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21.気持ちはスパイ大作戦、かも。




 鉄扉向こうにはお仲間がいる。

 仮に外に出たとしても見つかる可能性がでかい。内部の構造も把握できていない。

 だったら逃げる場所はひとつ。窓の向こうだ。向こうも危険が一杯だろうけど、鉄扉向こうよりはマシだ。


 取り敢えずあの窓には踏み台が入りそうだから、工具袋を積み重ねる必要がある。

 彼女とそう話していたら、背後から嫌な気配を感じた。大きな図体が背後にいると、本能が察する。


 まさか。


 逸早く俺は振り返る。

 そこには気絶していた筈の眼鏡オッサン、ん? 眼鏡なしオッサン? ええい、どっちでもいい。とにかく眼鏡オッサンが室内にあった鉄パイプを持って真横に薙ぎ払ってきた。タフなオッサンめ!


「先輩っ!」


 反射的だったと思う。

 俺は標的に定められている先輩を突き飛ばした。

 同時に、鉄パイプが横腹に入った。痛いのなんのって呼吸が止まるほどの激痛、黒痣ができそうな痛みが襲い掛かってくる。


 だけど俺はそのパイプを掴んで勢いのまま引っこ抜く。


「そっ、空!」


 先輩の声を無視すると、「あん、まっ」しっかり鉄パイプを握って、「女の子に」相手の鳩尾を、「手ぇ出してんじゃねえぞ!」勢い良く突き返す。 


 うぐっ、キモイ声で唸るオッサンにさっきの仕返しだと口端をつり上げて、俺は気丈に鼻を鳴らしてみせた。

 痛恨の一撃を食らわせられたおかげか、後は先輩がトドメを刺してくれる。

 小さな体躯を活かし、懐に入って一撃二撃、拳を入れた後、回し蹴り。傾くオッサンの胸倉を掴んでそのまま一本背負いをかました。

 酷な光景を見た気がしないでもない。何もそこまでしなくても、なんて同情も出てきたり、こなかったり。


 ボケッと見ていた俺だけど、思い出したように腹部が悲鳴を上げた。横腹の痛みに耐えかねてついつい片膝を立てる。

 この痛みは半端じゃない……あのオッサン、手加減ってのを知らないな。


 呻く俺の隣で先輩がしゃがむ。



「馬鹿! 何しているのだ!」



 盛大に怒声を浴びせてきた。大層ご立腹のようだ。

 「なんで庇ったりしたんだ」問い掛けに、「庇ったんじゃなくて守りたかっただけっす」俺は精一杯の虚勢を張った。

 ものすっげぇ不満そうな顔を作る彼女に微苦笑を向ける。


「男の傷は勲章になるっす。でも女の傷は、一生……傷になるっす。先輩、貴方は女の子、傷を作っちゃ駄目っすよ」


「こんな時に性別など」



「聞いて下さい。俺は貴方の持論を否定しているわけじゃありません。ポジションは逆転したままでもいい。貴方は俺のヒーローであり、俺は貴方のヒロインです。

 ただ一時的にポジションを譲ってもらう時がきます。どんなに攻め女でも先輩は女性、受け男な俺でも男なんっすから。


 俺は貴方を庇ったわけじゃない、できることなら貴方を助けて俺も避けたかった。じゃないと貴方が傷付くのが目に見えてましたから。

 でも、そこまで体は動かなかったみたいです。残念っす。だけど先輩、忘れないで下さい。俺は貴方を守りたかったし、現在進行形で守りたい。

 だって俺は男なんっすよ。

 普段は俺がヒロイン、先輩がヒーローっすけど、今は俺がヒーロー、先輩がヒロインっす。こればっかしは譲れないっすよ。断固として。

 全部が終わったら、ちゃんとヒーローの座は返しますから。リード権はいつだって貴方にあります。受け身の俺が攻め身の貴方をリードできるかっつったら、そりゃ不可能なんで」



 未だに不満不服不機嫌な顔を作る先輩は舌を鳴らし、「あたしは認めん」あくまで自分がヒーローなのだと唸る。

 彼女は守られるより、守りたい性分なのだろう。しょうがないヒーローだ。

 何を言っても了承は得られない。だから今だけ勝手にヒーローの座を分捕ろうと思う。これだけは絶対に譲れないから。


「このツケは後だ。あんたが嫌がっても鳴かす」


 おお、怖いこわい。

 物騒なことを口走るお嬢様に俺は目尻を下げ、「後でキスをちょうだい」とおねだり。唇を尖らせたままの彼女は嫌というほどやってやると返事した。

 なんという残念な逆転光景。ま、しゃーない、そういうカップルだ俺等は。


 閑話休題、和気藹々と会話するのは此処までだ。グズグズしていると夜が明けちまう。

 俺は痛む横っ腹を無視して、眼鏡オッサンをロープで縛ることにした。俺達を縛っていたあのロープで、念入りに手足を縛っておく。また起き上がられても困るからな。


 鉄扉には工具袋とオッサンを置いて開かないよう工夫した。

 こうすれば仮に向こうが中に入ろうとしても時間が稼げる。


 さてお次は窓から脱出する方法だ。

 工具袋を積み重ねて窓を覗き込む。此処は一階のようだ。安堵する。高所だったらどうしようかと思った。

 向こうには雑木林らしき光景が広がっている。窓は錆びついているのか、引いても開きそうにない。


 ちぇっ、此処が開けば外に出られるのに。


 人ひとり分のゆとりはあるから、開けばどうにか出られる。

 割ろうにもちょい厚めの硝子だから、上手く割れるかどうか。

 もう一つ問題がある。割った後、此処を素早く通ることができるだろうか。破片で傷を負いかねない。衣類を身に付けているとはいえ、硝子で体のどこかを、それこそ足を怪我してしまえば逃走の妨げになる。


 覚悟するしかない、か。


「そうだ、空。いいものがあるぞ」


 先輩が自分の通学鞄に駆け寄り、鞄の隣に置いてある紙袋を手に取ると、満面の笑顔でそれを見せ付けてくれた。


「おおっ」


 俺はポンッと手を叩き、ナイスだと称賛する。

 先輩が取り出したのは昼間、学校に持ち込んだあの忌まわしいアリス服だ。

 ワンピースになっているそれなら、窓枠に残った破片や下に落ちた硝子片を覆うことができる。

 可愛らしいアリス服には悪いけど、俺達が助かるためだ。犠牲になってもらおう。


 あとは窓だな。

 窓ガラスをどうやって割ろうか。


「うむ、仕方あるまい」


 先輩が四隅に転がっていた銃を手に取る。

 手馴れた手つきで弾を確認する彼女に、「え。まさか」俺はおずおずと質問。

 それで硝子を破ろうなんていうんじゃ。スチューデントがそんな物騒な物を扱うなんて、そんなそんな。


「安心しろ。海外にて射撃経験がある。幸い、銃弾は三発ほど残っているようだ」


 ガキの頃ハワイで親父に習った。とか、その後に台詞がくっ付くんじゃ。いや、馬鹿を言っている場合じゃない。

 まじかよ、先輩。正気っすか。


 目を白黒させている俺を余所に彼女は、作戦はこうだと矢継ぎ早に説明してくる。

 まず自分が銃で窓を撃ち破る。完全に撃ち破れなかった場合を想定して、俺は鉄パイプを準備。残りの硝子を砕き、アリス服を窓枠に被せて先に脱出。先輩は後から脱出して二人でトンズラ。以上。


 大丈夫かよ、そんな作戦で。 


「銃声で八割方、奴等が飛んでくると思う。チャンスは一度きり。失敗は許されない。空、やるしかないぞ」


 不安に煽られている場合でもないってわけね。


「了解っす先輩、その案に乗りましょう」


 他に方法もないしな。

 運命を共同にしましょう、と先に言ったのは俺だ。やるっきゃない。


 深呼吸を一つし、俺はアリス服と鉄パイプを持つと急いで配置につく。

 銃を構える先輩は俺に視線を流した。準備の確認をしているのだろう。うん、小さく頷くと、不意に彼女は安全レバーを下げてこう言う。


「空、何もかもが終わったらセックスさせろよ。超濃厚なヤツでやってやる」


「ええっ、それお約束できないっすよ。いつものように逃げてみせますから」


「あたしに食われたいと言ったくせに」


「それも恐々ながら本心ですけどね。俺は貴方のことが好きですから」


 「そうか」「そうっす」いつもの会話を繰り広げて緊張を解した後、先輩がトリガーに指を引っ掛ける。


 一瞬の静寂が俺達を包み、それを裂くようにガウンッ――銃声が室内に響き渡った。


 ガウンッ、ガウンッ、連射する先輩は的確に窓ガラスを撃ち抜く。

 殆どのガラスが衝撃で砕け散ったけど、念には念を入れて俺は鉄パイプで窓枠の残った硝子を砕く。

 素早く移動し、アリス服を窓枠の下に被せると、俺は先に外へ出た。


 その際、ズキッと腹部が痛む。横っ腹に受けた打撲だ。歯を食いしばり、根性で窓枠に足を掛けると建物の向こうへ。

 鉄扉向こうから足音が聞こえた。お仲間の登場のご到着のようだ。


「急いで」


 先輩に手を伸ばした。

 しっかりと俺の手を掴んで窓枠に足を掛ける彼女は軽々と外に這い出る。

 こうなれば後はただひたすら、二人で逃げるだけだ。右も左も分からない土地を突っ切るように、俺達は駆け出した。


 どうやら俺達は廃墟となった倉庫場に閉じ込められていたみたいだ。

 しんと静まり返った倉庫場達が並列している。そこから飛び出し、とにかく生い茂った雑木林の中を走った。走った。走りまくった。



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