20.BGMは大脱走で宜しく!
それから人質の俺達は軟禁状態で暇を弄ばせていた。
一室に電気が点き、外はスッカリ闇夜で満ちている。踏み台があれば覗き込めそうな窓を見上げれば、半月が雲の間からそっと此方を見ていた。
なあ、お月さんお月さん、俺達を助けてはくれないか? 心の中で訴えてみるけど、無理だというように雲に姿を隠しちまう。
ですよね、人間の問題は人間で解決しろって話っすよね。
腹が鳴き始める、喉の渇きも覚えてきた。
一体今は何時だろう? 俺の疑問に先輩は腕時計を左手首にしていると主張。ちょいと先輩の背後を失礼して、腕時計を覗き込む。10時を回っていた。腹も減る筈だ。
母さん達、今、何をしているのだろう? お金を掻き集めてくれてたりするのかな。俺達は助かるのかな。あんまりネガティブには考えたくないけど。
部屋の隅で壁に凭れ、寄り添って肩を並べる俺達は口を閉ざして時間が経過するのを肌で感じる他なかった。俺が不安を感じているように、先輩も不安を感じているのだろう。醸し出す雰囲気でなんとなく分かる。
でも、何も言わない。
指摘したところで両者の不安を煽るだけだから。
刻一刻流れる時の中、俺達は目でコンタクトを取って各々体重を掛けるように体を寄せ合う。
精神的に疲労しているみたいだから、心身回復するために仮眠を取った方が良いと思ったんだ。視線を交わせば、「寝にくいっすね」「ほんとにな」微苦笑をひとつ。
後ろじゃなく、前で手を縛ってくれたら良かったのに。足が自由なのが幸いだ。
そっと瞼を下ろす。当たり前だけど眠気は襲ってこなかった。でも何かしら休息は取らないと俺達の方が持たない。
と。
程なくして足音がこつこつこつ、複数の聞こえた。
俺と同じように片目を開ける先輩は、目でこれまた訴えてくる。寝た振りだと。了解だとばかりに頷いて、俺は再び瞼を下ろした。狸寝入りは得意な方だ。
ギィイイ。
軋む錆びた鉄扉の開閉音と、「寝てらぁ」誰かの皮肉。
さっき俺をコテンパンのフライパンに痛めつけてくれた眼鏡オッサンの声のようだ。お仲間達とやって来たみたいだけど、俺達を起こす気はないらしい。向こうで会話が聞こえる。
固唾を呑んで耳をダンボにした。
「明日の18時に身代金を持ってこさせる。指定場所はまだ未定だが、金さえ入ればこっちのものだ」
この声はスキンヘッドオッサン。
キャツ曰く、明日の夜に俺か先輩の両親に金を持ってこさせるらしい。場所を決めている。
遺憾なことに聞いたこともない場所だった。
なんとかホテル前っぽいけど、そのなんとかホテルが聞き取れない。残念だ。
耳を澄まし続ける。
曰く、明日の早朝6時から7時に掛けて、身代金の場所指定並びに人質を解放する。ただし、バラして。
は? なんで? おいおいおい嘘だろ。
俺達のご遺体を母さん達に返すつもりか、ンなのあんまりじゃねえかよ。
金が手に入らなくてもいいのか? それとも金だけ巻き上げられる策でもあるのか?
どちらにしろ俺達にとっては凶報だ。
自分の命の危機に悲鳴と嘆きを漏らしたくなったけど、グッと堪えた。冷静になれって方が無理だけど、取り乱して今、バラされても「……」だろ?
「お前は見張っとけ。どうせ逃げられないが念のためだ。早朝まで見張っとけ」
ご命令が下った。
名指しされたのは眼鏡オッサン。
他の仲間は最終打ち合わせがあるのか、部屋を出て行き、例のオッサンは扉前を陣取って胡坐を掻いた。手にはダガーナイフという名の凶器が。
息を詰め、俺と先輩は暫し様子見。
最初こそ真面目に見張っていた眼鏡オッサンだけど、「ガキが逃げるか?」すぐにオサボリモード。時間も時間だから、欠伸を零してうたた寝を始めた。
簡単に説明をしているけど、かれこれ二時間は経っている話だぞ。
隙を窺うべく、俺達は根気強く待っていた。
完全に眠りこけていることを確認して、俺と先輩は身を捩り、どうにか上体を立たせて顔を見合わせる。
彼女は切迫していた。俺も切迫しているんだろう。
普通そうだろう。命の危機に直面ちしまったらさ。ひとりだったら発狂しているところだ。
先輩がいてくれるから辛うじて冷静を繋いでいるカンジだけど、ああっ、くそ、胃がキリキリしてくる。吐き気も少々、だ。
ちょっとばかし沈黙を作って口を閉ざしていた俺達だけど、蚊の鳴くような声で俺は呟いた。
「こんなことになるなら、エッチをしても良かったかもっすね」
馬鹿な台詞だけど、咄嗟の言葉がこれしか思いつかなかったんだ。
「まったくだ。あんたがいつも逃げるから」
先輩は不貞腐れ顔を作ってみせた。
また沈黙。
このまま夜明けを待っていたら俺達……バラされるのかな。
父さん母さんに何も言えず、それこそ実親の事故を思い出したことも言えず終わるのか。
こんな未来を知っていたら、もっと両親と向き合おうとしていたのに。終わる。終わり。エンド。人生ハッピーエンド、じゃなくバッドエンドを迎えておしまいおしまい。
そんなの……そんなの嫌だ、此処で終わっちまうなんて嫌だ。
先輩だってそうでしょう? ご姉妹やご両親とまた隔たりなく仲良くしたいでしょう? 俺達の人生これからでしょう?
故意的に誰かの手で終わる人生なんて真っ平ごめんだ。向こうの都合で終わる、そんなのイヤに決まっている。
俺はまだ先輩と色んな場所に行かなきゃなんないんだ。
冬の天の川やダイヤモンド・ダスト。
先輩が俺の和服を見たいと言ってくれたから必然的に夏祭りだって行く予定に入っているんだ。イチゴくんとだって折角仲良くなれたし、アジくんやエビくんとだってもっと遊びたい。大雅先輩とも遊んでみたい。
どうせ終わる人生なら、一か八か懸けてみてもいいんじゃないだろうか。喚き嘆き怖じていたって“その日”は必ず来るんだから。
「鈴理先輩。小説みたいな台詞言いますけど……俺と運命を共にして下さりませんか?」
真っ直ぐ彼女を見つめる。
間を置くこともなく、「あたしの台詞を取るな」毒づかれた。
「それはあたしが言う台詞だ」
むくれ、一変して真顔になる先輩は急ごうと周囲を観察し始めた。決まりっすね。
俺達は此処では絶対終わらない。終われない。終わらせない。
まず何をするか、決まっているこの部屋から出るんだ。
そのためには見張りをどうにかしないといけないんだけど、はてさてどうしようか。
能天気なことに向こうはうたた寝をしているから、今はそっとしておいて取り敢えずロープをどうにかしないと。
できるだけ誘拐犯と対峙するような真似だけはしたくない。
怪我をする危険性もあるし、相手は腐っても大人。子供の俺等じゃ不利だ。
幸い、軟禁されている一室には工具類は沢山あるんだ。
なにか一つ、ロープを切れそうな鋭利のある物があってもいいだろう。先輩と工具を目で探っていると、くっしゅん、向こうでくしゃみが聞こえた。
ギクリ、俺と先輩はゆっくり振り返る。
あ、大丈夫、あいつはまだ寝ている。
こっくりこっくりと寝ているものだから、重そうな眼鏡がズレてきている。
あのままじゃ落ちるんじゃないか? オッサンの眼鏡は度の強いレンズを使っているに違いない。あの寝方でズレてくるってことは、オッサンは視力が弱いのかもしれない。
大丈夫かな、落ちて、そのまま起きたりは……いや、大丈夫か。考え過ぎだな。
神経が異常なほどピリピリしているものだから、あれこれ憂慮を抱いちまう。
「なんかあるっすか?」
「いや。ないな」
困った、俺達は肩を落とす。
両手を縛られていちゃあ、逃げることも困難だ。
「食い千切ることも、なあ。あいつのダガーナイフが手に入れば、容易くロープが切れるんだろうが」
「危険過ぎますっす。ガタイ良さそうですし、幾ら寝ているからとはいえ勝算があるとも言えませんし」
「そうは言っても、このままでは」
カラン。今の音は、まさか。
ぎこちなく首を捻れば、大欠伸を零す眼鏡オッサンの姿。やっぱり視力が弱いのか、眼鏡が落ちたことにちょい慌てている様子。
でも俺達のことは見えているわけだから、拾った眼鏡の向こうを見て何しているんだと眉根を寄せる。
ですよね、人質達が立ち上がって何かしているんっすから、そりゃあそんなお顔をするのが妥当かと。
ま、ま、不味い!
「あ、先輩!」
地を蹴って先輩が駆け出した。
まさか先輩が突っ込んでくると思わなかったんだろう。胡坐を掻いて座っていた眼鏡オッサンは度肝を抜いていた。
その一瞬を突き先輩は手に持っている眼鏡ごと、相手の顔面に蹴りを入れる。横っ面を一蹴され、眼鏡オッサンは転倒。
向こうに転がる眼鏡を踏み割る彼女のその雄々しさと言ったら、彼氏も絶句だぞ、ははっ頼もしい強い怖い。
限りない棒読みで言いたい、俺の彼女は本物ヒーローだ。
「今の内に!」
先輩の声音に反応して、眼鏡オッサンは上体を起こした。
ガタイが良いせいか、一発じゃ失神しなかったようだ。
舌打ちを鳴らし、眼鏡オッサンは懐から凶器を取り出す。
拳銃……仲間は一丁ずつ持っているのか?! ダガーナイフに拳銃、両手に凶器とか卑怯だ。子供相手に大人げねぇ!
迷うことなく照準を先輩に合わせる眼鏡オッサンだけど、そうはさせるかっ!
俺は捨て身タックルで相手の体に突進した。
まだ安全レバーを下げていなかったおかげさまで銃弾が飛び出すことはない。
俺もろとも態勢を崩し床に叩きつけられた拍子で、凶器は工具袋へと滑り転がる。これで銃はどうにかできた。後はダガーナイフのみ。
「このっ、舐めたことしやがって」
頭に血がのぼったオッサンが俺の首を引っ掴んでそのまま片手で締めてきた。
利き手でナイフを振り翳してくる。苦しい、呼吸ができねぇ。だけどあんたの終わりだ。
電光石火の如くオッサンの真横に移動した彼女を捉え、俺は不敵に笑みを浮かべた。同時に先輩が、
「空を押し倒していいのはあたしだけだっ!」
渾身の踵落としを脳天に炸裂。その衝撃は凄まじいものだったのだろう。
眼鏡オッサン、あ、今は眼鏡なしオッサンはナイフを手放し、白目を向けて俺に倒れ込んできた。お、重っ。
相手を蹴ったくり、身を捩って脱出する俺は急いでオッサンの手放したナイフを口で銜えて拾う。
「ふぇんぱい。どうふぃふぁふ? ふぉれ。(先輩。どうします? これ)」
「あたしの手に乗せてくれ。先にロープを切る。こういう訓練も受けているから」
「わふぁりました(分かりました)」
俺はナイフを銜え直すために、刃先を銜え、柄を彼女の手に乗せる。
しっかり掴んだことを確認して刃先から離れれば、早速彼女は器用にロープを切り始める。無事に切り終わったら、俺のロープも切ってもらった。
やっと両手が使える。自由を手に入れた気分だ。凝り固まった両腕を解しつつ、俺は彼女に視線を投げた。
「お次は」「脱出だ」
ですよね、俺は賛同して腰を上げた。




