾にハートマークでもつきそうな砂糖たっぷりの声音に今度こそ俺は硬直。ぎこちなく振り返ると、満面の笑みを浮かべた御堂先輩の姿が。


 今日も相変わらずイケウーマンっすね。カッコイイと思うっす。

 ばっちり男装しちゃってからにっ……背丈もほぼ俺と同じだし……じゃなくって!


「せ、先輩っ、道端で何してくれるんっすか! は、放して下さい」


 此処、ほぼ職場の近くなんですけど。

 俺の訴えなんぞスルーする御堂先輩は、「相変わらず触り心地が良いな」とお腹を撫で撫で。


 ぎゃぁああ! それはセクハラっ、逆セクハラっ、鈴理先輩と同じ変態さんになるのだけは勘弁して下さいっ! 逆セクハラされている俺、この上なく惨めっす!


 早く解放してくれと懇願すると、「そうだな」豊福が頬にキスをしてくれたら放してやるぞ、なーんてケッタイな無茶振りを寄越してきた。

 できるわけねぇーでしょう! 俺は彼女持ちっす!


「じゃあ僕がさっきの台詞をもう一度言うから、豊福は『捕まえられた』と笑顔で言う。それで解放してあげるよ」


 な、なんっすかそれ。

 どこぞのバカップルが『ハニー捕まえた』『やだダーリンに捕まっちゃった』とか言いそうな台詞に似てません? 似てませんか?

 何より王子と俺は友人であって、恋人じゃない。そんなド阿呆な台詞を何故言わないと……でも頬にキスするよりかはましだろう。


 ええいっ、言葉攻めプレイ(?)くらいなら自尊心を捨ててやりますよ!


 というわけでさっきのシーンTAKE2!


「豊福。捕まえた」


「つ、かまっちゃった」


「うーん、豊福。笑顔が無いぞ。しかも僕の方に振り向いて笑顔を向けなければ」


 なんか演劇部に属している王子が細かいことを仰ってきたのでTAKE3!


「豊福。捕まえた」


「つ、捕まっちゃったなぁ」


「初々しいが台詞はスムーズに。此処はそういうシーンだぞ」


 ちょっ……すんげぇ細かいよ王子。俺は演劇部じゃないっす! でも納得してくれなさそうなんでTAKE4!


「豊福。捕まえた」


「捕まっちゃったなぁ!」


「………」


「また駄目っすか?」


「………」


「先輩っ、ちょ……な、なんか腕の力が強くなってっ! せ、センパーイ!」


 ぎゅうううっと腕を締めてくるせいで、俺は動けずじまい。御堂先輩はダンマリのまま抱き締めてくるし。

 この状況をなんと称せばっ……ま、まさしく捕まっちゃったな状況なんだけど!


 困り果てる俺はどうしようとあたふた。この状況は、困っている俺を見かねた御堂先輩が爆笑するまで続いたという。

 単にわざと沈黙して苛めて下さっていただけらしい。


 おかげさまで俺は妙な羞恥を噛み締めるはめになったんだけど。


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